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第4章 更なる戦い
第340話 小川明子20
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大会運営側による記憶の「曖昧化」とはいったい何なのだろうかー
確かに、この島に来る直前ーつまりは、日本で死を迎える直前の光景というのは、参加者たちにとっては思い出したくもないものだろう。それを曖昧化することで、思い出させないようにするというのは、参加者たちに対する配慮と言われれば、そのまま納得してしまいそうである。
「私たちは、大会運営側に言われるままに、何の疑問も持たなかった・・・?」
おそらく、ほとんどの参加者たちがそうだったのではないだろうか。
そもそも、人間の記憶というのは、実はよくわかっていない部分が多い。短期記憶に関しては海馬に保存されているということは判明しているのだが、長期記憶に関してはそもそも脳のどこに保存されているのか?あるいは脳ではなく人体全てか、はたまた遺伝子レベルなのかーまだはっきりとはわかっていない段階なのである。それどころか、そもそも人体には長期記憶はなく、それこそクラウドみたいに個人とはかけ離れた次元に保存されているのではないかという、かなり神秘主義的な意見さえあるくらいだった。
大会運営側の言う記憶の「曖昧化」というのが一体どれだけ個人の記憶に干渉するものなのか、その結果、どのような副作用が参加者たちにもたらされるのか、そういう説明はほとんどなかった。
意図的に隠しているのか、それとも大会運営側も、こういったケースを想定していなかったのかー
「・・・いずれにしろ、何も知らないということほど恐ろしいものはないですね」
一度気が付いてしまえば、もう前の状態に後戻りすることはできない。
とはいえ、記憶については優里個人の手でどうにかできるというわけでもない。
「・・・ふう」
優里は軽く息をつくと、ベッドから起き上がり、部屋の照明をつけた。
もうすっかり目も覚めてしまい、二度寝なんてできそうになかった。
「・・・気が付かない、気にしない方が幸せだったのかもしれませんね・・・」
部屋に備え付けられている椅子に座り、何とはなしに天井を見上げた。そのまましばらく、何をするでもなく茫然とし続ける。
日本の地を踏むことは二度とないということはわかっている。これまでに何人もの相手を手にかけてきた自分が、例え大会で優勝して日本へ戻れたとしても、そのまま何食わぬ顔をして以前と同じ生活に戻れるかと言われれば、そんなことができるわけないということもわかっている。
しかし、それでもショックは大きい。自分の肉親のことを思い出せなくなっているという事実は、優里の心に大きな影を落としていた。
「結局、私たちはこの島で戦い、そして果てるしかないのですね・・・」
その修羅の道の先に待っているのは、結局は破滅ー避けることのできない、今度こそ本当の終末なのだ。
ならば、その最後を迎えるその時まで、私はただただ敵を狩り続けるのみだー
快楽を求めて、既に舗装されている破滅への道を突き進むのみ。
優里は、かすかに口の端を歪めた。それは、開き直りにも等しい自虐的な笑みであった。
確かに、この島に来る直前ーつまりは、日本で死を迎える直前の光景というのは、参加者たちにとっては思い出したくもないものだろう。それを曖昧化することで、思い出させないようにするというのは、参加者たちに対する配慮と言われれば、そのまま納得してしまいそうである。
「私たちは、大会運営側に言われるままに、何の疑問も持たなかった・・・?」
おそらく、ほとんどの参加者たちがそうだったのではないだろうか。
そもそも、人間の記憶というのは、実はよくわかっていない部分が多い。短期記憶に関しては海馬に保存されているということは判明しているのだが、長期記憶に関してはそもそも脳のどこに保存されているのか?あるいは脳ではなく人体全てか、はたまた遺伝子レベルなのかーまだはっきりとはわかっていない段階なのである。それどころか、そもそも人体には長期記憶はなく、それこそクラウドみたいに個人とはかけ離れた次元に保存されているのではないかという、かなり神秘主義的な意見さえあるくらいだった。
大会運営側の言う記憶の「曖昧化」というのが一体どれだけ個人の記憶に干渉するものなのか、その結果、どのような副作用が参加者たちにもたらされるのか、そういう説明はほとんどなかった。
意図的に隠しているのか、それとも大会運営側も、こういったケースを想定していなかったのかー
「・・・いずれにしろ、何も知らないということほど恐ろしいものはないですね」
一度気が付いてしまえば、もう前の状態に後戻りすることはできない。
とはいえ、記憶については優里個人の手でどうにかできるというわけでもない。
「・・・ふう」
優里は軽く息をつくと、ベッドから起き上がり、部屋の照明をつけた。
もうすっかり目も覚めてしまい、二度寝なんてできそうになかった。
「・・・気が付かない、気にしない方が幸せだったのかもしれませんね・・・」
部屋に備え付けられている椅子に座り、何とはなしに天井を見上げた。そのまましばらく、何をするでもなく茫然とし続ける。
日本の地を踏むことは二度とないということはわかっている。これまでに何人もの相手を手にかけてきた自分が、例え大会で優勝して日本へ戻れたとしても、そのまま何食わぬ顔をして以前と同じ生活に戻れるかと言われれば、そんなことができるわけないということもわかっている。
しかし、それでもショックは大きい。自分の肉親のことを思い出せなくなっているという事実は、優里の心に大きな影を落としていた。
「結局、私たちはこの島で戦い、そして果てるしかないのですね・・・」
その修羅の道の先に待っているのは、結局は破滅ー避けることのできない、今度こそ本当の終末なのだ。
ならば、その最後を迎えるその時まで、私はただただ敵を狩り続けるのみだー
快楽を求めて、既に舗装されている破滅への道を突き進むのみ。
優里は、かすかに口の端を歪めた。それは、開き直りにも等しい自虐的な笑みであった。
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