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19 一人ではなく二人で

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「はい、サリクスさん。こんなものしか出せませんが」

 店のカウンター席で唸っているサリクスに、フラムの妻であるスピサがお茶を差し出してきた。
 サリクスは慌てて顔を上げて、礼をする。

「申し訳ありません、気を使わせてしまって」

「いいのよ。それより、さっきはホムラが邪魔してごめんなさいね。あの子、石窯を壊したことに責任を感じているのよ」

 スピサは隣の席で絵を描いているホムラに顔を向けた。
 事情を聞くに、石窯が壊れたのは彼女の力加減が原因だそうだ。
 友達の誕生日プレゼントとして看板料理を自分で作って振る舞おうとしたのだが、張り切りすぎたせいで必要以上に魔法を使ってしまったらしい。
 すぐさま、そばにいたフラムが炎を抑えたため火事には至らなかったが、石窯は大破してしまった。
 友達に料理をプレゼントできないどころか、両親の仕事に支障をきたす失敗をした事実は、幼い子供を落ち込ませるのに充分であった。
 サリクスは、傍から見ても元気のないホムラの姿に胸を痛めた。

「大丈夫です。ユーカリさんが石窯を直してくれますし、その間は私が何とかしますから」

 安心させるように、サリクスはホムラに声をかける。
 だが不安は拭えないのだろう。ホムラは、体に纏う炎をゆらめかせた。

「おねえちゃん、つくれる、いしがま?」

「ええ、もちろんよ。任せてちょうだい」

 笑顔で答えるも、サリクスは内心焦っていた。

(とはいえ、ユーカリ様が仰ったように、イフリートの炎に耐えられる材料は限られている。すぐには用意できない。特別な材料を使わず、どうすれば……)

 ユーカリから渡された赤い魔石――炎の魔石を眺め、さらに頭を悩ます。

(ユーカリ様はこれを使えと仰ったけど、なんのために?)

 炎の魔石は名の通り火の魔法を封じ込めた石だ。
 耐久性が低いため単体では扱わず、加工を施したり魔道具の動力源として使うのが一般的だ。
 炎の魔石の耐熱性を利用して石窯でもつくれというのだろか。だが、普通の魔石ではイフリートの炎には耐えられる材料は作れない。

(一体、どうすればいいのかしら)

 サリクスは以前使用した設計図を前に、途方に暮れていた。
 彼女を見かねたのか、ホムラが声をかけてくる。

「お、おねえちゃん。わたし、いっぱい手伝うから。なんでも言ってね」

「ありがとうございます。そのときは、是非とも手をお借りしますね――あっ」

 サリクスはホムラの揺らめく炎を見て、ハッと手で口を抑えた。子供の小さな手を握り、顔を近づける。

「それです。ホムラさん、早速、お手伝いお願いします」

「??」

 状況を理解していないホムラの手を取って、サリクスは店の外に出た。

*****

「ホムラさんの火の魔法で、特別な炎の魔石を作りたいのです」

 店の裏に出たサリクスは、幼いホムラが理解できるよう説明し始めた。

「炎の魔石は熱に強いため、耐熱性のコートなどに使用されます。しかし、イフリートの炎はそんな魔石すら溶かしてしまうほど高火力です。実際にやってみますか」

「うん、やってみる」

 ホムラは炎の魔石に火を噴いてみる。
 サリクスの言う通り、魔石はどろりと溶けてしまった。すごい、とサリクスが褒めると、ホムラは得意げに胸を張った。

「イフリートの炎はとくべつなんだよ! おとうさんがそう言ってた! わたしたちの炎はさいきょーなんだって」

「そしたら、その最強の炎で魔石を作れば、普通のよりずっと熱に強い炎の魔石が作れると思いませんか?」

「そうなの? そうかもー?」

 イフリートの炎に耐えられるのは、同じ火力を持つイフリートの炎だけ。
 それならば、彼らの火の魔法を使用して、魔石を作ればいいのではないか、というのがサリクスの考えである。
 サリクスは土の精霊ノームを呼び出し、魔石の作り方について尋ねた。

『むずかしいよー。それぞれちがう魔素マナをいっぱい集めて、ぎゅっとしないといけないから。普通の人間はできないよー』

「一か所に異なる魔力を集めて圧縮すればいいのね。私でもできないかしら、ノーム?」

『うーん、わかんない。やってみなくちゃ』

 ノームの言葉を聞き取れないホムラは、会話しているサリクス達に首を傾げている。
 そんな彼女に向かって、サリクスは微笑んだ。

「わかったわ、ノーム。ホムラさん。魔石を作るには、土の魔力と火の魔力を一か所に集め、欲しい形に圧縮する必要があります。難しいことは私がやるので、ホムラさんは火を噴いてもらってもよろしいでしょうか」

「うん。わかった。……でも、それで本当に魔石ができるの?」

 ホムラの純粋な疑問に、サリクスは苦笑した。

「うーん、どうでしょうね。正直、私にもわかりません」

 成功するかどうか、サリクスにもわからない。なにせ、魔石など生まれて初めて作るのだから。保障などどこにもない。
 だが、失敗しても、次がある。
 少なくとも、ユーカリはサリクスを見捨てない。失望しない。
 その安心感のおかげで、サリクスはほんの少しだけ、積極的な気持ちになれた。

「とりあえず、挑戦してみましょう。失敗したら、また新しい方法を考えます」

「うん! わかった」

 サリクスの前向きな返答に、ホムラは元気よく頷いた。
 サリクスもまた頷き、地面に右手を向ける。

「では、ホムラさん。合図を出したら、思いっきり火を噴いてください」

 そう言ってサリクスは己の魔力をノームに渡し、彼を通じて土の魔力へと変換する。
 すると、手のひらの下の地面が盛り上がり、土が意思を持ったようにうごめき始めた。サリクスは手に力を込め、好き勝手動く土を押さえつける。

『まだまだ、だよ。サリクス』

「ええ、わかっています」

 サリクスはさらに手に力を込めた。
 反発してくる土の魔力の力強さに、手は小刻みに震え、血管が白い肌から浮き出てくる。

(でも、まだ。もう少し――)

 ホムラが心配そうにサリクスを見守る。ノームはがんばれと彼女を励ます。
 魔力がさらに反発してくる。サリクスは、左手で右手を抑えた。

(まだ、あとちょっと)

 サリクスの額に汗が流れる。

(まだ――)

 汗が地面に落ちる。
 その瞬間、土の魔力の抵抗がなくなった。

「今です!」

 サリクスの合図に、ホムラはすぐさま大口を開けて火を噴いた。
 炎が辺り一帯を橙色に照らす。ごぉっと、熱風と共にすさまじい熱量の炎が、盛り上がった土の頂点へ吸い込まれていった。

「ホムラさん! もっといっぱいお願いします!」

「も、もっと!? わかった! がんばる!」

 ホムラはさらに大きく息を吸い込み、先ほどよりも勢いよく火を吐きだす。
 一か所にどんどん火と土の魔力が集まり混ざり合っていく。頃合いだ。サリクスは、右手を頭上に掲げ、風の精霊シルフを呼び出した。

「シルフ、上げて!」

『りょうか~い』

 刹那、風の膜に覆われて、火と土の魔力が宙に浮いた。可視化されたそれらはマグマのようだ。
 サリクスはシルフに魔力を渡し、パンっと音を立てて両手を合わせた。

圧縮プレス

 どろりと溶けていたマグマが、サリクスの声と共に正方形の板へと形を変える。

切断カット

 次いで甲高い音と共に、板に切れ目が入った。

降下ダウン

 一般的な煉瓦の大きさほどになったそれらは、順に宙から落ちていき、数段に分けて綺麗に積上がっていった。
 サリクスは汗を拭い、直方体に切り分けられた赤い透明な石を手に取った。

「ホムラさん、これに向かって火を噴いてもらってもよろしいですか? 軽くで構いませんので」

 サリクスは、口を開けて呆けているホムラに石を渡した。
 一連の流れに驚いていたホムラは、慌てて我に返り、石に向かって火を噴いた。

「あっ!」

 小さな手のひらに乗っている石は、ホムラの火に焼かれた後も、傷一つ付かなかった。
 ホムラが嬉しそうに飛び跳ねる。サリクスもほっと安心して笑った。

「できました。ホムラさん特製の、炎の魔石が」

 積みあがった特別な炎の魔石は、太陽の光を赤く反射していた。
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