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Ⅲ.大好きな卵編

39.俺は、迷い竜に惑わされる③

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 俺が夕食をとる横で、カインは何か言いたげにじっと立ち尽くしていた。俺は最後に食事をとるから、食べ終わんのも最後だ。

「俺は、」

 なんだ?まだ、なんか話があんのか?

「俺は、間違っていたんだろうか……」

 問いとも、独り言ともとれる言葉。

 けれど、まっ直ぐに俺を見つめるカインの眼差しは、今まで俺に向けられたことのない深刻な色をたたえていた。

 業務連絡と、咎められる言葉以外で、カインが俺に話しかけんのは、いつぶりだろうな。

「それを、お前が俺に聞くのかよ」

 これまで散々、俺を踏みつけにしてきたお前が。
 竜の神子ユーリを信じて、一切俺の言葉に耳を傾けなかったお前が。

 今更、俺に聞くのか。お前が間違ってたかなんて、馬鹿みたいな質問を。

 カインは元来、真面目で正義感に溢れた神官だ。だからこそ、危ういことを本人はわかってない。

「んなことは、自分で考えろ。立派な頭がついてんだろ」

 カインは正義感に溢れた奴だ。だから、正義の名のもとに、どこまでも残虐になれる。

 何を踏みつけようと、それが誰かにとって大事なことだなんて考えもしねぇ。だって、そこには何ものよりも優先されるべき己の正義があるから。

 だから、怖いんだよ。

「分かんねぇなら、簡単に自分を、誰かを信じんなよ。じっくりと、何度でも、繰り返し、疑え。ずっとだ」

 俺はいつだって、疑ってる。

 ふっとカインの口元が弧を描き、笑みを浮かべる。
 眉尻を下げて、何とも情けない顔で、自嘲ともいえる笑いだった。

「彼の言う通りだな」

 そう言うカインは、憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした表情だった。

「…………ルルドがなんか言ったのか?」
「さっき彼と話したんだが――」

 カインによれば、ルルドはメイナードに対するのと同じように、「暇なら地面を整えて」と言ってきたらしい。

『ヴァルはいつも、そうやって道を平らにしたり、ご飯食べるとこキレイにしたりしてるよ。
 安全な水が、お料理する火が、通りやすい道が当たり前だったのは、当たり前にヴァルがやってきたからだよ」
『………そう、だったのか……』
『ヴァルは当たり前にするよ。どんなときも。
 誰から見られなくても。褒められなくても。認められなくても。感謝されなくても。
 それどころか……罵られようとも、ね。知らなかったの?』

 と言われたらしい。

 ルルドの言葉に従い地面をならしながら、カインは沸き起こる疑問を口にした。

『俺は間違っていたんだろうか……?』
『それを僕に聞いちゃうから、あなたはダメなんだよ』

 ルルドは即座に言い返したそうだ。

 まったくその通りだよ。

 正しいと思い込んでるやつは、自分が間違うことを、間違っていることを疑わねぇから。 
 “正しい”何かに、誰かに、委ねて結局自分の頭で考えねぇ。

 だから、間違ったと思ったら、すぐに次の正義を誰かに求める。

『…………どういうことだ?』
『さぁ。どういうことだろうねぇ』

 ルルドは『どうでもいいよ』と淡々と話した。
 
『僕は、あなたが正しかろうが間違ってようが、そんなことはどうでもいいよ。
 どっちだろうと、あなたのこと嫌いだし。嫌いで、嫌いで、大嫌いだから』
『大嫌い……』
『僕にとってのあなたは、ヴァルのこと傷つけて、見捨てて、殺そうとした人だよ。以上』
『………………俺は、』
『僕、あなたの理由に興味ない』
『………………』
『でも、ヴァルは……優しいから。
 きっと、「知ったことか」なんて言いながら、一緒に考えてくれちゃうんだと思う。
 ヴァルには何の得にもならなくても』
『…………そうか。はぁ……俺は……。本当に………愚かだったのだな………。
 本当に………ああ、俺は……すまな――』
『あんたが簡単に謝るな』
『…………』
『許されようなんて思わないで。有り得ない。それこそ、自己満足だよ。
 いい?絶対に、ヴァルに謝らないで。ヴァルに許しを請わないで。ヴァルに許させないで。
 あなたの心を軽くするために、ヴァルがいるわけじゃないんだから。
 あなたの罪悪感とはあなたが一人で戦って』

 あー……ったく。ルルドのやつ……。

 じわりと目頭が熱くなって、視界がにじむ。
 込み上げてくる気持ちが何なのか、俺にはわからない。
 でも、他のことはもうどうでもいいと馬鹿みたいなことを心から思えるくらいには、大きな感情だった。

「なんというか……整った顔貌の無表情は、隙が無いんだな。とても、怖かったよ」

 カインは、言って苦笑した。

「俺は……一つ一つ、自分で考えるよう、努めるつもりだ。
 俺に、これからがあればの話だが……」

 俺は何を聞かされたんだろうな。

「そうかよ。勝手にしろ」

 謝罪じゃねぇにしても、結局は懺悔だろうが。俺の知ったこっちゃない。
 でも、こんな話でも聞いてて悪い気がしねぇのは、ルルドがいるからだろうな。

 ルルドが心底怒ってくれるから。俺は怒る必要もなくなっちまう。

「ああ……聞いてくれて、ありがとう。ヴァレリウス」

 カインに礼を言われたのは、まともに名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。

 はぁ……いや、駄目だ。こんなんで水に流せるほど、俺はお人よしじゃねぇはずだ。

 と、その時。

「こんなもの、食べたくないっ!」
  
  穏やかな空気を、聞きなれた怒声が切り裂いた。
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