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3.帝政エリクシア偵察録
22.旅の途中⑥
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翌朝、暗いうちに目を覚ました僕は、早々に着替えてテラスへと出ました。朝日が差す前とはいえ、もう暗闇ではありませんので、テーブルや椅子に当たらない場所で、軽く身体をほぐします。
メイドさんや、フローラさん達の目のあるところで、日々の修練をするのもなんですしね。いつも通り、体術から始まって、銃の抜き撃ちにつなげます。それが終れば、天羽々斬での抜き打ちですが、そっかタンスにしまわれていたんでしたっけ。
「来い、天羽々斬」
僕が呼ぶと、差し出した右手にしっかりと重さが加わりました。天羽々斬を背負った状態から抜き、一の太刀、二の太刀、三の太刀の三連撃につなげます。そこから左腰に納刀(鞘はありませんが)して、居合いからの刺突三穿につなげて背負いなおして納刀します。
「ふぅ」
一連の朝の修練で約30分。僕の場合、身体強化魔法は必要なとき無意識に発動するようで、この位だと汗1つかきませんね。
テラスに用意されている木製の椅子に座ると、丁度正面に見える山並みから、朝日が一筋差し込みました。
収納から飲み物を取り出しますが、流石に全部常温以下ですね。温かい飲み物を作り置きしてなかったことに舌打ちをして、ソーダ水を取り出した僕の耳に、
「こちらをどうぞ」
と声が聞こえ、テーブル上に温かい紅茶が入ったティーカップが置かれます。僕はありがとうと言って、一口飲むと慌てて後ろを振り返りました。
いつの間にか、窓際にはメイド服をきたお姉さんが立っていますが、僕は全く気が付いていませんでしたよ。公爵家のメイドさんってここまで隠密スキルが必要なんでしょうか?
「おはようございます。お目覚めが早い様でしたので、朝食までこちらをどうぞ」
お姉さんはそう言い、数枚のクッキーがのったお皿をテーブルに置いてくれます。一体お姉さんはいつから見ていたのでしょうか?
「ありがとうございます。全然気付きませんでしたが、何時からご覧になっていたのでしょうか」
メイドさんとはいえ、フローラさん等の良家の子女の可能性もありますしね。そして、僕はエリクシアの国民では無いので、2等市民ですらありません。他国からの一般の旅行者は、エリクシアでは1等市民のやや下扱いですが、事件を起こせば奴隷以下となります。公爵家の被雇用者との問題は避けねばなりませんからね。天羽々斬をお姉さんは優雅に指差して言いました。
「その剣を手に持つ少し前からですわ。私が気付いたのは、魔法の気配を感じたので、様子を見に伺わせて頂きました」
なるほど、感知タイプって奴ですね。アレキサンドリアでは、僕の周囲の人は全て魔法使いでしたので、特に意識する事はありませんでしたが、普通の国では魔法使いというのは、貴族家に使えているか、在野で研究をしているかですが、在野の場合人里から遠くはなれて研究する方が多いと聞いています。
貴族にとって、優秀な魔法使いを抱える事は安全上からも、良い条件になりますから、ある程度の魔法使いであれば、貴族家からのお声が掛かります(強制的ですけどね)。
お姉さんはそれ以上を口にしませんが、さてさて何処まで見られていたのか恐怖ですね。銃の抜き撃ちを見られていれば、少し問題ですが……
「では、お食事の時間にお呼びいたします」
そう言ってお姉さんは一礼して出て行ってしまいました。僕は用意されたクッキーを齧ろうとテーブル上を見ましたが、お皿はあるのにクッキーがありません。そして、どこからともなく、ガツガツと音が聞こえます。
音の発生源はテーブルの下のようですね。そこでは、アレキがクッキーを齧り倒しています。
「僕のクッキーが……」
僕が呟くと、アレキがこちらを見て言いました。
「うるさい奴じゃな。元はといえば、昨夜お主が我輩の餌を用意していないのが悪いのじゃ」
ああ、そういえばフローラさんから、アレキ様にどうぞって、猫用の食事を頂いていましたね。他の森猫さんと同じ量なのですが、アレキには少々不足だったようです。
「しかたないなぁ。でも、今食べてるから暫くは無しだからね」
僕の言葉に、アレキは『にゃぬ』などと言っていますが、平均的な食事量なら昨日の猫ご飯で十分なはずです。人の物を盗って食べたんですから当然ですよね。
*****
朝食後、午前中はエリーゼさん達は執務などがあるので、剣技の試合は午後という事に決まりました。それまでは、図書室や談話室などをご利用下さいということで、図書室で本を読ませていただいたのですが……
「何故僕はエリクシア標準語で書かれている本を読めるのでしょうね? 実は自分では気づいてなかったけど、勝手に変換されている?!」
そうなのですよね。今まであまり気にしていなかったというか、ギルドの掲示板は統一語と呼ばれる、他種族間とも取り決められている文字が使用されます。冒険者やハンターは人間種だけではありませんので、依頼の概略と報酬がわかれば良いからですね。詳細は受付さんに確認すれば良いだけですので。
(これも、アリアの言う少しはマシにしてやると言った中に入っているんでしょうね。ある意味どれだけ一般人とかけ離れたか怖い気もしますね)
一瞬怖い事を考えてしまいましたよ。アリアは当初、僕を蟻と言っていましたからね。蟻よりマシってしか聞いていませんでしたが、アリアの考える『マシ』ってどんな物だったんでしょう。機会があったら聞いてみたいところですが、あそこに行くにはほぼ死亡に近い状態とかでないと行けないっぽいですからね。そうそう行ける所ではありません。
いや、今は考えるのは止めて、午後に備える為のんびりしましょうか……
食事が和やかな歓談と共に進み、食後の紅茶を頂くと、皆でゾロゾロ移動ですか? ってか、何この人だかり。まるでお祭りのお神輿のあとを付いてくる人達のような……
「あの~、まさか観戦するなどということは、「「もちろんありますよ」」……そうですか」
侍女であるレーナさんとフローラさんはともかく、護衛と思しきメイドさんも含めたそれなりの人数が、屋敷の一角に集います。エリーゼさんは僕をみると、貴族令嬢としては相応しくない、ニヤッとした笑顔を浮かべます。
「では、早速私に雪辱戦の機会を与えて下さったクロエさんに感謝をいたしますわ。此度は、前回の様な卑怯な手段は使わないでしょうね?」
ほらぁ、早速そういう物言いをするから、フローラさんを始めとした皆さんの視線が冷たくなってしまったじゃないですか。エリーゼさんの後ろではヘルガさんも笑っています。
「戦略と言って欲しいですよ。お陰でどちらも怪我はしなかったじゃないですか」
僕の言葉は、エリーゼさんの耳には届かなかったようですね。
「怪我はありませんでしたが、貴族としてそれ以上のダメージがありましたわよ? 主に自尊心に!
さぁ、ここなら多少の攻撃魔法は円の外には影響しませんわ。使うのならちゃんとした攻撃魔法をお使いなさいませ」
そういうと、鎖帷子に軽鎧の装備を身につけて僕の周りに立ちはだかります。
「貴女は防具は要らないんですの? 面白い魔法を色々使うと聞いてますわよ?」
はぁ、やはり連絡は言ってましたか。リーチの差はいかんともし難いので、天羽々斬では不利ですね。というか、本気で斬ってしまってもまずいですし。
「戻れ、天羽々斬。《死を司る大鎌》」
僕は天羽々斬の召喚を解除し、別な武器を召喚しました。そう、オリバーとアレクシスに不可解なダメージを与えた死神の大鎌を召喚します。意図的に殺さずに攻撃をするなら、こちらのほうが相応しいでしょう。
死神の大鎌は柄が2m以上ある長大な鎌です。刃の部分も魔女が乗る月の様に鋭利な弧を形どります。
「なっ、武器が急に手元に」
「エリーゼ様、危険なのでは!」
周囲から声が上がりますが、エリーゼさんもヘルガさんも全く動揺していませんね。
「落ち着きなさい。大鎌は弧の内側にしか刃はありません。手元に引かねば、ダメージを与えられないのですし、それ以上の速さで私が切り刻んで差し上げますわ」
エリーゼさんは良く見ていますね。後ろでヘルガさんも頷いていますし、お2人には大鎌の欠点もわかり切っているのでしょう。もともと、農民が反乱を起こしたときに、手に持つ身近な農具ですから、騎士や衛士の方からも、いろいろ聞いていてもおかしくありません。
「さぁ、始めますわよ。構えなさって」
エリーゼさんの言葉に僕は刃を地面と水平ににし、槍の様に構えます。大鎌の刃は、エリーゼさんが細剣の間合いに入る事を防ぐ、防波堤のようです。
エリーゼさんは左右に動き、こちらの隙を突こうとしますが、こちらは一点を支点に回るだけですので、運動量も違います。時折刃の無い方向に回り込み、突きを放ちますが、僕が柄を回すだけで刃は其方を向き、侵入を許しません。
「くぅ、今日は防御だけなんですの? 卑怯ですわよ!」
何度目かの間合いへの突進を、刃や柄でチャンスを潰されたエリーゼさんは焦れてきていますね。では、ここらでチャンスを差し上げましょう。
僕がエリーゼさんのお腹を狙った突きを放った直後、刃のない右側に交わしたエリーゼさんはそのまま飛び込み斬りを僕に放ちます。このままだと真っ二つですね。
大鎌の柄を回し、エリーゼさんの後方の閃いた刃は、僕が刃を引く事によってエリーゼさんの背後から、鎖帷子に守られた胴を狙います。
「柄を引く暇なんて与えませんですわよ」
エリーゼさんの勝ち誇った声と、僕の頭上に落ちてくる細剣はほぼ同時、しかし僕はそのまま後方に飛び退ります。僕が飛び退った事によって、大鎌も速度を上げて飛び込み斬りで着地したエリーゼさんを後方から襲いました。
「きゃあぁ、お嬢様」
「エリーゼ!」
悲鳴や名前を呼ぶ声が響きますが、大鎌は非常にもエリーゼさんの胴体を通過します。その身を固めた鎖帷子のみを切り裂いて……
断ち切られた鎖帷子が、ガシャリと音を立ててエリーゼさんの足元に落ちると、膝をついたエリーゼさんの周りに皆さんが集まります。
鎖帷子だけを断ち切った大鎌の槍なら石突と呼ばれる部分を、足元に突き立てるようにし
僕はその場に立っています。
当然エリーゼさんには怪我1つ負わせていませんよ。
「戻れ、大鎌。《大蛇を切り裂け》」
僕は天羽々斬を召喚しなおします。細剣と大鎌の相性の問題もあったので、大鎌を使いましたが、あれを通常持ち歩くと、あっという間に捕まりそうですからね。鞘に収まってもいませんし。
「勝負ありで宜しいですよね?」
僕の問いに、エリーゼさんは肩をすくめます。
「この状況で負けを認めなければ、恥の上塗りですわ。良いでしょう、あなたが強いとは認めて差し上げますわ」
ふう、これでなんとか宿題は終らせましたね。僕も気をつけておきましょう。貴族令嬢に恥をかかせると碌な目に遭わないと……
メイドさんや、フローラさん達の目のあるところで、日々の修練をするのもなんですしね。いつも通り、体術から始まって、銃の抜き撃ちにつなげます。それが終れば、天羽々斬での抜き打ちですが、そっかタンスにしまわれていたんでしたっけ。
「来い、天羽々斬」
僕が呼ぶと、差し出した右手にしっかりと重さが加わりました。天羽々斬を背負った状態から抜き、一の太刀、二の太刀、三の太刀の三連撃につなげます。そこから左腰に納刀(鞘はありませんが)して、居合いからの刺突三穿につなげて背負いなおして納刀します。
「ふぅ」
一連の朝の修練で約30分。僕の場合、身体強化魔法は必要なとき無意識に発動するようで、この位だと汗1つかきませんね。
テラスに用意されている木製の椅子に座ると、丁度正面に見える山並みから、朝日が一筋差し込みました。
収納から飲み物を取り出しますが、流石に全部常温以下ですね。温かい飲み物を作り置きしてなかったことに舌打ちをして、ソーダ水を取り出した僕の耳に、
「こちらをどうぞ」
と声が聞こえ、テーブル上に温かい紅茶が入ったティーカップが置かれます。僕はありがとうと言って、一口飲むと慌てて後ろを振り返りました。
いつの間にか、窓際にはメイド服をきたお姉さんが立っていますが、僕は全く気が付いていませんでしたよ。公爵家のメイドさんってここまで隠密スキルが必要なんでしょうか?
「おはようございます。お目覚めが早い様でしたので、朝食までこちらをどうぞ」
お姉さんはそう言い、数枚のクッキーがのったお皿をテーブルに置いてくれます。一体お姉さんはいつから見ていたのでしょうか?
「ありがとうございます。全然気付きませんでしたが、何時からご覧になっていたのでしょうか」
メイドさんとはいえ、フローラさん等の良家の子女の可能性もありますしね。そして、僕はエリクシアの国民では無いので、2等市民ですらありません。他国からの一般の旅行者は、エリクシアでは1等市民のやや下扱いですが、事件を起こせば奴隷以下となります。公爵家の被雇用者との問題は避けねばなりませんからね。天羽々斬をお姉さんは優雅に指差して言いました。
「その剣を手に持つ少し前からですわ。私が気付いたのは、魔法の気配を感じたので、様子を見に伺わせて頂きました」
なるほど、感知タイプって奴ですね。アレキサンドリアでは、僕の周囲の人は全て魔法使いでしたので、特に意識する事はありませんでしたが、普通の国では魔法使いというのは、貴族家に使えているか、在野で研究をしているかですが、在野の場合人里から遠くはなれて研究する方が多いと聞いています。
貴族にとって、優秀な魔法使いを抱える事は安全上からも、良い条件になりますから、ある程度の魔法使いであれば、貴族家からのお声が掛かります(強制的ですけどね)。
お姉さんはそれ以上を口にしませんが、さてさて何処まで見られていたのか恐怖ですね。銃の抜き撃ちを見られていれば、少し問題ですが……
「では、お食事の時間にお呼びいたします」
そう言ってお姉さんは一礼して出て行ってしまいました。僕は用意されたクッキーを齧ろうとテーブル上を見ましたが、お皿はあるのにクッキーがありません。そして、どこからともなく、ガツガツと音が聞こえます。
音の発生源はテーブルの下のようですね。そこでは、アレキがクッキーを齧り倒しています。
「僕のクッキーが……」
僕が呟くと、アレキがこちらを見て言いました。
「うるさい奴じゃな。元はといえば、昨夜お主が我輩の餌を用意していないのが悪いのじゃ」
ああ、そういえばフローラさんから、アレキ様にどうぞって、猫用の食事を頂いていましたね。他の森猫さんと同じ量なのですが、アレキには少々不足だったようです。
「しかたないなぁ。でも、今食べてるから暫くは無しだからね」
僕の言葉に、アレキは『にゃぬ』などと言っていますが、平均的な食事量なら昨日の猫ご飯で十分なはずです。人の物を盗って食べたんですから当然ですよね。
*****
朝食後、午前中はエリーゼさん達は執務などがあるので、剣技の試合は午後という事に決まりました。それまでは、図書室や談話室などをご利用下さいということで、図書室で本を読ませていただいたのですが……
「何故僕はエリクシア標準語で書かれている本を読めるのでしょうね? 実は自分では気づいてなかったけど、勝手に変換されている?!」
そうなのですよね。今まであまり気にしていなかったというか、ギルドの掲示板は統一語と呼ばれる、他種族間とも取り決められている文字が使用されます。冒険者やハンターは人間種だけではありませんので、依頼の概略と報酬がわかれば良いからですね。詳細は受付さんに確認すれば良いだけですので。
(これも、アリアの言う少しはマシにしてやると言った中に入っているんでしょうね。ある意味どれだけ一般人とかけ離れたか怖い気もしますね)
一瞬怖い事を考えてしまいましたよ。アリアは当初、僕を蟻と言っていましたからね。蟻よりマシってしか聞いていませんでしたが、アリアの考える『マシ』ってどんな物だったんでしょう。機会があったら聞いてみたいところですが、あそこに行くにはほぼ死亡に近い状態とかでないと行けないっぽいですからね。そうそう行ける所ではありません。
いや、今は考えるのは止めて、午後に備える為のんびりしましょうか……
食事が和やかな歓談と共に進み、食後の紅茶を頂くと、皆でゾロゾロ移動ですか? ってか、何この人だかり。まるでお祭りのお神輿のあとを付いてくる人達のような……
「あの~、まさか観戦するなどということは、「「もちろんありますよ」」……そうですか」
侍女であるレーナさんとフローラさんはともかく、護衛と思しきメイドさんも含めたそれなりの人数が、屋敷の一角に集います。エリーゼさんは僕をみると、貴族令嬢としては相応しくない、ニヤッとした笑顔を浮かべます。
「では、早速私に雪辱戦の機会を与えて下さったクロエさんに感謝をいたしますわ。此度は、前回の様な卑怯な手段は使わないでしょうね?」
ほらぁ、早速そういう物言いをするから、フローラさんを始めとした皆さんの視線が冷たくなってしまったじゃないですか。エリーゼさんの後ろではヘルガさんも笑っています。
「戦略と言って欲しいですよ。お陰でどちらも怪我はしなかったじゃないですか」
僕の言葉は、エリーゼさんの耳には届かなかったようですね。
「怪我はありませんでしたが、貴族としてそれ以上のダメージがありましたわよ? 主に自尊心に!
さぁ、ここなら多少の攻撃魔法は円の外には影響しませんわ。使うのならちゃんとした攻撃魔法をお使いなさいませ」
そういうと、鎖帷子に軽鎧の装備を身につけて僕の周りに立ちはだかります。
「貴女は防具は要らないんですの? 面白い魔法を色々使うと聞いてますわよ?」
はぁ、やはり連絡は言ってましたか。リーチの差はいかんともし難いので、天羽々斬では不利ですね。というか、本気で斬ってしまってもまずいですし。
「戻れ、天羽々斬。《死を司る大鎌》」
僕は天羽々斬の召喚を解除し、別な武器を召喚しました。そう、オリバーとアレクシスに不可解なダメージを与えた死神の大鎌を召喚します。意図的に殺さずに攻撃をするなら、こちらのほうが相応しいでしょう。
死神の大鎌は柄が2m以上ある長大な鎌です。刃の部分も魔女が乗る月の様に鋭利な弧を形どります。
「なっ、武器が急に手元に」
「エリーゼ様、危険なのでは!」
周囲から声が上がりますが、エリーゼさんもヘルガさんも全く動揺していませんね。
「落ち着きなさい。大鎌は弧の内側にしか刃はありません。手元に引かねば、ダメージを与えられないのですし、それ以上の速さで私が切り刻んで差し上げますわ」
エリーゼさんは良く見ていますね。後ろでヘルガさんも頷いていますし、お2人には大鎌の欠点もわかり切っているのでしょう。もともと、農民が反乱を起こしたときに、手に持つ身近な農具ですから、騎士や衛士の方からも、いろいろ聞いていてもおかしくありません。
「さぁ、始めますわよ。構えなさって」
エリーゼさんの言葉に僕は刃を地面と水平ににし、槍の様に構えます。大鎌の刃は、エリーゼさんが細剣の間合いに入る事を防ぐ、防波堤のようです。
エリーゼさんは左右に動き、こちらの隙を突こうとしますが、こちらは一点を支点に回るだけですので、運動量も違います。時折刃の無い方向に回り込み、突きを放ちますが、僕が柄を回すだけで刃は其方を向き、侵入を許しません。
「くぅ、今日は防御だけなんですの? 卑怯ですわよ!」
何度目かの間合いへの突進を、刃や柄でチャンスを潰されたエリーゼさんは焦れてきていますね。では、ここらでチャンスを差し上げましょう。
僕がエリーゼさんのお腹を狙った突きを放った直後、刃のない右側に交わしたエリーゼさんはそのまま飛び込み斬りを僕に放ちます。このままだと真っ二つですね。
大鎌の柄を回し、エリーゼさんの後方の閃いた刃は、僕が刃を引く事によってエリーゼさんの背後から、鎖帷子に守られた胴を狙います。
「柄を引く暇なんて与えませんですわよ」
エリーゼさんの勝ち誇った声と、僕の頭上に落ちてくる細剣はほぼ同時、しかし僕はそのまま後方に飛び退ります。僕が飛び退った事によって、大鎌も速度を上げて飛び込み斬りで着地したエリーゼさんを後方から襲いました。
「きゃあぁ、お嬢様」
「エリーゼ!」
悲鳴や名前を呼ぶ声が響きますが、大鎌は非常にもエリーゼさんの胴体を通過します。その身を固めた鎖帷子のみを切り裂いて……
断ち切られた鎖帷子が、ガシャリと音を立ててエリーゼさんの足元に落ちると、膝をついたエリーゼさんの周りに皆さんが集まります。
鎖帷子だけを断ち切った大鎌の槍なら石突と呼ばれる部分を、足元に突き立てるようにし
僕はその場に立っています。
当然エリーゼさんには怪我1つ負わせていませんよ。
「戻れ、大鎌。《大蛇を切り裂け》」
僕は天羽々斬を召喚しなおします。細剣と大鎌の相性の問題もあったので、大鎌を使いましたが、あれを通常持ち歩くと、あっという間に捕まりそうですからね。鞘に収まってもいませんし。
「勝負ありで宜しいですよね?」
僕の問いに、エリーゼさんは肩をすくめます。
「この状況で負けを認めなければ、恥の上塗りですわ。良いでしょう、あなたが強いとは認めて差し上げますわ」
ふう、これでなんとか宿題は終らせましたね。僕も気をつけておきましょう。貴族令嬢に恥をかかせると碌な目に遭わないと……
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