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始まりは何時もと少し違います……。
後継者問題は、本当に頭が痛い問題だったりします。
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実綱……神五郎は、屋敷に戻ると、
「誰かあるか!」
声をかけると、奥から女性が現れる。
「神五郎。お早いご帰還、ご苦労さま。で、虎千代君は……」
「姉上直々のお越しか。かたじけない。しかし、見当たらぬ。代わりに、この時刻に道に迷うた者がいたのでお連れした。采明どのだ。頼む」
「そうでしたか、では」
近づいてきた女人に、采明は頭を下げる。
「初めまして。采明と申します。よろしくお願い致します」
簡素だがきちんと頭を下げる采明に、女人はガバッと抱き締めて、
「何て可愛いんでしょう! ウサギみたいだわ」
「姉上! その一言は物騒だからやめろ」
あきれ返った口調の神五郎に、
「ウサギって増えるし、食べると美味しいんだから! この子も……」
「増えるってネズミさんみたいにですか?」
首を傾け呟く。
「それに、こーんな小さいウサギさん、食べると食べる部分小さいですよ?」
両手で大きさを作るのは、両手を丸くこんもりした感じである。
「そんな子供食べる訳ないでしょう。これ位のよ」
「あ、そうなんですね。家の子、小さいウサギなので、これ位でプルプル震えていて可愛いんです」
「食べる為にでしょ?」
「いいえ、ペット……えと、馬には乗れませんし、母が犬ダメなのでウサギを可愛がってるんです」
えへへ……
笑う少女を見下ろし、
「私は、橘樹よ。いらっしゃい。湯あみをして、その滑稽な衣装を取り替えましょう」
「橘樹さんですか……素敵なお名前ですね。ちゅ……大陸の古代の秦の始皇帝が、徐福に探させたのは橘の実だと言われてますし、素敵ですね」
「「……!」」
橘樹は、神五郎を見る。
神五郎は頷き、理解した橘樹は、
「ほら、いらっしゃい。湯あみを手伝ってあげるから」
と引っ張っていきながら、神五郎の手の荷物も持っていく。
神五郎は目を伏せ、
「たとえ、骨の欠片でも……地の果てでも……探して見せましょう。虎千代さま……」
呟いてきびすを返そうとした直後、
「うぇぇぇ! 女の子? 女の子じゃないの!」
という橘樹の叫びが響いたのだった。
服を脱がされ、叫ばれた采明は首をかしげ、
「えっと、女の子じゃダメなんですか?」
「というか、貴方、幾つよ?」
「12才です……あ、数えだと13才……ですね」
橘樹はあんぐりと口を開ける。
手足が細く、背丈は数えで6才の虎千代とさほど変わらない背丈の、華奢な少女。
「ま、まぁいいわ。それよりも、その衣装を脱ぎなさい! それにその髪……」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「……へぇ……こう編んでいるのね。ほどいたらフワフワちゃんじゃない。色も真っ黒じゃないのね」
苦笑する。
「祖母が異国の人間です。なので、一人だけこの色と瞳なんです」
「へぇ、いいわねぇ。じゃぁその変なもの、外して頂戴」
眼鏡を示され、おずおずと橘樹を見上げる。
「えっと……外すと、周囲が見えなくなるんですけど……」
「外しなさい。湯あみよ?」
渋々外し、橘樹らしき人のいる方を見ると、
「な、なな何よ~! お人形さんじゃない! あの馬鹿弟、仕事に一途とか言いながらちゃっかりお持ち帰りしてるじゃないの!」
「お持ち帰り……? あわわわ!」
つんのめり、ひっくり返りそうになった采明を支え、
「あの色好みには滅多うち。その前に、貴方の湯あみと着替えよね。ふふふん……楽しみ!」
橘樹は楽しんでいた。
しばらく探したものの夜の闇が辺りを包み、仕方なく虎千代探しを諦めた神五郎は、屋敷に戻る。
すると、
「いやぁぁ! 可愛いわ! 絶対この衣装が、似合うと思っていたのよ!」
「そうなんですか? 私はそういったことに無頓着で……」
「女の子なんだから、考えなさいよ。その小ささで、本当に13才とかどこの犯罪者? あぁ、あいつは犯罪者よね。幼女趣味!」
橘樹の声に、
「姉上! 誰が何だと? ……はぁ?」
目をぱちぱちする。
目の前にちょこんと座っている、小さな幼女に……。
明るい栗色の髪はくるくるフワフワとしており、大きくたれ目な同じ色の瞳はキョトンとしている。
顔立ちは柔和で美人ではないが、愛らしいお人形のようである。
「あ、えっと……お帰りなさいませ」
橘樹に教えて貰ったように正座をし、丁寧に頭を下げて挨拶をする采明。
「お食事になさいますか? 湯あみをなさいますか?」
にっこりと笑顔になり問いかけてくる少女に、一瞬、ここはどこだ? と魂を飛ばしたくなる。
しかし何とか正気に戻り、
「その姿は?」
「はい。橘樹お姉さまに整えて戴きました。着飾りなさい! と言われましたが……自分にはどうにも解らなくて……」
きょときょとと、自分の姿を見て、首をかしげ神五郎を見上げる。
「どうでしょうか? このような格好は、あまりしたことがなくて……一応、この背丈ですので、子供用だと言われました」
「こっ……」
「はい。いつもそうです。妹の方が大きいので、妹のお下がりを着ています。えと、妹はア……えっと、舞や、楽器演奏などの芸事を勉強しているんです。とても美人なんですよ」
自慢の妹のことを嬉しそうに告げる。
「舞……芸事? それは……」
口ごもる神五郎に、橘樹は、
「違うわよ。お社に奉納する舞を舞う巫女に近いわ。さっき詳しく聞いたから」
「そうなのですか? 姉上」
「そうよ。ね? 采明?」
采明は頷く。
「はい。そんな感じです」
「では、お前……采明は……」
「学問を。それと炊事洗濯掃除が得意です。繕い物も大丈夫です! し、仕立ては教えて戴ければできるようになります!」
小さい手を握りしめて訴える。
「ですから、もしよろしければ、こちらにいさせて下さい。お手伝いしますので!」
「お手伝い……学問というのは?」
神五郎の言葉に、采明は持ってきていた荷物を開けて、ノートとメモ帳を広げる。
「こちらの地図と文化、歴史と算術、文字あります。でも、歴史はお見せできません。その代わり、論語、万葉集、古今和歌集、古事記、風土記、日本書紀等の一部の文章を記載した本があります。読みたいですか? 訳文……分かりやすく意味を訳しているものもあります。いかがでしょうか?」
「……くっ……」
悔しげな顔になる。
先程、橘樹に聞いたのだ。
神五郎は、学問を修めたいと思っているのだと。
そして、最後の落とし所をバッグの奥から出して示す。
「これは私の愛読書、孫子です。孫子には孫武と孫臏の二人の参謀が作った作戦の数々です。読まれますか? 如何でしょう?」
「何が、見返りだ?」
「ここに住まわせて頂きたいのです。どうぞ、お願い致します」
采明は深々と頭を下げる。
「この時代は、私のような子供には生きにくいかと思います。私が生きていくには、大きな後ろ楯が必要なのです。神五郎さま、よろしくお願い致します」
「だ、だが! 」
「私の事を知っている方が、少しでも少ない方がいいかと思います。ですので、どうかよろしくお願い致します! できうる限り働きますので!」
何度も頭を下げる少女に、溜め息をつく。
「私にも事情があるのだが……」
「奥方の件ですか? お迎えになればよろしいかと。あ、何でしたら、私が奥方の侍女となります! よろしくお願い致します」
フワフワくるくるのまとまりのない頭を見下ろし、再び溜め息をつき、
「解った。では、この屋敷に滞在しているがいい。私は出仕しており、時間があれば教えてくれるか?」
「本当ですか? いてもいいですか?」
「仕方ない……というか、学問の師を追い払うのは学問の道を絶やすこと。私の道を進む為には采明が必要なのだ。こちらの方から改めて頼む。よろしくお願いする」
頭を下げる。
「いえ、そ、そんなことは、ありません。私の方こそ、よろしくお願い致します!」
「いや、こちらこそ!」
ペコペコと頭を下げあう二人に、溜め息をつく。
「ほら、二人共、いつまでも何やってるの。夕餉の支度ができているのよ、行きなさい!」
橘樹の言葉に、はっとした途端、上げた顔が近づく。
と、目の悪い采明にも神五郎の顔がはっきりと見える。
「……あっ!」
「わぁ!」
余りにも近い距離に、二人は顔を赤くして硬直する。
その様子に橘樹は、
「あら、いい感じじゃない。頑張りなさいな。神五郎。采明」
「な、なな、何を頑張れというんですか?」
「跡取りなら、次の跡取りを儲けなさいよ。頑張りなさいな」
「姉上!」
けらけら笑いながら、歩き去る姉に歯噛みしつつ、目が合うと赤くなる自分にどうしたことだろうと思う神五郎だった。
「誰かあるか!」
声をかけると、奥から女性が現れる。
「神五郎。お早いご帰還、ご苦労さま。で、虎千代君は……」
「姉上直々のお越しか。かたじけない。しかし、見当たらぬ。代わりに、この時刻に道に迷うた者がいたのでお連れした。采明どのだ。頼む」
「そうでしたか、では」
近づいてきた女人に、采明は頭を下げる。
「初めまして。采明と申します。よろしくお願い致します」
簡素だがきちんと頭を下げる采明に、女人はガバッと抱き締めて、
「何て可愛いんでしょう! ウサギみたいだわ」
「姉上! その一言は物騒だからやめろ」
あきれ返った口調の神五郎に、
「ウサギって増えるし、食べると美味しいんだから! この子も……」
「増えるってネズミさんみたいにですか?」
首を傾け呟く。
「それに、こーんな小さいウサギさん、食べると食べる部分小さいですよ?」
両手で大きさを作るのは、両手を丸くこんもりした感じである。
「そんな子供食べる訳ないでしょう。これ位のよ」
「あ、そうなんですね。家の子、小さいウサギなので、これ位でプルプル震えていて可愛いんです」
「食べる為にでしょ?」
「いいえ、ペット……えと、馬には乗れませんし、母が犬ダメなのでウサギを可愛がってるんです」
えへへ……
笑う少女を見下ろし、
「私は、橘樹よ。いらっしゃい。湯あみをして、その滑稽な衣装を取り替えましょう」
「橘樹さんですか……素敵なお名前ですね。ちゅ……大陸の古代の秦の始皇帝が、徐福に探させたのは橘の実だと言われてますし、素敵ですね」
「「……!」」
橘樹は、神五郎を見る。
神五郎は頷き、理解した橘樹は、
「ほら、いらっしゃい。湯あみを手伝ってあげるから」
と引っ張っていきながら、神五郎の手の荷物も持っていく。
神五郎は目を伏せ、
「たとえ、骨の欠片でも……地の果てでも……探して見せましょう。虎千代さま……」
呟いてきびすを返そうとした直後、
「うぇぇぇ! 女の子? 女の子じゃないの!」
という橘樹の叫びが響いたのだった。
服を脱がされ、叫ばれた采明は首をかしげ、
「えっと、女の子じゃダメなんですか?」
「というか、貴方、幾つよ?」
「12才です……あ、数えだと13才……ですね」
橘樹はあんぐりと口を開ける。
手足が細く、背丈は数えで6才の虎千代とさほど変わらない背丈の、華奢な少女。
「ま、まぁいいわ。それよりも、その衣装を脱ぎなさい! それにその髪……」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「……へぇ……こう編んでいるのね。ほどいたらフワフワちゃんじゃない。色も真っ黒じゃないのね」
苦笑する。
「祖母が異国の人間です。なので、一人だけこの色と瞳なんです」
「へぇ、いいわねぇ。じゃぁその変なもの、外して頂戴」
眼鏡を示され、おずおずと橘樹を見上げる。
「えっと……外すと、周囲が見えなくなるんですけど……」
「外しなさい。湯あみよ?」
渋々外し、橘樹らしき人のいる方を見ると、
「な、なな何よ~! お人形さんじゃない! あの馬鹿弟、仕事に一途とか言いながらちゃっかりお持ち帰りしてるじゃないの!」
「お持ち帰り……? あわわわ!」
つんのめり、ひっくり返りそうになった采明を支え、
「あの色好みには滅多うち。その前に、貴方の湯あみと着替えよね。ふふふん……楽しみ!」
橘樹は楽しんでいた。
しばらく探したものの夜の闇が辺りを包み、仕方なく虎千代探しを諦めた神五郎は、屋敷に戻る。
すると、
「いやぁぁ! 可愛いわ! 絶対この衣装が、似合うと思っていたのよ!」
「そうなんですか? 私はそういったことに無頓着で……」
「女の子なんだから、考えなさいよ。その小ささで、本当に13才とかどこの犯罪者? あぁ、あいつは犯罪者よね。幼女趣味!」
橘樹の声に、
「姉上! 誰が何だと? ……はぁ?」
目をぱちぱちする。
目の前にちょこんと座っている、小さな幼女に……。
明るい栗色の髪はくるくるフワフワとしており、大きくたれ目な同じ色の瞳はキョトンとしている。
顔立ちは柔和で美人ではないが、愛らしいお人形のようである。
「あ、えっと……お帰りなさいませ」
橘樹に教えて貰ったように正座をし、丁寧に頭を下げて挨拶をする采明。
「お食事になさいますか? 湯あみをなさいますか?」
にっこりと笑顔になり問いかけてくる少女に、一瞬、ここはどこだ? と魂を飛ばしたくなる。
しかし何とか正気に戻り、
「その姿は?」
「はい。橘樹お姉さまに整えて戴きました。着飾りなさい! と言われましたが……自分にはどうにも解らなくて……」
きょときょとと、自分の姿を見て、首をかしげ神五郎を見上げる。
「どうでしょうか? このような格好は、あまりしたことがなくて……一応、この背丈ですので、子供用だと言われました」
「こっ……」
「はい。いつもそうです。妹の方が大きいので、妹のお下がりを着ています。えと、妹はア……えっと、舞や、楽器演奏などの芸事を勉強しているんです。とても美人なんですよ」
自慢の妹のことを嬉しそうに告げる。
「舞……芸事? それは……」
口ごもる神五郎に、橘樹は、
「違うわよ。お社に奉納する舞を舞う巫女に近いわ。さっき詳しく聞いたから」
「そうなのですか? 姉上」
「そうよ。ね? 采明?」
采明は頷く。
「はい。そんな感じです」
「では、お前……采明は……」
「学問を。それと炊事洗濯掃除が得意です。繕い物も大丈夫です! し、仕立ては教えて戴ければできるようになります!」
小さい手を握りしめて訴える。
「ですから、もしよろしければ、こちらにいさせて下さい。お手伝いしますので!」
「お手伝い……学問というのは?」
神五郎の言葉に、采明は持ってきていた荷物を開けて、ノートとメモ帳を広げる。
「こちらの地図と文化、歴史と算術、文字あります。でも、歴史はお見せできません。その代わり、論語、万葉集、古今和歌集、古事記、風土記、日本書紀等の一部の文章を記載した本があります。読みたいですか? 訳文……分かりやすく意味を訳しているものもあります。いかがでしょうか?」
「……くっ……」
悔しげな顔になる。
先程、橘樹に聞いたのだ。
神五郎は、学問を修めたいと思っているのだと。
そして、最後の落とし所をバッグの奥から出して示す。
「これは私の愛読書、孫子です。孫子には孫武と孫臏の二人の参謀が作った作戦の数々です。読まれますか? 如何でしょう?」
「何が、見返りだ?」
「ここに住まわせて頂きたいのです。どうぞ、お願い致します」
采明は深々と頭を下げる。
「この時代は、私のような子供には生きにくいかと思います。私が生きていくには、大きな後ろ楯が必要なのです。神五郎さま、よろしくお願い致します」
「だ、だが! 」
「私の事を知っている方が、少しでも少ない方がいいかと思います。ですので、どうかよろしくお願い致します! できうる限り働きますので!」
何度も頭を下げる少女に、溜め息をつく。
「私にも事情があるのだが……」
「奥方の件ですか? お迎えになればよろしいかと。あ、何でしたら、私が奥方の侍女となります! よろしくお願い致します」
フワフワくるくるのまとまりのない頭を見下ろし、再び溜め息をつき、
「解った。では、この屋敷に滞在しているがいい。私は出仕しており、時間があれば教えてくれるか?」
「本当ですか? いてもいいですか?」
「仕方ない……というか、学問の師を追い払うのは学問の道を絶やすこと。私の道を進む為には采明が必要なのだ。こちらの方から改めて頼む。よろしくお願いする」
頭を下げる。
「いえ、そ、そんなことは、ありません。私の方こそ、よろしくお願い致します!」
「いや、こちらこそ!」
ペコペコと頭を下げあう二人に、溜め息をつく。
「ほら、二人共、いつまでも何やってるの。夕餉の支度ができているのよ、行きなさい!」
橘樹の言葉に、はっとした途端、上げた顔が近づく。
と、目の悪い采明にも神五郎の顔がはっきりと見える。
「……あっ!」
「わぁ!」
余りにも近い距離に、二人は顔を赤くして硬直する。
その様子に橘樹は、
「あら、いい感じじゃない。頑張りなさいな。神五郎。采明」
「な、なな、何を頑張れというんですか?」
「跡取りなら、次の跡取りを儲けなさいよ。頑張りなさいな」
「姉上!」
けらけら笑いながら、歩き去る姉に歯噛みしつつ、目が合うと赤くなる自分にどうしたことだろうと思う神五郎だった。
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