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第27話 錬金術師再び

第27-4話 待ち伏せ(後編)

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○次の舞台へ
「音響爆弾」私はつぶやく。
「なるほど。やはり異世界から来ているだけあって博識だなあ。それだけでもないのだが、まあこれも戦いだ。あきらめて殺されてくれ」
 そう言いながら魔族達は、私を除いてそれぞれに向かって行く。私は、いつもならすぐに詠唱ができる簡単な魔法でさえ構築できず、ゆっくりと魔法詠唱を始めるが、魔法陣を上手く描けないでいる。
「ああ魔法はしばらく使えないぜ、三半規管に直接ダメージを与えているそうだ。しかも継続的にな。おまえは最後にいただく。他を倒してからな」
 私は、しかたがないので、ズボンのポケットから魔鉱石をひとつ取り出し、指で潰す。粉々に砕けた石は、私を中心に魔法陣を描きながらその円を大きく展開して進んでいく。
「なに?」その魔族は、その石の魔法陣が何なのか気付いたらしく、
「まずい逃げろ」
 そう言って攻撃しようとしていたメアから離れる。他の魔族達も一瞬で動きを止めてその魔族に従う。私は頭を振った後、雷撃を魔族達に振らせる。しかし、上手くかわされて森に逃げられる。ユーリ達も頭を振っているが、すこしだけ回復したようだ。
「一方的にやられていますねえ」
 私はみんなに近づき様子を見る。とくに変な魔法にはかかっていなかった。
「あれはなんですか」パムが頭を振っている。
「音の爆弾ですね。鼓膜が破られなかっただけでもましな方です」
「敵も同じ間合いにいましたけど、どうして相手は大丈夫だったのでしょうか」
「あらかじめわかっていたから、何とかなったのでしょうねえ。だからこそ鼓膜を破るまでの大音量は出せなかったのでしょう。まあ、次はありませんけどね」
 私は、ちょっとだけ興奮している。
「森に逃げ込んだなら今度は大音量で攻撃してきませんか?」ユーリが不安そうだ。
「してきたら敵の最後ですよ」
 私がそう言った直後に森の方からど~んと、にぶい変な振動が私達を襲う。しかし先ほどの威力はない。私はにやりと笑って。
「味方が逃げた後、すかさず音響爆弾を撃ってきましたか。ぜひもう一回撃って欲しいですねえ」
 しかし、しばらくしても相手はもう打ってこない。2回目は私がその音を中和したのがわかったのですね。3回目は逆位相を作って反射しようと思ったのに残念です。
「さすがに音響に目をつけるだけあって、3回目はありませんか。では行きましょう。次は何をしてきますかねえ」
「親方様の目がいやらしいです」
 レイが私を見て言った。
「はい。しかも妙にうれしそうです」
 ユーリも同意している。
「ご主人様、そのような表情は私達でもドン引きです」
「ぬし様たまに本性が現れますね」
「まあ、私は研究バカですから。こんな楽しい戦闘は初めてですよ」
「楽しんでどうしますか。モーラ様とアンジー様があきれていますよ」
「私が先頭に立って追い込みに行きます。ユーリとパム、そして、メアとレイのツーマンセルで左翼と右翼からお願いします。あと、エルフィは、私の後ろから付いてきてください」
「ラジャー」
 あのね皆さん。敬礼はしなくて良いですから。
 そして私達は森の中に入って、ゆっくりと歩いて進んでいく。周囲には誰もいないようで静かだ。
「私達と戦いたいのでしょう?どうして逃げるのですか?それに魔法使いさん?もうおしまいですか?まだ何か魔法をお持ちでしょう?ぜひ仕掛けてください。私は逃げも隠れもしませんよ」
 そう言いながら私は、きっとニヤついているのでしょう。目が狂気の目をしているのでしょう。でも、うれしくて楽しいのです。私の知らない魔法をどんどん見せていただいて、どんどん吸収させてもらい、その魔法をどんどん改良していく。それが楽しいのです。
 私はそう思いながらも、両翼にいる4人に気を配っている。エルフィではありませんが、周囲の監視は怠りません。
「メアさん来ます」レイが叫んだ。
 敵の獣人が獣化して飛び込んでくる。レイがその横腹を蹴り撃退している。しかし、その跳び蹴りの状態を翼の魔族が上からかまいたちで攻撃して、その風をメアが短剣を使って軌道をずらしている。え?空気ですよね?ああ、こんどは短剣を投げているのですか。なるほど、思い込みはいけませんねえ。それに反対側では、見えないですが、何度かの剣による切り結びが起こっているようです。一気に攻めてきません。一撃入れては離脱しています。なるほど、進む方向を少しずつ変えて、どこかに誘導していますね。
 そのまま森を進んでいくと、ぽっかりと大きな円形の広場が見えてきました。ここに誘い込みたかったのですねえ。その円形の広場の反対側には魔法使いが立っていて、少し離れて巻角の魔族と突角の魔族、獣人、ドワーフが立っている。中央には飛んでいた魔族も立っていた。
「罠と判っても来るのか。そのまま山に向かえば良いものを」
 そう言って笑っている。
「ああ、確かにそうですねえ。引き返しましょうか」
 その広場にたどり着いた私は、戻ろうとする。
「まあそういうなよ。こいつの魔法が見たいのだろう?この先の罠を見てみたいのだろう?でなきゃとうに山に向かっているさ」
「まあ、私自身はそうなんですけどねえ。私としては、ここであなた達とやらずに山に向かい、目的を終えてからでも良いのですが、山に向かっている途中で夜に眠らせてもらえなくなりそうですからねえ」
「ああ、ここを無視して山に行ったら、つかず離れず攻撃して夜に眠らせないという手に出るな」
「きっとそうなりますよねえ」
「だからここで決着をつけないと面倒な手間が増えるだけだぜ」
「はあ、交渉が上手いですね。で、この広場には何か仕掛けがあるのでしょうか?」
「ああ、これからこの魔法使いが作ってくれるのさ」
 その巻き角の魔族が言うと魔法使いは頷いて詠唱に入る。草の生えていない土だけの円形の広場には、魔法陣が現れ、その魔法陣からしみ出すように黒い水のようなものが現れて魔法陣を覆い隠していく。それは、光を反射せずに光を吸収している輝きのない黒い物体だ、最後には、黒く光らない水面のようになった。
「さあ準備は良いぜ。やろうや」
 私の方を不安そうにパムやメア、ユーリが見る。レイだけが相手の獣人を威嚇していて視界に入っていないようだ。
 私は首を左右に振って何も判らないことをみんなに伝える。その魔方陣を覆う黒い液体のようなもののふちにみんなで立つ。相手はすでにその円の中に立っている。パムがしばらく様子をうかがった後、意を決して、その円の中に入る。しかし何も起きない。足で強く踏んだり飛び跳ねたりして、何も起きないのを確認する。それを見てユーリとメアも黒い円の中に入る。レイは、うなりながら獣化して中に入った。
 私も続けて中に入ったが、
「あんたは入らない方が良いと思うぜ」
「!」
 私は、その言葉に一瞬だが立ち止まり、ズブズブと黒い物体の中に落ちていく。まるで底なし沼だ。パムやユーリが手を差し伸べるが、私はその手を取らず、手を振ってうれしそうにその中に沈んでいき、やがて見えなくなる。
「すごいなあ、あんたの所の魔法使いは、楽しそうに入って行ったぜ。だが二度とは戻ってこられないだろう。闇の中に沈んで戻って来た者はこれまでいないそうだからな。そうだよなあ」
 聞かれた魔法使いは頷いた。
「さて、一人減ったが、うちの魔法使いは戦闘には不向きなのでなあ。これでやっと数では同等だ。だが、戦力という意味ではこちらの方がかなり劣っている。そこで、こちらは魔法を使うのさ」
 その声に魔法使いが再び詠唱を始め、すでに黒い円の中に入っていた魔族達の体に地面からその黒い物体が這い上がり、まとわりつき、少しだけ色が変わってくる。いや、入れ墨のように体中に模様が浮かんできて、体が少しだけ大きくなったようだ。
「この魔法陣の中では闇の力を持つ者達は、恩恵を得られるのさ。逆に普通の人や光の属性を持つ者は魔力を徐々に吸われる」
 その言葉にパムほか全員が魔法陣から出ようと後ろに下がり始める。レイが飛び跳ねて外に出ようとしたが、空中で何かにぶつかって落ちてしまう。どうやら半球体の中に閉じ込められたようだ。
「残念ながらその結界はこいつが停止させるまでは、動作を続ける。出られないぜ」
「では、こちらが動けなくなる前に倒しましょう」パムが何やらオーラを纏っています。しかし、いつもより少なく見える。
「やめな。そのオーラは魔力を消費しているはずだから魔力を余計に消耗するだけだぜ」
「では行きます」
 ユーリが大剣を背中から抜いて、その巻き角の魔族に向かって走りはじめる。その行く手を阻むように雷撃が加えられるが、ユーリの頭の上には、シールドが張られている。シールドが弾こうとするが全部は跳ね返せず、シールドを抜けて雷撃がほとばしる。ユーリには何も変化がない。
「ああ、対魔力吸収素材か。優れものだな。確かに雷撃に闇も光もないからなあ」
 すでに知っていたのか驚いてはいない。ユーリはさらに接近しそのまま剣をまっすぐに突き進む。横から突角の魔族が割って入る。ユーリはその動きを一瞥するが、そのまま進む。紙一重のところでメアの雷撃がその魔族をとらえ、わずかに動きがとまる。ユーリは、ただまっすぐに巻き角の魔族に剣を突き立てる。
 ガッ 鈍い音がしてユーリの剣は止められた。その剣は魔法がかけられ鈍く光っている。
「おいおい、あの魔法使いがやられたっていうのに戦い続けるのか」
「私のあるじ様はあの程度のことで死にはしません」
 そう言って、突いた剣を引き、構え直し、さらに打ち込む。他の人達は、それぞれ連携しながら戦っている。
 獣人対獣人、ドワーフ対ドワーフ、その戦いを翼竜の魔族と突角の魔族が加勢している状況だ。残念ながらエルフィは、黒い円の中に入っていなかったので、外から見守るだけになっている。人数的にはこちら側が一人かけている状況だが、敵側の能力が上がってこちらが魔力を吸われていてもまだ対等に戦っている。
「なぜ、全員この闇に落とさなかったのですか」
「俺たちが戦いたいのは、お前達。うちの魔法使いが憎んでいるのは、あの魔法使いだからだよ。もっとも、あの魔法使いがいたらお前達との戦いを邪魔してくるかもしれないとも思ったからなあ」
「なるほど、私達があなたたちを倒そうとしても危なくなったら私達を闇に落とすのですね」
「まあそういうことだ、戦って勝てれば良いのだが、こうやって時間が経過してもお前達の動きに疲労は見られない。戦況が悪くなってきても、戦意が鈍ることはない。どういうことだ?」
「もう一つだけお聞きします。あの魔法使いが闇に飲み込んだのは、魔獣や獣ばかりで魔法使いは、飲み込んだことがなかったのではありませんか?」
「ああ、これまで実際に試した時は、魔獣や獣でやっているからなあ。さすがに人や魔族、獣人などを理由もなく殺める気にはならないからな。確かに人も魔法使いもこの闇に落ちてはいないな」
「やはりそうでしたか。ああ、わかりました。反撃します」ユーリは、何を聞いたのか頷いたあと、剣圧を上げてその巻き角の魔族に襲いかかる。
「な、いままで遊んでいたと?」
 その剣圧におされるように防戦一方になる魔族。
「魔力を抑えた剣から魔力を存分に使った剣に変えただけです」
「そんなことをすれば魔力が切れるぞ」
「ええ、別に魔力が切れても勝てますから」
「見くびられたものだな」
「いいえ、見切ったのです」ユーリは、そこから無言でその魔族に一方的に攻撃を加える。
 もう一方の側では、メア、パム、レイの3人が戦っていたが、それまで、メアが翼竜の魔族を牽制しつつ、魔法攻撃をさけ、メインのドワーフ同士、獣人同士の戦いをサポートして、突角の魔族を牽制する形で動いていた。
 ユーリの声に、メアは無詠唱の魔法攻撃に切り替え、しかも威力の段違いな雷撃と逃げ切れない数の氷の針を翼竜の魔族にたたきつけて、翼竜の魔族の羽を簡単に撃墜した。
 しかし、メアは、魔法を使うこともなくそこに佇み、そのまま残りの3対2の戦いを黙ってみている。
 突角の魔族、ドワーフ、獣人とパム、レイの戦いは、獣人のスピードを見切ったレイが、獣人を攻撃した後、スピードのある突角の魔族の横から攻撃して、パムはパムで、ドワーフの攻撃をかわしつつ、回避する獣人や向かってくる突角の魔族に致命傷にならない傷を関節部分などの要所、要所にきれいに当てている。
 すでに敵側は戦意を喪失し始めていて、巻き角の魔族は、魔法使いを見た。魔法使いは、全員形勢不利になったのを見て取ったのか、何かを詠唱し、ユーリ、メア、レイ、パムの立っている場所が急に柔らかくなり、4人ともズブズブと黒い地面に飲み込まれて沈んでいく。
「仕方ないか」
 巻き角の魔族は、自分たちの魔法使いを見てつぶやいた。全員が肩で息をして、翼竜の魔族は、立ち上がることさえできない。突角の魔族が、様子を見に翼竜の魔族に近づくと、翼竜の魔族は、大丈夫だと手を上げ、起き上がりその場に座り込んだ。
「確かに強い。いや強かった」そこにいる全員が何もない黒い地面を見ていた。しかし、そこに波紋ができ、何かが浮いてくる。
「なに!」
 そう叫んだのは巻き角の魔族だが、もっと驚いているのはその円の外で見ていた魔法使いだ。
 黒い影が5人、円の反対側の縁の付近にゆっくりと上がってくる。最後まで登ってきたときには、足下に何か白い円盤のようなものに乗っかっていた。
「ただいま戻りました」
 私は、そう言ってまるで執事のようにうやうやしくお辞儀をします。他の4人も嫌そうにその真似をします。いや別にしなくてもいいのですが。
「エルフィ、お願いします」
「了解!!」エルフィは元気に敬礼をして、まず、魔法使いに照準を合わせ、それから森の方に照準を変えて矢を打ち出す。矢は、黒い円に沿ってその魔法使いに向かって行き、魔法使いの横を抜けてから直角に曲がり、矢に結ばれていた細い糸がその魔法使いをぐるぐる巻きにした。その結果を見てエルフィは、私に親指を立ててみせる。私も同じように親指を立てる。
「さて」
 私は指を鳴らす真似をして黒い円と周囲に張ってある結界を解除する。
「それで、まだやりますか?」
 そう言いながら、ユーリはすでに大剣を背中に戻して、背中の留め具をパムに留めてもらっている。
「つまりは、お前らの手のひらの上で踊らされていたと言うことなのか?」
「それは、そう思われるかもしれませんが違います。あるじ様が闇に消えた時は、さすがにどうしようかと思いました、でも、あなたもご存じでしょうが、私達はあるじ様に隷属しています。なので、隷属が解除されないということは、あるじ様がまだ生きていると信じられたのです」
「なるほどな。そこの魔法使いはなぜ脱出できたんだ?」
「種明かしをする前に少し中の様子をお話ししましょう」
 私は、糸で縛られて横倒しになり、それでもなお、私をにらむ魔法使いのそばに近づき、彼を座らせてその真正面に立った。
「あの世界は、確かに何も見えません。そして、空間という概念もなく、泥の中に漂っていて、自分の重さで徐々に沈んでいっていく感じなのです。光魔法の明かりを灯すと、闇が周囲から逃げていき、一定の距離を取って存在していて、反対側に手を伸ばすと光の届く距離を越えると手が見えなくなります」
 私は、右手に明かりを持ち左手を遠くに伸ばす仕草をする。
「どこまで落ちるのか不安になったので、足下に光の円を作りました。すると、光の円のおかげで闇の中にとどまることが出来ました」
「光と闇が反発し合っている」私に憎しみの目を向けていた魔法使いは、そう言った後、急に真剣な目になって私の言葉に耳を傾け始めました。
「そうです。光の魔法を強めればもしかしたら戻れるかもしれないと。しかし、戻る場所がこことは限らない」
 私の話に彼は興味を持って頷いている。
「そして、他の人が落ちてきたときに助けられないかもしれない。そう思ったのです。ですからしばらく待って、あなたたちが私の家族に殺されかければ、たぶん闇の中に落としてくれるだろうと思い、待っていました」
「違う場所に落ちるとは思わなかったのかい」
 巻き角の魔族は、あきれたように言った。
「ほとんど同じ時間に落とされて違う空間に飛ばされるとかあり得ないでしょう」
 そう私が言うとその魔法使いも頷いている。
「どの場所に落ちてくるか判らなかったので、光の円盤を大きく広げて作って待っていたら、私の家族が落ちてきました」
「光の魔法も使えるようになっているのか」
「いいえ、残念ながらうちの天使様はそんなに優しくないので、以前見せてもらった光の魔法しか知りませんよ」
「どうやって出てきた。別な場所に出たかもしれない」悔しそうな表情で魔法使いは言った。
「そうですね。でもこれがあったので」私は指から糸を飛ばしてみせる。
「事前に土に刺しておいたのか」
 さらに悔しそうにそしてがっくりと肩を落としてその魔法使いは言った。
「はい、さすがに怪しい黒い地面に何の準備もなく足を乗せるわけにはいきませんからねえ」
「周囲に結界が張った時に切れなかったのか」
「上空に張った結界は、あまり細かくなかったので大丈夫でしたねえ。もっともこの糸を切るのは至難の業ですから、じっくり見たらそこだけ結界が歪んでいたんだと思いますよ」
「負けた。殺せよ。僕はお前を恨んで殺そうとした。だから殺されても文句は言えない」
「そうなりますか。でもね、他の魔法使いが言っていましたが、魔法使いはわがままで自分の研究のためなら他の魔法使いを犠牲にしても構わないと言っていましたよ」
「ああ僕もそう習った。でもその先には、研究のために殺すつもりなら生き残った相手に殺されることも覚悟してから行動しなさいとも言われていた」
「確かにそうですね。でも私は殺しませんよ」
「僕が弱いからなのか・・・いや、弱いからですか」
「さきほどわたしが説明していた時、あなたはとてもうれしそうでしたよ。知識を蓄えられてうれしそうでした。そうではありませんか?」
「自分の魔法が解析されて説明してくれたのだからそれは興味をそそられた・・・いえ、そそられました」
「魔法使いとしては、正しい姿だと思います。そして、あなたにはまだ成長する見込みがあります」
「はあ?」
「私は、今回あなたから闇の魔法の知識を得ました。その対価として、私はあなたは殺しません」
「あるじ様、その魔法使いは、ビギナギルを破壊しようとした者です」
 ユーリが怒りを込めてそう言った。
「そうですね。確かにそうです。でも防がれてしまった。人死はあの時出ていません。ユーリや皆さんのおかげでね」
「確かにそうでした。わかりました。でもこのまま解放するのですか?」
 ユーリは私に納得が行かないと思っているのでしょう。
「私としては、ビギナギルに書状を持たせ謝罪させたいと思います」
「そこまで面倒見なくてもいいでしょう?」
 アンジー近づいてきてそう言った。
「でも、私としては・・」
「あんたの魂胆なんて見え透いているわよ。彼を魔法使いとして成長させて、闇の魔法をもっと覚えさせて、それをよこから盗み取ろうと言うんでしょう?」
「おぬし、思惑がバレバレじゃな」
 モーラも近づいてきてそう言った。
「だとしても、人が改心していくのならその方が良いでしょう?私の思惑は副次的なものですし」

「とにかくそこの魔法使いよ。殺しはせん。今はな。わしの縄張りの範囲で何か起こしたら即殺す。わしの領地なので当然殺す。よいな。それとビギナギルを縄張りとするドラゴンには、この話伝えておくからな。変なことをしたら・・・」
 その魔法使いは、怯えながら頷いた。
「さて残りの方達。どうするのかしら?」
 アンジーが所在なげにたたずんでいる残りの5人に声をかける。
 魔族の3人は、何もないようだが、ドワーフと獣人は納得がいかないようだ。
「1対1の戦いを受けて欲しい」
 ドワーフがパムに言った。そして、獣人もまたレイをにらみながら同じ事を言った。
「それで、良いのですか?」
「先ほどの戦いは何もしないままに終わってしまって、私自身はまだ納得していない。あなたとの力の差を見ていない。だからお願いする」
 そのドワーフは丁寧にお辞儀をした。
「わかりました。あなたの行動のきっかけになるのであれば、私としては異存ありません。そちらの獣人さんはどうですか」
「俺もそうだ、確かに力の差は感じている。だが、だからといって負けると決まったわけではない。だから頼む、戦って欲しい」
 獣人の方も頭を下げた。
「弧狼族は、私闘を歓迎しません。それはご存じのはず。戦えばどちらかが死ぬ。そういう覚悟で来てください。中途半端な覚悟で戦ったら、あなた死にますよ。それでもやりますか?」
「もとより殺すつもりで戦うし、殺すつもりで戦って欲しい」
「ならば、私から言うことはありません。やりましょう」
 レイが急に大人びた話し方をしています。ちょっとびっくりです。
 その言葉に私達は、広場の両端に別れて佇む。夕暮れが近づいているのか、冷たい風が吹き始めた。
「もし彼らに有効な補助魔法があるなら彼らを強化してあげてください」
 私は魔法使いに、縛った糸を解き放しながら言った。
「そんなに強いのですか?」
 その魔法使いは私を見ながらそう言った。
「いいえ、できるだけ互角な条件にしないといけませんよね」
「それでも勝つ自信があるというのか」
 横にいた巻き角の魔族が言った。
「わかりませんけど、少なくとも負けたときの言い訳は少ない方が良いでしょう」
「負けるのが前提かよ」
「逆に聞きますが、勝てると思っているのですか?」
「確かになあ。そうなんだが」
 そして2対2の戦いが始まる。いや、1対1が2組ですね。
 今回の開始の合図もつむじ風が起きた時だった。
 ドワーフの彼の姿が消え、パムはそこに普通に立って、手に持っている剣の位置を素早く切り替えながら、動きの見えない相手の攻撃に対して、一歩も動かず防戦している。
 レイは逆に、動きが見えないほどに移動を繰り返して、相手の獣人のほうが動けずにいる。
 レイは、しばらくそれを繰り返した後、一度動きを止め、獣化していないことを示して相手に獣化を促す。相手は、獣化して走り出そうとするが、レイは一瞬で相手の目に爪を立て、紙一重のところで止める。いや、相手が動きを止めるまで少しずつ腕を後ろに下げていた。そこまでされて、相手は心が折れたようで、尻尾を股に挟むようにして、その場にしゃがみ込んだ。
 レイの戦いが終わったのを見て、パムは攻撃の受け方を変え、その場にとどまらず、リズミカルにステップを踏むように動いてあえて受け流して、その背中に打撃を入れている。それも十数回繰り返したあたりで相手の心が折れたようだ。膝をついて呼吸を荒げている。
「納得できましたでしょうか、姫騎士と呼ばれているユーリより私が下だと思われるのは別に構いませんが、弱くなったと言われるのは心外です。むしろユーリやレイ、メアさんとは互いに研鑽を積んで、以前よりも強くなっていると思います」
「まず、お前を侮辱したのは謝ろう。あの姫騎士はそんなに強いのか」
「どうでしょう、互いに良きライバルだと思いますが、兄弟弟子みたいなものですし、時や場所、状況が変われば優劣もでましょうが、勝ち負けは意識していませんね。むしろいかに連携が取れるかが大事なので」
「パムさん。お話はまだかかりそうですか?」
 ユーリが近付いて来てそう言った。
「もう大丈夫ですよ。それにしても今日も登山は無理そうですね」
 パムが薄暗くなってきた空の様子を見てそう言った。
「はい、少し早いですけど夕食にしないかと、あるじ様がおっしゃっています」
「そうだろうなとは思いましたが、ぬし様は相変わらずですね。さあ行きましょう」
 パムは剣をベルトに収め、手をそのドワーフに差し伸べる。
「どういうことだ?」
 怪訝そうな顔をしながらその手を取り、立ち上がるドワーフ。
「ぬし様の世界で言うところのノーサイドということらしいです」
「なんだそのノーサイドとは」
「戦った後は遺恨を残さない。ということらしいですよ」
 パムは笑いながらそのドワーフの膝についた埃を払っている。
 レイは、這いつくばっている獣化したままの獣人に声をかける。
「これまで同胞を手にかけてはいないのですね」レイは、獣化を解いた獣人を見た。
「ああ、弧狼族には手を出してはいない。獣人や魔族にもな。こうやって仕事をしながら渡り歩くには、殺すのは、何かとデメリットが多いからな」
 座り込んだその獣人は、頭を上げてはいるが、レイを見もせず、前の方に視線を置いたままそう言った。
「信じましょう」
 レイはそう言って、服に入れてあった薬草を取り出し相手の体に当てる。
「何をしている」
「魔力の補充ですよ。たぶん闇の魔法で強化はされても魔力はかなり持って行かれているはず。魔力の補充になれば良いのですが」
「そんなことまで気付いているのか」
「親方様の・・・いえ、あの時の説明がそんな感じだったので。では立ってください」
 レイは、彼の背中を撫でた後、自分も立ち上がった。
「どうするのだ」
「この匂いわかりませんか?」
 レイはそう言って、鼻を嗅ぐ仕草をしてみせる。
「食事か」
「はい。一緒に食べましょう」
「いいのか?」
「はい、親方様はいつもそうです。敵味方関係なく一緒にご飯を食べればみんな家族だと言っています。良い考えでしょう?」
 待ちきれないようにレイが駆け出す。私の所に駆け込んできて、撫で撫でを要求し、私は、脳内会話がバレるところだったのでちょっと怒った顔をした後、思い切りなで回しました。
「不思議だな」
 レイを追うように歩き始めたその獣人は笑いながらその後を追った。


続く
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