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再び登場! 本当に順応が早い景虎くんです。

その頃、景虎君は……。

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「おりゃぁぁぁ! 何をするかぁぁ! 馬鹿者!」

 大きな声とどたんばたんと大きな音が響く。

「ジュンにギョクラン、白竜はくりゅうに何をするか!」

 6才になった景虎かげとらは、2才の双子と1才の白竜と遊んでいた。
 景虎はいくら努力しようが、般若心経やギリギリ中国の五言絶句、三国時代の魏王、曹孟徳の詩歌は得意なのだが、歌が全く歌えない。
 琉璃りゅうりのようにコロコロと、目の前の弟妹のように可愛がっている3人が、きゃぁきゃぁとおいかけっこをするようなそんな可愛らしいものは歌えない。
 落ち込む景虎に、養育係になった元直げんちょくは3人と遊んでおいでと中庭に送り出したのだが、子供たちを追い回す馬鹿はいるものである。
 ヴァーセル叔父の子供は大人しく、兄弟のように仲良くしてくれるのだが、何処かの貴族の子供は3人を苛めて泣かせる。
 ギョクランはお転婆で、

「うぎゃぁぁ!」

と飛び付くが、蹴りつけるさまに、景虎が追い払う。
 ワンワンと特に小さな白竜と呼ばれる幼児は激しく泣くが、景虎は途方にくれる。
 自分は自分より幼い子供を知らないのだ。
 ギョクランとジュンは、現在滞在している国の公主の子供たちで、白竜はリョウの弟。
 クーデター……反乱の際に、主を守ろうと命を落とした父を覚えていない。
 自分の兄代わりの元直は、良く何か分からなくて悔しくて泣く自分にどうしていただろうと考え、そして思い付いたように、

「えっと……」

景虎は、元直に頼んである歌の楽譜を貰った。
 一番最初に、月英(げつえい)に聞かせて貰った琉璃の歌った歌。
 歌詞は覚えた。
 でも……。
 躊躇ったが、しがみつく白竜たちを撫でながらゆっくりと歌い出した。

 必死だが、琉璃の優しい声には近づけないものの、ゆっくりと歌っていく。

 続けようとして、いつの間にか周囲が静かになっていた。

 あれ?

と、首をかしげるとジュンが笑顔で景虎を見つめ、白竜とギョクランはいつのまにかうとうとしている。

「凄いじゃないか。景虎。素晴らしい歌だったよ」

 双子と白竜を迎えに来た公主のロウディーンとリョウが、笑顔で近づいてくる。

「おーい、ハク? 母さんが待ってるぞ?」

 そっと声をかけ、抱き上げる。

「ジュン? お父さんと一緒に帰るかい?」
「虎にーしゃんと!」
「あぁ……お父さんは悲しいよ。男の子は、お兄ちゃんが大好きなんだよね……」

 がっくりするロウディーンに、景虎が慌てる。

「えっと、私は……」
「あはは。景虎。気にしないでいいよ」

 ロウディーンはギョクランを抱き上げ、景虎の頭を撫でる。

「ジュンはね? とても音楽が大好きなんだよ。それに、景虎のように強くて優しいお兄ちゃんがね? ジュン、景虎お兄ちゃん大好きだね?」
「うん! おにーしゃんだいしゅき!」

 景虎は促されジュンと手を繋ぎ、歩き始める。
 そして……、

「考えるなと、いつも言われて……それが良く解らなかった、です。我は……殺されるか、兄を追い落とし当主になるのだと……」

ボロボロと涙を流す。

「死ぬのが当然だと、思っていました……。兄は気は弱い方だけれど、統治される地は平穏だと思っていました。でも、違う」
「何がだ?」

 そっとリョウが、問いかける。

「兄は……臣下に侮られています。それを直江家の当主の実綱さねつな……神五郎しんごろう兄上はそれを心配して何度も兄上に忠告、忠言していたのに、兄上は周囲の甘言に惑わされ……」
「……君は、兄上に言ったのかい?」
「何度か……でも、言う毎に、兄上は私を遠ざけるように……それに、噂で……兄上は、ある女性を弄び、私より年上の子供をもうけたのに、その女性と子供たちを捨てたのだと……神五郎兄上は、その親子の事を知って必死に探していると……」

 しゃくりあげる。

「兄上のその行いは絶対に許せなかった……私も義姉上になるその方と、甥姪になるお子を……探して、兄上に謝罪させたいと……! 兄上を追い落として、そのお子を当主として、年下ではあるけれど叔父として支えたい……私は兄のようにならない……! 私は子供を儲けるつもりはない! 私は、兄のようになりたくない!」
「お前は、その馬鹿兄と一緒じゃないだろ?」

 リョウが、白竜の背をとんとん叩きながら告げる。

「お前は、俺と話しているだろう?」

 景虎は顔をあげる。
 リョウは頭を撫でる。

「お前は5才だったのに、俺よりも考え方が大人だった。俺はお前の広い考え方に感心した。でも、お前は『神五郎兄上や、色々な方に教わった。自分はそこまで考える力はない。でも自分でも意見を言うように努力をしている。自分の意見を持つこと、でも、自分の意見に固執はいけない。でも、臣下とはいえ、その意見を全て聞き入れることを繰り返すこともしてはいけない。柔軟になろうと思っている』と。あの時、母に言われた」
「ローザ叔母上が?」
「『お前は、景虎殿のように考えているのですか? あの子はまだ5歳ですよ? あの子があんなに国を、将来を、未来を考えているのに、お前は景虎殿のようにシャーロット様を支えられますか? もっとお前は未来を将来を見ていきなさい! 貴方は5歳の子供よりも幼いですよ!』だぞ。家の母の迫力は知っているだろう?」

 その言葉に景虎は笑う。

「私も良く拳骨を貰うけれど……ローザ叔母上の拳骨の後のぎゅっと……嬉しい。私は余り……母を知らない……暖かくて、嬉しい」
「母も何時も俺を殴った後、嘆くぞ? 『どうしてあれほど必死に育てたのに、お前は考えが浅いの! もっと考えて行動しなさいと言っているでしょう?』拳骨でめまいがするぞ。まだ景虎には本気は出してない!」
「当たり前でしょう! お前と景虎殿は、見た目はそれでも、精神年齢が逆でしょう! 大人になりなさい!」

と、背後から頭を殴られ、よろめくリョウ。

「い、いってぇぇぇ……! お袋! ハクを抱いてるのにどうするんだ!」
「芝生の上に落ちても、擦り傷だから大丈夫よ! それよりも、お袋とはなんです! 言葉遣いを徹底的に、景虎殿に叩きのめしてもらいなさい!」
「い、いや……あの、ローザ叔母上。叩きのめしてはならぬ……普通叩き直す……」

 景虎は口を挟むが、ローザはにっこりと、

「お馬鹿な息子には徹底的にお願いしますね? それに景虎殿も、家の子供と年が変わらないのですからね? この叔母さんでよければ、お母さんでいいんですよ?」
「えっ! でも、叔母上は、ハクや兄上達の母上で……」
「じゃぁ、景虎と呼びますよ? お母さんと呼んでちょうだい? 息子が4人でも5人でも変わらないわ。それにこんなに可愛い息子なんて自慢よ~!」

 おほほ~♪

と楽しそうに笑う。

「ロウディーン様? もしよろしければ、時々私の所に……駄目でしょうか?」
「それは良いですが、あの部屋では狭くありませんか?」
「大丈夫ですわ? リョウを追い出しますし。暑苦しいですもの」
「あぁ、リョウは一人部屋でもいいですね。同じ名前のりょう殿の近くに部屋を用意しましょう」

 大人は笑う横で、景虎はリョウを見上げ、

「リョウ兄上……大丈夫だ! 努力をすれば、実を結ぶ! 頑張ろう!」
「……年下のお前にも憐れまれるとは……俺ももっと頑張る!」
「私も頑張るゆえ……」

7人はゆっくりと宮殿に入っていったのだった。
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