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第六章 赤

第97話 「ファブロ王国の王太子」

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 パステル視点に戻ります。

********

 カイの家からの帰り道で『魔女』が傷を治す所を目撃し、その時の食い逃げ犯が重傷を負った状態で発見されてから数日。

 なかなか外出許可が下りず、私たちはカイとノラの家を訪問することが出来ずにいた。
 その間に何か進展があったのか、ロイド子爵家へカイからの手紙が届いたため、私たちは義父に直談判して、ようやく外出許可が下りたのだった。

 結局犯人の手がかりは何も掴めず、あれ以降何の事件も起きていないらしい。

「ハニー、ここのところ物騒だから、くれぐれも気をつけるんだよ。社交のない日なら護衛をつけられるんだけれど」

「大丈夫よ、お義父様。社交シーズンの真っ只中ですもの、仕方ないわ。それに、これから会いに行く人は騎士の方だから、心配ないわよ」

「君に何かあったら、兄上に申し訳が立たないからね。それにもちろん、私たちだって耐えられないよ」

「……心配してくれてありがとう、お義父様」

「ロイド子爵、パステルはちゃんと護りますから、ご心配なく」

「セオドア殿下、どうかよろしくお願いします」

 こんな調子で、義父は思っていた以上の心配性を発揮したため、私たちは義父母に現在の旅の目的も、聖王国のお家騒動のことも、本当の両親に起きた出来事も、何も話していない。
 王都での活動が長引くようなら、義父への説明や説得も考える必要が出てくるだろう。



 子爵家の馬車で送ってもらった私たちは、レストランではなく、直接二階にあるカイの家を訪れた。
 ノックをして声をかけると、猫の鳴き声がして、すぐに玄関の鍵が回される。
 扉を開くと、黒猫の妖精ノラが私たちを出迎えてくれた。

「パステル、セオ、しばらくぶりだにゃー!」

「ごめんね、いつでも来るようにって言われていたのに、時間があいちゃって。このあたりで立て続けに事件があったでしょ? それで、物騒だからってなかなか外出許可がおりなくて」

「ああ、魔女の件にゃ? 随分大きな噂になってるにゃ」

「それで、ノラちゃん。今日この時間に来てくれって手紙に書いてあったけど、何かあったの?」

「そうなのにゃ。全員揃ったら話すにゃ。もうすぐ帰ってくると思うから、居間で待つにゃ」

「わかったわ」

 私たちが先日カイに案内された居間でしばらく待っていると、玄関の鍵が回される音がする。
 カイが戻ってきたのだろう。

「カイ、遅いにゃー」

 ノラが大きい声で文句を言いながら、しゅるりと居間から出て行った。

「ああ、ノラ、すまない。例の小蝿を引き剥がすのに少々骨が折れてな」

 玄関から聞こえてきた声は、カイの声ではなく、凛としたよく通る声だった。

「ヒューゴ、来てくれて良かったにゃ。カイは? 一緒じゃなかったのにゃ?」

「もう一人、客人を迎えに行っている……おや? 彼らは?」

 ノラと喋りながら部屋に入ってきたのは、すらっとした長身の男性だった。
 私も、絵姿で見たことがある。

 ――ファブロ王国の、王太子ヒューゴだ。

 茶髪や金髪が多い王国民には珍しく、彼の髪と瞳は未だ私には判別出来ない色――深い赤色、ガーネット色なのだと聞いた。

 お忍び用に目立たない平民風の服装を身に纏っているが、その気品とオーラは隠し切れるものではない。

 最近王族の知り合いばかり増えるので麻痺しそうになるが、少なくとも呑気に座っている場合ではないだろう。
 私は急いで立ち上がって、最敬礼をとった。
 セオも一拍遅れて、隣で礼をとっている。

「……ノラ?」

 ヒューゴは、困惑した声でノラに答えを促した。

「セオと、パステルにゃー。信頼して構わないにゃー」

「……そうか。二人とも、楽にしてくれ」

 その言葉に私たちは顔を上げると、ヒューゴは帽子を取り、そのまま手を胸に当てた。
 きりりと整った怜悧な顔立ちがあらわになり、ガーネットの瞳が私とセオを交互に見据える。

「気づいているかもしれないが、私の名はヒューゴ。ファブロ王国の王太子だ」

「王太子殿下にお目にかかれたこと、光栄に思います。僕はセオドア・シエロ・エーデルシュタインと申し――」

「エーデルシュタイン……? 金色の瞳……!?」

 セオが名乗った瞬間に、ヒューゴは引きつったような表情を浮かべ、帽子を取り落とした。

「ヒューゴ、大丈夫にゃ。セオはアイリスと関係ないにゃ。どっちかっていうと被害者にゃから、ヒューゴと一緒にゃ」

「そ、そうか。それは大変だったな」

 ノラに呆れ声で補足をされて、ヒューゴは帽子を拾って体裁を立て直した。
 ヒューゴとアイリスの間に何があったのだろうか。

「それより、聖王国の王族だったとは――礼を失してしまい、すまなかった」

「いえ、構いません。僕は王位継承権を持たない、未成年王族ですから。セオとお呼び下さい」

「ああ、セオ殿。よろしく頼む。私のこともヒューゴと呼んでくれて構わない」

「ありがとうございます、ヒューゴ殿下」

 セオが頭を下げると、続いてガーネットの瞳は、私を捉えた。

「お初にお目にかかります。私は――」

「知っている。パステル・ロイド子爵令嬢、ロイド子爵家の隠された御令嬢だろう?」

「え? あの、仰る通りで――ですが、なぜ私のことを?」

「君は有名だからな」

「有名……?」

「陽に当たるときらめく、虹色の不思議な髪。領地から出ず、ロイド子爵がひた隠しにしている前子爵の箱入り娘。実在するのかどうかもわからぬ、可憐なる幻の令嬢――来シーズンのデビュタント・ボールに現れるのかどうか、現れるとしたら一目見てみようと、社交界では噂の的になっているぞ。――確かに美しいな」

「……えっと、あの……」

 艶やかな微笑みで見つめられ、私がどう返したものかと困っていると、突然、隣のセオからぐっと腰を引き寄せられる。
 私が思わずセオを見ると、セオは不機嫌そうな表情で手の力を強めた。

「ヒューゴ殿下」

 セオが咎めるような低い声でヒューゴの名を呼ぶと、ヒューゴは私から目を外し、笑みをこぼした。

「――ふ、心配するな。私は色恋沙汰に興味はない。今のところはな」

 そう言って、ヒューゴは近くの椅子に腰掛ける。

「君たちも座ってくれ。カイが戻るまでまだしばらくかかるだろう。――それで、ノラ。私をここに呼んだ理由の一つは、彼らに引き合わせるためなのだろう?」

「その通りにゃ。さすが、どっかの脳筋カイと違って頭の回転が早いにゃ」

「世辞はいい。事情を話してくれ」

「実は――」

 そうしてノラは、私たちの事情を端的にヒューゴに話したのだった。
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