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第七章 高校時代 上

5・それはつむじ風のように

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 結局それからほとんど毎日ロボット研究会に顔を出すようになり、滞在時間ものびていった。それに比例するように、サル型ロボットウキえもんは機械化のための学習を重ね、どんどん進化していく。ロボット研究会のメンバーは添田のことを「あの伝説の匿名の人」だと知って尊敬のまなざしで迎えてくれた。(原田には謝られた。)今日は初めて学習パターンにない仕事「タブレット画面の指紋を拭き取る」を試したが、ウキえもんはエラーを出すことなく「自動液晶クリーナー」の設計図を出力した。
「本当に企業に採用されるかもしれないわね! 技術力と資金があれば本当にその場で道具を組み立てるまでできるんじゃない!?」
 律歌が喜んで話している。添田も嬉しくなって「そうかいそうかい」と頷いて、プログラムのコードをリズミカルに打ち込んでいた。
 夏休みが始まり、ロボット研究会は毎日集合してロボット制作に打ち込んだ。いつの間に申請していたのか、ロボット研究会は部活動扱いになっていて、部費でいろいろ買えるようになっていた。電機商店街の大須に行ってはパーツを吟味。添田も買い出しに付き合った。添田はプログラミングに関しては自信があるが、電子工作自体は本でしか見たことがなく、実際手に取ると新鮮だった。それから、ホームセンターで木の板や鉄板などといったものを買って装甲を作る作業も始まった。目となるカメラ、耳となるマイク、口となるスピーカーなど、内臓が剥き出しの状態から、顔が覆われ、手足やしっぽまで取り付けられて、サル型ロボットらしくなっていく。夏休みが終わり新学期が始まる頃には、ウキえもんの見た目はほとんど完成していた。授業が終わって工作室に足を運び、サル型ロボットが迎えてくれた時、添田は達成感や愛しい絆のようなものを抱いていた。

 九月のある日のことだった。
 授業後に工作室に入り浸って、添田はプログラミングをああでもないこうでもないとやった後、いつものように一足先に校門に向かった。一人で帰るのも今では習慣になっていた。添田が外に出た頃にはもうとっぷりと日が落ち、月が出ていた。今日のプログラミングはかなりうまくいったな。末松も喜んでいた。そんなことを思いながら門をくぐると聞き覚えのある声に「添田」と呼びかけられた。
 あ――。
 スクールカースト三~六位前後の沼井だ。彼だけじゃない。みんないる。今日はこんな時間まで残っていたらしい。
「あれ、みんなまだいたの」
 添田は冷や汗をかきながら、無理やり笑みを作った。
「そりゃこっちのセリフだぜ。最近どこ行ってんだよ」
 沼井が見下すように言ってきた。
「ちょっとな」
 添田は慌ててそう濁すだけで精一杯だった。
「付き合い悪いぜ」
 同じく三~六位の布川が冷ややかに言った。
「……ごめん」
 テンパって真剣に謝ってしまった。空気がどっと重くなるのを感じる。しまった。軽く応えるべきだったか。業後の駄弁りに付き合わない仲間だっているのに。白けたような間が空いて、誰が口を開くだろうと待つしかできない添田に、
「まあまあ、自由でいいじゃん」
 スクールカースト一~二位、いつも話題の中心にいる新谷が人のいい笑顔でとりなす。
「何やってんのかなって思ってただけだよ。な?」
 相方の槇に投げる。
「まー添田って本心がよく分からないやつだなって……」
 槇は苦笑いで答えた。
「無理しなくていいんだぜ」
 新谷が困ったように言った。
 この二人はいつもクラスの話題の中心にいる。常に楽しそうで、何も無理がなくて、制服を校則すれすれに派手に着崩して、イケていて。おしゃれになりたい男子はみんな彼らを真似していたし、彼らに気にいられたいと思っていた。もちろん添田もだ。
 添田を待っていた訳では無いだろうが、歩き出すので自然と一緒に帰るような格好になった。危ない……。ロボット研究会に行っていることがバレたら、スクールカースト最下位になってしまうのだろうか。とりあえずこの場をどうにかやりすごそう。
 その時だった。
「あ! 添田くーん、また明日ね!」
 下駄箱から出てきたロボット研究会の女子の一人の阿藤が、靴を履きながら満面の笑みで大声で挨拶をしてくる。
 新谷と槇が足を止め「え?」と呆気に取られている。
「添田、もしかしてあいつらのところに行ってるのか?」
 槇が尋ねてくる。
 前を歩く沼井が、
「うそだろ……まじか!」
 と、オーバーにリアクションする。
「いや……あの、違う……違くないけど……ちが……」
 否定も肯定もできない。
 しまった。
「ちょ、引くわー!」
「ウケる!」
 案の定、沼井と布川が手を叩いて爆笑し始める。
 やらかした。
 守るべき優先順位がわからなくなって、添田は立ち尽くす以外になかった。
 俺の、輝ける高校生活は……?
 遅れて出てきた末松律歌が何かを言いたげにこちらを見ていた。添田は思わず目を逸らした。

 バレてしまった。
 バレてしまった。
 別れてから家路につく途中、同じことがずっと頭の中を巡っていた。
 ああ、バレた!
 恥ずかしさに死にたくなる。オタクだって思われた。どうしよう。
 スクールカースト上位の道から外れてしまった。
 でも嘘ついて隠していたのは自分だ。
 あの阿藤ってやつ、どうしてあのタイミングで話しかけたりしてくるんだ。知らなかったんだろう。末松の教育が行き届いていないじゃないか。絶対にバレたくなかったのに。ていうか今日よりにもよってどうしてあいつらがあの時間にあんなところにいたんだよ。
「ちょ、引くわー」
「ウケる!」
 沼井と布川の言葉がよぎって、思わず顔をしかめた。
 ちぇっ。スクールカースト一位でもないくせに。自分達だって気に入られようと必死なくせに。新谷と槇が笑っているからそこにいられているくせに。そもそも、新谷と槇の話している内容って、流行のソシャゲだとかさ、薄いんだよな。まんまと踊らされてる感じ、俺は嫌だったんだよ。
 家に帰り、飯はいらないとやけくそ交じりに叫んで自分の部屋に行って寝た。
 翌朝。
 添田は重い足を引きずるように教室にたどり着くと、力なく扉を開けた。日常が変わってしまったという諦めに似た気持ちで足を踏み入れる。
「おはよ添田」
「お……おはよう」
 新谷に挨拶されて、添田は不意打ちを受けたように返した。
 えっと……どうしたらいいんだっけ。鞄を置いて、新谷達に加わって、何を話すんだっけ。
 沼井が半笑いで近づいてきて、
「添田じゃん。お前、パソコンオタクだったのなんで隠してたんだよ~」
 と小突いた。
 羞恥と怒りで顔に血が一気に集まってくるのがわかる。
 添田は何も返せず、睨みつけて無視した。輪に加わらず、一時限目の数学の用意を机に出した。
「添田、宿題やった? 答え合わせしよー」
 槇が気を利かせて話しかけてきても、添田は聞きたくないと拒絶した気持ちになった。槇は俺の憧れたスクールカースト最上位で、俺は上位からも外れてしまったのだ。
 槇には俺の気持ちなんてわからない。
 わからないのも仕方ない。
 俺は実際ロボットオタクだし。
 卑屈な気持ちを抱えながら、やっつけのように日々を送った。
 帰宅すると、何をするでもなく自室のベッドに寝転ぶ。
 スマートフォンが鳴って、添田が通知に目をやると末松律歌の名前と『電卓、どうして最近ロボ研に来ないの?』というメッセージが表示されていた。
 末松律歌。
 ことの元凶。こうなったのも全てこの女に関わったせいだ。
 何も考え無しに話しかけてくることが腹立たしい、と思いながらもスマートフォンを取った。
『クラスの友達にバレたから?』
 続けて来た無神経なメッセージに、添田はやはり心を閉じるように電源を切ろうとした。
 また受信音が鳴って、律歌からメッセージが来た。
『明日は学校来る?』
『行くよ』
 それだけは送って目を閉じた。
 翌朝、学校へ行く前にスマートフォンをちらりと見る。律歌から返事が来ていた。『じゃあ明日面白いことしてあげる! これでなんとかなるから! 私に任せなさい』
 予想外の返事だった。面白いことってなんだろう。なんとかってなんだろう。私に任せなさい? 何を……? 添田は想像もつかなさすぎて半ば考えを放棄しながら、今日もとぼとぼと学校へ向かった。
 校門を抜けると、校庭につむじ風が巻き起こっていた。くるくると砂と枯れ葉が舞い、長い渦になっている。珍しい、ファンタジックな光景に、添田の暗い気分が少しだけ逸れた感じがした。
 教室に入る。
 すると、そこにいるはずのない姿があった。
 ウキえもんがいた。
 律歌が、工作室に置いてあったはずのウキえもんを教室に持ってきたらしい。
「みんなー初めまして、この子はウキえもんよ!」
 と紹介している。添田は立ち止まった。
「え? なに?」
 登校してきたクラスメートもざわついている。
「うへー。ロボットだあ」
 メカニカルな見た目が興味を引いたらしく、男子生徒が近寄ってくる。ウキえもんはかなりデカい。本物のドラえもんより若干大きめだ。そんなウキえもんは背面電子黒板前のスペース中央に鎮座し、じーっと正面を見つめた後、ウイーンと首を動かした。
「わっ。こいつ、動くぞ!」
「はいはい! 気にせず普通に過ごして頂戴!」
 気にされてちょっと嬉しそうに律歌は手を叩くと、「ウキえもんが全部機械化しまーす」なんて大見得を斬っている。周囲はポカンとしたままだ。
(何を始めようとしているんだ……?)
 教室にそんなもの持ってくるなんて思いつきもしなかった。
「ちょちょ、末松さん、それ、なに~!?」
 スクールカースト最上位の二人のうちの一人、新谷が面白いネタを見つけたと言わんばかりに食いついた。
 律歌は堂々と振り返ると、教室中に向けて高らかに言った。
「前に――入学式が終わった後くらいに、宣言したことあったでしょう。この世界から過労をなくすロボットを作るって。それができてきたのよ!」
 新谷は目を輝かせて騒いでいる。
「デカすぎじゃ~~ん!」
「ちょっと触ってみていい!?」
 相方の槇も好奇心いっぱいに近づいてきた。
 つむじ風につむじ風がぶつかるような、「面白いもの」を見せられている。
 律歌は始業前に掲示物を貼り替えようとしている女子生徒の元へ楽しそうにゴロゴロとウキえもんを押すと、
「掲示係さん、朝から大変ね。ちょっとこの子に見させてもらうわ」
 頷く女子生徒は引け腰で笑顔も引きつっていたが、お構い無しに公開実験がスタート。
 大きめのロボットがじーっと観察する異様な雰囲気の中、ちょっと緊張気味に彼女は貼り替えを終える。
 しばしの沈黙の後、
 テレテレッテレ~♪ 『液晶ポスタ~』
 軽快な効果音と共におなかのポケットを模した部分から設計図の書かれた紙が出てきた。ウキえもんの体内にはプリンターが丸ごと入れられているが、好みでスマートフォンやタブレット端末へデータ送信も可能だ。
 ロボットに噛みつかれたりしないか……と、びくびくおびえている彼女を気にすることもなく、律歌はポケットから出てきた紙を抜くと眉をしかめた。
「うーん、イマイチねぇ……」
 出力結果がお気に召さなかったらしい。
「やっぱサンプル数が少な過ぎるのね……」
 思案顔。一体何をしようとしているのか。
 添田の思考が追いつく間もなく、
「いいわ! これから毎日、ここでみんなと一緒に学習よ! ウキえもん!」
 ぱあっと明るい顔で言い放つ律歌。
 ええ……?
 目の前のことがうまく認識できない。
 ムードメーカーの新谷が面白げな顔で近づくと、
「ウキえもん、おっはー」
 ノリノリで話しかけている。だがウキえもんは沈黙したままだ。
「ん? こいつ、挨拶しないのかー」
 新谷が残念そうに言った一言に、添田は条件反射で脳裏にコードを打った。
「あら、いいわね。挨拶くらいできるように、今日やってみるわ」
「まじ?」
「できると思うわ!」
 律歌が熱い視線を送ってくる。目が輝いている。添田の心臓がどきっと跳ねた。目が離せない。できるわよね、とキラキラした目が言っている。どくんどくんと血が駆け巡っていく。
(できる……けど)
 できるけど、そんなの全然できるけど……。
 律歌は期待してこっちをまだ見てくる。早く早く! すぐによ! もうめっちゃ楽しそうね!! いつも助けてくれるみたいにお願い、あなたにならきっと解決できるわよね? 期待されたこの状況なら、ほらもうやるしかないじゃない?
(そうだ……けど)
 助けてやれるけど……解決だってできるけど……。今更こいつに関わって何になるんだ? 末松にも、新谷にも……。でも、話しかけてウキえもんがしゃべったら? できるかどうかって思ってるこいつらは、きっと面白いって驚くだろうな。律歌は喜んで、教室には笑いが起こるかも。まあ……でも……う、うーーん……?!
 律歌が、送れ送れと小さくジェスチャーを送ってくる。面白さが抑えきれないというように。添田はわけのわからない濁流にのみ込まれ、スマートフォン上で超速でプログラムを書いてその場で送った。
「あ! きた! オッケーできるわ! しゃべるから見てて! 録音じゃないのよ?」
 それを聞いた新谷がにぱっと笑う。「もう!? いーねー」
 律歌が嬉しそうにはしゃいで、ウインクを送ってくる。どくどくどくどく心臓が暴れている。なんなんだこの感情は。
 添田は息を整えながら、プログラムに間違いはなかったか思考を巡らせながら、しばらく彼女達を見ていた。
「ウキえもん、おっはー」
 新谷が試すように呼び掛けると――
「おはよ! ウキッ」
 ウキえもんは自分が呼びかけられたことを認識し、ロボット声で返してゴロゴロと近寄った。
「お~っ!! 挨拶返した!」
「やるやん」
 新谷と槇が喜んでいる。これ見よがしな律歌。
(ほっ)
 無事に反応を返したことに満足し、添田は自分が褒められているような気分になる。
 律歌が改めてにこっと微笑みかけてきた。ほらね、大正解じゃない! 添田は頬が熱くなるのを感じた。幽霊になっていたのに、ここに心臓があることに気付いて、まだ生きていたんだと驚くほどのリアルを感じていた。

 ウキえもんが来てから、初め女子生徒達はやや怖がっていたものの、数時間もすればみんな見慣れてきたようだった。
 ウイーーーン。ガッガッガッガッ。
 首を動かすモーター音とプリント音がずっと鳴り響いている。二時限目の国語の授業中、教師が耐えかねて言った。
「こら、うるさいぞ。授業中は切っとけ」
「動きが無駄だらけなのよ」
 律歌はビシッと教師を指さす。
「りっかちゃん、さすがに従おう……!」
 美世子が席を立ってウキえもんの電源を落とす。むしろ一時限目の英語の授業時よくそのままでいられたな。
 律歌がこんなことを始めるなんて添田は想像もしなかった。「何とかしてあげるわ」の一言が頭上でくるくる回って、律歌のキラキラしたあの表情が頭から離れない。添田は授業に全く身が入らなかった。
 翌日、今日もつむじ風は起こるのだろうかという気持ちで教室の扉を開けた。ウキえもんはいない? と思ったのも束の間、ゴロゴロというタイヤの音が廊下から聞こえてくる。
(あ、この音は)
 ゴロゴロゴロ……
 廊下からのその音は次第に大きくなって、教室の扉の前で、止まる。
 律歌は胸を張ってウキえもんの背中を押し、入室させる。
(ウキえもん……)
 添田は大切なものを見守るような気持ちで自分の席に着いた。
 それからというものウキえもんは毎日教室に常駐することとなった。添田はウキえもんを愛でるようについ見てしまう。
 昼休み、律歌がウキえもんにパソコンをつないで午前中のデータを引っ張り出していると、
「やっと昼飯か~」
 と新谷。
「はいっ。ウキえもんの分な」
「おまえ、わざわざバナナ持ってきたんか」
 槇の手に握られたそれを見てゲラゲラ笑っている。
「学ラン着せてみる?」
「背中、骨組みみたいなの剥き出しでなんか寒そうだしな」
「おお、似合う似合う!」
 教室のみんなは折に触れてクスクス笑っていた。律歌はこちらに微笑みかけてくる。思い上がりだろうか?
 相変わらず自分は見ているだけだったが、ウキえもんが元気で、律歌が笑っているなら、それでいいか。
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