女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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四章

2、あかん、絶対にあかん【2】

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 さっきまで、和やかに微笑みあっていた絲さんと波多野が、驚いた顔で俺を見つめている。

 しまった。なにを嫉妬しとんや、大人げない。
 
 俺が絲さんを可愛いと思うように、他の奴が同じように思うのは当然やろ。
 彼女に手ぇ出す奴がおったら、絶対に許さへんけど。
 人の気持ちに枷をつけることは、できへんよなぁ。

 俺がおらんようになったら、絲さんはどうなるんや。
 組長の妻(うわっ、自分で考えても照れるわ)になるわけやから、誰も悪いようにはせんやろけど。
 
 多分、波多野あたりが彼女を支えて、寄り添って、俺の思い出話をして。
 涙ぐむ絲さんを慰めるために、彼女の肩に手を掛けて、引き寄せて。そのまま……。

「あかん! 絶対にあかん」

 俺は座卓を拳で叩いた。その所為で、持っていた湯呑みから茶が溢れて零れる。
 驚いた絲さんは、正座したままぴょこんと跳び上がり、波多野は目を丸くしていた。

「大丈夫ですか? あの、火傷なさっていませんか?」

 おろおろとしながらも、絲さんが俺の傍に来てくれる。
「何か冷やす物は」と呟きながら、濡れたお絞りを俺の手の甲に当ててくれた。

 ひんやりとした感触と、絲さんのええ匂い。
 すぐに傍に飛んできてくれる優しい彼女を残してなんか、絶対に死なれへん。

「絲さん、俺は長生きするからな」
「は、はい」

 彼女の手をしっかりと握って、真正面から見つめる。
 波多野、絲さんの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるお前には悪いが。彼女を誰にも渡すつもりはないんや。
 申し訳ないが、いつまでも母親の立ち位置でおってくれ。

 俺が火傷をしていないことを確認すると、絲さんは自分の座布団に戻って、お雛さんの握りを嬉しそうに眺めとった。
 それをやはり嬉しそうに眺める波多野。更にその二人を、微妙な気持ちで眺める俺。

「そのお雛さんは、他のを食べてからやで」
「はいっ」

 お? ええ返事やな。

 絲さんは珍しく、せっせと匙やら箸を動かした。
 そしてしばらくすると、とてつもなく寂しげな表情を浮かべた。

 俺と波多野が、揃って息を呑んで絲さんを見つめる。

――お前、なんか辛いもん入れたんとちゃうか? 辛子とかワサビとか。
――料理番に、そういうのは入れんように言うてます。
――じゃあなんで、絲さんはあんな悲しそうな顔をしとんや。
――お嬢さんに直接訊いてくださいよ。

 確かに波多野の言う通りや。
 小声で囁き合うのをやめ、俺は絲さんの方へ進んだ。

「ど、どうかしたんか? 絲さん」
「蒼一郎さん」

 絲さんは、目を潤ませつつ箸を置いた。
 これまでで一番、ちゃんと食べている。「えらいなぁ」と褒めてやりたいところだが。涙の理由が、思いつかない。

「お腹がいっぱいになってしまいました」
「お、おう。ええことやんか」

「でも」と、絲さんはお雛さんの握りの載った皿を持ち上げた。

「おにぎりがもう、入る余裕がありません」

 なんや、そんなことか。俺と波多野は揃って肩を落とした。

「あの、絲お嬢さん。それは眺めといて、間食として召し上がったらいかがですか?」

 お、ええこと言うなぁ。波多野。

「まぁ。本当ね。その方が長く楽しめるわ。ありがとう波多野さん」

 いらんこと言うなや。波多野。
 その科白は俺が言うべきことやで。
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