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そうこうしていると王太子が先生と呼ぶ老人と王妃が、廊下でばったり会ったらしく二人は、騒がしくしているのを見て何事だと思いながら、ジャスミンの部屋にやって来た。

言い淀む女官など、放置して王太子は、先程のやり取りを話していた。


「そのことなら、先生方が授業の出来がよくないとみんなから報告を受けていますよ」
「ほぅ。そんなに難しい授業をなさっておられるのか。それは、ぜひとも学んでみたいものだ」
「……」


ジャスミンは、そんなやり取りをしているのをただ黙って聞いているだけだった。

この国では、そんな態度はよろしくないとされるが、ジャスミンの国では許されることだった。ジャスミンは、まがりなりにも姫なのだ。だから、そんな態度に老人は気にせず気さくに声をかけていた。


「ジャスミン姫。授業は、難しいですかな?」
「……えぇ、とても、よもやまだ、こちらの国では日常的に使われているとは思いもしませんでした。母国では、古代語なんて習ったところで使うことはないと言われておりましたから」
「何を言っているの? 古代語なんて、お妃教育には含まれていないわ」
「まぁ、そうなのですか? でしたら、どなたかが訳されようとしているお手伝いに私をお使いになられているようですね」


ジャスミンは、女官に目配せしてやらされているものを見せた。

広げられたそれらをディミトリウスと老人、王妃が除き込んだ。


「ほぅほぅ、確かにこれは、難しい」
「えぇ、ここの訳がようやくしっくりきたところなんです」
「どれどれ……、これは見事な訳し方ですな」
「っ、凄いな。ジャスミン、古代語を読めるのか。私も、先生に習ってはいるが、こんなところまで訳せたりできない」


王妃は、そんな課題を出しているわけがないと言うので、他の課題も見せたが、それらも王太子妃の必要ではないものばかりだった。

それならばと上手くできていないと嘆いて報告されていたお茶をジャスミンが淹れることになった。


「この国のお茶は、まだまだですが、精一杯淹れさせていただきます」


そう言って、ジャスミンが淹れ始めた。それを見ていた王妃は、所作の美しさに目を丸くしていた。

王太子は、その一挙手一投足に見惚れていた。老人は、ジャスミンの心を込めて淹れる姿を終始にこにこと見ていた。

ジャスミン付きの女官たちは、当たり前だと言わんばかりの顔をしていた。


「どうぞ」
「ありがとう。突然、やって来て、こんなもてなしをしていただけるとは嬉しい限りだ」
「私も、お顔が見れて嬉しいです。また、旅のお話をお聞かせください」


王妃と王太子にもお茶を配り、その茶の味にホッと和んでいた。湯加減も、味も、申し分なかったのだ。それこそ、今まで同じ茶葉で飲んでいたものが、色褪せるほどの味だった。


「……」


王妃は、他のことでもできていないと言われているからとジャスミンに一通りやらせるも、ジャスミンはそれらを完璧にこなしてみせた。

老人は褒めちぎり、王太子はジャスミンに終始見惚れていた。

王妃は、何とも言えない顔をして、急用ができたからと帰って行った。


「ジャスミン。母上のことは気にしなくていい」
「王妃殿下は、マナーに厳しい方ですからな。ジャスミン姫が、この国で困らないようになさりたかったのでしょう」
「……」


男性二人は、色々と言っていたがジャスミンは、王太子妃として今更、誰かに教わることなどないとひけらかしたことで、王妃のことを馬鹿にしたようなものだ。


(これで、嫌ってくれるといいのだけれど。あからさま過ぎたかしらね)


そんなことを思っていた。







部屋に戻るなり、王妃はずっと思案顔をしていたが、こんなことを呟いた。


「……彼女の教育係には、暇を出した方がよさそうね」
「王妃殿下」
「あなたも、休んでいいわよ」
「そんな」
「出来が悪いなんて報告を鵜呑みにし過ぎて、とんでもない恥をかいたわ。彼女のことで、色々言っていた者たちも、みんな暇を出しなさい。それと教育係は、最高の先生を探して連れて来なさい。三流でも、二流でも、駄目よ。この国のお妃教育が、この程度だったなんて思われたら、我が国の恥だわ」


王妃は、ジャスミンが疲れ切った顔をしているのを思い出して、ジャスミンの好きなものを調べさせるのも忘れなかった。


「王妃殿下」
「あの姫を他所に譲るなんてしては駄目よ。王太子が見初めただけはあるわ。完璧も、完璧だわ。あぁでも、しばらくは、休んでもらいなさい。怪我が治ったばかりなのに。私の配慮が至らなかったせいで、酷い目にあわせてしまったわ。お詫びの品を用意して。すぐよ。それと私が持って行くわ」
「王妃殿下が、ですか?」
「そうよ。私の落ち度だもの。この国の良さを伝えるのは、その後よ。まずは、私が誠意を見せなくては」


王妃は、ジャスミンの態度に激怒するどころか、益々気に入ったようだ。

ジャスミンは、気に入れたくなくてやったのだが、作法に関して鬼のように厳しい王妃は、ジャスミンの洗練されたお茶に心奪われてしまったようだ。


「あの子が、私の義娘になる。あんな娘がほしかったのよ」


どこに出しても恥ずかしくない娘を王妃は欲していたが、王子しか産むことができなかったのだ。産んだところで、あそこまでの娘に育て上げられるかは別物だが。

それこそ、母親を早くに亡くした姫が、あそこまでとなって育ったのだ。王妃は、それに想いを馳せていた。

身一つで、他国に嫁ぎに来て、一度目の婚約者には散々な目に合わされ、二度目の婚約者の母の采配で、酷い目にあったのだ。この国の印象は、最悪もいいところだろう。


「隣国の王が、あの子を溺愛するのがよくわかるわ」


ジャスミンは、王妃に嫌われようとして、とんでもないのに好かれてしまっただけだったようだ。


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