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第1章 始まりの刻

始まりの刻Ⅰ

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 二〇一八年九月二〇日――
 今日は私の十八歳の誕生日だ。
 いつものように音楽室の扉を開くと、部活仲間が私を出迎えてくれた。

「実結! 誕生日おめでとう!」

「ありがとう」

 高校に入学してからは、こうして皆が誕生日を祝ってくれる。
 皆の手の中にはそれぞれ包みが握られている。

「ホントは記念に残る物あげたいんだけどねー。何で禁止にされちゃうかなぁ」

 顔を顰める友人に、苦笑いを返してみる。
 何故か私の所属する吹奏楽部では、誕生日プレゼントは食べ物と顧問の先生に決められている。

「私はねー、今年はクッキー焼いてみたんだー!」

「私のはチョコだよ。ミルクチョコ嫌いな人ってなかなかいないじゃん?」

 皆が一斉にプレゼントを渡してくれるので、私の両手は包みでいっぱいになってしまった。

「皆、ありがとう。取り敢えず、鞄置いてくるね~」

「うん! 行っといでー!」

 今日はこの机を使おう。
 奥から二番目、右端の机に狙いを定め、先ずはプレゼントを机の上に広げる。それを端に寄せ、開いた空間にどかりと鞄を置いた。そのまま鞄を開け、プレゼントをしまい込む。
 そこへ同じフルートパートの同級生がトコトコと駆けてきた。

「実結、誕生日の海はどんな色だった?」

「う~ん、曇ってるからくすんでたよ~」
 
 私はいつも列車で通学しているのだけれど、その路線は海沿いを走っている。揺られながら車窓を見れば、嫌でも海が目に入ってしまう。
 ――私は海が嫌いだ。
 何故か海を見ていると、涙を連想させるから。その度に心は沈み、悲しくなってしまう。

「……実結?」

「あっ、ううん、何でもない」

「じゃあ楽器取りに行こう?」

「うん」

 沈んだ気分が表情に出ていただろうか。友人は私の肩を軽く叩き、微笑んでみせる。
 そんな事をするから、私も無理矢理微笑んでみせた。そのまま二人で音楽室の隣にある楽器庫に向かう。
 その楽器庫の嵌め込みガラスに映った自分の顔に違和感を覚えた。

「……ん~?」

 私を見詰め返すその瞳が緑色に見える。
 多分、見間違えだろう。瞬きをした瞬間、その色はいつもの焦茶色に戻っていた。
 大して気にも留めずに自分の楽器を手に取ると、すぐさま音楽室に舞い戻り、鞄から楽譜を出して楽器を組み立てる。
 確か、今日の合奏の曲は引退の日である来月の頭に行われる定期演奏会の曲、ラデツキー行進曲と宝島――
 間違わずに吹けるだろうか。当てられはしないだろうか。
 無事に終わって欲しいな、などと考えながら、ロングトーン練習を始めた。
 すると、隣の席に居たクラリネットの後輩が声を掛けてきたのだ。

「実結先輩、スマホ鳴ってませんか? 鞄の中光ってますけど」

「えっ?」

 部活中は電源を切っている筈なのに。切り忘れてしまっただろうか。
 一度楽器を置き、鞄へと手を伸ばした。
 この光はスマホなんかではない。スマホならば光が白い筈だ。
 不審に思いながらもその正体を探ると、緑色にゆっくりと点滅を繰り返す小包が出てきた。そのOPP袋は描かれたクマの白目の部分が透明なため、そこから光が漏れていたのだろう。
 異変に気付いた部長がいち早く私の元へと駆け寄ってきた。

「誰ー? 実結に食べ物じゃないもの渡した人!」

 皆が一旦練習をストップし、互いの顔を見比べている。名乗り出る者は誰も居ない。

「実結、中身確認してみて」

「分かった~」

 何が入っているのだろう。
 緊張しながら、そのビニールタイを解いていく。
 中から出てきたのは雫の形をした指の先の大きさ程の緑色に輝く石だった。
 この色、この形、どこかで見た事があるような――
 記憶をほじくり返してみるものの、何処かに引っ掛かって出てきてはくれない。

「ねえ、これ何で光ってるの? 電池入ってる大きさじゃないよね」

 部長に言われて初めて気付いた。電灯が光るこの音楽室で、こんなにも自ら光を放つ天然石など見た事無い。
 どういう仕組みで光っているのだろうと、雫形の石を摘まみ上げてみる。その時――

「きゃっ!」

 閃光のような眩い光が辺りを包んだのだ。
 目も開けていられず、その場にしゃがみ込んでしまった。

“実結、来て”

「……誰!?」

 咄嗟に叫んではみたけれど、誰も答えてはくれない。
 そのまま意識は混濁し、私の手から離れていった。

――――――――

 私はどうなってしまったのだろう。
 恐る恐る瞼を開けてみると、白い布――天蓋が目に映った。
 てっきり保健室へ運ばれたと思ったのに、此処は学校ではないのだろうか。
 ベッドに横たわったまま、辺りを確認してみる。
 緑色で、確かロココ調と言うのだっただろうか、そのような形のドレッサーやクローゼット、ソファーやテーブル――見慣れないものばかりだ。
 一瞬にして恐怖が沸き起こってくる。
 私は誘拐でもされてしまったのだろうか。嫌だ、帰りたい。
 もう一度固く瞼を閉じ、開いてみる。景色は一向に変わらない。

「此処、何処~……?」

 嫌でも声が震えてしまう。ううん、声だけではない、口も、手も、身体も。
 もう、何も視界に入れたくない。頭からすっぽりと布団をかぶり、ただただ震えていた。
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