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始まりは何時もと少し違います……。

神五郎さんが壊れていく……いけいけ、です。

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 ぶぅぅ……

頬を膨らませている花嫁に、楽しげな花婿。

「重いです! それに、どうして笑うんですか?」
「面白いから」
「面白くありません!」

 むきーっ!

かんしゃくを起こす新妻に、いつものように髪を撫で、頬に触れる。

「じゃぁ、結婚しても、お前は好きなことをして良い。でも、浮気は許さん」
「早く別の人と結婚しないと、おじさん……きゃぁぁ……!」

 手ではなく、容赦なく唇で言葉を封じられた采明あやめの唇から離れた神五郎しんごろうは、

「おじさん言うな……言ったら、罰として……こう言うことをやるぞ? 今日のように人前でも容赦しない」
「やーっ! おじさん……むぅぅぅ!」

端から見たらイチャイチャしている二人である。

「仲が良いねぇ」
「はっ! まぁ……それ程でも……」
「それ程じゃない位、珍しいから言っているんじゃないか」

 晴景はるかげはクスクス笑う。

「この堅物頑固男もとうとう身を固めるか……ようやく落ち着くかな?」
「違いますよ! このおじさん! 衣装を整える時も部屋にやってきて、あっちが良い、こっちが良いって、着せ替え人形ですか? それにそれに、ベタベタ触って、ひとえ一枚で……お嫁にいけない!」

 ふえぇぇ……

その言葉に、ムッとする。

「もう私の嫁なんだから、嫁にいけないも何も、ないだろう」
「嫌ですよ~だ!」

 プイッとそっぽを向く新妻に、

「采明?」
「知りません!」
「だから、少しは良いだろう? 傍で色々教えて貰いたいんだ、俺は」
「勉強したいなら学問の師を探して下さい!」

困ったように、

「だから……采明に習いたいんだ。お前の知識は本当に面白い。聞いていて新しい世界が見える。俺は、その世界を見たいんだ」
「……っ! で、でも、でも……」
「それに、突拍子もないことをするが、采明は賢いし可愛い。優しい……そして愛おしい」

その言葉にばばばっと頬を赤くする。
 華奢な花嫁を抱き上げ、

「大事にする。だから傍にいろ……」
「……っ……」
「采明?」

顔を覗き込む青年に、慌ててあんずのように赤く染まった頬を隠して、そっぽを向く。

「し、知りません!」
「采明? だから……」
「いつまで、何をやっているんだい。いい加減やめてくれないかい?」

 晴景の言葉に、

「いつまでいらっしゃるんですか? 殿。二人きりの時を邪魔して欲しくはないのですが?」
「うきゃぁぁぁ! 耳! 耳噛んだ!」
「ん? じゃぁ……」
「な、舐めた……お嫁にいけない!」

半泣きで耳を押さえる妻の顔に、クスクス笑い、

「采明がおじさんと言うと、お仕置きするからな。楽しみにしているが良い」
「な、なな……何が、楽しい……」
「嫁に行けないのではなく、嫁になっているんだ。ぎゃんぎゃん言うな」

膝に乗せ、ごちそうを食べさせるのだが、わざととしか思えない程一つが大きく、采明が一口パクンっと口にいれたものを自分が平らげる有り様に、主である晴景もげんなりする。

「……お前は、本当に……」
「あぁぁ! ずるい! 私も食べたいのに! 一口で食べちゃダメ!」
「良いだろう? 又作って貰えば良いんだし」
「食べたかったのに……」
「次な?」

 主君無視の新婚夫婦に、ため息をついた晴景は、

「まぁ、今度、身内でお祝いをすると良い。ではな」
「ありがたき幸せ。では、お気をつけて……采明? 口は?」

 半分放置で、嫁にあーんをしている姿を見て、晴景は、これが幼馴染みの本性かと感心……と言うよりも呆れたのだった。



 一通り、お披露目も終え、部屋に下がった采明は、着替えを手伝って貰い、単姿で連れてこられた寝室に硬直する。
 一つの寝台に座っているのは……。

「早かったな。采明」

 書を読みながら顔もあげず告げる。

「それよりも、采明。これを教えてくれないか?」
「あっ! それは!」

 目をキラキラさせ、近づいてくる新妻の姿に、侍女を見て下がるように促す。
 頭を下げ、すぅぅっと下がっていく侍女に気がつかず、

「わぁぁ! すごいすごい! これは……」
「珍しいだろう? お前が喜ぶと思って、探したんだ。取り寄せて良かった」
「ありがとう! お……旦那さま」
「……今、おじさんと言おうとしただろう?」

 口を押さえる采明の手の甲に唇を寄せる。

「ひゃぁぁ?」
「お前が、俺を怒らせる代わりに、俺はお前の嫌がることをやってやる。次は……」
「注意します! おじさんって言いません!」
「言ってるじゃないか……と言うことで味見」

 頬を軽くかじる。
 硬直する采明に、

「頬が赤いから甘いのかと思ったが、まだ熟れていないのか? まぁ、柔らかいが」
「わ、私は食べちゃダメ!」
「別に、今は食べるつもりはないが……」
「……えぇぇ?」

比喩の意味が何であるか理解した采明は、逃げようとするが、そのまま抱き締め、寝台に横になる。

「今のところは、子供も要らんし、お前自身が子供だ」
「ど、どなたかとご結婚を! えーと、私は側室で、正室を沢山どうぞ!」
「いるか! それよりも、他の女の話などするようなら、喰うぞ?」
「要りません!」

 プルプル首を振った采明を抱き締め、

「寝るぞ。明日は早い」
「うぎゃぁぁ! お尻、触ってる!」
「これが? ……残念だな。もう少し食べさせて……」
「す、スケベ! 胸を触るな! 変態!」

 悲鳴をあげる采明に、自分の手のひらと采明のささやかな胸を見て、

「もう少し育てよ?」
「変態!」



新婚初夜の寝室に、パチーンっと何かが叩かれた音がしたのだった。
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