破鏡の世に……(アルファポリス版)

刹那玻璃

文字の大きさ
59 / 100
惰眠をむさぼっていた竜さんがお目覚めのお時間のようです。

孔明さんは、実際恪ちゃんの将来が不安だと思います。

しおりを挟む
 子瑜しゆの屋敷に落ち着いた一行だが、きょうは赤い顔のまま、孔明こうめい琉璃りゅうりの衣の裾を握り締め離れようとしなかった。
 仕方なく喬を琉璃が抱っこし、その琉璃を孔明が膝に乗せることで落ち着いた。

「どこをどう見ても、親子だな」

 お茶を振る舞われ少し調子の良くなった月英げつえいは妹夫婦を見、呟く。

「家の子だよ~? どうしてりょうが父親なの!」

 訴える子瑜に、月英は、

「ん? だって、兄上。目鼻立ち、孔明に似てますよ。この子。それに孔明も子供がいてもおかしくないでしょう?」
「そりゃ、そうだけどさ……似てないって酷くない? 父だよ父! ねぇ? 喬。お父さんの所においで」

声をかけるが、喬はプルプルと首を振ると、叔母である琉璃に抱きつく。

「実の父親なのに嫌われてるね。兄上?」

 けらけらと笑い声を上げるきんの足を蹴り飛ばす。

「うるさい! 忙しくて時間が合わないんだから、仕方ないでしょ? だから、仕事を減らせって言ってるのに、子敬しけいどのは……」

 恨めしげに睨んでくる子瑜に、子敬は真顔で、

「子供は放っておいても育つものだよ。まぁ、兄弟仲が良ければ。それなりに補いあって成長できるだろうしね。でも、君のところは仲が良くないねぇ……」
かくは小さい頃から利発と言えば利発で、小さい頃から良く喋ったよ。『論語ろんご』と『春秋しゅんじゅう』、『孫子そんし』に『墨子ぼくし』、『荀子じゅんし』等々……他にも亮が送ってくれた書簡類も読ませてるね」
「は? もしかして『仏陀ぶっだ』の思想書とか、その他諸々もですか?」

孔明は、琉璃が喬と遊ぶ様子を楽しげに見つめていたものの、聞き捨てならない発言に顔を上げる。

「兄上! あれは、兄上の為に写した書で、まだ幼い子供が読むものではありませんよ?」
「だって、亮は出来たじゃない? だから、恪に喬も出来るかなって。まぁ、恪は読むばかりで、それに書物の深い意味を思索することをしないから、困ってるんだよ。喬は逆に思案しすぎて熱を出して寝込むんだけど」
「私にしたからといって、甥たちに合う勉強法だと考えてはいけませんよ? 善悪の理解も難しい幼い子供に、凶器を持たせるようなものです! もし恪や喬が、兄上が主君について遠方にいる時に、何かがあったらどうします? 兄上のように実践を重ね、思索を練るならまだしも、書簡を読んで理解したふりでは命に係わります! 即刻そういう勉強法は止めるべきです!」

 強い口調で兄に言い放った孔明に、甲高い声が響く。

「良い年をして、どこの主君にも仕えずに兄弟にお金をせびって生きてるお前に、恪を馬鹿にする資格はない! 父上や恪を馬鹿にするなら出ていけ! ここは、恪が跡を継ぐ本家だ!」

 食って掛かる恪に、孔明は珍しく強ばった表情で答える。

「恪……軍略を述べるだけが、どれ程恐ろしいか解らないでしょう? ……軍を統率する周公瑾しゅうこうきんどのは解っている。武将や武官、策を練る参謀……幾ら天才的な参謀でもある公瑾どのですら、策を練ったところで実戦では思うようにならない事もあるはずだ。何故なら、こちら側が策を練るのと同様に、相手側も策を練る。そして、互いが練った策をぶつけ合うのが戦場で、策が成功してもこちら側に被害が全くないことはあり得ない。それに、幾ら策を武将に伝えたとしても、言うことを完全に理解して、言葉通り動くことは決してあり得ない」

 孔明は通常の子供には決して話さない口調で、訴えるように続ける。

「そんな完全、完璧な戦などない! 武将にも感情はあるし自由に動く権利がある。その事を理解して発言しているか? それにお前は、お前の練った策がどのような結果になったとしても、責任を負うことはできるか?」

 珍しく口調を荒らげ恪に言い募る。

「出来ないだろう! 出来ない者がさも出来るかのように話すのは良くないと私は言っているんだよ。口先だけでは戦は勝てない! 口先だけの人間など今の世には必要ない! 必要なのは大量の策を考えておき、臨機応変に武将が戦いやすく、そして勝つのではなく負けない為に策を選び告げる。書簡で理解した戦術を、そのまま用いても意味はない! そんな甘い世界じゃない! だから、私はお前や喬に危険が及ばないか、心配している! その心配など要らないというのなら、それで結構だ! 私は出来損ないの叔父だ。口を挟まない。それで良いんだろう?」
「良いとも! 成長しても恪は恪だ! 亮叔父なんて臆病者だ! 見てろ? 恪は孫将軍の元で大出世して、軍略官として武将として名前を残してやる。亮叔父なんてどこかで勝手に死んでしまえ!」

 その言葉に孔明は息をのみ、そして目を伏せ立ち上がる。

「……兄上。恪はああ言っていますし……これで失礼します。喬? 父上の所に行きなさい」
「いにゃぁぁぁ~! おとーしゃん! おとーしゃん、おかーしゃん!」
「叔父さんはお父さんじゃないんだよ。だから、父上の所に行きなさい。じゃぁ……公瑾どの、子敬どの。失礼します」

 妻を抱き締めたまま、去っていく孔明をとてとてと追いかけ、衣を握りしめる喬。

「こら……叔父さんの衣を引っ張らないで、喬? バイバイだよ?」
「やぁぁぁ~!」

 衣ではらちが明かないと思ったのか、足にしがみつくと、よじ登り始める。
 すると、喬の重みで孔明の衣が緩み、その下……肌が所々顕になる。
 子瑜に公瑾、月英と女性陣が絶句する。

 その肌は焼けただれ、切り傷や刺し傷が、歴戦の武将を見慣れた公瑾ですら見たこともない程、散っている。

「……りょ……亮……! そ、れ……!」

 子瑜に指摘され、自らの姿を確認した孔明は一瞬眉をひそめ、そして作り笑いを浮かべる。

「昔の怪我です。もう何ともありません。恥ずかしいものをお見せしてすみません。兄上。喬をお願いします」

 頭を下げると喬を兄に渡す。

「母上と姉上に挨拶をして帰ります。失礼します」

 衣を直し、呆然とする家族達を尻目に忙しげに立ち去る。

「あ、れ……何? 均? あれは、何なの?」

 子瑜は下の弟を振り返る。

「12才から荊州にたどりつくまでに、負った傷……」
「どう言うこと? 叔父上が何とか……」
「する訳ないでしょ? あの父の兄弟だよ? 兄様を召し使いのようにこきつかい、機嫌が悪いとムチで打ち背中や全身を炙った。それに、酒に酔っては一応女の部類になる、姉上達を暴行してやろうと隙を狙ってた。それを阻む為にあれこれ手を打ち、それがばれると殴られ蹴られる。あの叔父が死んで喜んだのは姉上達と私だよ! それのどこが悪いの? 出来損ないの参謀に口先だけの州牧。それに振り回されたのは私達で、被害を受けたのは兄様だよ! 必死に足手まといの僕達3人だけじゃなく、あのエセ善人の叔父を助け、軍略を練り戦った。勝たなかったけれども、負けない戦を実践した……」

苦々しげに、均は甥を睨み付ける。

「恪だっけ? 兄様を、兄弟に金をせびる恥ずかしいとか言ったよね? 訂正してくれる? 兄様は自給自足の生活を楽しんでるんだよ。琉璃の父上や兄上である月英師匠から貰うのは、兄様が働いた……古くて珍しい書簡を書き写したり、二人の手伝いをして通訳をしたりした時の賃金で、金をくれとねだったり、押し掛けたりなんて決してしない。仕事だって、水鏡老師すいきょうろうしの代わりに弟弟子に講義をしたり、畑で食べ物や薬草を作って育ててそれを売ったり、知り合いに分けたりしてる。それは時々、お前の父上や姉上達にお金を貰うことはあっても、それは全て要らないと送り返してる。と言うのに、誰に聞いたの? そのお金のこと」
「ち、父上や母上が話してた……」
「へぇ……きん兄上が兄様を蔑む? 金をせびるって?」
「そ、そうだ!」

 胸をそらす甥の頭をパンと叩き、

「言うか! この変人兄上が。兄様溺愛発言ならあるけど、金をせびるからって愚痴ったりもないね。逆にせびってきたら喜んで出すよね?」
「変態弟の発言には、賛成したくないけど、亮がお金貸して下さいって便りくれたら、この家売っても良いよ~?」

真顔で子瑜は頷く。

「亮は欲がないし、亮がお金貸して下さいって事は、一大事ってことでしょ? 出さない訳ないでしょ。ねぇ? 均」
「それもそうだよね。それにさぁ……恪? 普通、金を貸してくれって金持ちに言いに行くものでしょ? そっちの月英師匠は、荊州けいしゅう一の大金持ちで、しかも琉璃……恪の叔母上の兄上。遠くの兄上より近くの義兄に借りる方が早くない? それ位賢いんだと豪語するなら考えなよね……? 本気で、変人兄上、将来これが諸葛家しょかつけの跡取り大丈夫? あ、でも、喬は可愛いなぁ」

 均は、置き去りにされ泣きじゃくる喬の頭を撫でる。

「……で、話は戻るけど、姉上達や兄上達は、兄様ではなく兄様の妻の琉璃の衣装や装飾品、裁縫道具、小物そういったものを贈るようにしているんだよ。兄様は自分のものは受け取らない。受け取るのは琉璃の為。琉璃に喜んで貰うのが一番の幸せ。琉璃が今の生活に満足してるから、自分も嬉しいし満足。ただそれだけ。自分が偉い、賢い。ついでに夢が出仕をして良い位に昇って見せるんだと言うのは、お前の勝手。その勝手な考えの枠の中に、兄様をはめ込まないでくれる? 今すぐ兄様に謝ってくれると、叔父としては嬉しいんだけど? ついでに兄様の悪口は、金輪際口にして欲しくないな。甥とはいえ、不愉快だよ」

 均の声が静かに響く。

「小さいし賢いかも知れないけど、私は恪を諸葛家の跡取りと認めない! 兄様に謝るまでは認めてやらない! じゃぁ、私も玉音ぎょくおんと、母上と姉上に挨拶にいくから……喬もいく? お父さんとお母さんいるかも」
「くー!」

 うっきゃぁっとはしゃぐ下の甥を抱き上げ、そして月英と碧樹へきじゅ、公瑾と子敬に挨拶をして出ていったのだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...