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惰眠をむさぼっていた竜さんがお目覚めのお時間のようです。

孔明さんは、実際恪ちゃんの将来が不安だと思います。

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 子瑜しゆの屋敷に落ち着いた一行だが、きょうは赤い顔のまま、孔明こうめい琉璃りゅうりの衣の裾を握り締め離れようとしなかった。
 仕方なく喬を琉璃が抱っこし、その琉璃を孔明が膝に乗せることで落ち着いた。

「どこをどう見ても、親子だな」

 お茶を振る舞われ少し調子の良くなった月英げつえいは妹夫婦を見、呟く。

「家の子だよ~? どうしてりょうが父親なの!」

 訴える子瑜に、月英は、

「ん? だって、兄上。目鼻立ち、孔明に似てますよ。この子。それに孔明も子供がいてもおかしくないでしょう?」
「そりゃ、そうだけどさ……似てないって酷くない? 父だよ父! ねぇ? 喬。お父さんの所においで」

声をかけるが、喬はプルプルと首を振ると、叔母である琉璃に抱きつく。

「実の父親なのに嫌われてるね。兄上?」

 けらけらと笑い声を上げるきんの足を蹴り飛ばす。

「うるさい! 忙しくて時間が合わないんだから、仕方ないでしょ? だから、仕事を減らせって言ってるのに、子敬しけいどのは……」

 恨めしげに睨んでくる子瑜に、子敬は真顔で、

「子供は放っておいても育つものだよ。まぁ、兄弟仲が良ければ。それなりに補いあって成長できるだろうしね。でも、君のところは仲が良くないねぇ……」
かくは小さい頃から利発と言えば利発で、小さい頃から良く喋ったよ。『論語ろんご』と『春秋しゅんじゅう』、『孫子そんし』に『墨子ぼくし』、『荀子じゅんし』等々……他にも亮が送ってくれた書簡類も読ませてるね」
「は? もしかして『仏陀ぶっだ』の思想書とか、その他諸々もですか?」

孔明は、琉璃が喬と遊ぶ様子を楽しげに見つめていたものの、聞き捨てならない発言に顔を上げる。

「兄上! あれは、兄上の為に写した書で、まだ幼い子供が読むものではありませんよ?」
「だって、亮は出来たじゃない? だから、恪に喬も出来るかなって。まぁ、恪は読むばかりで、それに書物の深い意味を思索することをしないから、困ってるんだよ。喬は逆に思案しすぎて熱を出して寝込むんだけど」
「私にしたからといって、甥たちに合う勉強法だと考えてはいけませんよ? 善悪の理解も難しい幼い子供に、凶器を持たせるようなものです! もし恪や喬が、兄上が主君について遠方にいる時に、何かがあったらどうします? 兄上のように実践を重ね、思索を練るならまだしも、書簡を読んで理解したふりでは命に係わります! 即刻そういう勉強法は止めるべきです!」

 強い口調で兄に言い放った孔明に、甲高い声が響く。

「良い年をして、どこの主君にも仕えずに兄弟にお金をせびって生きてるお前に、恪を馬鹿にする資格はない! 父上や恪を馬鹿にするなら出ていけ! ここは、恪が跡を継ぐ本家だ!」

 食って掛かる恪に、孔明は珍しく強ばった表情で答える。

「恪……軍略を述べるだけが、どれ程恐ろしいか解らないでしょう? ……軍を統率する周公瑾しゅうこうきんどのは解っている。武将や武官、策を練る参謀……幾ら天才的な参謀でもある公瑾どのですら、策を練ったところで実戦では思うようにならない事もあるはずだ。何故なら、こちら側が策を練るのと同様に、相手側も策を練る。そして、互いが練った策をぶつけ合うのが戦場で、策が成功してもこちら側に被害が全くないことはあり得ない。それに、幾ら策を武将に伝えたとしても、言うことを完全に理解して、言葉通り動くことは決してあり得ない」

 孔明は通常の子供には決して話さない口調で、訴えるように続ける。

「そんな完全、完璧な戦などない! 武将にも感情はあるし自由に動く権利がある。その事を理解して発言しているか? それにお前は、お前の練った策がどのような結果になったとしても、責任を負うことはできるか?」

 珍しく口調を荒らげ恪に言い募る。

「出来ないだろう! 出来ない者がさも出来るかのように話すのは良くないと私は言っているんだよ。口先だけでは戦は勝てない! 口先だけの人間など今の世には必要ない! 必要なのは大量の策を考えておき、臨機応変に武将が戦いやすく、そして勝つのではなく負けない為に策を選び告げる。書簡で理解した戦術を、そのまま用いても意味はない! そんな甘い世界じゃない! だから、私はお前や喬に危険が及ばないか、心配している! その心配など要らないというのなら、それで結構だ! 私は出来損ないの叔父だ。口を挟まない。それで良いんだろう?」
「良いとも! 成長しても恪は恪だ! 亮叔父なんて臆病者だ! 見てろ? 恪は孫将軍の元で大出世して、軍略官として武将として名前を残してやる。亮叔父なんてどこかで勝手に死んでしまえ!」

 その言葉に孔明は息をのみ、そして目を伏せ立ち上がる。

「……兄上。恪はああ言っていますし……これで失礼します。喬? 父上の所に行きなさい」
「いにゃぁぁぁ~! おとーしゃん! おとーしゃん、おかーしゃん!」
「叔父さんはお父さんじゃないんだよ。だから、父上の所に行きなさい。じゃぁ……公瑾どの、子敬どの。失礼します」

 妻を抱き締めたまま、去っていく孔明をとてとてと追いかけ、衣を握りしめる喬。

「こら……叔父さんの衣を引っ張らないで、喬? バイバイだよ?」
「やぁぁぁ~!」

 衣ではらちが明かないと思ったのか、足にしがみつくと、よじ登り始める。
 すると、喬の重みで孔明の衣が緩み、その下……肌が所々顕になる。
 子瑜に公瑾、月英と女性陣が絶句する。

 その肌は焼けただれ、切り傷や刺し傷が、歴戦の武将を見慣れた公瑾ですら見たこともない程、散っている。

「……りょ……亮……! そ、れ……!」

 子瑜に指摘され、自らの姿を確認した孔明は一瞬眉をひそめ、そして作り笑いを浮かべる。

「昔の怪我です。もう何ともありません。恥ずかしいものをお見せしてすみません。兄上。喬をお願いします」

 頭を下げると喬を兄に渡す。

「母上と姉上に挨拶をして帰ります。失礼します」

 衣を直し、呆然とする家族達を尻目に忙しげに立ち去る。

「あ、れ……何? 均? あれは、何なの?」

 子瑜は下の弟を振り返る。

「12才から荊州にたどりつくまでに、負った傷……」
「どう言うこと? 叔父上が何とか……」
「する訳ないでしょ? あの父の兄弟だよ? 兄様を召し使いのようにこきつかい、機嫌が悪いとムチで打ち背中や全身を炙った。それに、酒に酔っては一応女の部類になる、姉上達を暴行してやろうと隙を狙ってた。それを阻む為にあれこれ手を打ち、それがばれると殴られ蹴られる。あの叔父が死んで喜んだのは姉上達と私だよ! それのどこが悪いの? 出来損ないの参謀に口先だけの州牧。それに振り回されたのは私達で、被害を受けたのは兄様だよ! 必死に足手まといの僕達3人だけじゃなく、あのエセ善人の叔父を助け、軍略を練り戦った。勝たなかったけれども、負けない戦を実践した……」

苦々しげに、均は甥を睨み付ける。

「恪だっけ? 兄様を、兄弟に金をせびる恥ずかしいとか言ったよね? 訂正してくれる? 兄様は自給自足の生活を楽しんでるんだよ。琉璃の父上や兄上である月英師匠から貰うのは、兄様が働いた……古くて珍しい書簡を書き写したり、二人の手伝いをして通訳をしたりした時の賃金で、金をくれとねだったり、押し掛けたりなんて決してしない。仕事だって、水鏡老師すいきょうろうしの代わりに弟弟子に講義をしたり、畑で食べ物や薬草を作って育ててそれを売ったり、知り合いに分けたりしてる。それは時々、お前の父上や姉上達にお金を貰うことはあっても、それは全て要らないと送り返してる。と言うのに、誰に聞いたの? そのお金のこと」
「ち、父上や母上が話してた……」
「へぇ……きん兄上が兄様を蔑む? 金をせびるって?」
「そ、そうだ!」

 胸をそらす甥の頭をパンと叩き、

「言うか! この変人兄上が。兄様溺愛発言ならあるけど、金をせびるからって愚痴ったりもないね。逆にせびってきたら喜んで出すよね?」
「変態弟の発言には、賛成したくないけど、亮がお金貸して下さいって便りくれたら、この家売っても良いよ~?」

真顔で子瑜は頷く。

「亮は欲がないし、亮がお金貸して下さいって事は、一大事ってことでしょ? 出さない訳ないでしょ。ねぇ? 均」
「それもそうだよね。それにさぁ……恪? 普通、金を貸してくれって金持ちに言いに行くものでしょ? そっちの月英師匠は、荊州けいしゅう一の大金持ちで、しかも琉璃……恪の叔母上の兄上。遠くの兄上より近くの義兄に借りる方が早くない? それ位賢いんだと豪語するなら考えなよね……? 本気で、変人兄上、将来これが諸葛家しょかつけの跡取り大丈夫? あ、でも、喬は可愛いなぁ」

 均は、置き去りにされ泣きじゃくる喬の頭を撫でる。

「……で、話は戻るけど、姉上達や兄上達は、兄様ではなく兄様の妻の琉璃の衣装や装飾品、裁縫道具、小物そういったものを贈るようにしているんだよ。兄様は自分のものは受け取らない。受け取るのは琉璃の為。琉璃に喜んで貰うのが一番の幸せ。琉璃が今の生活に満足してるから、自分も嬉しいし満足。ただそれだけ。自分が偉い、賢い。ついでに夢が出仕をして良い位に昇って見せるんだと言うのは、お前の勝手。その勝手な考えの枠の中に、兄様をはめ込まないでくれる? 今すぐ兄様に謝ってくれると、叔父としては嬉しいんだけど? ついでに兄様の悪口は、金輪際口にして欲しくないな。甥とはいえ、不愉快だよ」

 均の声が静かに響く。

「小さいし賢いかも知れないけど、私は恪を諸葛家の跡取りと認めない! 兄様に謝るまでは認めてやらない! じゃぁ、私も玉音ぎょくおんと、母上と姉上に挨拶にいくから……喬もいく? お父さんとお母さんいるかも」
「くー!」

 うっきゃぁっとはしゃぐ下の甥を抱き上げ、そして月英と碧樹へきじゅ、公瑾と子敬に挨拶をして出ていったのだった。 
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