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第13章 リリー

リリーⅢ

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「えっ……?」

 一瞬、聞き間違えをしたかと思った。
 リリーは首を横に振り、先程までの笑顔に戻る。

「ううん、何でもない。昔の事だよ~。スチュアートとクローディオの所に戻ろう?」

 リリーは私の右手を掴むと、またしても走り出した。

「ちょっ……リリー!」

 ドレスで走るのにはまだ慣れていないのに。この前の様にドレスやパニエを踏んで転んでしまったら大変だ。
 と思った瞬間、リリーが尻餅を付いた。勢いで私までもが倒れ込む。

「痛っ……」

「……ミエラ、ごめんね。怪我してない~?」

「うん、大丈夫だと思う」

 右手の力で何とか立ち上がり、一応、掌と膝の具合も確認してみる。擦り剥いてはいない。
 ところが、リリーは違った。
 自身の掌をじっと見詰め、小さな溜め息を吐く。

「……リリー?」

 リリーの前に回り込んでみると、その左の掌に血が僅かに滲んでいた。

「大丈夫?」

「……私、おっちょこちょいだから。生傷が絶えないんだ~」

「リリー……」

 自分の絹のハンカチを取り出し、リリーに握らせる。

「ちゃんと誰かに手当てしてもらってね」

「うん。ありがとう~」

 そうだ。リリーの話し方はカノンに似ているのだ。そう、話し方だけ。性格までは似ていない。
 リリーの背中を摩りながら、ゆっくりとリビングへと向かう。
 帰りが思ったよりも遅かったのか、リビングの扉の前でクラウとスチュアートが待ち構えていた。
 スチュアートはリリーの異変に気付くと、直ぐ様リリーに駆け寄る。何かを話し掛けると頭を撫でて、次にその肩を抱いた。

「何かあったの?」

「……ううん、二人でちょっと転んじゃっただけ」

「そっか。ミエラは怪我してない?」

「うん、大丈夫」

 クラウも話を聞くと、私の頭を撫でる。
 何だか変だ。

「ねえ、クローディオ」

「ん?」

「主が怪我したら、使用人って心配して手当てしてくれるものだよね? リリーの事、誰も手当てしてくれなかったから……」

 私が怪我をした時には、直ぐにルーナが気付いて手当してくれた。それなのに、此処の使用人はリリーが怪我をしても全く動こうとはしなかったのだ。

「……あんまり気にした事無かった。後でスチュアートに話してみるよ」

「うん」

 リビングの扉を通ると、スチュアートがソファーへと促してくれたので、クラウと並んで腰を下ろした。その次にリリーを座らせると、スチュアートは自らリリーの手当てを始めた。テキパキと消毒をして、包帯を巻いていく。

「出来たよ」

「ありがとう~」

 包帯を巻き終え、ようやくスチュアートもソファーへ座った。隣でリリーは愛おしそうに左手を摩る。

「待たせたね」

「ううん、気にしないで」

 話の横でメイドたちがローズヒップティーを用意してくれたので、ティーカップにお茶を注ぎ、角砂糖を落としてひと混ぜする。

「最初に、ミエラに自己紹介をお願いしたい。俺たち、ミエラがエメラルド出身な事と、魔導師様だった事しか知らないから」

「分かりました」

 返事をすると、何故かスチュアートは吹き出す。

「敬語じゃなくても良いよ。いや、敬語は止めて」

「あっ、うん!」

 とは言っても、何処から何を話せば良いだろう。取り敢えず、異世界人だという話だけは止めておこう。
 確認するようにクラウの顔を見上げると、何も言わずに微笑みながら頷いてくれた。

「私はエメラルドの南の方にあるハウランダー領の子爵の娘なの。お兄ちゃんも一人居るんだ~。あとは……う~ん、質問してくれたら答えられるんだけど……」

 自己紹介と言われても、あまり自己紹介をした事が無いので何を言って良いのか分からない。苦肉の策の『質問』だった。
 すると、スチュアートとリリーが矢継ぎ早に口を開く。

「趣味は?」

「クローディオとの馴れ初めは?」

 言われ、クラウと顔を見合わせる。また馴れ初めを聞かれるとは。
 取り敢えず、

「趣味は音楽鑑賞と横笛かなぁ」

 趣味だけは答えられる。

「横笛吹けるの?」

「うん。でも、左手怪我しちゃってからは吹けてないんだ~」

 この左手の握力では、フルートを持つ事さえも無理だろう。
 私以外の三人の表情が曇る。

「ごめん、変な質問しなきゃ良かったね」

「ううん、大丈夫だよ。今は刺繍してる時が楽しいから」

「これ、ミエラがプレゼントしてくれたんだ」

 クラウはスチュアートとリリーの前に私が刺繍をしたハンカチを広げてみせた。リリーの口から歓声が上がる。

「凄~い! 私、こんなに綺麗に縫えないよ~! お菓子作ってる方が好きだから」

「リリーはお菓子作れるんだ!」

「うん!」

 リリーはぱあっと笑顔になった。
 対して、スチュアートはハンカチをまじまじと見詰める。

「勿忘草か。花言葉は『真実の愛』」

「えっ? 『私を忘れないで』じゃなくて?」

「それもだけど、もう一つ花言葉があるんだよ。それが『真実の愛』」

 『真実の愛』。私たちの愛が真実の愛ならば──そんな願望が顔を覗かせる。

「ミエラ、知ってた?」

「ううん、知らなかった」

 縫った本人が分かっていないなんて、飛んだ笑い話だ。
 それでも、クラウは嬉しそうにハンカチを撫でる。
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