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もう一人の主人公である景虎くんの登場です!

景虎様は行方不明ですが、どこにいるのでしょう?

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 所で、こちらは、数えで6才の幼児。
 長尾景虎ながおかげとらである。
 親代わりと言うよりも、本当の兄と慕っている直江実綱なおえさねつなこと神五郎しんごろうの目をかいくぐってやって来ていた。
 元々、父親の遅くの子で、仏門にはいるようにと言われていたものの、長兄の晴景はるかげに子供が生まれず、跡取りになる可能性もあり一旦行儀見習いもあってお寺に預けられていたのだが……。

「あれぇ? 数珠がない。切れたのかなぁ?」

 周囲を見回す。
 鬱蒼とした森の中、キラッと輝くものを見つける。

「何だ? これは? なぁ、神五郎兄上」

 振り返るが、守役であり兄の親友の姿はない。

「何だ、兄上も来られなかったか。フフフッ! 今度こそ逃げ切れたぞ!」
「って、何をしているの!」

 ぼかっ!

景虎は頭を殴られ、

「うわぁ! いったぁぁ!」
「いったぁ! じゃないわよ! それ盗ったの?」

長身の……それでも神五郎よりは小さい。
 珍妙な格好の少女は、景虎の手の中のものを示す。

「これ? 盗ってはおらぬ! 我は長尾景虎! そのような行為など武門の一族の者、恥ずかしいことはせぬ! 見つけたのだ!」
「じゃぁ返して! これは、私のお姉ちゃんの指輪なの! もう、2ヶ月も行方不明で……」

 ボロボロと涙をこぼす少女に、

「姉上のか? でも、これは面白い色をしておるな? 紅玉ルビー等は見たが、こんな色は……」
「サファイアよ。姉の誕生石。私はエメラルド。どうして……お姉ちゃん? どこに行ったの?」
百合ゆり!」

近づいてきた少年を見上げるが、ひ弱なひょろひょろとした男にしか見えない。

「百合! 何か……何か見つかったか?」
「近づかないで! 貴方なんて嫌いよ! お姉ちゃんが行方不明になる直前まで一緒にいたくせに! いなくなってしばらく、知らないなんて嘘をついていたじゃない! 何がお姉ちゃんの友人よ! 最初お姉ちゃんに付きまとって、お姉ちゃんがその気じゃないと知ると私に近づいて! 私が仕事で忙しくなったら、又お姉ちゃんに!」
「だから……俺は本当に!」

 景虎は二人を見上げ少々考え込むと、すぐに少年に近づき、弁慶の泣き所を思いっきり蹴りつける。

「うるさいぞ! 言い訳など、それでも男か? 恥を知れ! 恥を!」
「な、何だと? 」

 作楽章太さくらしょうたは気色ばむが、景虎はサファイアの指輪を百合に預けると、落ちていた木の枝を拾い、バシンッと章太を殴り付ける。

「何するんだ、このガキ!」
女人にょにんをもてあそぶとは言語道断! 神五郎兄上の代わりに、成敗してやる!」

 振り上げ、下ろされる枝を何度も受けた章太は、逃げ惑った。

「お、覚えてろ!」
「負け犬の遠吠えほど、無様なものはないな」

 言い放った景虎は、逃げていった少年をみず、百合を見上げる。

「百合……百合どのと言われたか? 申し訳ない。我は越後の長尾景虎と申す」
「はぁ?」
「百合どのの名前は何と言われる?」

 歴女の姉によって、ある程度以上の歴史の知識があり、長尾景虎と言うのは……。

「はぁ? 長尾景虎って言うと、あの? どういうこと? 衣装は多分、お姉ちゃんなら解るけど、その頃のものよね?」
「何をぶつぶつ言っている」
「えっと、景虎君で良いかな? 私は柚須浦百合ゆすうらゆりと言います。お姉ちゃんの大事な誕生石を見つけてくれてありがとう」

 百合は丁寧に頭を下げる。

「景虎君の家族はどこ? お礼を言いたいの」
「家族? 我は直江実綱兄上から逃げ出したのだ。神五郎兄上は本当に口やかましい……が、生真面目で優しい。大好きだ。でも……兄上はどこに行ったのだろうな?」

 百合はピンとくる。
 もしかしたら、姉とこの景虎と言う少年は、どちらかの宝物と共に世界が入れ替わったのかもしれない。

「ねぇ? 景虎君。もしよければ家に来ない? 私の両親がお姉ちゃんを心配しているの。大事な指輪を見つけてくれたのに、お礼一つも出来ないなんて、お姉ちゃんに知られたら怒られちゃうわ」
「だが我は拾っただけで……」
「ねえ? 景虎君。このお姉ちゃんの指輪を拾う前、何かを無くしていないかしら?」

 景虎は手を示す。

「肌身離さず、手にしていた数珠を失ったのだ。母に戴いていて、大事にしておったのだが……」

 俯く少年に、

「ねぇ? 景虎君。その数珠を一緒に探すわ。その前に、もう日も陰っているし、家に来て頂戴。疲れているでしょう? だからご飯を食べて、お休みしましょう」
「かたじけない。気を使って戴いて本当に感謝を申し上げるが、我は……って、わぁぁ!? ゆ、百合どの! 女人が男子おのこの手を掴むと言うのは……」
「駄目よ。お姉ちゃんに怒られるんだもの。それだけは嫌なのよ。私たち家族は、お姉ちゃんが一番大好きで、一度は別れ別れになったのだけれど、お姉ちゃんがいなくなって……家族がもう一度一つになったの」

百合は演技ではなく、本当に瞳を潤ませ頭を下げる。

「お願いします。ほんの少しの情報もなかったの。それなのに、大きな手がかりを見つけてくれた。お礼をさせて頂戴。ね?」
「わ、わぁぁ! 何故泣くのだ。わ、解った! 神五郎兄上と会えるまで、百合どのの屋敷に厄介になる……ご迷惑をかけるかもしれぬが……」
「そんなの大丈夫よ? 家は普通の家じゃないから」



と引っ張られて行った場所は、見たことのない建物が立ち並ぶ場所。
 その中でも最も大きな、高い建物の入り口に入っていく。
 二重のしかも透明の扉の一つを潜り抜け、壁にある何かを押すと扉が開かれる。

「はい、景虎君。入りましょう。ここは専用の建物なのよ。この中に入って?」
「な、何だ? これは!」
「エレベーターよ。高い所に、私の家族の部屋があるから一緒に乗りましょう」

 景虎は、見知らぬものに恐怖心が沸いたが必死に押さえる。

「さぁ、着いたわ。お父さん、お母さん!」
「おぉ! 百合! 遅くなって心配していたんだぞ?」

 顔は童顔だが白髪が多く、少々顔色が悪い。
 その横で、元の世界では、ねっとりとした濃い化粧の女性達の中で、薄化粧に柔らかい桃色の紅を引いた美女を見て驚く。
 百合もひなにもまれな美少女だが、似た者親子らしい。

「百合! 無事ね? 良かったわ! 采明あやめが行方不明になってから、私は……私は、何て……」

 泣きじゃくる女人を夫である男が抱き締める。

蓮花れんげ……」
「どうして……」
「お父さん、お母さん! この子が、お姉ちゃんの指輪を見つけてくれたのよ!」

 百合の一言に、夫婦の瞳は少年に注がれる。

「申し訳ない。我は越後えちごの長尾景虎と申すもの。百合どのの姉上の指輪を見つけたのだが、百合どのがお礼にこちらにと……」
「采明の指輪!」

 百合が握っていた指輪を示す。

「あ、あぁ……采明……采明!」

 泣きじゃくる妻を支えつつ、

「君は、長尾景虎どのと言われるのだね?」
「そうだ。長尾景虎と申す」
「あぁ、申し訳ない。私は柚子浦圭吾ゆすうらけいご。百合と采明の父です。本当にありがとう。彼女は私の妻で二人の母、蓮花と言います。本当に、本当に……」

おろおろしつつ、周囲を見回し、

「あ、あれは何だ? 百合どの」
「写真よ。家族写真。お父さんにお母さんに、私、真ん中にいるのはお姉ちゃんの采明と言うの」
「華奢な、柔和な可愛らしいお嬢さんだな。でも、百合どのよりも背丈が低いようだが……」

示す。
 大人びた印象の百合よりも頭二つ低い。

「2つ年下よ。私が。お姉ちゃんの年は12才なの」
「そうなのか? だが……」

 周囲を見回し、景虎は呆れたように告げる。

「初めてお邪魔した我が言うのも悪いのだが、百合どのの父御ててごどの。このお屋敷の惨状はどういうことだ? 賊に襲われたのか? もしくは……」
「……あ、はは……」

 頭をかいて首をすくめる。

「私は、実は仕事に没頭すると回りが見えなくなって、数日どころか半年もいなくなってしまって追い出されちゃったんだ~!」
「それに私は、元々女性の仕事の大変さを考えて、子供を育てるのを分担してはと思って、仕事を立ち上げたの。でも、料理も洗濯も、掃除も、駄目だったのよ~」

 蓮花は恥ずかしいのか頬に手を置いて、その横で母親似の百合が、

「ゴメンね? 実は……家は、全部姉が掃除や洗濯掃除や買い物にいっていたの」
「は? 姉上が一人で?」
「それが……実は私は、別の地域にいって仕事をしているの。母も保育園っていって、1歳から6歳までのお子さんを預かって、一緒に遊んであげたりする事とか、お母さん達には別のお仕事をして貰っているの。お父さんのいない子供とかお母さんのいない子供とか……。で、父は父で中……」
みんの国に研究に行っていたんだ。研究に没頭すると他を考えない性格で……采明は一人で……ね」

圭吾の言葉に景虎は、眉を寄せる。

「失礼だが、父御と母御ははごに百合どのは、采明どのと呼ばれるその方を、もしかしたら一人にされていることが多かったのだろうか?」
「そ、それは……」

口ごもる。

「采明どのが『大丈夫。いってらっしゃい』といっているのを、当たり前だと思っておったのか? 12才のお嬢さんを一人で?」
「そ、それは……」
「12才の采明どのを一人にしていたのか? 侍女もおらぬと言うのに?」

 厳しく言い放つ。

「寂しがっていると思わなかったのか? 悲しいと思わないのか? それに……」

 部屋の中で何かの入った箱に気がつき、

「兎? 食べる……のは無理だな。この兎は?」
「采明の可愛がっていた子達で、茶色の小さい子は虎千代とらちよ。黒い子は神五郎と言うの」
「我の幼名に、神五郎兄上の?」
「えぇ。お姉ちゃん。歴史の勉強が趣味なのよ。それで。とっても可愛がっているわ」
「ふーん……我の名をつけてと言うのも微妙だが、可愛がっているのは良いだろう」

 手を伸ばしそっと撫でる。

「采明どのが戻るのを一緒に待つか? 虎千代、神五郎」

 その声がそっと響いたのだった。
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