2 / 49
第1章 始まりの刻
始まりの刻Ⅱ
しおりを挟む
どれくらいの間そうしていただろう。
不意にドアの開閉音と足音が聞こえてきたのだ。
足音を聞くに、どうやら犯人は一人――
固く目を瞑り、息を殺す。
「起きてらっしゃいますか?」
淑やかなその女性の声からは、私を今すぐどうこうする気は無いように感じられる。
でも、油断しては駄目だ。相手は誘拐犯なのだから。
どうか、今すぐに部屋を去って。願いながら、手を握り締める。それなのに。
なんと、被っていた布団が頭の方から剝がされていったのだ。
「ひゃっ……!」
あまりの出来事に、思わず目を開けてしまった。
そこにあったのは女性の顔だった
穢れの無いクリクリな緑色の瞳はじっと私を見詰めている。
「いや……」
お願いだから殺さないで。歎願してみるものの、相手に伝わっているかどうかは分からない。
そのまま動けずにいると、女性は困ったように口をへの字に曲げる。
「怯えられてしまうのは仕方無いとは思いますが……」
女性は「ふぅ……」と溜め息を吐くと、その場にしゃがみ込んで、震える私の両手をその手で包み込む。
「大丈夫ですよ。私は貴女を取って食うつもりはありませんから」
「う……うぅ……」
では、何故、私を誘拐したのだろう。身代金を要求する程家は裕福ではないし、恨みを買うような事だってしていない。
「貴女は……私をどうしたいの……?」
「そう言われると、困ってしまいますね。したいのではなく、もう既になってしまっていますから」
「え……?」
意味が良く分からない。
その人はそっと微笑み、私を宥めるように頭を撫で始めた。
「お茶を用意してあります。どうか少しでも飲んでください。……起き上がれますか?」
言われ、震える身体を何とか起こしてみる。
「大丈夫そうですね。此方へいらして下さい」
何とか頷き、立ち上がったのは良いのだけれど、違和感に気付く。
私、制服を着ていない。今着ているのはマントも付いているし、まるでファンタジー漫画に出てくる魔法使いのような服装だ。
「私の制服、何処にやったの……?」
と言うか、誰が着替えさせたのだろう。
まさか裸を見られたのだろうか。
一気に顔が高熱を帯びていく。
「あっ。それは、貴女があまりにもへんちくりんな格好をしていたので、魔法でちゃちゃっとやってしまいました」
「へんちくりん……? 魔法……?」
制服の何処がへんちくりんな格好なのだろう。しかも、魔法とは一体――
絡まっていく思考は更にうねり、解けなくなってしまいそうだ。
「取り敢えず、此方へ」
女性は部屋の中央に置かれたソファーを手で指し示す。
段々と痛くなってきた頭を抱え、何とかそこへ辿り着く事は出来た。
ソファーに腰を下ろすと、女性は湯気の立つ甘い香りのするティーカップをテーブルの上に乗せた。
「これ……飲んでも大丈夫なの?」
「はい。毒なんて入っていませんよ」
女性はにっこりと笑う。
素直に「ありがとう」と言う気にもなれず、無言のままティーカップに口を付けた。ほんのりと苺の香りがする紅茶だ。
温かいものを飲んでふと気が緩んだのか、右目から一粒涙が零れ落ちた。
「私、家に帰れるの……?」
知らない所に連れてこられ、変な服を着せられ、目の前に居るのは緑色の髪と瞳の、まるで中世ヨーロッパを思わせるようなドレスを着た不思議な女性で――
心配にならない方がおかしい。
尋ねられた人は悲しそうに目を伏せ、小さく口を開く。
「残念ですが……これからは此処が貴女の家だと思って下さい」
「えっ……?」
「私は貴女を帰して差し上げる術を持ち合わせていないのです」
きっとこれは夢だ。そうに決まっている。
思い切り右頬をつねると、確かに鈍痛を感じた。
「そんな……。皆心配させちゃうし、定期演奏会だってあるのに……」
私にはしたい事が沢山ある。帰らなくてはいけないのに。
途端に滝のような涙が両目から溢れてきた。
「今日は何も考えないで、ゆっくりしましょう?」
こんな訳の分からない状況なんて嫌だ。頭がどうにかなってしまいそうだ。
「何で誘拐したの~……? 帰りたいよ~……。やだ~……」
不安を、恐怖を吐き出していく。
「魔法って何~……? そんなの、漫画じゃないんだから~……」
ただただ子供のように泣きじゃくる。そんな私の傍を女性はひと時も離れなかった。
泣き止んだとしても、その人は私の頭を撫で続ける。
夕食も一緒に摂る程だ。
「どうぞ、お召し上がりください」
テーブルに置かれたのはチキンとチーズが入ったミルクリゾットだった。
そうは言われても食欲は全くと言って良い程に無い。
「……食べたくない」
「駄目ですよ。少しでも食べて下さい」
スプーンを近付けられ、溜め息が漏れてしまう。
仕方無くそれを受け取った。
「何で貴女は私に優しくしてくれるの……?」
「それは、貴女の使い魔だからです」
「使い魔……?」
また訳の分からない単語が出てきてしまった。
首を横に振り、今聞いた事を無かった事にしてみる。
「貴女の名前は?」
「アリアです」
「アリアさん?」
「『さん』は要りませんよ」
その女性――アリアは「ふふっ」と笑い、そっと座り直す。
不意にドアの開閉音と足音が聞こえてきたのだ。
足音を聞くに、どうやら犯人は一人――
固く目を瞑り、息を殺す。
「起きてらっしゃいますか?」
淑やかなその女性の声からは、私を今すぐどうこうする気は無いように感じられる。
でも、油断しては駄目だ。相手は誘拐犯なのだから。
どうか、今すぐに部屋を去って。願いながら、手を握り締める。それなのに。
なんと、被っていた布団が頭の方から剝がされていったのだ。
「ひゃっ……!」
あまりの出来事に、思わず目を開けてしまった。
そこにあったのは女性の顔だった
穢れの無いクリクリな緑色の瞳はじっと私を見詰めている。
「いや……」
お願いだから殺さないで。歎願してみるものの、相手に伝わっているかどうかは分からない。
そのまま動けずにいると、女性は困ったように口をへの字に曲げる。
「怯えられてしまうのは仕方無いとは思いますが……」
女性は「ふぅ……」と溜め息を吐くと、その場にしゃがみ込んで、震える私の両手をその手で包み込む。
「大丈夫ですよ。私は貴女を取って食うつもりはありませんから」
「う……うぅ……」
では、何故、私を誘拐したのだろう。身代金を要求する程家は裕福ではないし、恨みを買うような事だってしていない。
「貴女は……私をどうしたいの……?」
「そう言われると、困ってしまいますね。したいのではなく、もう既になってしまっていますから」
「え……?」
意味が良く分からない。
その人はそっと微笑み、私を宥めるように頭を撫で始めた。
「お茶を用意してあります。どうか少しでも飲んでください。……起き上がれますか?」
言われ、震える身体を何とか起こしてみる。
「大丈夫そうですね。此方へいらして下さい」
何とか頷き、立ち上がったのは良いのだけれど、違和感に気付く。
私、制服を着ていない。今着ているのはマントも付いているし、まるでファンタジー漫画に出てくる魔法使いのような服装だ。
「私の制服、何処にやったの……?」
と言うか、誰が着替えさせたのだろう。
まさか裸を見られたのだろうか。
一気に顔が高熱を帯びていく。
「あっ。それは、貴女があまりにもへんちくりんな格好をしていたので、魔法でちゃちゃっとやってしまいました」
「へんちくりん……? 魔法……?」
制服の何処がへんちくりんな格好なのだろう。しかも、魔法とは一体――
絡まっていく思考は更にうねり、解けなくなってしまいそうだ。
「取り敢えず、此方へ」
女性は部屋の中央に置かれたソファーを手で指し示す。
段々と痛くなってきた頭を抱え、何とかそこへ辿り着く事は出来た。
ソファーに腰を下ろすと、女性は湯気の立つ甘い香りのするティーカップをテーブルの上に乗せた。
「これ……飲んでも大丈夫なの?」
「はい。毒なんて入っていませんよ」
女性はにっこりと笑う。
素直に「ありがとう」と言う気にもなれず、無言のままティーカップに口を付けた。ほんのりと苺の香りがする紅茶だ。
温かいものを飲んでふと気が緩んだのか、右目から一粒涙が零れ落ちた。
「私、家に帰れるの……?」
知らない所に連れてこられ、変な服を着せられ、目の前に居るのは緑色の髪と瞳の、まるで中世ヨーロッパを思わせるようなドレスを着た不思議な女性で――
心配にならない方がおかしい。
尋ねられた人は悲しそうに目を伏せ、小さく口を開く。
「残念ですが……これからは此処が貴女の家だと思って下さい」
「えっ……?」
「私は貴女を帰して差し上げる術を持ち合わせていないのです」
きっとこれは夢だ。そうに決まっている。
思い切り右頬をつねると、確かに鈍痛を感じた。
「そんな……。皆心配させちゃうし、定期演奏会だってあるのに……」
私にはしたい事が沢山ある。帰らなくてはいけないのに。
途端に滝のような涙が両目から溢れてきた。
「今日は何も考えないで、ゆっくりしましょう?」
こんな訳の分からない状況なんて嫌だ。頭がどうにかなってしまいそうだ。
「何で誘拐したの~……? 帰りたいよ~……。やだ~……」
不安を、恐怖を吐き出していく。
「魔法って何~……? そんなの、漫画じゃないんだから~……」
ただただ子供のように泣きじゃくる。そんな私の傍を女性はひと時も離れなかった。
泣き止んだとしても、その人は私の頭を撫で続ける。
夕食も一緒に摂る程だ。
「どうぞ、お召し上がりください」
テーブルに置かれたのはチキンとチーズが入ったミルクリゾットだった。
そうは言われても食欲は全くと言って良い程に無い。
「……食べたくない」
「駄目ですよ。少しでも食べて下さい」
スプーンを近付けられ、溜め息が漏れてしまう。
仕方無くそれを受け取った。
「何で貴女は私に優しくしてくれるの……?」
「それは、貴女の使い魔だからです」
「使い魔……?」
また訳の分からない単語が出てきてしまった。
首を横に振り、今聞いた事を無かった事にしてみる。
「貴女の名前は?」
「アリアです」
「アリアさん?」
「『さん』は要りませんよ」
その女性――アリアは「ふふっ」と笑い、そっと座り直す。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました
桜枝 頌
恋愛
辺境伯令嬢に転生した前世ヤンキーだったグレース。生まれ変わった世界は前世で憧れていたおとぎ話の様な世界。グレースは豪華なドレスに身を包み、甘く優しい王子様とベタな童話の様な恋をするべく、令嬢らしく立ち振る舞う。
が、しかし、意中のフランソワ王太子に、傲慢令嬢をシメあげているところを見られてしまい、そしてなぜか近衛師団の目つきも口も悪い男ビリーに目をつけられ、執着されて溺愛されてしまう。 違う! 貴方みたいなガラの悪い男じゃなくて、激甘な王子様と恋がしたいの!! そんなグレースは目つきの悪い男の秘密をまだ知らない……。
※「小説家になろう」様、「エブリスタ」様にも投稿作品です
※エピローグ追加しました
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
平凡なオレは、成長チート【残機無限】を授かってダンジョン最強に! でも美少女なのだがニートの幼馴染みに、将来性目当てで言い寄られて困る……
佐々木直也
ファンタジー
交通事故で死んだオレが授かった特殊能力は──『怠け者でもラクして最強になれる、わずか3つの裏ワザ』だった。
まるで、くっそ怪しい情報商材か何かの煽り文句のようだったが、これがまったくもって本当だった。
特に、自分を無制限に複製できる【残機無限】によって、転生後、オレはとてつもない成長を遂げる。
だがそれを間近で見ていた幼馴染みは、才能の違いを感じてヤル気をなくしたらしく、怠け者で引きこもりで、学校卒業後は間違いなくニートになるであろう性格になってしまった……美少女だというのに。
しかも、将来有望なオレに「わたしを養って?」とその身を差し出してくる有様……!
ということでオレは、そんなニート幼馴染みに頭を悩ませながらも、最強の冒険者として、ダンジョン攻略もしなくちゃならなくて……まるで戦闘しながら子育てをしているような気分になり、なかなかに困った生活を送っています。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる