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放浪者達のバラード

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2 共に生きると誓ったから

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 セリアが渡してくれた情報には、二人が狙っている賞金首のロードが現在いる住所が記されていた。
 三十四区・・人工麻薬の密売組織であるテンネットの巣があるところだ。
 アルメストにおける町並みの区分けは、はっきりしている。
 格子状に区切られた正方形の区が全部で四十。町は衛星内の巨大な四角い領域に作られていて、中心地点を軸に十字の大通りがあり、そこに政府の管理センターとポリスセンターがある。
 この中心地が二十区。通称中央区と呼ばれ、ここから各地に向かって交通網が整備されている。宙港ポートへ行くためのバスが出ているのもここだ。
 こういった宇宙空間に浮かぶ衛星には東西南北の別が無い。だが、地図を作成するために便宜状の方位が定められている。
 衛星アルメストとは連邦軍の重型輸送船の数十倍は巨大な宇宙船だ。あまりに巨大なため、たいした移動能力を持ってはいないが、万が一のときのために軌道の移動だけは出来る機能を備えていることは前にも説明した。
 つまり、宇宙船というだけあって、ブリッッジ部と機関部、駆動部等が存在するのだ。
 アルメストの都市はその宇宙船の腹をぶちぬいて作られている。よって、ブリッジの存在する船首方向を北と定めている。
    この北の東部分から一区がはじまり、南に向かって順に四十区までの区割りがなされている。
 また、都市としての開発が行われたのは四十区からであるため、そのあたりの区には古い建物が多く荒廃している。旧区と呼ばれる三十区から四十区まではスラム化して、治安と呼べるようなものは存在していない。まさに犯罪者達の温床だった。
 だが、そこには何でも揃っていた。大抵のものが揃っているアルメストの町の中でさえ手に入らないものでも、金さえあれば何でも手にはいった。
 ただし、それを持って生きて旧区から出られればの話だが。
 
 「ああ、もう嫌。いい加減疲れたわ」
 ノーマが今日で何度目かの愚痴を呟いた。それでも双眼鏡からは目を放さない。
 「もう一週間よ。こうやって張り込んでるの。その間いっこうにロードの動きはない。ひょっとしたら出入り口ってここだけじゃないのかしらね」
 ノーマの隣でアイルは苦笑した。
 「厳しい指摘だな。でもあからさまに調べて回るわけにもしかないしね」
 密売組織のアジトの目の前でそんなことをしていたら、命が幾つあっても足りない。
 「・・・この出入口を使ってくれるのを待つしかないわけね。でも、ロードっていったいどんな男なのかしら? 犯罪歴を見た限りじゃケチなちんぴらだと思うのに、テンネットみたいな大きな組織にこんなに長い期間かくまってもらえるなんて」
 「さあね。身を隠すのに手を組んだのかな。いずれにしても・・・」
 「待って!」
 ノーマが厳しい声をあげてアイルに合図を送った。
 「ロードだわ」
 ターゲットを捕らえた双眼鏡が自動ズームし、ロードの顔を映し出した。緑の鱗に覆われた複眼の顔・・この衛星の近くにある惑星のギノス人だ。
 「間違いない。やっと出てきたわよ! あたしたちの生活費が」
 アイルは足元のケースから銃を取り出し、素早く弾丸をセットした。前にも使用したコートプラスチック製の弾だ。それとは別にレーザー銃をホルスターの中に入れる。弾丸が切れた場合や、万が一の場合には使うことになる。
 ノーマが賞金首の行く方向を合図し、自分も双眼鏡から顔を離して立ち上がった。
 「できれば、旧区との境にしかけたトラップに追い込んでね。テンネットのアジトの目の前でのいざこざは御免だわ」
 「分かってる」
 アイルは頷き、通信用マイクのスイッチを入れると、ロードを尾行するために去っていった。
 後に残ったノーマは双眼鏡をしまい、装備の確認をしてから別方向に駆け出した。
 アイルとは別行動で賞金首の追跡を行うためだ。
 ノーマは全身の筋肉が緊張で引き締まっていくのを感じた。一週間も見張ってようやく出てきたのだ。絶対に奴を捕まえたい。それに、うまく行けば今日中に捕らえられるかもしれなかった。
 ロードは周囲をさほど気にする様子もなく道を歩いていった。
 アイルはかなりの距離をとって尾行を続けた。行き先はどうやら旧区の外らしい。
 いいぞ・・・。心の中でそう呟きながら、相手に気付かれないよう注意は怠らない。
 世の中には後ろに目を持っている者とか、視界が360度ある者とか、知覚神経が五十リーガルを越える者とか色々いる。もっとも、リストを見た時にそういう者はターゲットに選ばないようにしているのだが。
 ロードのすぐ後ろをつけているのはアイルだが、ノーマも離れた位置から追っているはずだった。チャンスが見つかれば、二人で連携を取って動くことになる。
 しばらく進むと、ロードが角を曲がった地点でアイルは彼を見失ってしまった。
 「しまった。気づかれていたんだろうか?」
 急いで辺りを見回したが、皆目見当たらない。迷路のように沢山ある路地のどれかに入ったらしかった。
 「ごめん。見失ったみたいだ」
 通信用マイクを通して、ノーマに声を掛ける。
  「なんですって? どうするのよアイル。アパート代が払えなくなったら、あたし達あそこを出ていかなきゃならなくなるのよ」
 マイクごしの声から焦燥が伝わってきた。もちろん、アイルにだってそれは嫌というほど分かっていた。
 「ねえ、スコープを持って来てた? あれを使ってみなさいよ」
 「スコープ! そうか! もちろん持ってきてるさ」
 ノーマの言葉でそのことを思い出したアイルは、用意してきたスコープをポケットから取り出した。
 スコープにはアイルを中心にして五十リーガルの範囲内にある生体反応を感知する機能がある。画面の中心がアイルの現在地点。スコープ内の青い点がノーマだ。彼女にはあらかじめ他者と区別をつけるためのセンサーが渡してある。それ以外の生体反応は赤で表示されるようになっている。
 このスコープは相手を見失ったときに使う。だが、周囲の生物すべてに反応するため町中では用をなさない。人通りの少ない場所とはいえ、案の定たくさんの反応が得られた。路地や建物の中に散乱しているゴミの間に生息しているネズミや、その他の小動物も感知してしまうからだ。だが、目標物の体の大きさが分かれば、スコープの感度を落としていくことで取捨選択できる。
 ロードの体の大きさはアイルと同じくらい。アイルはセンサーのゲージを三まで下げた。星の数ほど表示されていた点が消えていき、数十までに落ちた。
 中心のすぐ近くを動いている反応があった。
 「これかな」
 アイルはスコープの画面で素早く方角を確認して、生体反応に向かって走り出した。
 この機械では目標を確実に捕らえる事は出来ないが、まったく見失うよりはましだ。
 ゴミや崩れ落ちた壁の散らばる薄暗い路地を駆け抜け、アイルはひたすらスコープの反応を追った。
 目標のかなり近くまで来たとき、アイルは自分の足音が相手に気づかれてしまう可能制に気づき慌てて立ち止まった。
 しまった! ・・・気付かれたかな?
 アイルは冷や汗を流しながら周囲を見渡した。遠くから色々な音が響いている。・・だが、ここは静かだった。
 突然、何者かの声が静寂を破った。
 アイルははっとして神経を集中した。・・再び、悲鳴のような呻き声が響いた。かなり近いと判断を下して走り出す。
 すぐ前方の曲がり角の向こうから聞こえているようだった。ひょっとしなくても、いま自分が追っている目標のいる辺りだ。
 「いったい何があったんだ?」
 背中を冷たい汗が流れた。もしかして、誰か他の賞金稼ぎにでも先を越されたのかも知れない。そんな思いが脳裏を掠める。
 角を曲がった途端、アイルの耳に声がはっきりと届いた。
 「止めてくれ! 殺さないでくれ!」
 その悲鳴は恐怖に満ちていた。
 前方を見たアイルはぎょっとしてその場に立ちつくした。
 緑鱗の肌を持つ男が、薄闇の路地に転がっていた。狂気じみた声をあげて地面を這うように逃げまどっている。・・一度は見失ったロードだった。
 男の後ろには人影が立っていて、そいつがロードに向かって銃を構えていた。
 あたりには底冷えのする空気が充満していた。
 殺気だ。アイルはそう思った。
 それが風のように渦巻き、アイルの頬を撫でつけた。人影がロードを殺す気なのは間違いなかった。
 ロードが前方に立つアイルに気づいた。
 「た、助けてくれぇ」
 首を絞められている豚のような呻き声をあげながら、ロードはアイルに助けを求めた。平気で人を殺せる男のはずなのに、声には極限の恐怖が込められていた。
  ロードはひぃひぃとわめきながら、よつんばいになって這い、アイルに手を伸ばした。  懸命に誰かから逃げようとしているロードの動きが、やけにぎこちない。腕だけを使って前進していた。
   ・・足をやられているんだ。ロードが地面を這っている理由をアイルは悟った。視線を顔から胴体へ、そして足へ移す。膝から下が無い。地面には赤い筋が引かれていた。
  アイルはぞっとそながらも顔を挙げて、その向こうに立つ人影に視線を移した。
  「待ってくれ。こいつは賞金首だ。殺さないで・・・」
  そこまで言いかけたアイルの舌が、人影の顔を視認した途端、凍り着いた。
  「セリア・・」
  青黒いコートをラフに着こなしたセリアが、助けを求めて逃げ惑っているロードに向かって銃を構えていた。
 アイルに声をかけられても、彼など最初から存在していないかのように顔をあげもせず、視線はロードから放さない。
  ロードは恐怖に顔を引きつらせて、大声を張りあげた。
  「知ってる事はみんなしゃべった! それ以上は知らねぇ。本当だ!」
  一ビノス(百ビノスが一リーガル)でも遠くへ逃げようと懸命に這いながら、ロードはセリアに向かって命ごいをした。
  「本当なんだ! 信じてくれ! 信じて!」
  「セリア! 殺すんじゃない!」
  引き金を引こうとしたセリアに向かって叫んだアイルは、ロードの前に飛び出して彼を庇おうとした。
 賞金首として狙っていたアイルがこんなことをするのは、おかしなことではあるが、自分たちの場合、ロードを殺したりはしない。そんなことをしたら賞金が出なくなるからだ。だからこの場合は、アイルの行動は筋が通っていた。
  「退け」
  セリアが言った。
  アイルは首を振って、友人を睨んだ。
  「これは俺達の獲物だ。だけど、どうしてセリアがこんなことをするんだ?」
  だいたいリストからロードを選びだしたのはセリアのはずだ。
  「首をつっこむなと言った」
  セリアの声には鉄の厳しさと冷たさがあった。否を許さない響き・・だが、それでもアイルは首を振った。
  自分たちの今月の生活が掛かっているから譲れないと言う理由以上に、セリアがこんなに簡単に人間を殺してまわれる者だとは思いたくなかったし、こういうことをして欲しくなかった。
 もちろん、そんなことを思ってセリアの邪魔をする自分の、一人よがりな感情であることは、アイルは充分すぎるほど承知していたが。
  ロードがアイルの足元にしがみついて、必死になって助けてくれと哀願した。
  「退け」
  再びセリアが言った。その声はこの場に不似合いなほど静かで、だからこそ、いっそうおそろしかった。
  アイルはあくまでも首を横に振った。
  セリアは自分を必ず殺すだろう。哀しいことだが、アイルには確信があった。この町はそういうところだ。そうであって欲しくないと願うかすかな希望にさえ、無残で厳しい現実を突きつける。
  そのとき。
  空気の裂ける音がして、黒い固まりがセリアの上に落ちてきた。いや・・違う。戦闘用衣装バトルスーツに身を包んだ女が建物の屋上から飛び降りてきて、目にも止まらぬ速さでセリアに攻撃をしかけたのだった。
  セリアはとっさに身を避けたが、それでも女の手にあるアーミーナイフはセリアの肩にくい込んだ。
 身をかわすのが一瞬遅ければ、確実に心臓を抉り取られていたはずだ。女は素早い動作で武器を引き抜き、振りあげた。
  「セリア!」
  アイルが叫んで手に持つ銃を女に向かって連射したが、弾は固い金属音と共に跳ね返った。
  「戦闘用アンドロイド?」
  コートプラスチック弾が跳ね返されるとは、かなり装甲が固い。これで駄目ならアイルに打つ手はなかった。
  戦闘用アンドロイド・・人工知能をそなえ、反射速度と筋力を機械の極限まで高めた彼らは、非戦闘状態では普通の人間と全く区別がつかない。プログラムの通りに、怒ったり笑ったり冗談を言ったり。脳が機械であることを除き、生命体と言ってもいいくらいだ。 だが、ひとたび戦闘になれば凄まじい白兵戦力になる。彼らが武器に銃の類を使うことは少ない。理由は、弾の発射速度が彼らの反射神経に追いつかないからである。ナイフなどを使ったほうが効率が良いのだった。
  女がセリアへの攻撃をやめて振り返った。こうるさい蠅だ。とでも言いたげにアイルを睨んだ。
  「逃げろ、アイル!」セリアが叫んだ。
  女が身を屈めてアイルに向かって掛け出そうとしたそのとき、新たな登場人物が路地の角からあらわれた。
  「うまく見つかった? アイル・・・」
  それはノーマだった。
 装備一式は背中のバッグにしまっている。つまり、全くの無防備状態で彼女はあらわれた。
  ノーマは状況をひとめ見るなり悲鳴をあげた。
  アイルの足元に転がっている両足を引きちぎられた男。路地の壁にもたれて血まみれで立っているセリア。それから、アイルに向かって走り出した戦闘用アンドロイド・・。
  アイルは脇から現れたノーマに一瞬気を取られて、女の攻撃に対してとる行動が出来なかった。例えできたとしても、戦闘能力の高さを誇る彼らの攻撃をかわすことはできないだろう。昨日、僅かな間に三人もの殺し屋を始末してしまったセリアでさえ、アンドロイドの攻撃を回避しきれなかったのだ。
  女はナイフを突き出してアイルに襲いかかった。機械化さえしていないアイルに逃げのびる術はなかった。
 ・・が、にもかかわらずアイルはアンドロイドより早いスピードで体をひねって脇に、ノーマのいる方に向かって飛び退いた。空を切ったナイフは、アイルの足元にいたロードの額につき立ち、断末魔の声があがった。
  アイルはノーマを庇おうと彼女の前に立って、逃げるように促したが、ノーマはぎくしゃくと首を振った。
  「嫌。アイル」
  ノーマの声は半分泣いていた。
 足が震えて、逃げたくとも逃げられないのだ。全身が恐怖で麻痺して、自分の体が自分のものではなくなっていた。自分達はいま死んだ男のようになるんだ。声がそう諦めていた。だが・・・絶対アイルの側は離れない。アイルの腕を握ったノーマの手が震えながらそう言っていた。
  アンドロイドが体制を立て直して二人に向きなおった。
  ノーマの背筋を電流のような恐怖が駆け抜ける。これほどの絶体絶命な状況は初めてのはずなのに、なぜかノーマは何度もこういう場面を見たことがあるような気がした。こんなふうに、もう自分達は助からない・・そう覚悟した時が。
  緊張で呼吸が早くなり、心臓は早鐘のように打った。命の危うい危機に面して、自分の体の奥のほうにある何かが目覚めたような音がしたのをノーマは感じた。我知らず手のひらが熱くなり、何か言葉らしき断片が自分の奥底より湧きあがり、口元にのぼった。
  アンドロイドはジャンプして、二人に向かってナイフを振った。白刃が弧を描き、二人に襲いかかる瞬間、ノーマはついに声をあげた。

  刹那。閃光がはじけた。

  突然の出来事に誰もが目を眩ませ、あまりの目の痛みに悲鳴をあげた。
  光が世界を支配したのは一瞬のことで、その間一体何が起こったのか、誰にも理解できなかった。
  アンドロイドのレンズアイも破壊されたらしく、苦しむ声がすぐ側で聞こえた。
 だが、目を開けて確認しようにもアイル自身が目を眩ませていて、それをすることは出来なかった。
  自分の側で何者かが動く気配がしたが、それがノーマのものなのか、自分たちの目前に迫っていた敵のものなのか判断がつかなかった。
  目を押さえながら何度も瞬きをして、ようやく視界が開け始めると、アイルは顔をあげ周囲を見回した。
  
  
  アンドロイドはいなかった。それから、頭を割られて死んだロードの死体も消えていた。
  閃光に包まれたはずの路地は再び薄汚い暗い場所に戻っていた。
  アイルの少し前方の壁にもたれるようにして座り込んでいるのは、アンドロイドの攻撃を受けて負傷したセリアだった。そして、自分のすぐ側には頭を振りながら目を瞬かせているノーマが。
  「いったい何が起こったの?」
  ノーマは顔をあげて、わけが分からないと呟いた。
  「あたし、何か言ったみたいだったけど、途端にあの光が・・・」
  アイルは厳しい表情でノーマを見つめ、首を振った。
  「わからない・・ただ・・・助かったらしいってことは確かなようだ」
  そう言うとアイルはセリアを助け起こしに彼に近づいていった。
  「どう言うことか聞かせてくれるよね、セリア?」
  「まったくおまえときたら・・・」
  苦痛に耐えていたセリアは友人を見上げ、苦いため息を漏らした。
  
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