月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第64話

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「おお、見えた! 一つ目のオアシスだ!」
「なになに、おお、見えた見えたっ、ナツメヤシの姿がくっきりと見えたっ」
 駱駝と荷物と沈黙を引き連れた行軍が数日間続いたある日、交易隊の先頭から、大きな声が上がりました。
 交易隊の先導役を務める男たちが、行く手にオアシスの影を認めたのでした。
 まだ、遠くにうっすらとしか確認できないそのオアシスは、「一つ目のオアシス」と呼ばれていて、そのオアシスから土光村までは、およそ一日歩けば届く距離しかないのでした。
「ついに、一つ目のオアシスまで来たかー」
「やぁ、長かったが、やっと一休みできるな」
「乳酒も良いが、いいかげん飽きちまったぜ。蒸留酒(アルヒ)を阿保ほど飲んで、寝台で眠りたいぜ」
「ああ、ホントだなぁ。土光(ドコウ)村についたら、王花(オウカ)の酒場で一杯やるか」
「いいね、いいねぇ!!」
 先頭の方から、「一つ目のオアシス」が見えたことが後方の男たちに伝わると、男たちの顔から疲れがぽろぽろと剥がれ落ちて、その下から笑みが現われてきました。「一つ目のオアシス」という響きが、男たちの心の底にうずもれていた「楽しい」という感情を浮かび上がらせたのでした。早くも「酒場」という言葉だけで酔ってしまったのか、男たちの中には、即興で作った唄を歌いだす者まで現れました。

  ああ 俺たち交易隊
  前には 砂漠
  後ろも 砂漠
  昨日も 今日も 明日も きっと!

  ああ 俺たち交易隊
  眠るは 天幕
  喰らうは 干し肉
  昨日も 今日も 明日も きっと!

  一つ目のオアシス 救いのオアシス
  俺たち とうとう ここまで来たぜ!!

  ああっ! 俺たち交易隊!
  土光の村へ 着いたからには
  砂や風とは しばし おさらば

  ああっ! 俺たち交易隊!
  土光の村へ 着いたからには
  汁気滴る 料理を喰らい
  月を眺めて 飲み明かそう! ホイッ!!

「どうしたんですか、突然、雰囲気が変わりましたけど」
 羽磋は、交易隊全体の様子が急に変わったことに驚いて、近くを歩いていた頭布を巻いた男に尋ねました。いつもなら、最小限の言葉しか返さない男も、この時ばかりは、嬉しそうに返事をしてくれました。
「いやぁ、留学者殿。一つ目のオアシスが見えたんですよ、一つ目のオアシスがっ」
「一つ目のオアシスといいますと・・・・・・」
「ああ、こちらに来られるのは初めてなんですよね。一つ目のオアシスは、土光村から東へ向かう交易路にいくつかあるオアシスの中で、いちばん村に近いものなんです。だから、あのオアシスが見えたということは、もうすぐ土光村に着くということなんですよ」
「なるほど、それで、皆さん、こんなにうれしそうなんですね」
 羽磋は、急に元気になって、足取りさえもが軽くなった様子の男たちを見回しました。
「でも、たしか、肸頓(キドン)族の根拠地は、吐露(トロ)村ではなかったですか。土光村はまだ、目的地ではないですよね」
「ああ、それはそうなんですが、つまりですね・・・・・・」
 機嫌が良いせいか、丁寧に羽磋に話してくれた説明の内容は、このようなものでした。
 交易は、東西の世界をつないでいる細い道の上で行われている。東の世界、つまり秦からの道は、祁連山脈の北側を走っていて、土光村につながっている。この土光村で、道は二つに分かれている。一つの道は天山山脈の方へ西に進む道で、この道は吐露村でさらに二つに分かれる。一方は天山山脈の北側を通り烏孫(ウソン)の方へ、もう一方は天山山脈の南側を通り西安(パルティア)の方へ伸びている。土光村で別れるもう一つの道は南西に向かい、王論(オウロン)村を経由してタクラマカン砂漠をぐるっと回り込んで、和田(ホータン)村の方へ伸びている。こちらは、和田村で産出する玉が運ばれる道だ。つまり、土光村は、ちょうど道の分岐点になっている非常に重要な村で、各地からの交易品が集まっているところでもあるのだ。そのため、交易隊はここで一度荷を下ろし、各地から集まった産品と自らが持ち込んだ産品を交換したり、あるいは、売買したりすることが通例となっているのだ。それを行うのは隊長たち交易隊幹部の役目だが、自分たち下っ端は、その間の仕事は駱駝や荷物の管理ぐらいになるから、ゆっくりできるのだ・・・・・・。
「つまり、土光村に着くと、しばらくゆっくりできるわけですね」
「いやぁ、そう言ってしまうと身も蓋もないわけですが・・・・・・その通りですね。ハハハッ。もちろん、餌代や宿代もばかにはなりませんから、いったん交易品を村の倉庫に収めた後は、隊長たちが交易のやり取りをしている間は、我々は駱駝どもを連れて村の周辺に天幕を張って、遊牧のまねごとをするつもりです。ですが、このように長時間の移動をすることに比べれば、楽なものですよ。村で美味しい食べ物や飲み物にもありつけますしね」
「確かに、そうですね・・・・・・」
 遊牧で移動をすることには慣れている羽磋でしたが、移動を目的とする交易隊が一日に進む距離は、遊牧隊のそれよりもはるかに多いものでした。最終的な目的地はまだ先としても、一定の期間、移動をせずに村の周辺に留まることが出来ると思うと、交易隊の者たちが大喜びするのもよくわかりました。なにしろ、途中からしか参加していない彼でさえも、今の話を聞いて、自然にほっとした気分になるのですから。
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