上 下
340 / 493
第4章 更なる戦い

第339話 小川明子19

しおりを挟む
 記憶の異変に気が付いたのは、明子ばかりではなかった。
「・・・いったい、これはどういうことですの?」
 こちらは202室ー小川明子同様に、シャワーを浴びて入浴を済ませた後にベッドで眠りこけていた藤原優里が目を覚まし、その夢の内容を反芻していた時のことだった。
「なぜ・・・私は、家族の名前を思い出せないのですか?」
 青ざめた顔で額を抑える優里。
 先ほどまで、家族と共に過ごしていた夢を見ていたのは覚えている。家族の顔もはっきりと認識できるもので明晰夢だった。つまりは、自分は夢を見ているのだなという認識はあったということだ。
 ただ、その夢の中で、家族はみな自分の名前を呼んでいたのだが、不思議なことに、優里が弟の名前を呼ぼうとした時ーなぜか、その名前を呼ぶことができなかったのだー
「弟ばかりではなく、父も、母も、そして妹さえも・・・」
 家族の名前が全く出てこないー顔や容姿ははっきりと認識できているのにーである。
「・・・」
 大会運営側は、参加者の記憶について、この島に来る直前ーつまりは日本で死ぬ直前ーのものに関しては「曖昧化」という処置を施していると説明している。大会参加者たちに対する心理的影響を考慮したうえで、という説明だった。
 だが、家族の名前は、明らかに「死ぬ直前」のものとはいえない。忘れようもないもののはずだ。さらに不可解なのは、相手の名前は思い出せなくても、なぜか顔立ちや容姿についてははっきりと覚えているということである。それに、その情景は、明晰夢にしてはやたらとはっきりしているようにも感じられた。
 これなら、寝ている間に並行世界へと移動したと思い込んでもおかしくはなかった。
「普通の健忘症ーとは、明らかに異なりますわね、これは・・・」
 長期記憶に多大な影響がある記憶喪失ならば、そもそも相手の容姿や顔立ちすら忘れてしまってもおかしくはないはずだ。しかし、今回のケースでは相手の名前だけが欠落しているという、非常に理解しがたい状況である。
 ひょっとしたら、そう言った部分的に記憶を失うということもあるのかもしれないが、専門家でもない優里にその方面の知識などない。
 なんとも言えぬ薄気味悪さだけが残る感じだった。
「それにしても・・・まさか家族の名前を思い出せなくなるだなんて・・・」
 もう二度と再会することもないかもしれない。だが、それでも肉親の名前を思い出せなくなるというのは思ったよりも衝撃が大きかった。
「もしかしたら、他の方についての記憶も・・・」
 疑い始めるとキリがなかった。
 ーいったい、私はどうしてしまったのだろうーと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高校生集団で……

望悠
大衆娯楽
何人かの女子高校生のおしっこ我慢したり、おしっこする小説です

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

処理中です...