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第19章 再会の時
24.お買い物デート(2)
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
更新を大変お待たせしました。m(__)m
今回はシェニカ視点のお話です。
■■■■■■■■■
「次はあのお店に行きましょうか」
ディズが指差した場所は、通りの向かいにあるこれまた高級店だった。
私には値札がないお店って敷居が高すぎて遠い存在だけど、ディズがこういうお店をはしご出来るのは、普段から行っているからではないだろうか。
そう思い当たった時、急に彼が眩しい存在に見えて、住む世界の違う近寄りがたい人に思えた。これはもう愛称ではなく「ディスコーニ様」と呼んだ方が良いのではないだろうか。
「あ、あの…。この1着だけじゃだめ?」
「あと何着かあった方が良いと思いますよ。また選ばせて下さいね」
「値札のついてるお店に行かない?」
「服はシェニカの立場を守るものでもありますから、質の良いものを選んだほうが良いと思いますよ。今度は私が払いますから、値段は気にしなくて大丈夫です。手が塞がるのは良くないので、預かりましょうか」
セナイオル様に買った服を預け、何軒かお店を回ったけど。大金を使った後遺症なのか、服を見るたびに頭の中でチャリーンと響いて心が動かないし、試着する気にもならない。そんな状態でも笑顔を絶やさないディズを見ていると、申し訳無さが募ってくる。
「付き合わせてごめんね。やっぱりさっきの1着だけでも良いような…」
「気に入った服が一番ですから、謝る必要などありませんよ。シェニカと一緒にいられるだけでも幸せですが、想う人とこうしてお店を回るのが夢だったので、とても楽しいです」
お店を出ようと扉に向かっていると、少し離れた場所で女性の歓声が聞こえることに気付いた。その内容はほとんど分からないけど、「セナイオル様」と呼ぶのが聞き取れたから、きっと女性たちがこの街に到着したのだろう。ということは…と思いながら、すりガラスの扉を開くと、やっぱり向こう側の道に警備で阻まれた女性たちの一団が待っていた。彼女たちはディズが外に出ると、彼に向かって手を振り、大きな歓声を上げた。
「ディスコーニさま~!」
「英雄さま~!」
「私とデートしましょうよ~!」
「お手紙受け取って下さ~い!」
「きゃぁぁ!かっこいい!すてきぃ!!」
「ここに居て下さいね」
ディズは繋いでいた手を放すと、興奮した様子の彼女たちの方へ歩いていった。彼が近付いて行くと、何かあるのではないかと期待したようで、女性たちは明るい表情のままシンと静まり返った。
「彼女は私が生涯に渡って愛し抜くと決めた唯一の女性です。私の心は他の女性に向くことはありませんので、皆様も唯一の相手を探して下さい。私がいま幸せなように、皆様にも幸福が訪れますように」
彼はそう言うと、くるりと彼女たちに背を向けて、幸せそうな笑顔で私の目の前まで戻ってきた。そして、頬にキスが落ちてきて、次に唇が合わさった。その瞬間、女性たちの悲鳴が聞こえたけど、ディズは嬉しそうに微笑んだまま私の腰に腕を回し、密着するように身体を寄せた。
「ここを見てみましょう」
「う、うん…」
ディズの言葉が届いたのか、追っかけて来る人も大声を上げる人もいなかった。そんな急な変化が気になって、店に入る時に彼女たちのいた場所をチラリと視線を向けると、女性たちはこちらを見たまま立ち尽くしていたり、小声で話していた。
「いらっしゃいませ」
このお店は今まで入ったお店の中で一番規模が大きく、舞踏会のドレスやワンピースだけでなく、旅装束やローブなど、たくさん取り扱っているらしい。店内には棚に並んだ靴を磨いている人、ドレスやローブを見ているお客さんに説明する人など、店員さんがたくさんいるけど、どの人もタイトなワンピースを着たキレイな人ばかりだ。
「今度行われる舞踏会は特別なものですから、やはり目立つお色や、刺繍や飾りが豪華なドレスが映えると思います。最近は、上品さはそのままに身体の線を出すドレスも人気です」
「どれも素敵…。いくつか見繕ってくださる?」
「かしこまりました」
そんな会話を小耳に挟みながら、ワンピースが並んでいる場所へ進んで行ったけど。途中見たスカーフやボレロなどには、やっぱり値札がなかった。私はいくらなんだろう、と考えるだけで買い物を楽しむ気持ちにならないんだけど、お金持ちの人は値段が分からなくても大丈夫なのだろうか。いざお会計となったとき、足りなかったらどうするのだろう。家に取りに帰るのだろうか。
「いらっしゃいませ。シェニカ様にお越し頂けるなんて光栄です」
さっきまで店内にいなかった、身体の線が出るワンピースを着こなす妖艶な女主人っぽい人が、笑顔を浮かべて近付いてきた。額飾りを隠しているから素性が分かる人はいないと思っていたけど、この女性は分かっているらしい。全然記憶がないけど、王宮にいた人だろうか。
「シェニカ様のお洋服をお探しですか?」
「ええ、そうです」
「では私もお手伝いさせて頂けませんか? 令嬢達の作ったワンピースがあるので、ご紹介させて下さい」
「いえ、大丈夫です。必要があればお声がけします」
「そうですか。ごゆっくり御覧くださいませ」
女主人っぽい人は、ディズの返事を聞いて名残惜しそうな顔をして離れたけど。私の視界に入るギリギリの場所に立って、こちらを笑顔で見ている。とりあえず会釈したけど、その視線から逃げるようにワンピースコーナーに移動した。
ーーあれ?このワンピースコーナーにはタグがついてる。あ!裏に値段が書いてある! …でもやっぱり高いなぁ。触ったらちゃんと浄化の魔法をかけなければ。
店の入り口からよく見える場所から、日が当たらないような一番奥まで、ずらーっと並べられたハンガーラックを見てみると。どのワンピースにも白か水色のタグが1枚ついていて、どちらのタグにも片面には『レイラ・フェスタナ』『ジャネス・オベルタ』『イザベラ・ガンエ』といった人の名前、反対側には『金貨20枚』『金貨25枚』などの値段が書いてあった。
ものすごく値段は高いけど、おそらくこれくらいが相場なのだろう。高すぎて買う気にならないけど、値札がついているだけで安心感を感じて、ちゃんと見てみよう!という気持ちになった。やっぱり値札って大事だと思う。
ーーうーん。これを着こなすには、やっぱりボンッ!キュッ!ボーン!じゃないと無理そう。
ーーこっちは派手過ぎるし、こっちはフリフリがすごいし。私にはちょっと似合わない感じがする…。
胸元が空いているわけではないけど身体の線が出そうな妖艶なワンピース、私が着たら引きずってしまうであろうマキシ丈のワンピース、襟元や袖口にフリルがたくさんあしらわれたワンピース、飾りはないけど赤の生地に金や銀で幾何学模様を刺繍したワンピース。値札の安心感からか、興味深く見入っていたら、いつの間にか一番奥の壁側辺りまで眺めていた。
ーーえっ! これすごくオシャレなのに金貨1枚!? ちょっと待って、こっちも?!
手に取ったのは、お腹の辺りで上下が切り替えられているノースリーブのワンピースで、上はアイボリーの生地に小さな葉っぱや花が白い糸で刺繍されていて、首元に小さな飾りがついている。裾に白い飾りがついたピンクのスカートは、ふわりと膨らむような形をしていて、水色のリボンをベルトのように巻くらしい。デザインも色使いも可愛い、とてもオシャレなワンピースだ。お買い得なお値段なのに、他の高級ワンピースと同じくらい手触りが良い。
ーーこの変わった柄の刺繍、見たことある!
もう1着あった金貨1枚のワンピースは黄緑色で、太陽の絵を半分にしたような特徴的な刺繍が、首元から裾まで連続して一直線に伸びている。この刺繍、神殿で修行している時に、治療を受けに来た人が着ていた服で見たことがある。とても印象的な刺繍だったから覚えているけど、ウィニストラの貴族の人だったのかな。刺繍に目が行きがちだけど、スカートの裾から見えている白の波打つレースのフリルも特徴的で、こちらもオシャレなワンピースだ。
タグは2着とも白色で、どちらにも『ミファ・メルピア』という名前と金貨1枚という値段が書いてある。デザインもお値段も納得の逸品! これは買うしかない!と今日一番のワクワクした気持ちになった。
「良い服が見つかりましたか?」
「うん!これを試着してみようと思うんだ」
ディズと一緒に試着室へ移動していると、女主人っぽい人がビックリしたような顔で固まっているのが視界に入った。どうしたのだろうと不思議に思ったけど、気にすることなく試着室の扉を閉めた。
まずはスカートがピンクのワンピースを試着してみると、最初に買った高級ワンピースよりもしっくり来る。肌触りの良さを感じながらクルリと回れば、スカートが追いかけるようについてきた。鏡には明るい顔の私が映っていて、普段着る服に比べると金貨1枚でも高いけど、上等品を買うならこれだ!と思える。
ディズに見てもらいたいと、今までにない気分で試着室を開けると、微笑んだ彼の顔がもっと綻んだ。
「どうかな」
「とても可愛らしいです。似合っています」
「じゃあこれにしよう! もう1着も着てみるね」
黄緑色のワンピースも着てみれば、こっちもやっぱり似合っていると思えた。ワンピースの黄緑色、刺繍と裾のレースの白、刺繍の中にある透けた黄色のオーガンジー。赤やオレンジといった派手な色味はないけど、草原に草花が咲いた時を想像させるような色合いに、懐かしさすら感じた。
服を着てこんなに明るい気持ちになるんだな、と思いながら試着室のドアを開けると、ディズがニッコリと微笑んで小さく頷いた。
「とても似合っていますよ。今度は靴を選びませんか?」
「うん!」
黄緑のワンピースを着たまま靴コーナーに行くと、彼はたくさんある靴の中から真っ白なハイヒール、ストラップがついたヒールの低いアイボリーのパンプスと、白いパールを横に3つ並べた薄い黄色のハイヒールの3足を選んだ。
「ワンピースの色からすると、淡い色の靴が合いそうだと思ったのですが。履いてみてくれませんか?」
値札がないのは落ち着かないけど、素敵なワンピースに出会えたからか、今なら怖がらずに履けると思えるほどワクワクしている。1足ずつ履いて鏡の前まで歩いてみれば、どれも素直に素敵だと思えた。
「どれもサイズは大丈夫ですね。履き心地はどうですか?」
「一番履き心地が良いのはこのアイボリーの靴かな。真っ白なハイヒールはヒールが高いから歩く時は注意が必要そうで、パールがついてる方はちょっと横幅がきつく感じるかな」
「ではこのアイボリーの靴にしましょう。これは私からプレゼントさせて下さいね」
「自分で買うよ」
「一緒に歩んでいきたいという気持ちと、足元から守りたいという気持ちを込めて贈りたいんです」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて…。お願いします」
ディズには迷惑かけっぱなしだから、これ以上は申し訳ないと思ったけど。ディズがそう思ってくれているのなら、買ってもらおうと素直に頷いた。
元の服に着替えて試着室を出ると、女主人っぽい人がワンピースを何着か手に持って近付いてきた。
「シェニカ様。生地やデザイン、こだわりのポイントなど、わたくしから説明をさせて下さいませ。
こちらのワンピースは女性らしいボディラインが出るデザインで、特に藍色と白の組み合わせは最近人気が広まっているんです。品位を保ちつつ、女性らしさと美しさを表現できる素敵なワンピースとなっています。
こちらは、襟ぐりからお腹の辺りまであるフリルが可愛らしさと上品さを演出するデザインとなっていて、特に若い女性に人気なワンピースなのです。どちらも、シェニカ様によくお似合いになるかと思います。一度お召しになってみませんか?」
彼女が持っているワンピースは、どれも値札がついたハンガーラックにかけられていたものだ。確かに素敵なワンピースだと思うけど、特にボディラインが出るデザインなんて、とてもじゃないけど着こなせない。私にはあのワンピースが一番似合うと思う。
「どれも素敵ですが、私はこの2着を買いたいと思います。お会計をお願い出来ますか」
「かしこまり、ました…」
女主人っぽい人にワンピースを預けて一緒にカウンターに行くと、広いテーブルの上にある、色とりどりのメッセージカードが入った籠が目についた。素敵なカードがあるな~と見ていたら、いつも近くにいるディズがいないことに気付いた。どうしたのだろうと思って周囲を見渡すと、彼は離れた場所で別の店員さんに靴を預けてその場でお金を払っていた。
「素敵なメッセージカードがたくさんあるんですね」
「ありがとうございます。プレゼントの相手やドレスの作者へメッセージを送れるように、お配りしております。どうぞお好きなものをお持ち下さい」
「そうなんですか。ではお言葉に甘えて」
カードについている封筒はどれも無地の白だけど、カードは押し花がついたもの、ピンクや青といった色を水彩画のように滲ませたものなど、どれもキレイで個性がある。そんな中から、私は黄緑と黄色を滲ませた中に、白い小花を描いたカードを選んだ。
「2着で金貨1枚でございます」
「1着金貨1枚では?」
「白いタグのものは昨年から取り扱っているため、半額なのです」
「そうだったのですか」
ーー金貨1枚でも十分だったのに、それが半額だなんて!なんて良いお買い物が出来たんだろう!ボレロのワンピースを買った時はもう死にそうな気持ちだったけど、今はすごく気持ちが晴れやかだわ!
「タグに書かれているのは作った方のお名前ですか?」
「はい、そうです。どの方も我が国が誇るご令嬢達です」
「誰の名前が書かれていたのですか?」
丁寧な手付きで布に包んでくれる女主人っぽい人と話していたら、いつの間にか隣にディズが立っていた。
「2着ともミファ・メルピアさんだったよ」
「なるほど。ご令嬢方で何か催しでもやっていたのですか?」
「未婚令嬢の活躍の場を増やそうということで、ワンピースを作り、販売しております」
「そうですか。ミファ・メルピアという方は、シェニカが晩餐会の時に選んだドレスの作者と同じ方ですよ」
「へ~!そうなんだ。あのドレスも素敵だったもんね。誰が作ったか分からないのに、同じ人を選ぶって不思議ね」
「シェニカの好みに合うのかもしれませんね」
「なるほど~。ディズはミファ様と会う機会ある?」
「ええ、ありますよ。ミファ嬢はいませんが、お兄さんが王太子殿下の文官として同行していますよ」
「へ~。そうなんだ! あの、このペンをお借りしてもいいですか?」
「もちろんです」
籠の横にあったペンを借りると、万が一水に濡れても滲まないよう魔法を施しながら、さっき選んだカードにドレスとワンピースのお礼を書いて封筒に入れた。
「ミファ様に渡してもらえるよう、お兄さんに託けてもらえない?」
「ええ、もちろんです」
ディズに渡すと、彼は大事そうにポケットに仕舞った。
「ありがとうございました。旅のご無事をお祈りしております」
「ありがとうございます」
女主人っぽい人と3人の店員さんに出口まで見送られて外に出ると、警備の人たちはいたけど、女性たちは誰1人いなかった。ディズの言葉の影響力ってすごいんだなって思っていると、靴が入った箱を片手で持つディズは、私を微笑みながら見ているのに気付いた。
「今日はありがとう。おかげで良いお買い物が出来たよ」
「私が連れ回したのですから、お礼を言うのは私ですよ。また一緒に買い物しましょうね」
「素敵な靴のお礼に、今度はディズの服を選ばせてね」
「軍服を着ていることの方が多いので、折角選んでもらっても活躍出来ないので勿体ないです。今度は装飾品店に行きませんか?」
「装飾品店?」
「えぇ。シェニカと揃いのものが欲しいので、どういうデザインのものがいいか意見を聞きたくて。良いものがあれば、お茶会で着けるものも買いたいです」
繋いだ手にギュッと力を入れられて、反射的に彼を見上げると。夕日で陰影がついた横顔がいつも以上に切なげに見えて、ドキリと胸が高鳴った。
■■■後書き■■■
今回シェニカが買った2着のワンピースは、イメージサンプルを2023/4/23のTwitterに載せました。もしお時間とご興味がありましたら、ご参照下さい。(*^^*)
Twitterのリンクは作者のマイページにあります。
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■■■■■■■■■
「次はあのお店に行きましょうか」
ディズが指差した場所は、通りの向かいにあるこれまた高級店だった。
私には値札がないお店って敷居が高すぎて遠い存在だけど、ディズがこういうお店をはしご出来るのは、普段から行っているからではないだろうか。
そう思い当たった時、急に彼が眩しい存在に見えて、住む世界の違う近寄りがたい人に思えた。これはもう愛称ではなく「ディスコーニ様」と呼んだ方が良いのではないだろうか。
「あ、あの…。この1着だけじゃだめ?」
「あと何着かあった方が良いと思いますよ。また選ばせて下さいね」
「値札のついてるお店に行かない?」
「服はシェニカの立場を守るものでもありますから、質の良いものを選んだほうが良いと思いますよ。今度は私が払いますから、値段は気にしなくて大丈夫です。手が塞がるのは良くないので、預かりましょうか」
セナイオル様に買った服を預け、何軒かお店を回ったけど。大金を使った後遺症なのか、服を見るたびに頭の中でチャリーンと響いて心が動かないし、試着する気にもならない。そんな状態でも笑顔を絶やさないディズを見ていると、申し訳無さが募ってくる。
「付き合わせてごめんね。やっぱりさっきの1着だけでも良いような…」
「気に入った服が一番ですから、謝る必要などありませんよ。シェニカと一緒にいられるだけでも幸せですが、想う人とこうしてお店を回るのが夢だったので、とても楽しいです」
お店を出ようと扉に向かっていると、少し離れた場所で女性の歓声が聞こえることに気付いた。その内容はほとんど分からないけど、「セナイオル様」と呼ぶのが聞き取れたから、きっと女性たちがこの街に到着したのだろう。ということは…と思いながら、すりガラスの扉を開くと、やっぱり向こう側の道に警備で阻まれた女性たちの一団が待っていた。彼女たちはディズが外に出ると、彼に向かって手を振り、大きな歓声を上げた。
「ディスコーニさま~!」
「英雄さま~!」
「私とデートしましょうよ~!」
「お手紙受け取って下さ~い!」
「きゃぁぁ!かっこいい!すてきぃ!!」
「ここに居て下さいね」
ディズは繋いでいた手を放すと、興奮した様子の彼女たちの方へ歩いていった。彼が近付いて行くと、何かあるのではないかと期待したようで、女性たちは明るい表情のままシンと静まり返った。
「彼女は私が生涯に渡って愛し抜くと決めた唯一の女性です。私の心は他の女性に向くことはありませんので、皆様も唯一の相手を探して下さい。私がいま幸せなように、皆様にも幸福が訪れますように」
彼はそう言うと、くるりと彼女たちに背を向けて、幸せそうな笑顔で私の目の前まで戻ってきた。そして、頬にキスが落ちてきて、次に唇が合わさった。その瞬間、女性たちの悲鳴が聞こえたけど、ディズは嬉しそうに微笑んだまま私の腰に腕を回し、密着するように身体を寄せた。
「ここを見てみましょう」
「う、うん…」
ディズの言葉が届いたのか、追っかけて来る人も大声を上げる人もいなかった。そんな急な変化が気になって、店に入る時に彼女たちのいた場所をチラリと視線を向けると、女性たちはこちらを見たまま立ち尽くしていたり、小声で話していた。
「いらっしゃいませ」
このお店は今まで入ったお店の中で一番規模が大きく、舞踏会のドレスやワンピースだけでなく、旅装束やローブなど、たくさん取り扱っているらしい。店内には棚に並んだ靴を磨いている人、ドレスやローブを見ているお客さんに説明する人など、店員さんがたくさんいるけど、どの人もタイトなワンピースを着たキレイな人ばかりだ。
「今度行われる舞踏会は特別なものですから、やはり目立つお色や、刺繍や飾りが豪華なドレスが映えると思います。最近は、上品さはそのままに身体の線を出すドレスも人気です」
「どれも素敵…。いくつか見繕ってくださる?」
「かしこまりました」
そんな会話を小耳に挟みながら、ワンピースが並んでいる場所へ進んで行ったけど。途中見たスカーフやボレロなどには、やっぱり値札がなかった。私はいくらなんだろう、と考えるだけで買い物を楽しむ気持ちにならないんだけど、お金持ちの人は値段が分からなくても大丈夫なのだろうか。いざお会計となったとき、足りなかったらどうするのだろう。家に取りに帰るのだろうか。
「いらっしゃいませ。シェニカ様にお越し頂けるなんて光栄です」
さっきまで店内にいなかった、身体の線が出るワンピースを着こなす妖艶な女主人っぽい人が、笑顔を浮かべて近付いてきた。額飾りを隠しているから素性が分かる人はいないと思っていたけど、この女性は分かっているらしい。全然記憶がないけど、王宮にいた人だろうか。
「シェニカ様のお洋服をお探しですか?」
「ええ、そうです」
「では私もお手伝いさせて頂けませんか? 令嬢達の作ったワンピースがあるので、ご紹介させて下さい」
「いえ、大丈夫です。必要があればお声がけします」
「そうですか。ごゆっくり御覧くださいませ」
女主人っぽい人は、ディズの返事を聞いて名残惜しそうな顔をして離れたけど。私の視界に入るギリギリの場所に立って、こちらを笑顔で見ている。とりあえず会釈したけど、その視線から逃げるようにワンピースコーナーに移動した。
ーーあれ?このワンピースコーナーにはタグがついてる。あ!裏に値段が書いてある! …でもやっぱり高いなぁ。触ったらちゃんと浄化の魔法をかけなければ。
店の入り口からよく見える場所から、日が当たらないような一番奥まで、ずらーっと並べられたハンガーラックを見てみると。どのワンピースにも白か水色のタグが1枚ついていて、どちらのタグにも片面には『レイラ・フェスタナ』『ジャネス・オベルタ』『イザベラ・ガンエ』といった人の名前、反対側には『金貨20枚』『金貨25枚』などの値段が書いてあった。
ものすごく値段は高いけど、おそらくこれくらいが相場なのだろう。高すぎて買う気にならないけど、値札がついているだけで安心感を感じて、ちゃんと見てみよう!という気持ちになった。やっぱり値札って大事だと思う。
ーーうーん。これを着こなすには、やっぱりボンッ!キュッ!ボーン!じゃないと無理そう。
ーーこっちは派手過ぎるし、こっちはフリフリがすごいし。私にはちょっと似合わない感じがする…。
胸元が空いているわけではないけど身体の線が出そうな妖艶なワンピース、私が着たら引きずってしまうであろうマキシ丈のワンピース、襟元や袖口にフリルがたくさんあしらわれたワンピース、飾りはないけど赤の生地に金や銀で幾何学模様を刺繍したワンピース。値札の安心感からか、興味深く見入っていたら、いつの間にか一番奥の壁側辺りまで眺めていた。
ーーえっ! これすごくオシャレなのに金貨1枚!? ちょっと待って、こっちも?!
手に取ったのは、お腹の辺りで上下が切り替えられているノースリーブのワンピースで、上はアイボリーの生地に小さな葉っぱや花が白い糸で刺繍されていて、首元に小さな飾りがついている。裾に白い飾りがついたピンクのスカートは、ふわりと膨らむような形をしていて、水色のリボンをベルトのように巻くらしい。デザインも色使いも可愛い、とてもオシャレなワンピースだ。お買い得なお値段なのに、他の高級ワンピースと同じくらい手触りが良い。
ーーこの変わった柄の刺繍、見たことある!
もう1着あった金貨1枚のワンピースは黄緑色で、太陽の絵を半分にしたような特徴的な刺繍が、首元から裾まで連続して一直線に伸びている。この刺繍、神殿で修行している時に、治療を受けに来た人が着ていた服で見たことがある。とても印象的な刺繍だったから覚えているけど、ウィニストラの貴族の人だったのかな。刺繍に目が行きがちだけど、スカートの裾から見えている白の波打つレースのフリルも特徴的で、こちらもオシャレなワンピースだ。
タグは2着とも白色で、どちらにも『ミファ・メルピア』という名前と金貨1枚という値段が書いてある。デザインもお値段も納得の逸品! これは買うしかない!と今日一番のワクワクした気持ちになった。
「良い服が見つかりましたか?」
「うん!これを試着してみようと思うんだ」
ディズと一緒に試着室へ移動していると、女主人っぽい人がビックリしたような顔で固まっているのが視界に入った。どうしたのだろうと不思議に思ったけど、気にすることなく試着室の扉を閉めた。
まずはスカートがピンクのワンピースを試着してみると、最初に買った高級ワンピースよりもしっくり来る。肌触りの良さを感じながらクルリと回れば、スカートが追いかけるようについてきた。鏡には明るい顔の私が映っていて、普段着る服に比べると金貨1枚でも高いけど、上等品を買うならこれだ!と思える。
ディズに見てもらいたいと、今までにない気分で試着室を開けると、微笑んだ彼の顔がもっと綻んだ。
「どうかな」
「とても可愛らしいです。似合っています」
「じゃあこれにしよう! もう1着も着てみるね」
黄緑色のワンピースも着てみれば、こっちもやっぱり似合っていると思えた。ワンピースの黄緑色、刺繍と裾のレースの白、刺繍の中にある透けた黄色のオーガンジー。赤やオレンジといった派手な色味はないけど、草原に草花が咲いた時を想像させるような色合いに、懐かしさすら感じた。
服を着てこんなに明るい気持ちになるんだな、と思いながら試着室のドアを開けると、ディズがニッコリと微笑んで小さく頷いた。
「とても似合っていますよ。今度は靴を選びませんか?」
「うん!」
黄緑のワンピースを着たまま靴コーナーに行くと、彼はたくさんある靴の中から真っ白なハイヒール、ストラップがついたヒールの低いアイボリーのパンプスと、白いパールを横に3つ並べた薄い黄色のハイヒールの3足を選んだ。
「ワンピースの色からすると、淡い色の靴が合いそうだと思ったのですが。履いてみてくれませんか?」
値札がないのは落ち着かないけど、素敵なワンピースに出会えたからか、今なら怖がらずに履けると思えるほどワクワクしている。1足ずつ履いて鏡の前まで歩いてみれば、どれも素直に素敵だと思えた。
「どれもサイズは大丈夫ですね。履き心地はどうですか?」
「一番履き心地が良いのはこのアイボリーの靴かな。真っ白なハイヒールはヒールが高いから歩く時は注意が必要そうで、パールがついてる方はちょっと横幅がきつく感じるかな」
「ではこのアイボリーの靴にしましょう。これは私からプレゼントさせて下さいね」
「自分で買うよ」
「一緒に歩んでいきたいという気持ちと、足元から守りたいという気持ちを込めて贈りたいんです」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて…。お願いします」
ディズには迷惑かけっぱなしだから、これ以上は申し訳ないと思ったけど。ディズがそう思ってくれているのなら、買ってもらおうと素直に頷いた。
元の服に着替えて試着室を出ると、女主人っぽい人がワンピースを何着か手に持って近付いてきた。
「シェニカ様。生地やデザイン、こだわりのポイントなど、わたくしから説明をさせて下さいませ。
こちらのワンピースは女性らしいボディラインが出るデザインで、特に藍色と白の組み合わせは最近人気が広まっているんです。品位を保ちつつ、女性らしさと美しさを表現できる素敵なワンピースとなっています。
こちらは、襟ぐりからお腹の辺りまであるフリルが可愛らしさと上品さを演出するデザインとなっていて、特に若い女性に人気なワンピースなのです。どちらも、シェニカ様によくお似合いになるかと思います。一度お召しになってみませんか?」
彼女が持っているワンピースは、どれも値札がついたハンガーラックにかけられていたものだ。確かに素敵なワンピースだと思うけど、特にボディラインが出るデザインなんて、とてもじゃないけど着こなせない。私にはあのワンピースが一番似合うと思う。
「どれも素敵ですが、私はこの2着を買いたいと思います。お会計をお願い出来ますか」
「かしこまり、ました…」
女主人っぽい人にワンピースを預けて一緒にカウンターに行くと、広いテーブルの上にある、色とりどりのメッセージカードが入った籠が目についた。素敵なカードがあるな~と見ていたら、いつも近くにいるディズがいないことに気付いた。どうしたのだろうと思って周囲を見渡すと、彼は離れた場所で別の店員さんに靴を預けてその場でお金を払っていた。
「素敵なメッセージカードがたくさんあるんですね」
「ありがとうございます。プレゼントの相手やドレスの作者へメッセージを送れるように、お配りしております。どうぞお好きなものをお持ち下さい」
「そうなんですか。ではお言葉に甘えて」
カードについている封筒はどれも無地の白だけど、カードは押し花がついたもの、ピンクや青といった色を水彩画のように滲ませたものなど、どれもキレイで個性がある。そんな中から、私は黄緑と黄色を滲ませた中に、白い小花を描いたカードを選んだ。
「2着で金貨1枚でございます」
「1着金貨1枚では?」
「白いタグのものは昨年から取り扱っているため、半額なのです」
「そうだったのですか」
ーー金貨1枚でも十分だったのに、それが半額だなんて!なんて良いお買い物が出来たんだろう!ボレロのワンピースを買った時はもう死にそうな気持ちだったけど、今はすごく気持ちが晴れやかだわ!
「タグに書かれているのは作った方のお名前ですか?」
「はい、そうです。どの方も我が国が誇るご令嬢達です」
「誰の名前が書かれていたのですか?」
丁寧な手付きで布に包んでくれる女主人っぽい人と話していたら、いつの間にか隣にディズが立っていた。
「2着ともミファ・メルピアさんだったよ」
「なるほど。ご令嬢方で何か催しでもやっていたのですか?」
「未婚令嬢の活躍の場を増やそうということで、ワンピースを作り、販売しております」
「そうですか。ミファ・メルピアという方は、シェニカが晩餐会の時に選んだドレスの作者と同じ方ですよ」
「へ~!そうなんだ。あのドレスも素敵だったもんね。誰が作ったか分からないのに、同じ人を選ぶって不思議ね」
「シェニカの好みに合うのかもしれませんね」
「なるほど~。ディズはミファ様と会う機会ある?」
「ええ、ありますよ。ミファ嬢はいませんが、お兄さんが王太子殿下の文官として同行していますよ」
「へ~。そうなんだ! あの、このペンをお借りしてもいいですか?」
「もちろんです」
籠の横にあったペンを借りると、万が一水に濡れても滲まないよう魔法を施しながら、さっき選んだカードにドレスとワンピースのお礼を書いて封筒に入れた。
「ミファ様に渡してもらえるよう、お兄さんに託けてもらえない?」
「ええ、もちろんです」
ディズに渡すと、彼は大事そうにポケットに仕舞った。
「ありがとうございました。旅のご無事をお祈りしております」
「ありがとうございます」
女主人っぽい人と3人の店員さんに出口まで見送られて外に出ると、警備の人たちはいたけど、女性たちは誰1人いなかった。ディズの言葉の影響力ってすごいんだなって思っていると、靴が入った箱を片手で持つディズは、私を微笑みながら見ているのに気付いた。
「今日はありがとう。おかげで良いお買い物が出来たよ」
「私が連れ回したのですから、お礼を言うのは私ですよ。また一緒に買い物しましょうね」
「素敵な靴のお礼に、今度はディズの服を選ばせてね」
「軍服を着ていることの方が多いので、折角選んでもらっても活躍出来ないので勿体ないです。今度は装飾品店に行きませんか?」
「装飾品店?」
「えぇ。シェニカと揃いのものが欲しいので、どういうデザインのものがいいか意見を聞きたくて。良いものがあれば、お茶会で着けるものも買いたいです」
繋いだ手にギュッと力を入れられて、反射的に彼を見上げると。夕日で陰影がついた横顔がいつも以上に切なげに見えて、ドキリと胸が高鳴った。
■■■後書き■■■
今回シェニカが買った2着のワンピースは、イメージサンプルを2023/4/23のTwitterに載せました。もしお時間とご興味がありましたら、ご参照下さい。(*^^*)
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攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
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