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想いを伝えることの大切さ
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「やだ、シオンったら。そんな誤解をしていたの? ごめんなさい。次からはキイチには抱きつかないようにするわね」
翌日、手を合わせて謝り、ぎゅうっと抱きついてくるリズに詩音は苦笑した。
笑うとあどけなく、ころころと可愛らしい声。近くで見ると確かに少女であった。
誤解をしてしまい病院から逃げた次の日、稀一は約束どおり詩音の父立ち会いのもと、彼女を紹介してくれた。が、父は詩音がしてしまった誤解と院内で流れている噂を馬鹿馬鹿しいと一笑にふして、早々に立ち去ってしまったので、今は三人で談笑している。
(でもお父様の言うとおりだわ。周りの状況をちゃんと見て、稀一さんを信じるべきだった……)
昨日――遠目にではなく近くで見ていたら、あのような勘違いはしなかっただろう。詩音が苦笑しながら彼女を見ると、彼女は晴れやかな笑顔でにこりと微笑み返してくれる。
(人懐っこくて、本当に素敵な子だわ)
それに昨日稀一に抱きついていたように、今は自分に抱きついている。きっと誰にでもこうなのだろうと思いながら、詩音は首を横に振った。
「いえ、リズちゃんがとてもいい子だって分かったからもう大丈夫よ。これからは私とも仲良くしてね」
「ありがとう、シオン! 大好きよ!」
そう言ってリズは詩音の頬にキスをした。チュッというリップ音が響いたのと同時に、稀一が彼女の腕を引っ張り詩音から引き剥がす。
「リズ、いい加減にしろ。誰とでも仲良くなれるのは君のいいところだが、詩音にキスするのはダメだ」
「き、稀一さんったら。私はこれくらい大丈夫ですから」
「ダメだ」
「ほら見てよ、シオン。キイチったら優しくないと思わない? 勉強を教えてくれる時もすごく厳しいのよ。恋人としては微妙だわ。だから、シオンが心配することなんて微塵もないから安心してね。それに私、キイチのような外科医は嫌なのよね。激務で二人の時間が取りづらいもの」
肩を竦めながらそう言うリズに、詩音はついつい頷いてしまった。
彼女の言うことはもっともだ。
今でこそ稀一とは一緒に住み、意識的にお互いの時間を持つように心がけているが、それ以前は多忙を理由に一週間会えない日も珍しくはなかった。
(稀一さんも忙しい人だけど、私も仕事を優先しがちだからいけないのよね)
今はそれが改善されているので、詩音の『忙しい』は理由にはならないのだと思う。仕事とプライベートを上手く両立させるのは結局は心掛け次第でどうとでもなる。
「うふふ。そう? じゃあ、リズちゃんはどんな人ならいいの? お医者さん自体がダメ?」
「ダメじゃないけど、オーバーワークな人は嫌だわ。うーん、そうね。性格や見た目だけで言うなら、ソースケが一番いいかもね。でも、彼は仕事人間だからやっぱりダメね」
(あらあら、リズちゃんのお眼鏡にかなうのは難しそうね)
腕を組み眉根を寄せて悩む彼女を見て思わずクスッと笑うと、稀一が「大辻だよ。大辻宗佑」と耳打ちしてきた。その名にハッとする。
「大辻先生!」
詩音が叫ぶとリズが思いっきり首を横に振った。
「ち、違うわ。いえ、違わないけど……敢えて言うならって話だから。でももしソースケがオーバーワークを改めるなら考えてあげるけど……」
頬を真っ赤に染めてそう言い、顔をプイッと背ける。その彼女の慌てようから本当に大辻に恋をしているのだということが分かった。
(なるほど。リズちゃんは大辻先生が好きなのね)
「分かるわ。十代の頃って年上の男性に憧れたりするもの。私も初恋の人は年上の人だったなぁ……」
何気なくぽつりと呟くと、稀一が詩音の肩に手を回した。ハッとして稀一を見ると、恐ろしいほどににこやかに笑った彼と目が合った。
(あ! 私ったら……!)
***
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
詩音は玄関からリビングに向かいながら、ぺこりと頭を下げた。
(でも彼女が大辻先生を好きだなんて、ちょっと意外だったわ。年齢が離れているから難しいかもしれないけど、協力してあげたいな)
リズは十八歳で、大辻は二十七歳だ。九歳離れているが、十年経ったら二十八歳と三十七歳――年の差カップルでいいと思う。
若ければ若いほどに年齢はネックになりがちだが、そんなものは年月を重ねていけば気にならなくなる。
(まずは大辻先生の気持ちを聞いてみなくっちゃ)
そんなことを考えながらリビングに入りソファーに座ると、稀一が詩音の隣に腰掛け肩に頭を乗せてきた。
「なぁ、詩音。それより詩音の初恋の人ってどんな人なんだ?」
「え? ああ。母方の伯父ですよ。今は現場を離れ経営にまわっていますが元々は創薬研究者だったんです。伯父さんから聞く話はどれもとても有益で勉強になるんですよね。私が創薬研究の道を志したのは間違いなく伯父さんの影響が大きいです。今でも尊敬しています」
そう言って笑うと、稀一が「なんだ、良かった。伯父さんか……」と脱力して詩音に抱きついてきた。
(稀一さん?)
甘えてくる彼が珍しくて彼の頭を撫でると、稀一が頬擦りしてくる。髪が頬をくすぐり詩音が身を捩ると力強く抱き締められた。
「なら俺は君の伯父さんに負けないくらい良い男になるよ。俺には詩音が必要なんだ。もう二度と俺から離れるなんて言わないでくれ」
そう言った稀一の耳の縁がちょっと赤くなっていることに気がついた。照れている彼が可愛くて、彼の頬を両手で包み込むと、その手に稀一の手が重ねられる。
「もうなっていますよ。稀一さんは誰よりも素敵な人です。それに、私今日リズちゃんに叱られちゃいました。イタリアにいた頃の稀一さんは睡眠時間を削ってまで働いていたから、恋人なんて作る暇なかったって。もう少し稀一さんを見てあげてって、彼女言ってました」
(私ったら本当に恥ずかしいわ)
稀一のことになると冷静な判断力が簡単に失われてしまう。感情だけで動いてしまう。そういうところを至急なおしたい。
「私、もう少し冷静さや慎重さを身につけますね。思い込むと突っ走る癖もなおします」
甘えているばかりじゃなくて稀一が大変な時に寄りかかれる人間になりたい。共に支え合い高め合える関係でいるためにも、もっと大人にならなければならない。
詩音がそう考えながら稀一にキスをすると、突然ふわりと体が浮いて膝に座らせられた。
「稀一さん」
「詩音、おいで」
そう言って彼がいつものような余裕のある笑みを浮かべて両手を広げる。それはまるで詩音に選択を委ねるようで、詩音はふにゃっと笑った。
(この腕の中に囚われたら、とても幸せになれるわね)
そう確信して詩音が彼の腕の中に飛び込ぶと、自然とお互いの唇が重なり合う。
「愛している」
キスの合間に囁かれて、多幸感が詩音を包んだ。彼が触れるところから徐々に熱が広がっていって詩音をとろけさせていく。
「私も、っ……!」
そう答えた次の瞬間、詩音は横抱きにかかえ上げられていた。そのまま寝室まで運ばれ、ベッドに寝かされる。
覆い被さってくる彼の重みと絡む視線が少し恥ずかしく感じて、わずかに目を逸らすと、稀一の手が詩音の顎を掴む。
「目を逸らすな。ずっと俺だけを見ていろ」
「はい」
その力強い言葉に頷くと、また唇が重なり合う。どちらともなく舌が絡まり合って擦り合わせると、とても気持ちがよくて息が上がってしまった。
(稀一さん、好き)
この人が好きだ。誰よりも好き。
抑えられない想いをぶつけるように彼の首に手を回し、自分から彼に舌を差し出す。その瞬間、甘く歯を立てられた。
「んっ!」
「詩音、愛している」
何度も言ってくれるその言葉に、詩音もキスしたまま何度も頷く。
階段から落ち、手首を骨折して、彼の噂話を聞いた時はどうなるかと思ったが、結果的にそれがきっかけとなりが芽が出て、大輪の花を咲かせた。
想いを言葉にすることの大切さを知った一ヵ月だった――
翌日、手を合わせて謝り、ぎゅうっと抱きついてくるリズに詩音は苦笑した。
笑うとあどけなく、ころころと可愛らしい声。近くで見ると確かに少女であった。
誤解をしてしまい病院から逃げた次の日、稀一は約束どおり詩音の父立ち会いのもと、彼女を紹介してくれた。が、父は詩音がしてしまった誤解と院内で流れている噂を馬鹿馬鹿しいと一笑にふして、早々に立ち去ってしまったので、今は三人で談笑している。
(でもお父様の言うとおりだわ。周りの状況をちゃんと見て、稀一さんを信じるべきだった……)
昨日――遠目にではなく近くで見ていたら、あのような勘違いはしなかっただろう。詩音が苦笑しながら彼女を見ると、彼女は晴れやかな笑顔でにこりと微笑み返してくれる。
(人懐っこくて、本当に素敵な子だわ)
それに昨日稀一に抱きついていたように、今は自分に抱きついている。きっと誰にでもこうなのだろうと思いながら、詩音は首を横に振った。
「いえ、リズちゃんがとてもいい子だって分かったからもう大丈夫よ。これからは私とも仲良くしてね」
「ありがとう、シオン! 大好きよ!」
そう言ってリズは詩音の頬にキスをした。チュッというリップ音が響いたのと同時に、稀一が彼女の腕を引っ張り詩音から引き剥がす。
「リズ、いい加減にしろ。誰とでも仲良くなれるのは君のいいところだが、詩音にキスするのはダメだ」
「き、稀一さんったら。私はこれくらい大丈夫ですから」
「ダメだ」
「ほら見てよ、シオン。キイチったら優しくないと思わない? 勉強を教えてくれる時もすごく厳しいのよ。恋人としては微妙だわ。だから、シオンが心配することなんて微塵もないから安心してね。それに私、キイチのような外科医は嫌なのよね。激務で二人の時間が取りづらいもの」
肩を竦めながらそう言うリズに、詩音はついつい頷いてしまった。
彼女の言うことはもっともだ。
今でこそ稀一とは一緒に住み、意識的にお互いの時間を持つように心がけているが、それ以前は多忙を理由に一週間会えない日も珍しくはなかった。
(稀一さんも忙しい人だけど、私も仕事を優先しがちだからいけないのよね)
今はそれが改善されているので、詩音の『忙しい』は理由にはならないのだと思う。仕事とプライベートを上手く両立させるのは結局は心掛け次第でどうとでもなる。
「うふふ。そう? じゃあ、リズちゃんはどんな人ならいいの? お医者さん自体がダメ?」
「ダメじゃないけど、オーバーワークな人は嫌だわ。うーん、そうね。性格や見た目だけで言うなら、ソースケが一番いいかもね。でも、彼は仕事人間だからやっぱりダメね」
(あらあら、リズちゃんのお眼鏡にかなうのは難しそうね)
腕を組み眉根を寄せて悩む彼女を見て思わずクスッと笑うと、稀一が「大辻だよ。大辻宗佑」と耳打ちしてきた。その名にハッとする。
「大辻先生!」
詩音が叫ぶとリズが思いっきり首を横に振った。
「ち、違うわ。いえ、違わないけど……敢えて言うならって話だから。でももしソースケがオーバーワークを改めるなら考えてあげるけど……」
頬を真っ赤に染めてそう言い、顔をプイッと背ける。その彼女の慌てようから本当に大辻に恋をしているのだということが分かった。
(なるほど。リズちゃんは大辻先生が好きなのね)
「分かるわ。十代の頃って年上の男性に憧れたりするもの。私も初恋の人は年上の人だったなぁ……」
何気なくぽつりと呟くと、稀一が詩音の肩に手を回した。ハッとして稀一を見ると、恐ろしいほどににこやかに笑った彼と目が合った。
(あ! 私ったら……!)
***
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
詩音は玄関からリビングに向かいながら、ぺこりと頭を下げた。
(でも彼女が大辻先生を好きだなんて、ちょっと意外だったわ。年齢が離れているから難しいかもしれないけど、協力してあげたいな)
リズは十八歳で、大辻は二十七歳だ。九歳離れているが、十年経ったら二十八歳と三十七歳――年の差カップルでいいと思う。
若ければ若いほどに年齢はネックになりがちだが、そんなものは年月を重ねていけば気にならなくなる。
(まずは大辻先生の気持ちを聞いてみなくっちゃ)
そんなことを考えながらリビングに入りソファーに座ると、稀一が詩音の隣に腰掛け肩に頭を乗せてきた。
「なぁ、詩音。それより詩音の初恋の人ってどんな人なんだ?」
「え? ああ。母方の伯父ですよ。今は現場を離れ経営にまわっていますが元々は創薬研究者だったんです。伯父さんから聞く話はどれもとても有益で勉強になるんですよね。私が創薬研究の道を志したのは間違いなく伯父さんの影響が大きいです。今でも尊敬しています」
そう言って笑うと、稀一が「なんだ、良かった。伯父さんか……」と脱力して詩音に抱きついてきた。
(稀一さん?)
甘えてくる彼が珍しくて彼の頭を撫でると、稀一が頬擦りしてくる。髪が頬をくすぐり詩音が身を捩ると力強く抱き締められた。
「なら俺は君の伯父さんに負けないくらい良い男になるよ。俺には詩音が必要なんだ。もう二度と俺から離れるなんて言わないでくれ」
そう言った稀一の耳の縁がちょっと赤くなっていることに気がついた。照れている彼が可愛くて、彼の頬を両手で包み込むと、その手に稀一の手が重ねられる。
「もうなっていますよ。稀一さんは誰よりも素敵な人です。それに、私今日リズちゃんに叱られちゃいました。イタリアにいた頃の稀一さんは睡眠時間を削ってまで働いていたから、恋人なんて作る暇なかったって。もう少し稀一さんを見てあげてって、彼女言ってました」
(私ったら本当に恥ずかしいわ)
稀一のことになると冷静な判断力が簡単に失われてしまう。感情だけで動いてしまう。そういうところを至急なおしたい。
「私、もう少し冷静さや慎重さを身につけますね。思い込むと突っ走る癖もなおします」
甘えているばかりじゃなくて稀一が大変な時に寄りかかれる人間になりたい。共に支え合い高め合える関係でいるためにも、もっと大人にならなければならない。
詩音がそう考えながら稀一にキスをすると、突然ふわりと体が浮いて膝に座らせられた。
「稀一さん」
「詩音、おいで」
そう言って彼がいつものような余裕のある笑みを浮かべて両手を広げる。それはまるで詩音に選択を委ねるようで、詩音はふにゃっと笑った。
(この腕の中に囚われたら、とても幸せになれるわね)
そう確信して詩音が彼の腕の中に飛び込ぶと、自然とお互いの唇が重なり合う。
「愛している」
キスの合間に囁かれて、多幸感が詩音を包んだ。彼が触れるところから徐々に熱が広がっていって詩音をとろけさせていく。
「私も、っ……!」
そう答えた次の瞬間、詩音は横抱きにかかえ上げられていた。そのまま寝室まで運ばれ、ベッドに寝かされる。
覆い被さってくる彼の重みと絡む視線が少し恥ずかしく感じて、わずかに目を逸らすと、稀一の手が詩音の顎を掴む。
「目を逸らすな。ずっと俺だけを見ていろ」
「はい」
その力強い言葉に頷くと、また唇が重なり合う。どちらともなく舌が絡まり合って擦り合わせると、とても気持ちがよくて息が上がってしまった。
(稀一さん、好き)
この人が好きだ。誰よりも好き。
抑えられない想いをぶつけるように彼の首に手を回し、自分から彼に舌を差し出す。その瞬間、甘く歯を立てられた。
「んっ!」
「詩音、愛している」
何度も言ってくれるその言葉に、詩音もキスしたまま何度も頷く。
階段から落ち、手首を骨折して、彼の噂話を聞いた時はどうなるかと思ったが、結果的にそれがきっかけとなりが芽が出て、大輪の花を咲かせた。
想いを言葉にすることの大切さを知った一ヵ月だった――
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琉璃さん、いつもありがとうございます😊
感想嬉しいです!恥じらいながらの騎乗位は楽しいですよね(私が)
稀一さんのマッサージ、エロティックで素敵すぎますよね。やっぱり女性は脳で感じるのでこういう入り方はドキドキします(*^^*)
詩音ちゃんも、素直で可愛くてこれはもう毎日愛したくなりますよね♡
お風呂もドキドキ……(*´艸`*)
マッサージから始まるエッチいいですよね🤤マッサージされているだけなのに感じちゃう……!私ったらどうしちゃったの?的な戸惑いが好きです🤤✨
いつも感想や読了ありがとうございます🙏💕励みになってます😘スキ
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