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四章

3、蒼一郎さんとお出かけなんです【1】

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 今日は、百貨店にお出かけです。便箋を買ってもらって、それに恋文を書いていただくの。
 なんて素敵なんでしょう。

「いや、絲さん。便箋は買うけど、恋文は約束してへんで」

 もう、蒼一郎さんったら恥ずかしがり屋さんなんですから。

 涼しげな淡い水色の紗の夏着物を着たわたしは、髪を左右で三つ編みにして帯と同じ紺色のリボンで結びました。
 帯留めは、薄桃色の珊瑚。着物や帯、帯留めは実家である遠野の家から持ってきたものです。

 蒼一郎さんは、着物を誂えてあげようと言ってくださるのですけど。
 わたしは、今持っているもので充分です。
 それよりも恋文の方が、価値がありますよね。ええ、絶対に。

 お出かけ前に、お十時にと取り置きしておいたおにぎりを頂きます。

「可愛いですねぇ」
「早よ食べんと、乾燥するんと違うか?」

 それもそうですね。
 わたしは「いただきます」をして、おにぎりをお箸で口に入れました。

 もったいないけれど。いつまでも置いておくわけにもいきませんから。

「しかし、あれやなぁ」
「もごもご?」(なんですか?)

「絲さんの子ぉやったら、きっと食が細いやろから。食べもんを可愛くしたら、食べるんちゃうかなと思て。母子が揃って愛らしい握りを食べるんを想像したら、こう心が震えるよなぁ」

 まだ咀嚼途中のおにぎりを、ごくんと飲み込んでしまい、わたしは慌てて鳩尾を叩きました。

「茶、茶はどこや。いや、水でもええけど」

 慌てた蒼一郎さんが、急須に入った麦茶を湯呑みに注いでくださいます。

 わたしは熱くなった頬を手で押さえながら、麦茶を飲みます。
 蒼一郎さんは、想像力が豊かです。そしてそれを夢見がちに語られると、わたしはどう反応していいか分からないの。

「あの、わたしのことよりも。そうですね。今、三條組では牛乳を売っていますよね」
「おお。絲さんもたまに飲んどうヤツやな」

 組員の方がリヤカーに牛乳瓶の入った木箱を積んでいるのを、何度か見かけたことがあります。

「あのリヤカーに、可愛い絵のついた幕とか、幟とかつけたら如何でしょう? 一緒に愛らしいパンを売るのもいいかもしれませんよ。動物をかたどった」

 蒼一郎さんは、なぜか唖然とした表情で、わたしを見つめていらっしゃいます。

「ミルクホウルって牛乳の他にパンも売っているんでしょう? わたしは行ったことないんですけど」
「……絲さん」

 不意に、ぐいっと蒼一郎さんに抱きしめられました。とても強い力です。さっき飲んだ麦茶が戻ってきそうなほど。

「あ、あの。痛いです」
「すごいな、絲さん。ほんまにすごいわ」

 何のことですか? それよりも息が苦しいの。
 蒼一郎さんの腕から必死に逃れようとしていると、波多野さんが座敷に入っていらっしゃいました。
 どうやら、床の間のお花を変えるようです。

「うわ、どうしたんですか。カシラ。絲お嬢さん、窒息しますよ」
「波多野。この子、すごいで。資金源や」
「だめですよ。絲お嬢さんを売り飛ばしたりしたら」

 何やら、訳の分からない言葉が飛び交っています。
 しかも「売り飛ばす」という波多野さんの言葉に、蒼一郎さんは、ぐーで彼の頭を叩いたの。

「なんで絲さんを売り飛ばすんや。沈められるのと、埋められるのとどっちか選べ。三十秒以内なら、選ばしたる」

 わたしは強く抱きしめられたまま、ぶんぶんと前後に揺すられて、思考が飛んでしまいました。

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