120 / 257
四章
3、蒼一郎さんとお出かけなんです【1】
しおりを挟む
今日は、百貨店にお出かけです。便箋を買ってもらって、それに恋文を書いていただくの。
なんて素敵なんでしょう。
「いや、絲さん。便箋は買うけど、恋文は約束してへんで」
もう、蒼一郎さんったら恥ずかしがり屋さんなんですから。
涼しげな淡い水色の紗の夏着物を着たわたしは、髪を左右で三つ編みにして帯と同じ紺色のリボンで結びました。
帯留めは、薄桃色の珊瑚。着物や帯、帯留めは実家である遠野の家から持ってきたものです。
蒼一郎さんは、着物を誂えてあげようと言ってくださるのですけど。
わたしは、今持っているもので充分です。
それよりも恋文の方が、価値がありますよね。ええ、絶対に。
お出かけ前に、お十時にと取り置きしておいたおにぎりを頂きます。
「可愛いですねぇ」
「早よ食べんと、乾燥するんと違うか?」
それもそうですね。
わたしは「いただきます」をして、おにぎりをお箸で口に入れました。
もったいないけれど。いつまでも置いておくわけにもいきませんから。
「しかし、あれやなぁ」
「もごもご?」(なんですか?)
「絲さんの子ぉやったら、きっと食が細いやろから。食べもんを可愛くしたら、食べるんちゃうかなと思て。母子が揃って愛らしい握りを食べるんを想像したら、こう心が震えるよなぁ」
まだ咀嚼途中のおにぎりを、ごくんと飲み込んでしまい、わたしは慌てて鳩尾を叩きました。
「茶、茶はどこや。いや、水でもええけど」
慌てた蒼一郎さんが、急須に入った麦茶を湯呑みに注いでくださいます。
わたしは熱くなった頬を手で押さえながら、麦茶を飲みます。
蒼一郎さんは、想像力が豊かです。そしてそれを夢見がちに語られると、わたしはどう反応していいか分からないの。
「あの、わたしのことよりも。そうですね。今、三條組では牛乳を売っていますよね」
「おお。絲さんもたまに飲んどうヤツやな」
組員の方がリヤカーに牛乳瓶の入った木箱を積んでいるのを、何度か見かけたことがあります。
「あのリヤカーに、可愛い絵のついた幕とか、幟とかつけたら如何でしょう? 一緒に愛らしいパンを売るのもいいかもしれませんよ。動物をかたどった」
蒼一郎さんは、なぜか唖然とした表情で、わたしを見つめていらっしゃいます。
「ミルクホウルって牛乳の他にパンも売っているんでしょう? わたしは行ったことないんですけど」
「……絲さん」
不意に、ぐいっと蒼一郎さんに抱きしめられました。とても強い力です。さっき飲んだ麦茶が戻ってきそうなほど。
「あ、あの。痛いです」
「すごいな、絲さん。ほんまにすごいわ」
何のことですか? それよりも息が苦しいの。
蒼一郎さんの腕から必死に逃れようとしていると、波多野さんが座敷に入っていらっしゃいました。
どうやら、床の間のお花を変えるようです。
「うわ、どうしたんですか。頭。絲お嬢さん、窒息しますよ」
「波多野。この子、すごいで。資金源や」
「だめですよ。絲お嬢さんを売り飛ばしたりしたら」
何やら、訳の分からない言葉が飛び交っています。
しかも「売り飛ばす」という波多野さんの言葉に、蒼一郎さんは、ぐーで彼の頭を叩いたの。
「なんで絲さんを売り飛ばすんや。沈められるのと、埋められるのとどっちか選べ。三十秒以内なら、選ばしたる」
わたしは強く抱きしめられたまま、ぶんぶんと前後に揺すられて、思考が飛んでしまいました。
なんて素敵なんでしょう。
「いや、絲さん。便箋は買うけど、恋文は約束してへんで」
もう、蒼一郎さんったら恥ずかしがり屋さんなんですから。
涼しげな淡い水色の紗の夏着物を着たわたしは、髪を左右で三つ編みにして帯と同じ紺色のリボンで結びました。
帯留めは、薄桃色の珊瑚。着物や帯、帯留めは実家である遠野の家から持ってきたものです。
蒼一郎さんは、着物を誂えてあげようと言ってくださるのですけど。
わたしは、今持っているもので充分です。
それよりも恋文の方が、価値がありますよね。ええ、絶対に。
お出かけ前に、お十時にと取り置きしておいたおにぎりを頂きます。
「可愛いですねぇ」
「早よ食べんと、乾燥するんと違うか?」
それもそうですね。
わたしは「いただきます」をして、おにぎりをお箸で口に入れました。
もったいないけれど。いつまでも置いておくわけにもいきませんから。
「しかし、あれやなぁ」
「もごもご?」(なんですか?)
「絲さんの子ぉやったら、きっと食が細いやろから。食べもんを可愛くしたら、食べるんちゃうかなと思て。母子が揃って愛らしい握りを食べるんを想像したら、こう心が震えるよなぁ」
まだ咀嚼途中のおにぎりを、ごくんと飲み込んでしまい、わたしは慌てて鳩尾を叩きました。
「茶、茶はどこや。いや、水でもええけど」
慌てた蒼一郎さんが、急須に入った麦茶を湯呑みに注いでくださいます。
わたしは熱くなった頬を手で押さえながら、麦茶を飲みます。
蒼一郎さんは、想像力が豊かです。そしてそれを夢見がちに語られると、わたしはどう反応していいか分からないの。
「あの、わたしのことよりも。そうですね。今、三條組では牛乳を売っていますよね」
「おお。絲さんもたまに飲んどうヤツやな」
組員の方がリヤカーに牛乳瓶の入った木箱を積んでいるのを、何度か見かけたことがあります。
「あのリヤカーに、可愛い絵のついた幕とか、幟とかつけたら如何でしょう? 一緒に愛らしいパンを売るのもいいかもしれませんよ。動物をかたどった」
蒼一郎さんは、なぜか唖然とした表情で、わたしを見つめていらっしゃいます。
「ミルクホウルって牛乳の他にパンも売っているんでしょう? わたしは行ったことないんですけど」
「……絲さん」
不意に、ぐいっと蒼一郎さんに抱きしめられました。とても強い力です。さっき飲んだ麦茶が戻ってきそうなほど。
「あ、あの。痛いです」
「すごいな、絲さん。ほんまにすごいわ」
何のことですか? それよりも息が苦しいの。
蒼一郎さんの腕から必死に逃れようとしていると、波多野さんが座敷に入っていらっしゃいました。
どうやら、床の間のお花を変えるようです。
「うわ、どうしたんですか。頭。絲お嬢さん、窒息しますよ」
「波多野。この子、すごいで。資金源や」
「だめですよ。絲お嬢さんを売り飛ばしたりしたら」
何やら、訳の分からない言葉が飛び交っています。
しかも「売り飛ばす」という波多野さんの言葉に、蒼一郎さんは、ぐーで彼の頭を叩いたの。
「なんで絲さんを売り飛ばすんや。沈められるのと、埋められるのとどっちか選べ。三十秒以内なら、選ばしたる」
わたしは強く抱きしめられたまま、ぶんぶんと前後に揺すられて、思考が飛んでしまいました。
0
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる