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第19章 再会の時
10.露店での買い物
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はルクト視点のお話です。
■■■■■■■■■
「暇だ…」
シェニカが師匠の婆さんと別れてから何日か経っているが、毎日毎日朝から晩まで部屋に籠もっている。宿から借りたバケツに、その辺の土を入れて部屋に持ち込んでいたから薬でも調合しているのだろうが、こんなに長期間やっているということは、手のかかる調合なのだろう。
そういう作業は今まで雨や嵐で移動できない時にやっていたが、こういう時、俺は調合の様子を眺めていたり、武器の手入れをしたり、街の武器屋に行ったりしていた。今回も同じように街を回ったが、とっくに見終わってやることがない。それでも部屋で時間を持て余すよりは気が紛れるだろうと思って街に出ると、昨日まで何もなかった市場の端に、露店の一団がいることに気付いた。
時間潰しのつもりで露店の前をゆっくり歩いてみると、宝飾品や絵画、花や野菜の種、ペンやノート、便箋などの文房具、組紐を使ったアクセサリー、いろいろなサイズの革や麻といった袋など、それぞれ面白そうな商品が多いから、冷やかしに見ているだけでも結構楽しい。どこかの貴族や大商人から買い付けたのか、見る人が見れば価値が分かるようなアンティーク品もある。珍しそうなものもあるから、シェニカが見たら喜ぶかもしれない。
「いらっしゃい」
そんなことを考えながら歩いていると、褪せた赤いビロードの上に沢山の本が並べられている店に辿り着いた。
何も考えずにその露店を覗くと、たくさんの本の中に青いベルベッドに包まれた本があるのを見つけた。条件反射的にそれを手に取ると、『スリヤワット動物図鑑2』と書いてあった。
パラパラとめくると、持っている1巻と7巻よりも字や絵の色が濃い。保存状態はかなり良いようだ。
「その本はなかなかお目にかかれない貴重な動物図鑑だよ。この前、とある貴族から買い取ったんだが、大事にされていたようで破れも褪せも折り目もない。保存状態はかなり良いから金貨8枚と言いたいところだが、金貨5枚でどうだい?」
「じゃ、それで」
店主に金貨5枚を渡すと、「まいどあり」と言って嬉しそうに懐に金を仕舞っていた。
「この動物図鑑、他の巻はないのか?」
「今あるのはそれだけだねぇ。お客さんもその本を集めているのかい?」
「そうだな。1巻と7巻を持ってる」
「その本は元々1冊金貨10枚くらいの高値で売っていたから、学者か貴族くらいしか持ってないんだ。あんまり流通してないが、そういうところから買い取る時にたまーに見かけるよ。
その動物図鑑が好きな人は庶民層にも一定数居てね。古書の中では高値がつく上に、比較的早く買い手が見つかるから、見かけたら迷わず買うのをおすすめするよ」
宿に戻って隣の部屋の気配を読んだが、相変わらず作業をしているらしい。
「あと5ヶ月…。どうすればいいんだ」
ポルペアまでと言われたが、その後もなんだかんだで一緒にいれるんじゃないかと思っていただけに、イルバに護衛を頼む手紙を送ると聞いて、本当に俺と別れるつもりなのだと現実を突きつけられた。
イルバは護衛の話を快諾するだろうから、あいつとポルペアで会う前までに、なんとかシェニカの考えを変えないといけないと思うが、どうすればいいんだろうか。
今の状態だと、俺の言葉をそのまま受け入れない気がするから、レオンに説得してもらえば良いのだろうか。レオンの話ならシェニカでも耳を傾けそうだが、それでも『ポルペアまでの約束だから』と言われて終わりそうな気もする。
ディスコーニが色々吹き込んで、俺をシェニカから離そうとしているんじゃないかと思ったが、離したところであいつが護衛として隣にいるわけじゃないし、奴が護衛を紹介しようとする様子もない。イルバのことを知っているのか分からないが、ディスコーニはどう思っているのだろうか。
「はぁ…」
ソファに座ると、さっそく買ったばかりの2巻を開いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヘビワニ。大陸の南西側にある、アルズス半島と大陸を隔てるアルズス川の汽水域に生息する、淡水でも海水でも対応出来る絶滅危惧種のワニである。人間も住みやすい温暖な気候を好み、水辺から少し離れた草が生える場所に集団で住んで、大好きな日向ぼっこに励んでいる。
大きさは、生まれたばかりの幼体で約10センチメートル、成体で約1メートルから1.5メートルほど。体重は生まれたばかりの幼体で約100グラム、成体は約40から60キログラム程度とワニ族では細長くスリムな体型だが、最大サイズは大きさ約2メートルで約100キログラムになると言われている。寿命は野生で20から30年が平均だが、50年も生きた個体がいると言われている。
人間が飼いならした例は報告されていないが、ワニ族の中でも人間の言葉を理解する高い知能があり、空腹時以外であれば、非好戦的で大人しい性格をしている。幼体時は柔らかい鱗で覆われ、牙も発達していないトカゲのような見た目であるため、カラスなどの鳥類や中型の猛禽類、イタチやキツネなどが天敵となるが、成体となれば天敵は人間のみとなる。
ヘビワニは日向ぼっこ中はほとんど動かないが、陸上でも水中でも動きが早く、一度噛み付くと外すことは困難な上に、デスロールや強靭な尻尾を鞭のようにしならせた薙ぎ払いもしてくる。ヘビワニは人間に好戦的になる上に、剣や黒魔法にもひるまないため、単体であれば運が良ければ逃げられるかもしれないが、囲まれてしまった場合は無傷で逃げるのは諦めて、死を覚悟することになる。
繁殖期の雨季になると、オス同士は口を開けて大きさを比べて穏便に示威行動をしたり、メスを巡って噛みつきあって実力を比べたりもする。雨季が終わる頃にはある程度力関係が決まるようで、弱いオスはメスから離れた場所で日向ぼっこに励み、強いオスが日向ぼっこをするメス達のもとに通ってハーレムを築く。
ヘビワニは独自の進化をしてきたのか、他のワニにはない特徴を持っている。
まず1つ目は縄張りと子育ての仕方だ。
ワニの中には縄張り意識の強い種族が多いのだが、ヘビワニの場合、縄張りを主張するような行動を取らないことから、縄張り意識は低いように思われる。この理由は明確に分かっていないが、おそらく非好戦的な性格と、餌に困らない場所に生息しているからではないかと思われる。
メスは日向ぼっこをする集団の中に枝や草などを集めて巣を作り、1度に2~5個の卵を生む。卵は日光に当てて温め、夜になると母ワニが卵に草をかけて保温している姿が確認出来た。野ネズミを除き、卵を狙おうとする相手を容赦なく襲うからか、孵化率は高いのだが、母ワニと子供の親子関係は、卵が孵化すると同時に終了する。というのも、卵が孵ると母ワニは子離れを。幼体は親離れをしてしまうのだ。
幼体は孵った直後こそ母ワニの近くにいるものの、やがて親から離れ、近くにいる成体の背中に乗って一緒に日向ぼっこをするという生活を送る。
幼体が成体から離れていると天敵が襲ってくるのだが、幼体が『ギャギャ!』と高い声で鳴くと、周囲のワニ達が素早く集まって相手を捕食しようとする。ワニ族には成体が同種の卵や幼体を捕食する場合もあるのだが、ヘビワニはそれをしないため、幼体は親から守られることはないが、血の繋がりに関係なく成体に守られている。幼体から性成熟する成体になるまでの期間は約10年と言われ、身体の成長も非常にゆっくりとしたものになっているが、孵化した幼体は高確率で成体となる。
ちなみに、生息域には熊や虎、狼といった生態系の頂点もいるが、彼らはヘビワニとの関わりを避けているようで、成体から離れている幼体にすら近付こうとはしない。
では次に狩りの仕方と共存を述べる。
多くのワニ族の幼体は水に入り小魚や水辺の虫を捕食するが、ヘビワニの幼体は陸上(主に成体の上)で虫を待ち伏せして捕食し、身体が大きくならなければ水に入って魚などを捕食しない。その影響か、幼体はカエルのような長い舌を持ち、成長するにつれてその舌は短くなるが、成体でも朝露を舐めて水分を摂取する程度の長さは残っている。
成体になると中型サイズの鳥類、イタチやキツネといった大きさから成人男性までの哺乳類も捕食する。20センチを超える魚を捕食することもあるが、日向ぼっこが最優先なのか、水中での狩りはよほどの空腹時に限られる。1日のほとんどを陸上で過ごすという特徴は、日向ぼっこをするヘビワニの腹下に野ネズミの巣があることに関係がある。
ヘビワニの生息地には野ネズミが生息しているが、この地に住む野ネズミは昼夜関係なく活動し、他地域の同種に比べて一回り大きく肉付きが良い。そんな野ネズミを『ごちそう』と見るカラスなどの鳥類やトンビといった中型の猛禽類、キツネやイタチなどの哺乳類も周辺に多数生息している。
野ネズミたちは身の危険を感じると、草や木の陰、落ち葉の下などに身を潜めるが、ヘビワニが近くにいる時は、その腹下にある野ネズミの巣穴に飛び込んで身を隠す。しかし、穴の主のネズミがすぐに追い出しにかかるため、追手が待ち伏せしていることも多いが、出て来るのを待ちきれず、ヘビワニに近付いて直接巣穴から引きずり出す追手もいる。多くの動物が近付かないというのに、このような命知らずの行動をするのは、ヘビワニはしつこく攻撃されて日向ぼっこの邪魔をされたり、空腹時でなければ、目前に近付いても襲うことはなく、延々と日向ぼっこを続けているからである。
ただし、ヘビワニの腹具合は野ネズミやその天敵達にも判断が難しいようで、隠れた巣穴から追手に引きずりだされてしまったり、巣穴を襲おうと近付いた追手がヘビワニに捕食されてしまう様子を何度も確認した。
ちなみにではあるが、この場所は深く掘ると水が滲み出てくるため、野ネズミの巣穴は浅いものになっている。野ネズミの巣穴はあちこちにあるが、ヘビワニの個体数が少ないため、一度ヘビワニが移動してしまうと無防備な巣穴は放置され、新たに穴を掘っている場合が多かった。
また、野ネズミは夜になるとヘビワニの卵に近づき、上手く草で覆われていない卵に草をかける、という行動をしていた。野ネズミが生き残り続けるにはヘビワニはなくてはならない存在のため、孵化の手伝いをしていると思われる。ヘビワニがまるまると太った野ネズミを襲わないのは、卵の世話をし、餌を運んできてくれるからではないかと考えられる。
このような特徴を持つヘビワニが絶滅危惧種になるまで個体数を減らしたのは、生息地が戦場となったこと、鱗や皮革目的の乱獲、密猟が原因である。
ヘビワニの鱗や皮革は剣を簡単には通さず、上級の黒魔法の威力を削ぐほど頑丈であるため、生息地周辺の街では昔からヘビワニの頑丈な皮革を使用して防具や剣の鞘、持ち手部分などに加工してきた。ただし、そのためだけにヘビワニを狩るのではなく、自然に剥がれた鱗を集めたり、自然死した死骸を素材にしたものであったため、その加工品は数が少なく、領主や国王に献上されるような高級品であった。しかし、アルズス川を隔てた隣国に戦争を行う際、当時の国王は邪魔になるとして乱獲を命じた上に、その頑丈な素材を加工させたため、個体数を激減させてしまった。
鱗や皮革は剣を通しにくいほど頑丈なのはワニ族共通であるが、なぜヘビワニだけが黒魔法の威力を削げるのかは不明である。また、生息地の領主様から、見回りの際に発見した襲われて間もない密猟者が、『より黒魔法が効きにくい個体が群れの中にいる』と言っていたという話を聞いた。その密猟者はまもなく死亡してしまったため詳細は不明であるが、黒魔法への耐性は個体差があるのかもしれない。
また、過去の動物学者が『ヘビワニは変化への適応能力が高いと思われる』と記述した本があるが、生息地の環境変化は起きておらず、また、近付くことも捕獲することも出来ないため、それが正しいのかを判断するだけの観察は出来なかった。
ヘビワニの生息地の領主や住民らは、気持ちよさそうに日向ぼっこに励む姿に愛着を持ち、また、献上品になるような恵みを与えてくれるヘビワニに敬意を表し、昔から遠くから見守る程度の距離感を徹底し、開拓をせず、共存することを選んできた。そのため、乱獲が起きた時には国王との間で摩擦が起き、領主が先頭に立って抵抗運動をしたとのことだったが、権力と数の前には叶わず、乱獲される様子を見ているしかなかったと街の者たちは非常に嘆き悲しんでいた。
ただ、このとき計画された罠を使用した乱獲はことごとく失敗に終わり、また、副官や将軍らも大怪我を負い、作戦遂行には苦戦した。詳細は教えてもらえなかったが、これらのことからヘビワニの知能の高さが証明されたと言われている。
絶滅危惧種に指定された後は、生息地周辺での戦争を避けるようになったが、世界中で戦争が日常的に起こるため、その頑丈な鱗や皮革を求めて密猟する者は後を絶たない。保護を担当することになった領主と住民らの協力もあり、現在は死骸や剥がれ落ちた鱗を探すことも、加工品を作ることもなくなり、領主の許可がなければ生息地に入れない状態になっているが、どこからともなく密猟者が侵入している状態である。
ヘビワニの人間への好戦的な行動から、生息地を囲む柵の内側は軍による警備がされていないが、この場所は熊や虎、狼などの猛獣や、毒蛇や毒蜘蛛などの危険な動物も多いため、半年に1度の軍と領主、学者らによる生息地の確認の際には、餌となった密猟者の死骸や、ネームタグが多数発見されるとのことであった。
今回、私は領主様の許可を得て単独で生息地に足を踏み入れることが出来たのだが、茂みに隠れて遠くからヘビワニを観察中、鼻がもげるような悪臭を攻撃手段にする巨体のアルズスカメの群れに、いつの間にか取り囲まれていた。
彼らは何時間も動かない私を敵とは認識しなかったようで、洗っても取れないと言われる悪臭攻撃は受けなかったが、耳たぶや頬、二の腕、ふくらはぎなどの露出部分をハムハムと優しく食まれた。柔らかい感触が気に入ったのか、入れ代わり立ち代わり、次の日の昼まで延々と食まれたため、食まれた場所はすっかり赤くなっていたが無傷であった。
カメが集団でいる様子を警戒したのか、1匹の成体のヘビワニが数メートル先まで私の様子を見に来たのだが、延々とカメに食まれる私は人間と認識されなかったのか、はたまた弱い相手として気にしなかったのか分からないが、すぐに興味を失ってその場で日向ぼっこを始めてくれた。そのおかげで、ヘビワニの腹下に潜り込んだ野ネズミが新たな巣穴を掘り始める姿を観察出来た。
なお、アルズスカメを超至近距離から観察出来たため、その絵は非常に完成度が高くなった。隙を見て、大きくてゴツゴツした甲羅や硬い手を撫でてみたが、驚かれることも攻撃されることもなかった。「感触が気に入ったのかい?」と優しく話しかけてみたところ、アルズスカメは食むのを止めて硬い頭を擦り付けてきた。また、「そろそろ帰りたいんだが…」と話せば、大人しく離れて道をあけてくれた上に、ヘビワニや熊などに襲われないよう気を遣ってくれたのか、しばらく一緒に歩いてくれた。アルズスカメも非常に知能が高いようだ。
今までの経験上、静かに行動し、こちらに敵意がないこと、敬意を持って接したいのだと上手くアピール出来れば、言葉での意思疎通は出来なくても、言葉や気持ちを理解してくれる動物は多い。動物から興味を示された時、慌てず、必要以上に恐れず、攻撃せず、優しく話しかけ続ければ、案外仲良くなれるのかもしれない。それが出来ないのは、悲しいことにそれまでの人間との関わりに問題があったのだろう。
すべての動物と上手く共存できる道が、1日でも早く切り拓かれることを切に望む。
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「へぇ。ヘビワニの鱗や皮革は魔法を軽減させるのか。初めて聞いた」
黒魔法を軽減させると聞くと、魔法を切り裂くバルジアラを思い出す。特殊な魔法なのか、剣が特殊なのか分からないが、同じことを出来るようになりたいと純粋に思う。一体どうやっているのだろうか。
その後も2巻を丁寧に読み進めて色んな動物を知ったが、やっぱりスザクワシが一番かっこよく、シェニカのように懐かせてみたいと強く思う。あのスザクワシが懐いたら、立派な身体を撫で、飾り羽を手にとって観察し、手から餌を与えてみたい。人間を持ち上げて飛べるのだから、『掴んで一緒に空を飛べ』と命令してみたい。
シェニカのように自分もスザクワシを可愛がり、コントロールする姿を想像していると、隣の部屋にいるシェニカの気配が動いた。時間からして、どうやら昼飯にするつもりのようだ。本を閉じて廊下に出ると、シェニカも外に出てきた。
「昼ごはんにしよっか」
「分かった」
1階のレストランに行くと、シェニカはマトン肉のカレーライスを頼んだ。このレストランには羊肉だけでなく、牛肉や鶏肉、豚肉、魚料理もあるが1日3食全部羊肉だ。一度食べた料理でも飽きる様子もなく注文しているから、羊肉が好きなのだろう。
「お前に懐いてるあのスザクワシ、保護してすぐ懐いたのか?」
「ううん。最初はみんな部屋の隅に縮こまって私とメーコを警戒してたんだけど、一緒に寝たり、ご飯あげたり、遊んだりしているうちに甘えてくれるようになってきたんだ。1番最初に身体を寄せて甘えてきてくれたのは、赤虎なんだよ。ナデナデ~、ヨシヨシ~ってしてあげてたら、鬼熊や獅子狼も混ざってきてね。そのうち3人で追いかけっこしたり、タオルや紐を引っ張りあったりして、ヤンチャになってきてね~。
みんな甘えん坊だから、私とメーコのベッドの中に潜り込んだりしてきたんだ。ブラッシングも大好きでね、それぞれ専用のブラシでブラッシングしてあげたんだよ。
身体が小さかったヘビワニは私の服の中に入って温まったり、私やメーコの頭の上に乗って日向ぼっこしたり、ぴよぴよしてたスザクワシは抱っこして撫でてると、そのまま寝ちゃったり。大きくなった今はみんなかっこよくなってたけど、小さい頃はすっごく可愛かったんだよ~!」
「噛みつかれたりしなかったのか?」
「甘噛みされたり、爪が食い込んだり、突かれたりして血が出ることはあったけど。そういう時は、『ごめんね』って感じで、みんなペロペロ舐めてくれてね。私もメーコも大きな怪我はしなかったよ。まぁすぐ治療すればいいから、問題なしだったよ」
「あいつら、お前の命令は聞くのか?」
「ちゃんと聞くよ。こないだは、カバン取ってくれる?って声かけたら、シフォンちゃんが優しく運んでくれたし、寝袋と枕を取ってくれる?って声かけたら、ポフィちゃんとキャンディちゃんが持ってきてくれたし。メロディちゃんとリボンちゃんは、お願いしてないのに寝袋の片付けを手伝ってくれたんだよ!みんなエライよね~」
あの猛獣たちも最初は警戒したようだが、自然な流れで懐いたらしい。幼体から育てれば命令を聞くほど懐くのだろうか。そうだとしても、あの懐きようは異常だと思う。
「美味しかった!ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
シェニカはコップに残ったお茶を飲み干すと、手を合わせ満足そうに笑った。こういう表情をまた見れるようになったのは、素直に嬉しいと思うが、その反面で近寄るのすら難しく、怯えた表情しかされなかったあの暗い思い出が蘇ってくる。こんな調子で旅に戻れば、俺を雇った護衛ではなく、男としてまた見てくれるだろうか。
「この後も部屋に籠もるのか?」
「うん。まだかかりそうなんだ」
「なんか手伝うことあるか?」
「じゃあ、これと同じサイズの袋が欲しいんだ。一緒に探してくれる?」
シェニカがローブのポケットから取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな布の袋だった。今作っている薬を小分けにするつもりだろうか。
「さっき街を歩いたんだが、色々な袋を売ってる露店があった。他にもいろんな露店があるから、見に行くか?」
「本当!?じゃあ気晴らしも兼ねて、今から行ってもいい?」
「いいよ」
宿を出て露店が並ぶ場所に案内すると、シェニカは予想通り目をキラキラさせ、時折足を止めて商品を眺めている。
「すごい種類が豊富!」
そして袋を扱う露店に来ると、シェニカは早速並べられた袋の品定めを始めた。袋といっても、革袋や麻袋、綿で出来た袋、紙袋など色々あるが、シェニカは通気性を気にしているようで掲げて透かしたりしている。
店主のおばさんがニコニコしながら見守る中、しばらく吟味していたシェニカは、袋の中でも一番小さい無地の麻袋を手にとった。
「このサイズの麻袋を300枚くらい欲しいんですけど、在庫はありますか?」
「50枚くらいはあるけど、300枚はないねぇ。この麻袋なら300枚以上あるけど…。ちょっと柄がねぇ」
店主がそう言って申し訳無さそうに出したのは、サイズと素材こそ希望したものと同じだが、黄緑のトマトに極太でギザギザした眉毛、眉間に皺を寄せてにらみつける鋭い目、そばかすのある団子っ鼻、皺がリアルな分厚いたらこ唇。ヘタの部分で深緑色の髪を表現した、『トマトをなめるな』と書かれていなければ、大多数の人間がトマトと分からないデザインだ。トマト以外にもナス、かぼちゃ、キュウリといった野菜や果物がデザインされた袋もあるが、その姿はどれも独特だ。製作者は何を思ってこの絵を描いたのだろうか…。
「わぁ!!すごく、すっごく可愛い!! これ買います!」
この変なデザインのどこに可愛さを感じるのか理解できない。ダサい服ばかり選ぶし、顔を描くと言ったら目だけ描くし、蔦人形のデザインは禍々しいし。こいつのセンスは本当によく分からない。
「そ、そうかい? じゃあ折角だから、このシリーズ全部つけるから銀貨2枚でどうだい?」
「銀貨2枚だけで良いんですか?!」
「どこかの貴族の令嬢か令息がデザインしたらしいんだけど、クセが強すぎたらしく買い手が見つからなかったらしくてねぇ。ウチでもずっと売れ残ってたから、気に入ってくれた人に買ってもらえたら助かるよ」
シェニカは鼻息を荒くしながら、店主が出したサイズ違いの袋を受け取ったが、正直言って趣味が悪い。
その袋に薬を入れるつもりなのかもしれないが、こんな袋に入った物なんてロクなものではない、と思うだろう。容れ物のデザインも大事だな。
満足そうに袋の詰まった紙袋を抱えたシェニカを横目で見ながら、他の露店も見ていると、便箋を扱う露店にシェニカは興味を示し、バラやクローバー、リボンなどの柄が描かれたセットを手にとって品定めを始めた。
「わぁ!可愛いのがいっぱいある! もうすぐ便箋セットがなくなりそうだから、いくつか買っちゃおうかな」
「ここにある便箋セットは、ある地方の大商人から買い取った品の良いものばかりだよ」
「この便箋、横の罫線だけなのに何かすごく上品な感じがしますね…」
「お嬢さん、お目が高いねぇ!その便箋には粉末にしたシルクが入っているんだよ。光の加減で何となく光を反射しているような白さが特徴なんだよ。お偉いさんへの手紙や証明書とかに使われているみたいだよ。
こっちの封筒にも粉末にしたシルクが入っているんだが、一緒に買ってくれるなら1セット銀貨2枚でどうだい?」
「じゃあ3セット分買います!あ、この便箋セットもお願いします」
「まいどあり~!」
シェニカは真っ白な便箋セットとバラが描かられた便箋セット、葉っぱが描かれた便箋セットを買うと、嬉しそうに紙袋を抱えた。
「うふふっ!良い買い物が出来ちゃった。付き合ってくれてありがとう」
「良いものが見つかってよかったな」
シェニカの満足そうな笑顔を向けられて、思わず視線を逸らせてしまったが。正面からもっとちゃんと見ておけば良かったと、もったいない気持ちになった。
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はルクト視点のお話です。
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「暇だ…」
シェニカが師匠の婆さんと別れてから何日か経っているが、毎日毎日朝から晩まで部屋に籠もっている。宿から借りたバケツに、その辺の土を入れて部屋に持ち込んでいたから薬でも調合しているのだろうが、こんなに長期間やっているということは、手のかかる調合なのだろう。
そういう作業は今まで雨や嵐で移動できない時にやっていたが、こういう時、俺は調合の様子を眺めていたり、武器の手入れをしたり、街の武器屋に行ったりしていた。今回も同じように街を回ったが、とっくに見終わってやることがない。それでも部屋で時間を持て余すよりは気が紛れるだろうと思って街に出ると、昨日まで何もなかった市場の端に、露店の一団がいることに気付いた。
時間潰しのつもりで露店の前をゆっくり歩いてみると、宝飾品や絵画、花や野菜の種、ペンやノート、便箋などの文房具、組紐を使ったアクセサリー、いろいろなサイズの革や麻といった袋など、それぞれ面白そうな商品が多いから、冷やかしに見ているだけでも結構楽しい。どこかの貴族や大商人から買い付けたのか、見る人が見れば価値が分かるようなアンティーク品もある。珍しそうなものもあるから、シェニカが見たら喜ぶかもしれない。
「いらっしゃい」
そんなことを考えながら歩いていると、褪せた赤いビロードの上に沢山の本が並べられている店に辿り着いた。
何も考えずにその露店を覗くと、たくさんの本の中に青いベルベッドに包まれた本があるのを見つけた。条件反射的にそれを手に取ると、『スリヤワット動物図鑑2』と書いてあった。
パラパラとめくると、持っている1巻と7巻よりも字や絵の色が濃い。保存状態はかなり良いようだ。
「その本はなかなかお目にかかれない貴重な動物図鑑だよ。この前、とある貴族から買い取ったんだが、大事にされていたようで破れも褪せも折り目もない。保存状態はかなり良いから金貨8枚と言いたいところだが、金貨5枚でどうだい?」
「じゃ、それで」
店主に金貨5枚を渡すと、「まいどあり」と言って嬉しそうに懐に金を仕舞っていた。
「この動物図鑑、他の巻はないのか?」
「今あるのはそれだけだねぇ。お客さんもその本を集めているのかい?」
「そうだな。1巻と7巻を持ってる」
「その本は元々1冊金貨10枚くらいの高値で売っていたから、学者か貴族くらいしか持ってないんだ。あんまり流通してないが、そういうところから買い取る時にたまーに見かけるよ。
その動物図鑑が好きな人は庶民層にも一定数居てね。古書の中では高値がつく上に、比較的早く買い手が見つかるから、見かけたら迷わず買うのをおすすめするよ」
宿に戻って隣の部屋の気配を読んだが、相変わらず作業をしているらしい。
「あと5ヶ月…。どうすればいいんだ」
ポルペアまでと言われたが、その後もなんだかんだで一緒にいれるんじゃないかと思っていただけに、イルバに護衛を頼む手紙を送ると聞いて、本当に俺と別れるつもりなのだと現実を突きつけられた。
イルバは護衛の話を快諾するだろうから、あいつとポルペアで会う前までに、なんとかシェニカの考えを変えないといけないと思うが、どうすればいいんだろうか。
今の状態だと、俺の言葉をそのまま受け入れない気がするから、レオンに説得してもらえば良いのだろうか。レオンの話ならシェニカでも耳を傾けそうだが、それでも『ポルペアまでの約束だから』と言われて終わりそうな気もする。
ディスコーニが色々吹き込んで、俺をシェニカから離そうとしているんじゃないかと思ったが、離したところであいつが護衛として隣にいるわけじゃないし、奴が護衛を紹介しようとする様子もない。イルバのことを知っているのか分からないが、ディスコーニはどう思っているのだろうか。
「はぁ…」
ソファに座ると、さっそく買ったばかりの2巻を開いた。
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ヘビワニ。大陸の南西側にある、アルズス半島と大陸を隔てるアルズス川の汽水域に生息する、淡水でも海水でも対応出来る絶滅危惧種のワニである。人間も住みやすい温暖な気候を好み、水辺から少し離れた草が生える場所に集団で住んで、大好きな日向ぼっこに励んでいる。
大きさは、生まれたばかりの幼体で約10センチメートル、成体で約1メートルから1.5メートルほど。体重は生まれたばかりの幼体で約100グラム、成体は約40から60キログラム程度とワニ族では細長くスリムな体型だが、最大サイズは大きさ約2メートルで約100キログラムになると言われている。寿命は野生で20から30年が平均だが、50年も生きた個体がいると言われている。
人間が飼いならした例は報告されていないが、ワニ族の中でも人間の言葉を理解する高い知能があり、空腹時以外であれば、非好戦的で大人しい性格をしている。幼体時は柔らかい鱗で覆われ、牙も発達していないトカゲのような見た目であるため、カラスなどの鳥類や中型の猛禽類、イタチやキツネなどが天敵となるが、成体となれば天敵は人間のみとなる。
ヘビワニは日向ぼっこ中はほとんど動かないが、陸上でも水中でも動きが早く、一度噛み付くと外すことは困難な上に、デスロールや強靭な尻尾を鞭のようにしならせた薙ぎ払いもしてくる。ヘビワニは人間に好戦的になる上に、剣や黒魔法にもひるまないため、単体であれば運が良ければ逃げられるかもしれないが、囲まれてしまった場合は無傷で逃げるのは諦めて、死を覚悟することになる。
繁殖期の雨季になると、オス同士は口を開けて大きさを比べて穏便に示威行動をしたり、メスを巡って噛みつきあって実力を比べたりもする。雨季が終わる頃にはある程度力関係が決まるようで、弱いオスはメスから離れた場所で日向ぼっこに励み、強いオスが日向ぼっこをするメス達のもとに通ってハーレムを築く。
ヘビワニは独自の進化をしてきたのか、他のワニにはない特徴を持っている。
まず1つ目は縄張りと子育ての仕方だ。
ワニの中には縄張り意識の強い種族が多いのだが、ヘビワニの場合、縄張りを主張するような行動を取らないことから、縄張り意識は低いように思われる。この理由は明確に分かっていないが、おそらく非好戦的な性格と、餌に困らない場所に生息しているからではないかと思われる。
メスは日向ぼっこをする集団の中に枝や草などを集めて巣を作り、1度に2~5個の卵を生む。卵は日光に当てて温め、夜になると母ワニが卵に草をかけて保温している姿が確認出来た。野ネズミを除き、卵を狙おうとする相手を容赦なく襲うからか、孵化率は高いのだが、母ワニと子供の親子関係は、卵が孵化すると同時に終了する。というのも、卵が孵ると母ワニは子離れを。幼体は親離れをしてしまうのだ。
幼体は孵った直後こそ母ワニの近くにいるものの、やがて親から離れ、近くにいる成体の背中に乗って一緒に日向ぼっこをするという生活を送る。
幼体が成体から離れていると天敵が襲ってくるのだが、幼体が『ギャギャ!』と高い声で鳴くと、周囲のワニ達が素早く集まって相手を捕食しようとする。ワニ族には成体が同種の卵や幼体を捕食する場合もあるのだが、ヘビワニはそれをしないため、幼体は親から守られることはないが、血の繋がりに関係なく成体に守られている。幼体から性成熟する成体になるまでの期間は約10年と言われ、身体の成長も非常にゆっくりとしたものになっているが、孵化した幼体は高確率で成体となる。
ちなみに、生息域には熊や虎、狼といった生態系の頂点もいるが、彼らはヘビワニとの関わりを避けているようで、成体から離れている幼体にすら近付こうとはしない。
では次に狩りの仕方と共存を述べる。
多くのワニ族の幼体は水に入り小魚や水辺の虫を捕食するが、ヘビワニの幼体は陸上(主に成体の上)で虫を待ち伏せして捕食し、身体が大きくならなければ水に入って魚などを捕食しない。その影響か、幼体はカエルのような長い舌を持ち、成長するにつれてその舌は短くなるが、成体でも朝露を舐めて水分を摂取する程度の長さは残っている。
成体になると中型サイズの鳥類、イタチやキツネといった大きさから成人男性までの哺乳類も捕食する。20センチを超える魚を捕食することもあるが、日向ぼっこが最優先なのか、水中での狩りはよほどの空腹時に限られる。1日のほとんどを陸上で過ごすという特徴は、日向ぼっこをするヘビワニの腹下に野ネズミの巣があることに関係がある。
ヘビワニの生息地には野ネズミが生息しているが、この地に住む野ネズミは昼夜関係なく活動し、他地域の同種に比べて一回り大きく肉付きが良い。そんな野ネズミを『ごちそう』と見るカラスなどの鳥類やトンビといった中型の猛禽類、キツネやイタチなどの哺乳類も周辺に多数生息している。
野ネズミたちは身の危険を感じると、草や木の陰、落ち葉の下などに身を潜めるが、ヘビワニが近くにいる時は、その腹下にある野ネズミの巣穴に飛び込んで身を隠す。しかし、穴の主のネズミがすぐに追い出しにかかるため、追手が待ち伏せしていることも多いが、出て来るのを待ちきれず、ヘビワニに近付いて直接巣穴から引きずり出す追手もいる。多くの動物が近付かないというのに、このような命知らずの行動をするのは、ヘビワニはしつこく攻撃されて日向ぼっこの邪魔をされたり、空腹時でなければ、目前に近付いても襲うことはなく、延々と日向ぼっこを続けているからである。
ただし、ヘビワニの腹具合は野ネズミやその天敵達にも判断が難しいようで、隠れた巣穴から追手に引きずりだされてしまったり、巣穴を襲おうと近付いた追手がヘビワニに捕食されてしまう様子を何度も確認した。
ちなみにではあるが、この場所は深く掘ると水が滲み出てくるため、野ネズミの巣穴は浅いものになっている。野ネズミの巣穴はあちこちにあるが、ヘビワニの個体数が少ないため、一度ヘビワニが移動してしまうと無防備な巣穴は放置され、新たに穴を掘っている場合が多かった。
また、野ネズミは夜になるとヘビワニの卵に近づき、上手く草で覆われていない卵に草をかける、という行動をしていた。野ネズミが生き残り続けるにはヘビワニはなくてはならない存在のため、孵化の手伝いをしていると思われる。ヘビワニがまるまると太った野ネズミを襲わないのは、卵の世話をし、餌を運んできてくれるからではないかと考えられる。
このような特徴を持つヘビワニが絶滅危惧種になるまで個体数を減らしたのは、生息地が戦場となったこと、鱗や皮革目的の乱獲、密猟が原因である。
ヘビワニの鱗や皮革は剣を簡単には通さず、上級の黒魔法の威力を削ぐほど頑丈であるため、生息地周辺の街では昔からヘビワニの頑丈な皮革を使用して防具や剣の鞘、持ち手部分などに加工してきた。ただし、そのためだけにヘビワニを狩るのではなく、自然に剥がれた鱗を集めたり、自然死した死骸を素材にしたものであったため、その加工品は数が少なく、領主や国王に献上されるような高級品であった。しかし、アルズス川を隔てた隣国に戦争を行う際、当時の国王は邪魔になるとして乱獲を命じた上に、その頑丈な素材を加工させたため、個体数を激減させてしまった。
鱗や皮革は剣を通しにくいほど頑丈なのはワニ族共通であるが、なぜヘビワニだけが黒魔法の威力を削げるのかは不明である。また、生息地の領主様から、見回りの際に発見した襲われて間もない密猟者が、『より黒魔法が効きにくい個体が群れの中にいる』と言っていたという話を聞いた。その密猟者はまもなく死亡してしまったため詳細は不明であるが、黒魔法への耐性は個体差があるのかもしれない。
また、過去の動物学者が『ヘビワニは変化への適応能力が高いと思われる』と記述した本があるが、生息地の環境変化は起きておらず、また、近付くことも捕獲することも出来ないため、それが正しいのかを判断するだけの観察は出来なかった。
ヘビワニの生息地の領主や住民らは、気持ちよさそうに日向ぼっこに励む姿に愛着を持ち、また、献上品になるような恵みを与えてくれるヘビワニに敬意を表し、昔から遠くから見守る程度の距離感を徹底し、開拓をせず、共存することを選んできた。そのため、乱獲が起きた時には国王との間で摩擦が起き、領主が先頭に立って抵抗運動をしたとのことだったが、権力と数の前には叶わず、乱獲される様子を見ているしかなかったと街の者たちは非常に嘆き悲しんでいた。
ただ、このとき計画された罠を使用した乱獲はことごとく失敗に終わり、また、副官や将軍らも大怪我を負い、作戦遂行には苦戦した。詳細は教えてもらえなかったが、これらのことからヘビワニの知能の高さが証明されたと言われている。
絶滅危惧種に指定された後は、生息地周辺での戦争を避けるようになったが、世界中で戦争が日常的に起こるため、その頑丈な鱗や皮革を求めて密猟する者は後を絶たない。保護を担当することになった領主と住民らの協力もあり、現在は死骸や剥がれ落ちた鱗を探すことも、加工品を作ることもなくなり、領主の許可がなければ生息地に入れない状態になっているが、どこからともなく密猟者が侵入している状態である。
ヘビワニの人間への好戦的な行動から、生息地を囲む柵の内側は軍による警備がされていないが、この場所は熊や虎、狼などの猛獣や、毒蛇や毒蜘蛛などの危険な動物も多いため、半年に1度の軍と領主、学者らによる生息地の確認の際には、餌となった密猟者の死骸や、ネームタグが多数発見されるとのことであった。
今回、私は領主様の許可を得て単独で生息地に足を踏み入れることが出来たのだが、茂みに隠れて遠くからヘビワニを観察中、鼻がもげるような悪臭を攻撃手段にする巨体のアルズスカメの群れに、いつの間にか取り囲まれていた。
彼らは何時間も動かない私を敵とは認識しなかったようで、洗っても取れないと言われる悪臭攻撃は受けなかったが、耳たぶや頬、二の腕、ふくらはぎなどの露出部分をハムハムと優しく食まれた。柔らかい感触が気に入ったのか、入れ代わり立ち代わり、次の日の昼まで延々と食まれたため、食まれた場所はすっかり赤くなっていたが無傷であった。
カメが集団でいる様子を警戒したのか、1匹の成体のヘビワニが数メートル先まで私の様子を見に来たのだが、延々とカメに食まれる私は人間と認識されなかったのか、はたまた弱い相手として気にしなかったのか分からないが、すぐに興味を失ってその場で日向ぼっこを始めてくれた。そのおかげで、ヘビワニの腹下に潜り込んだ野ネズミが新たな巣穴を掘り始める姿を観察出来た。
なお、アルズスカメを超至近距離から観察出来たため、その絵は非常に完成度が高くなった。隙を見て、大きくてゴツゴツした甲羅や硬い手を撫でてみたが、驚かれることも攻撃されることもなかった。「感触が気に入ったのかい?」と優しく話しかけてみたところ、アルズスカメは食むのを止めて硬い頭を擦り付けてきた。また、「そろそろ帰りたいんだが…」と話せば、大人しく離れて道をあけてくれた上に、ヘビワニや熊などに襲われないよう気を遣ってくれたのか、しばらく一緒に歩いてくれた。アルズスカメも非常に知能が高いようだ。
今までの経験上、静かに行動し、こちらに敵意がないこと、敬意を持って接したいのだと上手くアピール出来れば、言葉での意思疎通は出来なくても、言葉や気持ちを理解してくれる動物は多い。動物から興味を示された時、慌てず、必要以上に恐れず、攻撃せず、優しく話しかけ続ければ、案外仲良くなれるのかもしれない。それが出来ないのは、悲しいことにそれまでの人間との関わりに問題があったのだろう。
すべての動物と上手く共存できる道が、1日でも早く切り拓かれることを切に望む。
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「へぇ。ヘビワニの鱗や皮革は魔法を軽減させるのか。初めて聞いた」
黒魔法を軽減させると聞くと、魔法を切り裂くバルジアラを思い出す。特殊な魔法なのか、剣が特殊なのか分からないが、同じことを出来るようになりたいと純粋に思う。一体どうやっているのだろうか。
その後も2巻を丁寧に読み進めて色んな動物を知ったが、やっぱりスザクワシが一番かっこよく、シェニカのように懐かせてみたいと強く思う。あのスザクワシが懐いたら、立派な身体を撫で、飾り羽を手にとって観察し、手から餌を与えてみたい。人間を持ち上げて飛べるのだから、『掴んで一緒に空を飛べ』と命令してみたい。
シェニカのように自分もスザクワシを可愛がり、コントロールする姿を想像していると、隣の部屋にいるシェニカの気配が動いた。時間からして、どうやら昼飯にするつもりのようだ。本を閉じて廊下に出ると、シェニカも外に出てきた。
「昼ごはんにしよっか」
「分かった」
1階のレストランに行くと、シェニカはマトン肉のカレーライスを頼んだ。このレストランには羊肉だけでなく、牛肉や鶏肉、豚肉、魚料理もあるが1日3食全部羊肉だ。一度食べた料理でも飽きる様子もなく注文しているから、羊肉が好きなのだろう。
「お前に懐いてるあのスザクワシ、保護してすぐ懐いたのか?」
「ううん。最初はみんな部屋の隅に縮こまって私とメーコを警戒してたんだけど、一緒に寝たり、ご飯あげたり、遊んだりしているうちに甘えてくれるようになってきたんだ。1番最初に身体を寄せて甘えてきてくれたのは、赤虎なんだよ。ナデナデ~、ヨシヨシ~ってしてあげてたら、鬼熊や獅子狼も混ざってきてね。そのうち3人で追いかけっこしたり、タオルや紐を引っ張りあったりして、ヤンチャになってきてね~。
みんな甘えん坊だから、私とメーコのベッドの中に潜り込んだりしてきたんだ。ブラッシングも大好きでね、それぞれ専用のブラシでブラッシングしてあげたんだよ。
身体が小さかったヘビワニは私の服の中に入って温まったり、私やメーコの頭の上に乗って日向ぼっこしたり、ぴよぴよしてたスザクワシは抱っこして撫でてると、そのまま寝ちゃったり。大きくなった今はみんなかっこよくなってたけど、小さい頃はすっごく可愛かったんだよ~!」
「噛みつかれたりしなかったのか?」
「甘噛みされたり、爪が食い込んだり、突かれたりして血が出ることはあったけど。そういう時は、『ごめんね』って感じで、みんなペロペロ舐めてくれてね。私もメーコも大きな怪我はしなかったよ。まぁすぐ治療すればいいから、問題なしだったよ」
「あいつら、お前の命令は聞くのか?」
「ちゃんと聞くよ。こないだは、カバン取ってくれる?って声かけたら、シフォンちゃんが優しく運んでくれたし、寝袋と枕を取ってくれる?って声かけたら、ポフィちゃんとキャンディちゃんが持ってきてくれたし。メロディちゃんとリボンちゃんは、お願いしてないのに寝袋の片付けを手伝ってくれたんだよ!みんなエライよね~」
あの猛獣たちも最初は警戒したようだが、自然な流れで懐いたらしい。幼体から育てれば命令を聞くほど懐くのだろうか。そうだとしても、あの懐きようは異常だと思う。
「美味しかった!ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
シェニカはコップに残ったお茶を飲み干すと、手を合わせ満足そうに笑った。こういう表情をまた見れるようになったのは、素直に嬉しいと思うが、その反面で近寄るのすら難しく、怯えた表情しかされなかったあの暗い思い出が蘇ってくる。こんな調子で旅に戻れば、俺を雇った護衛ではなく、男としてまた見てくれるだろうか。
「この後も部屋に籠もるのか?」
「うん。まだかかりそうなんだ」
「なんか手伝うことあるか?」
「じゃあ、これと同じサイズの袋が欲しいんだ。一緒に探してくれる?」
シェニカがローブのポケットから取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな布の袋だった。今作っている薬を小分けにするつもりだろうか。
「さっき街を歩いたんだが、色々な袋を売ってる露店があった。他にもいろんな露店があるから、見に行くか?」
「本当!?じゃあ気晴らしも兼ねて、今から行ってもいい?」
「いいよ」
宿を出て露店が並ぶ場所に案内すると、シェニカは予想通り目をキラキラさせ、時折足を止めて商品を眺めている。
「すごい種類が豊富!」
そして袋を扱う露店に来ると、シェニカは早速並べられた袋の品定めを始めた。袋といっても、革袋や麻袋、綿で出来た袋、紙袋など色々あるが、シェニカは通気性を気にしているようで掲げて透かしたりしている。
店主のおばさんがニコニコしながら見守る中、しばらく吟味していたシェニカは、袋の中でも一番小さい無地の麻袋を手にとった。
「このサイズの麻袋を300枚くらい欲しいんですけど、在庫はありますか?」
「50枚くらいはあるけど、300枚はないねぇ。この麻袋なら300枚以上あるけど…。ちょっと柄がねぇ」
店主がそう言って申し訳無さそうに出したのは、サイズと素材こそ希望したものと同じだが、黄緑のトマトに極太でギザギザした眉毛、眉間に皺を寄せてにらみつける鋭い目、そばかすのある団子っ鼻、皺がリアルな分厚いたらこ唇。ヘタの部分で深緑色の髪を表現した、『トマトをなめるな』と書かれていなければ、大多数の人間がトマトと分からないデザインだ。トマト以外にもナス、かぼちゃ、キュウリといった野菜や果物がデザインされた袋もあるが、その姿はどれも独特だ。製作者は何を思ってこの絵を描いたのだろうか…。
「わぁ!!すごく、すっごく可愛い!! これ買います!」
この変なデザインのどこに可愛さを感じるのか理解できない。ダサい服ばかり選ぶし、顔を描くと言ったら目だけ描くし、蔦人形のデザインは禍々しいし。こいつのセンスは本当によく分からない。
「そ、そうかい? じゃあ折角だから、このシリーズ全部つけるから銀貨2枚でどうだい?」
「銀貨2枚だけで良いんですか?!」
「どこかの貴族の令嬢か令息がデザインしたらしいんだけど、クセが強すぎたらしく買い手が見つからなかったらしくてねぇ。ウチでもずっと売れ残ってたから、気に入ってくれた人に買ってもらえたら助かるよ」
シェニカは鼻息を荒くしながら、店主が出したサイズ違いの袋を受け取ったが、正直言って趣味が悪い。
その袋に薬を入れるつもりなのかもしれないが、こんな袋に入った物なんてロクなものではない、と思うだろう。容れ物のデザインも大事だな。
満足そうに袋の詰まった紙袋を抱えたシェニカを横目で見ながら、他の露店も見ていると、便箋を扱う露店にシェニカは興味を示し、バラやクローバー、リボンなどの柄が描かれたセットを手にとって品定めを始めた。
「わぁ!可愛いのがいっぱいある! もうすぐ便箋セットがなくなりそうだから、いくつか買っちゃおうかな」
「ここにある便箋セットは、ある地方の大商人から買い取った品の良いものばかりだよ」
「この便箋、横の罫線だけなのに何かすごく上品な感じがしますね…」
「お嬢さん、お目が高いねぇ!その便箋には粉末にしたシルクが入っているんだよ。光の加減で何となく光を反射しているような白さが特徴なんだよ。お偉いさんへの手紙や証明書とかに使われているみたいだよ。
こっちの封筒にも粉末にしたシルクが入っているんだが、一緒に買ってくれるなら1セット銀貨2枚でどうだい?」
「じゃあ3セット分買います!あ、この便箋セットもお願いします」
「まいどあり~!」
シェニカは真っ白な便箋セットとバラが描かられた便箋セット、葉っぱが描かれた便箋セットを買うと、嬉しそうに紙袋を抱えた。
「うふふっ!良い買い物が出来ちゃった。付き合ってくれてありがとう」
「良いものが見つかってよかったな」
シェニカの満足そうな笑顔を向けられて、思わず視線を逸らせてしまったが。正面からもっとちゃんと見ておけば良かったと、もったいない気持ちになった。
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