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第27話 錬金術師再び

第27-3話 待ち伏せ(前編)

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 戦いたかったのよ、あなた、胸の奥でずうっと~
○遭遇戦
 翌日の早朝。全員でそこを出発してメアの補助脳に保存してあった座標に向かって歩き出す。到着した場所が違ったので、麓の町にも寄ることがなく、まっすぐに森の中を歩いて行く。途中アンジーが休憩を多めに取るようになる。
「大丈夫ですか?」
「何か息苦しいのよ。私は光なのにまるで自分の中の魔力を吸われているような感覚になっているわ」
「いつ頃からですか?」
「そうね、太陽が・・・って太陽が見えないわよ。いつの間に曇っていたのかしら」
「見た目には雲ひとつない青空に見えますけど。確かに太陽が見当たりません」
 レイが見上げてそう言った。
「すでに相手の罠にかかっていますか」
 パムが周囲を見回しながら言った。
「エルフィどうですか」
「周囲には何も感じませんね~そういえば何も感じなさ過ぎていますね~これはまずいかも~」
「モーラあんたまだ余裕があるわね」
 アンジーがモーラを見ていった。
「ああわしは大丈夫じゃ。しかし、光のドラゴンの縄張りだというのに聖属性の者が体調不良にさせられるとはなあ」
「メアはどうなの?」
「影響はないようです。アンジー様の不調のほかにも問題が発生しています。周囲の景色が記憶と少し違っています。補助脳に検証させていますが、どうやら同じ位置にたどり着いても見慣れた光景ではない可能性があります」
「誰かが意識操作か視覚操作を行っているといいことですか?」
「たぶん、魔力によるものなのかもしれません」
「私達が出発する前から周囲に結界を張りつつ、アンジーに何か仕掛けてきましたか。前回とは違う手を使っているようですねえ」
 立ち止まったアンジーは、目をつぶり何か口の中で唱えた。そしてしばらくして目を開ける。
「これは!ああ本当に細かい闇の霧ね。これが私の体に干渉しているのね」
 そうつぶやくと輝き出すアンジー。光の加減か先ほどより調子が良さそうに見える。
「なるほどねえ。面白い仕掛けだわ。目には見えない位細かい闇の霧が光属性の魔力を吸収していくのね。確かに今の体でいるのなら地味に効果があるわねえ」
 おや、アンジーまで分析を始めました。私のお株を奪われそうです。
「でもこのまま移動するわけにもいかないわねえ。ねえ、あんた見えたのかしら。対策はできる?」
 アンジーが思案顔で言いました。
「ちょっと複合技になりますが、やってみましょうか」
 私は水を精製してそれを霧状にして周囲に漂わせる。しかし、吸収も拡散もできていない。
「ダメそうですね。水も吸収されていますから、雷も火もたぶん吸収されます。光が一番効果的ですが、今のアンジーにそれをさせるのはちょっと。ああ、風で吹き飛ばせるかもしれません」
 私はそう言って、風を起こしてアンジーを中心に竜巻を作ってみる。
「これじゃあさすがに歩けないわねえ。それとこんな風に集まっちゃうのね」
 アンジーの指先の向こうには、黒く固まった闇が浮かんでいる。レイが面白がってその闇の玉をひっかいてみる。壊れもしないでゆらゆらと空中に浮かんでいる。
「それ!」
 私はその玉に向かって炎を吹き付ける。炎が消えると少し小さくなった程度でそこにある。
「やっかいじゃのう」
「でも~たぶんこれで解決しますよ~」
 エルフィがそう言って、弓を引きしぼり、見当違いの方向の森の中に放つ。
 一瞬にして、晴天のような空がさらに明るくなり、流れる雲が見えるようになる。
「結界を破ったのですか?」
「というより~魔法使いらしき人を狙って打ちました~」
 エルフィが事もなげにあっさりと言う。
「当たったのか?」
「一度に2射したので~最初の1射は誰かに落とされましたけど~次の矢は当たりましたよ~」
「死んだのか?」
「いつもの回復魔法の矢ですから~死んでないと思いますよ~」
「相変わらずの不殺の射手じゃのう。褒めてやるぞ」
「わ~い。褒められた~」
 エルフィがぴょんぴょん跳び上がって喜んでいる。可愛いですねえ、特に胸が。
「さて、まがまがしい気配が近づいてくるのう。何人じゃ」
「4人です。いや、一人抱えられていますから5人ですね」
「わしらを相手にするには少なすぎるであろう」
「雰囲気からは侮れないと思いますが」
 パムの顔に緊張が見える。同じように相手を見ていたユーリも頷いている。
「わしはさすがに手は出せんぞ。大丈夫なのか?」
「さすがにここまで来たのに逃げ帰りたくはないですね」
 私はそう言って、両腕を上にあげて伸びをする。ユーリとレイも柔軟体操を始める。それを見てパムも少しだけ屈伸をする。
 近づいてくる4人の姿は、角を生やしている魔族2人、獣人、ドワーフ、ドワーフに抱えられているのがたぶん魔法使いなのだろう。魔族の一人は、巻き角で、牛のような顔立ち、もう一人は、細身で角は額からまっすぐ伸びていて、人の姿をしている。まるで鬼のように見えます。
 獣人もライオン顔で体が大きい。そしてもう一人は、ドワーフだろうと思われる肌の色をしていて、隣の獣人と比較しても遜色のない体躯をしている。私達から少し離れたところで立ち止まると、ドワーフが抱えていた人を降ろして揺さぶって目を覚まさせている。
「そこのエルフやるじゃないか。1本目に隠れて2本目を打っているとはな。さすがにあの速さで2本目が飛んできては、払い落とせなかったぜ。しかも、魔法の矢とはね、当たったときの衝撃で消えて、しかも傷跡が残らないとは、いったいどういう芸当だい。すごいなあ」
「やった~敵から褒められた~」
 飛び跳ねて喜ぶエルフィ。その様子を見て調子を狂わされたのか、魔族は頭をかいている。
「だがなあ、傷つけない矢なんて意味はない。ただの曲芸だよ。うちの魔法使いは気絶したが、俺たちには効かないぜ」
「え~」今度は、ちょっと頬を膨らませて怒ったようにエルフィが言った。
「そんな話をしに私達の所に来たわけではないでしょう」私は言った。
「ああそうさ。俺たちは、おまえらにここで帰ってもらうためにここにいるんだ」
「誰に頼まれたのですか?」
「別にそれは良いのさ。俺たちはお前らと戦いたかっただけだからな」
「言っている意味がわかりません」
「簡単さ。俺たちに頼んで来た奴は、お前らにここを通らせたくないんだよ。俺たちにこう言ったのさ。お前らと戦いたくないか。ここで待っていればお前らは必ず現れる。そしてここを通ろうとする。それを止めれば戦えるとね」
「戦う・・・ですか。その前にその魔法使いらしき人がこちらを攻撃したのはなぜですか」
「光属性のやつが邪魔だったから、排除するつもりでやらせてみたんだよ。効果はあったようだが、すぐに見破られたし、こちらの位置を突き止められて、反撃も食らった」
 その魔族はにやりと笑いながら、ドワーフが抱えていた魔法使いを指さす。
「あんた達、ビギナギルで魔獣が襲いかかってきたことを憶えていないか?こいつは、あの時の魔獣使いだよ。死にかけたところを俺たちが助けて、色々な魔法を覚えさせた。こいつの特性は、闇や夜の属性と意識操作とかの類いでなあ。特に暗示が強力なのさ。前回はここから撤退しただろう?あれは、こいつが暗示の魔法をかけたせいなのさ」
 指を指された魔法使いは、怯えるようにドワーフの後ろに隠れたが、その目は私に向けられ、憎しみに光っている。
「そこの魔法使い。僕を殺そうとした。絶対許さない」
「でもあなた。魔獣をあの街にけしかけましたよねえ」
 私の言葉にビクリと反応する。
「あそこの街も許さない。僕をのけ者にした。冒険者登録してくれなかった。持って行った獲物をだまして安く買い取った。ずるい街」
「悪徳な商人にだまされた口ですね。それはかわいそうでしたが、そこまで恨むことですか?」
「おまえ達、何もしていないのに冒険者登録できた。ずるい。それも子どもまで。それも憎い」
「確かに事情を知らないあなたには、何も努力をしないで冒険者登録してもらったように見えるのですね」
「どういうことだ」
「ある国とのもめ事を収めるのに手助けしたのです。あなたもその時期にあの街にいたなら知っていたのではありませんか?」
「そんなこと知らない。聞いていない」
「それにしても、あの街全体を魔獣に襲わせるとか、一度は暮らしたこともある街でしょうし、親切にしてくれた人もいたでしょう。あんなことよく出来ましたね」
「宿屋の人は、宿賃を少しも待ってくれなかった。居酒屋は、金がなくて食べさせてくれなかった。領主も商人もみんなお金を貸してはくれなかった。そうなったらどう生きていけば良かったというのか」
「いや働けよ。わしでさえ多少なりとも小遣い銭くらいは稼いでおったぞ。肉体労働しなかったのか」
 モーラがあきれながらそう言った。
「体使うのは嫌だった。魔法を使った仕事したかった」
「甘えているわねえ。もしかして魔法使いの里を出された口ね」
「あそこはもっと嫌いだ。魔法が使えるのが知られて、あそこに預けられて、結局何も教えてくれなかった。何が人より優秀だから生きていける。だ。何も出来なかったじゃないか」
「なるほどねえ。魔法使いの里でエリート意識だけ肥大させたのねえ。可哀想に」
「違う。僕は魔法使いだぞ。何でも出来るんだ。偉いんだ。くそー」
「さて、こいつのこんな話を聞いても仕方ない。お前らはここを通りたい。俺たちは通したくない。というか。それを理由にしてお前達と戦いたい。なあ、戦う理由が出来ただろう?さあやろうぜ」
「こちらの方の人数が多いのですけどねえ」
「でもな、お前らのこれまでの戦いの情報は入手済みでなあ。手の内を俺たちは知っているのさ。そして、俺達の事をお前らは知らない。ちょうど良いハンデじゃないか」
「むしろ、手加減が出来ない分、殺してしまいそうなのですがねえ」
「あはは。うれしいねえ。そうでなくてはなあ」
「ひとつだけ。モーラとアンジー・・・まあ、すでに知っているんでしょうけど、子ども達とエルフには手を出さないでくれませんか」
「はあ?無理な相談だ。全員仲間なんだろう?」
「判って言っているんですよね。あそこにいるのは・・・」
「ドラゴンと天使とハイエルフなんだろう?ちゃんと情報は入手済みさ」
「それでも手を出そうとするのですか?」
「ドラゴンは不可侵だから俺たちが攻撃しても反撃できない。天使は攻撃力皆無。まあ、俺達に効果がある聖属性の魔法を使うらしいが、俺たちの速度にはついてこられないだろう?エルフは遠距離特化でしかも回復役で近接戦は不得手じゃないか。人質にはちょうど良いだろう?」
 その魔族が楽しそうにそう言った。その魔族が「人質」と言ったことで、私達の纏う空気の色が変わった。私達全員がその魔族をにらむ。
「いいねえ。そうなんだよ。その殺気が欲しかったんだよ。いつでもこちらからは、その3人に攻撃できる。そこにお前らに隙が出来るってことだろう?」
 そう魔族が笑っていると、アンジーがゆらりとその魔族の方に歩いていく。そう、両手をぶらぶらさせて。
「そこの魔族。ふざけた事を言っているわねえ。私が無力だって?やってみなさいよ。ほら」
 そう言ってアンジーは、その魔族に向かって行く。
「何?戦えないんじゃないのか?」
「はあ、戦えないのじゃなくて戦わない主義なのよ。ほら来なさいよ」
 魔族をにらみつけながら。ゆっくりと魔族に向かって行く。両腕は垂らしたまま、左右にぶらぶらとゆっくり揺れている。その巻角の魔族は、その雰囲気に飲まれ始めていることに気付いて、意を決してアンジーに向かっていく。
「うおおおおおお」
 アンジーとの距離を一気に詰めて、間合いに入ったのか平手でアンジーの顔を叩きに腕が動く。アンジーは、一瞬で光の塵になり、その光は、その魔族の体にまとわりつき、体を包むようにして頭の方に登っていき、最後に魔族の両肩に座り、肩車の状態になって両手で角を握りしめる。どうなっているのか判らず戸惑うその魔族。霧が実体化して、アンジーの重さが肩にかかり、角を捕まれている感触にも気付いて、やっと理解したようだ。
「ねえ、このまま角を溶かしましょうか?」
 アンジーは、少しかがんで魔族の耳にそっとささやきながら、両手がほんのり明るく輝き、煙が立っていて、何やら焦げ始めているようだ。その姿にもう一人の魔族が音も立てずに消えた。しかし、その姿は、エルフィの目の前で静止させられていて、よく見るとその魔族の両足が地面に縫い止められている。太ももと足首が矢で貫通していて動かしようがない。
「だめですよ~レディに急に近づいちゃ~。びっくりして思わず弓を引いちゃったじゃないですか~。ああ、だめですよ~動いたら足が引きちぎれますよ~ちょっと待っててくださいねえ~」エルフィが笑いながら言った。
アンジーは、その様子を見てからその魔族の肩から降りて、魔族に背中を向けてスタスタとモーラの所まで戻って行く。それを呆然と見送るその魔族。エルフィの方は、指を鳴らして矢を消して、そこに回復の矢を打ってその傷を治し、目の前の危ない人から逃げるような顔でそそくさとモーラの後ろに移動する。
 その間、2人の魔族は動けないでいる。
「そこのドワーフ。その魔族2人を連れてここから立ち去れ」
 そう言ったモーラの声にもかかわらず、ドワーフは納得できないのか、憮然とした表情のまま剣を抜く。隣の獣人も牙をむき戦闘態勢だ。さらに後ろにいた魔法使いも詠唱を始めている。
「そんなに戦いたいのですか?」
 パムは悲しそうにドワーフの男に声をかける。
「俺は一族を追われた者だ。帰るところはない。お前を倒せばあるいは里に帰れるだろう。勝負しろ」
「私の事は知っているのでしょう?」
「ああ、風の噂で聞いている。豪腕ゴルディーニの孫、里にいたときには不敗と聞いている」
「ならば・・・」
「里を出てから弱くなったと聞いている。人間の姫騎士にも劣ると。ならば勝てる」
「そうですか。仕方ありませんね。それで戦い方はどうしますか。一対一でやりますか?それとも団体戦ですか」
 その言葉にパムの表情が少しだけ固くなる。
「これまでこいつらと連携しながら強い敵を倒してきた。これからもそうする」
「一対一では勝てないと?」
「一対一では勝てないかもしれないが、今の俺は集団戦闘に特化した戦い方に慣れているからな」
「ではぬし様、ユーリ、レイ、メアさんお願いできますか」
「その前に一言良いか」
 今まで声を出していなかった獣人が言った。
「レイとやら。お前は本当に弧狼族を抜けたのか」
「はいそうです。正式にと言うのもおかしいですが、族長とその息子には言いましたよ」
「戦ったのか」
「それは言いたくありません」
「戦ったのだな。そして逃げた」
「そうとられてもしかたないですね。結果的に里には帰りませんでしたから」
「ならば、獣人の一族に連なる者として、お前を葬ろう」
「あなたは里の者なのですか」
「違う里の者だが、掟は同じだ。私は、里を抜けた者を探し出して殺そうとしている者だ」
「その掟はもうなくなりましたよ」
「それはお前のせいだろう。お前が族長の孫であり、後継となる者の双子の妹だからできた掟だろう」
「それは違いますよ。でも、その掟が変わったのに、まだ獣人達を殺そうとしているのですかあなたは」
 レイの毛が逆立つ。
「ああそのつもりだ」
「もう何人か殺しているのでしょうか」
「いいや、まだ一族を抜けた者に出会ってないからな。お前が初めてになるだろう」
「今は里を抜けるのも自由、戻るのも長老会議で認めれば戻れます。殺されることもありません。あなたに僕を倒すだけの実力があるのなら、あなたは自分の属する里に戻った方が良いと思いますよ。それなりの力を持っているようですから、里の力になれると思います」
「それでは俺が自分自身を許せない」
「里のためにやろうとしているのでしょう?もうこれからはしなくていいのですよ」
「であれば、お前を屠ってから戻ろう。その首を持って帰る。俺の強さの証としてな」
「わかりました。一対一でなくて良いですか?」
「かまわない。お前の首さえ取れれば」
キン 会話が終わった静けさの中、ユーリの脇差しの口金の音が周囲に響いた。その音に魔族2人は、意識をユーリの方に向けた。
「他の3人はやる気ですよ。どうしますか」
 ユーリが肩に背負った大剣の柄に手をかけながら尋ねる
「ふん」
 一人は、アンジーに焦がされたであろう角に手をあてて様子を見ていたが、それをやめて剣を抜く。もう一人も足の傷を確認した後、一瞬で元の場所に戻ってきて両腕を上げて構えた。
「じゃあ私は見ていた方が良いですね」
 私はこちらの人数が多いので参加したくありませんでした。
「こうなるとお前が一番弱いのじゃないのか?むしろお前がいる事で、つけいる隙を作ってくれそうじゃないか」
「そんな事はありませんよ。むしろあなた達が不利になります」
「ここでお前を倒せば、全員が引くことになりそうじゃないか?」
「あながち間違いではありませんが、私が戦っても良いのでしょうか?こちらの方が人数も多くて公平ではありませんし」
「こちらとしては構わないぜ。むしろありがたい。あと、あそこのエルフが手を出しても構わないがどうする」
「おや、さきほどアンジーにやられたというのに余裕が出てきましたね。どうしましたか」
「いや、それでも俺たちの方が有利だからさ」
「わかりました。じゃあそれでかまいません。よろしいですか」
「そうだな。ではこちらの準備はもう整っているから始めようか」
 その巻角の魔物が後ろにいた魔法使いに合図を送り、その合図に頷いている。
「しかたないですね。いいですよ」
「行くぜ」
 巻き角の魔族がそう言うと、一瞬にして景色が変わった。いや、景色が無職になったと言うのが正しい。多少色が残っているものの薄ぼんやりとした灰色になっている。そして彼らは姿を消した。
 直後からキン、キンと金属がぶつかり合う音が聞こえる。こちらは全員動けないでいる。どうやら予測もつかない方向からほとんどゼロ距離で攻撃されていて、全員一歩も動けず、刃先が近づく瞬間にかろうじて反応して防いでいるのだった。レイは、鼻をきかせてその方向に攻撃してみるものの空を切り、不思議そうな顔をしています。そして匂いと相手の動きが合わずに焦りを感じているようです。
 なるほど。匂いや気配までゆがめているのですか。それは高等な技術です。是非習得したいですねえ。私は不謹慎にそんなことを考えていると、パムが魔法使いの立っていたところに走って行き、その空間を切ってみる。しかしその剣は空を切る。すかさず後ろから切られそうになり、背中に回した剣でそれを受け、その方向に向き直る。しかし、また背後から切られそうになり、用心しながらその場からこちらに戻ってくる。
『やっかいですねえこれは』
 私は膝をついて地面に手をあて、地震を起こそうとする。メアが私の後ろに近づいた剣を受け止めはじき返す。
「すいませんねえ。メアさん」
「いえ。これが私の仕事ですから」
 私が、地震を起こしても戦況に変化はない。その間にもユーリやパムは、近づいてきた剣の音に反応してそれをしのいでいる。
「さすがにすごいねえ、気配を消して切ろうとしても寸前で受けられるとは」
「こっちは2対1だというのに全然踏み込めない。どういう感覚だ」
 どこかから声がしているが、相手の声にはまだ余裕が感じられる。私が考えていると、私の足下にいくつかの影が発生してそこから黒い針が一斉に飛び出して私を襲う。私はメアさんを制して自分でその針を受ける。一本が私の左の腕をかすめていく。
「ぬし様」
「あるじ様」
「親方様」
「ご主人様」皆が一斉に叫ぶ。
『安心してください。わざと受けたのです。あいての技を解析するために』
 全員がほっと胸をなで下ろす表情をする。そこにつけこむかのように、相手が執拗に攻撃してくる。しかしこの攻撃単調すぎないでしょうか?
「なるほど。ではこちらも罠を仕掛けましょう」
 私はそう言ってから、私達の周囲に指を鳴らして、私達の周囲の地面に小さい穴を次々に開けていく。彼らが移動しようとした時に足場の範囲が少なくなり、一瞬だが動きが鈍っているはずで、実際地面の土が削れたり崩れたりしている。
『メアさん気配は何秒くらいのずれですか』
『コンマ5秒ほど気配が遅れていますね』メアは、補助脳にその観測制御を任せている。
『遅いのですか?』
『はい。気配がそこから移動した後に攻撃を仕掛けてきています。逆は出来ないのではないでしょうか』
『どういうことですか?』
『先に気配を私達に気づかせ、それを追うように私達が動いたら、次の者が違う角度から攻撃しているみたいなのです』
『なるほど。この一帯にそういう魔法陣を張っているのでしょうか?』
『それはわかりません。あと、魔法使いはこの周囲にはいないと思います』
『いるのはどこでしょうか?』
『森の中で木の陰に隠れて様子を見ていると思います』
『だいたいわかりました。では、みなさん行きましょうか。私のくだらない研究心に付き合ってくれてありがとうございました』
 私は、そこで手を合わせて詠唱に入る。敵はそれを見て、私に向かってきたようだ。
「どこが私の調査をしているのでしょうか。簡単な罠にひっかかりますねえ」
 私はそう言いながら。自分の周囲に電磁ネットを作り、彼らに向けて投げつける。ネットに触れて、残像を残して逃げたようですが、ネットの中に獣人は掴まえることができました。しかしその獣人は塵となって消えました。
「おやこれも残像ですか。やりますねえ。では次はこれです」
 私は同じネットを自分たちの周りに発生させ、上に持ち上がるように周囲にかぶせていく。そこにはやはり魔族やドワーフがいたがこれも塵になって消える。
「最初から戦っていなかったんですね。こちらの精神を削る作戦ですか」
 しかし、周囲はまだ暗く色のない風景だ。
『ぬし様どうしますか』
『このまま反撃をします』
 私は、両手を広げて両腕を上に掲げる。そして、その手で見えない何かをつかみグイッと引っ張ると、暗い景色は私の手に吸い取られるように消えていき、周囲の景色が元の色を取り戻した。
そして私達の周りには、少し離れたところに魔族達が立っていた。その結界が消えたことにその魔族達は驚き、そして戦う構えを見せる。
「どうやってその結界を解いたんだ。お得意の解析か?しかしその結界には魔法陣は見えないように外側に作り上げていたはずだぞ」
「そうですね。残念ながら解析は出来ませんでした」
「ならどうやって」
「ずるいかもしれませんが、戦闘開始前に手から細い魔法の糸を垂らしておきまして、その結界の発動前に外に出しておいたのですよ。その糸を使って結界の外にある魔法陣を見つけて解析しました」
「糸を使ってだと?」
「まあ、ちょっとした細工です」
「なるほどな。だがもう一度仕掛けたら逃げられないだろう」
「いいえ、もう使えませんよ。私は知ってしまいましたから。反撃も出来ます」
「ならばやってみるか。うちの魔法使いは、そんなことは無理だと言っているがなあ」
「魔法使いさんが死んでしまいますがいいですか?」
「なんだと?ここにいない魔法使いにどうやって攻撃を」
「戦闘開始前にこの糸を伸ばしていたと言っているでしょう?魔法使いさんにもつけてありますよ」
 私は、指を鳴らす真似をする。すると一本の糸に炎がともり、その炎が導火線のように糸を伝って一瞬にして森の方に進んでいく。森の中に入った途端。大きな炎が見えて絶叫が聞こえる。
「まあびっくりしただけでしょう。さすがに闇の中まで糸がつながっているとは思わなかったでしょうからねえ。
 もっとも魔法使いさんにつながっていたとしてもやけど程度ですよ。でも次はわかりませんよ。では魔法使いさんもう一度この結界を張ってみてください」
 私の言葉にその魔法使いは、すぐさま結界を張り直した。闇の中では、先ほどより速くたくさんの攻撃が降り注いだ。しかし、ユーリを初め全員がその攻撃を跳ね返し、かわしている。
「ああ残念です。少しは変化をつけてくると思ったのに同じパターンですか。それは研究不足ですね。きっとこれまでこの攻撃で倒せなかった人がいなかったのでしょうけど、慢心ですね」
 今度は、攻撃範囲が広げられていて、モーラ達の方にも襲いかかってきたが、モーラが壁を作ってそれを防いでいる。ついに上空からも攻撃が始まりました。
「やっと出てきましたか」
 私は、再び両手を天に伸ばし再びその結界を手の中に吸い取った。そこには空中に翼をはためかせたトカゲの顔をした魔族がいた。
「どうしてわかった」
 話せる口ではないはずなのにその魔族はしゃべった。
「私達を攻撃する短剣のようなものは、他の皆さんの武器とは違う感じがしたのです。たぶんこの結界の中にあらかじめ仕込んであって、それを使ってあの魔法使いさんが空間内で飛ばしていたのでしょう。匂いや気配は最初からそういう手はずで、事前に移動する場所や時間を練習していたのでしょうね。気配と攻撃の差に悩み怯え疲れたところをあなたが、結界外から傷を負わせ、あとの3人がとどめを刺す。というところですか」
「ご高説ありがとう。まあ大体合っているが、最後が違うな」
「どう違うのですか?」
「結界がなくても俺たちは強いということさ」
 その翼の生えた魔族は両手を開き、水平に空中を薙いだ。空間が断裂したように私を襲う。かまいたち。真空の鎌。私は頬を切られる。
「あるじ様!!」
 ユーリの声がひときわ大きく響く。私は、軽く手をあげ、ユーリに大丈夫である事を伝える。
「動じないねえ」
 その魔族はくっくっくと笑いながら言った。
「少し逃げ遅れましたねえ。慢心はいけません。反省しないと。さて、これでそちらが6人でこちらはエルフィを入れて6人と同数になりました。やりましょうか」
 私は切られた頬の血を親指でなぞり、指についた血をなめる。
「ほほう、やっとやる気になったのかい」
「あなた方の魔法使いはまだ戦意を維持していますか?」
「大丈夫そうだよ。それにまだ色々準備しているはずだからやるんじゃないかな。おまえのつけた糸はすでに外したようだし」
「確かに反応がなくなりましたね。では始めましょう。第2ラウンドを」
「だそうだよ」
 そう言ってその翼のある魔族は森の中を見て言った。すると、耳鳴りが始まり、立っていられなくなる。しかし、すぐ収まり私は立ち上がった。だが、景色が歪んで見える。他のみんなも頭を振って周囲の状況を見て不安そうにしている。
「音響爆弾」私はつぶやく。

Appendix
いよいよ始まりましたねえ。興味深いです。おっと見ている暇はありません。次の下準備がありますね。
でも、ここで不要になるかもしれませんが。

続く

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