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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十八夜 天白川の改修

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〔天文十七年 (一五四八年)夏四月二日〕
今日は天白川の視察だ。
 三河の戦で止まっていた天白川の改修が再開された。
 周辺の村々から村人が総出で参加している。
 課役ではなく、日当の米がもらえると聞いて周辺の村からも人が集まって大変に賑わっており、わずか一ヵ月で予定の改修が終わりそうだ。
 あははは、笑いが止まらない。
 俺と千秋家で出した船が土佐から戻ってきて大量の唐物を持ち帰ってきたので大儲けだ。
 そこに伊勢から安い米の話が舞い込んだ。
三家で出してもらった米が丸々余った。
次回は酒を売った銭で買えるので、天白川で大盤振る舞いと決めた。
戦で供出を強制されたのか、村の蓄えが減った所だった。
一人当たり五合、女・子供でも三合の手当を出す、加えてその日の食事はこちらが用意すると触れを出すと、集まる、集まる。
集まり過ぎて、中根南城の監督の半分を動員する結果となった。
川の両岸に水路を掘り、掘った土で土手を補修し、河川敷には川の流れを制御する『聖牛』を組み、仕上げのローマンコンクリート入れのみこちらで行う。
水路は穴だけ掘らせており、型枠を組んでから仕上げるつもりなので、完成は後回しだ。
両岸に水路が出来れば、田畑への水の供給が楽になる。
八事側には水車を設置するつもりだ。
余った人員には川の底を掘り返させた。
また、河川敷も遊ばせるのがもったいないと耕させて、女・子供らに粟や稗の種を子供らに植えさせている。
作業区画を三十ブロックに分割して同時並行に作業を行う。
一年掛ける予定が一ヵ月で終わるぞ。
人海戦術って凄いな。
ブルドーザーやシャベルカーに負けない作業力に毎晩のように作業工期の変更が書き直され、余りの進み具体に笑いが止まらない。
銭(米)の力は侮れない。

「おぅ、魯坊丸。随分と派手なことをしているな」
「信光叔父上⁉」

天白川の近くに道明山と呼ばれる小さな丘の上に作った陣屋に信光叔父上が現れた。
朝駆けの途中で寄ったというが、絶対に狙ってきただろう。

「三河の敗戦で落ち込んでいる織田家において、ここだけが景気がよければ目立つであろう」
「米を出すと言ったら妙に人が集まったので、こういう事態となりました」
「中根家が人を集めて、末森城を襲うとか騒いでいる奴がおってな」
「はぁ? 誰ですか、そんな馬鹿なことを言っている阿呆は」
「佐久間だ。この時期に城を改修しようと人を集めたが、まったく集まってこないので怒っておる」
「知りません。佐久間家の村人が勝手に来ているだけです」

見張り台にひょいと飛び乗り、上から信光叔父上が周囲を眺めた。
ここは植田川と天白川が合流する地点であり、この場所はよく氾濫するので、ここから手をつけることにした。
最終的には、植田川が八事に入る塩釜口まで改修し、天白川は平針城に東側まで改修したいと思っている。
改修しても上から氾濫して水が流れてきたら意味がないからね。
但し、そちら方面の費用は平針持ちだ。
一旦俺が貸して、夏までに改修を終わらせる手もある。
河川の改修が終われば、中根家の東に広がる湿地帯を埋めて耕作地にできる。
そこを埋める土は島田と平針の山を削って用意するつもりだ。
その土を売った銭で二家も河川を改修できる。
その案で加藤家と牧家も同意している。
このペースは想定外だろうが…………俺も想定外だ。

「しかし、よくこれだけ集まったな」
「銭を出せば、いくらでも集まります」
「これだけおれば、三河の戦も楽に勝てただろう」
「なら、銭をかき集めればよかったのです」
「そんな余裕があるか」
「では、一向衆にでも協力を求めれば。あの地は一向衆が多いそうです」
「無茶をいうな…………まてよ」

信光叔父上が見張り台から降りてきて何か考えていた。
そして、俺の横に腰掛けた。
悪巧みを思い付いたようなニヤリとした笑みを浮かべた。

「魯坊丸。熱田明神の序でに弥勒菩薩にならんか」
「弥勒菩薩?」
「一向衆が一番信仰している仏だ。弥勒菩薩様のお願いならば、兵を貸してくれるかもしれん」
「嫌です」
「そう言わずに、成ってしまえ」

しばらく、下らない問答を繰り返した。
信光叔父上に付き合えるか。

「その話は今度にするか。兄者が斉藤家と同盟を結ぶ気になった」
「やはり、そうなりますか」
「今川家と和議が結べない以上、織田家が結べる相手は斉藤家しかない」

信光叔父上は親父の方針変更を教えてくれた。
だが、用件はここからだった。
以前、来訪した時、養父が俺のやっている農業改革を披露し、石高が四倍になると自慢した。
信光叔父上はかなり乗り気だった。
が、肝心の石灰が斉藤家の領内で手が出せない。
少し前まで織田家の領地と信光叔父上がいうと、思わず「親父は阿呆ですか?」と声を漏らした。
面倒な三河など今川家に差し出して和睦し、西美濃を確保した方が有益だったのだ。
西三河を差し出せば、三河統治の為に三年くらいの時間は稼げただろう。
美濃は南北に土岐とき-頼芸よしのり土岐とき-頼純よりずみの分割統治を朝倉に提案すれば、斎藤利政に勝つのも容易だっただろう。
そんな話をした。

「斉藤家と同盟がなれば、白石(石灰)を買い取れるようになる」
「そうなりますね」
「肥料の準備は進んでいるか?」
「前回の来訪から何日目だと思っているのですか? 余分な銭もないので広げられません」
「わかった。銭は用意する。那古野、末森、守山、社などの織田領内に配布できる分を確保しろ。これは命令だ」

ここに熱田とか平針、島田が入っていないのは、すでに用意していることを承知しているな。
熱田全域で肥料小屋を建てているので、かなり余裕がある。
だが、周辺の織田領内と言われると、使用する石灰の量が確保できるが疑問なんだな。
今でも購入できる石灰を買い漁っている。
ローマンコンクリートにも使用しているので余裕などない。

「信光叔父上、まずどれほど買えるかを調べる時間をください」

信光叔父上は渋い顔をしたが、銭を出すと言われても買えない石灰は配れない。
無い袖は振れないのだ。
こうして、市場調査の仕事が増えてしまった。
これは熱田商人の案件だな。
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