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月の砂漠のかぐや姫 第65話
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羽磋が貴霜(クシャン)族を出た目的は、輝夜姫の身に決定的な出来事が生じて、その存在が消えてしまうということがないように、そして、彼女が月に還ることができるように、その術を探すというものです。今のところ、彼女の存在が消えてしまうような重大な事態が生じる危険は少ないように思われますが、「その術についての手掛かりを少しでも早く得たい、そのために、一刻でも早く阿部殿に会いたい」、羽磋は一日の終わりに月を見上げる度に、そのような焦りの気持ちを感じ続けているのでした。そのような焦りの気持ちを抱えている羽磋でさえ、数日間、村で小休止するという見通しを聞いてほっとした気持ちになるのですから、ゴビを歩き通すということが、どれほど心と体にきついものかが、よくわかるというものでした。
「羽磋殿ー」
遠くから、羽磋を呼ぶ声がしました。それは、まだ少年のかん高い声でした。
羽磋が声のした方を見ると、こちらに向かって全速力で駆けてくる、苑の姿が目に入りました。
「羽磋殿ー、土光村に着いたら、土光村に着いたらっ、冒頓殿が王花の酒場に連れて行ってくれるそうっすよ。俺も、もちろん、羽磋殿もですよぉっ」
よほど嬉しかったのでしょう。大声を上げながら走ってくる苑の姿を見て、羽磋と交易隊の男は目を見合わせ、そして、笑いだしました。
「アッハハハッ。小苑、気が早いぜっ。まだ、一つ目のオアシスが見えただけだぜ」
「全くだよ、土光村はそのオアシスからまだ先なんだろう? それに、その酒場って、そこに連れて行ってもらえるのが、そんなに嬉しいのか。アハハッ、ハハハァ・・・・・・」
二人の下に辿り着いた苑は、呼吸を整える間もなく、むくれながら抗議をしました。
「はぁはぁ、何を言ってんすか、二人とも。はぁ。オアシスに着いたら、はぁ、もう村に着いたのも同じようなものでしょうに。それに、はぁ、酒場ですよ、羽磋殿っ。俺、行ったことないんすよ、酒場って。はぁ。いやぁ、これで、俺も大人の仲間入りっすよ」
「小苑、お前、酒は飲んだことあるのか」
「馬鹿にしないでくださいよ。はぁ。遊牧隊はどうなのか知りませんが、乳酒なら、馬乳酒から羊乳酒まで、どんとこいっすよっ」
二人の会話を聞いていた遊牧隊の男が、会話に割り込んできました。
「おお、流石だな、小苑。では、酒場に行ったら、俺がお前に酒を一杯おごってやるよ」
「ええ、いいんすかっ。ありがとうございます!」
さらに、ニヤニヤしながら苑たちを見守っていた周りの男たちも、その会話に加わってきました。
「小苑には、いつも雑事を頼んでいるからなぁ。俺も一杯おごろうかなぁ」
「ああ、俺も世話になっているから、ここで礼をさせてくれよ」
「俺も、おごるぜ。俺の酒は飲めないなんて言わないよなぁ」
「ありがとうっす。ありがとうっす!」
苑にとっては、思っても見ない有難い言葉が、自分に投げかけられてきたのです。苑は、周りの男たちに、満面の笑みで礼を繰り返すのでした。
苑に酒をご馳走すると申し出た男たちは、皆どこかしら楽しそうにしていました。苑が話している「乳酒」は、酒とは名がつくもののたいして強い酒ではなく、遊牧民族の者なら、子供の内から口にするものです。一方、酒場で供される「酒」とは、乳酒を蒸留して作られるアルヒと呼ばれる蒸留酒で、とても強い酒です。それを皆から振舞われたとしたら・・・・・・。周りの男たちは、おそらく苑が酒に飲まれるだろうことを承知で、半ば自分の息子をからかうように、次々と強い酒をおごる約束をしているのでした。
でも、実は羽磋にも同じような経験があったのでした。大伴や、叔父にあたる賈四などから、アルヒを勧められて、楽しい気分で杯を空け続けたら、空と地面がぐるぐると回り出し、とうとう最後には、自分で気付かないうちに深い眠りに落ちてしまっていたのでした。このように、皆に強い酒を進められて酒に飲まれるという経験をするのは、遊牧民族の男が大人になるときに通る、ある種の通過儀礼のようなものなのでした。
皆の様子を眺めていると、交易隊の男、月の民の肸頓族の男たちが、他国の血を引く苑を、自分たちの仲間として可愛いがっているのが、ひしひしと羽磋に伝わってくるのでした。
「よし、じゃぁ、俺も小苑に酒を一杯おごるよ」
「ありがとうっす、羽磋殿!」
苑は、羽磋に向って、これ以上ないような幸せそうな笑顔を返したのでした。
「一つ目のオアシスが見えた」というその言葉で、交易隊は一気ににぎやかになりました。しかし、歩き続けないことには、そのオアシスに辿り着くことはできませんし、ましてや、その先にある土光村に入ることはできないのです。
ひとしきり、お互いに喜びを分かち合った交易隊の面々でしたが、すぐにその隊列を整え直すと、「さあ、もう少しです。出発しましょう」という小野の掛け声に従って、歩き出したのでした。
ゴビの交易路とは、道なき道です。でも、交易隊の各員の頭の中では、一つ目のオアシスへの道筋がはっきりと浮かんでいて、その先には、土光村の土壁が覗いているのでした。
「羽磋殿ー」
遠くから、羽磋を呼ぶ声がしました。それは、まだ少年のかん高い声でした。
羽磋が声のした方を見ると、こちらに向かって全速力で駆けてくる、苑の姿が目に入りました。
「羽磋殿ー、土光村に着いたら、土光村に着いたらっ、冒頓殿が王花の酒場に連れて行ってくれるそうっすよ。俺も、もちろん、羽磋殿もですよぉっ」
よほど嬉しかったのでしょう。大声を上げながら走ってくる苑の姿を見て、羽磋と交易隊の男は目を見合わせ、そして、笑いだしました。
「アッハハハッ。小苑、気が早いぜっ。まだ、一つ目のオアシスが見えただけだぜ」
「全くだよ、土光村はそのオアシスからまだ先なんだろう? それに、その酒場って、そこに連れて行ってもらえるのが、そんなに嬉しいのか。アハハッ、ハハハァ・・・・・・」
二人の下に辿り着いた苑は、呼吸を整える間もなく、むくれながら抗議をしました。
「はぁはぁ、何を言ってんすか、二人とも。はぁ。オアシスに着いたら、はぁ、もう村に着いたのも同じようなものでしょうに。それに、はぁ、酒場ですよ、羽磋殿っ。俺、行ったことないんすよ、酒場って。はぁ。いやぁ、これで、俺も大人の仲間入りっすよ」
「小苑、お前、酒は飲んだことあるのか」
「馬鹿にしないでくださいよ。はぁ。遊牧隊はどうなのか知りませんが、乳酒なら、馬乳酒から羊乳酒まで、どんとこいっすよっ」
二人の会話を聞いていた遊牧隊の男が、会話に割り込んできました。
「おお、流石だな、小苑。では、酒場に行ったら、俺がお前に酒を一杯おごってやるよ」
「ええ、いいんすかっ。ありがとうございます!」
さらに、ニヤニヤしながら苑たちを見守っていた周りの男たちも、その会話に加わってきました。
「小苑には、いつも雑事を頼んでいるからなぁ。俺も一杯おごろうかなぁ」
「ああ、俺も世話になっているから、ここで礼をさせてくれよ」
「俺も、おごるぜ。俺の酒は飲めないなんて言わないよなぁ」
「ありがとうっす。ありがとうっす!」
苑にとっては、思っても見ない有難い言葉が、自分に投げかけられてきたのです。苑は、周りの男たちに、満面の笑みで礼を繰り返すのでした。
苑に酒をご馳走すると申し出た男たちは、皆どこかしら楽しそうにしていました。苑が話している「乳酒」は、酒とは名がつくもののたいして強い酒ではなく、遊牧民族の者なら、子供の内から口にするものです。一方、酒場で供される「酒」とは、乳酒を蒸留して作られるアルヒと呼ばれる蒸留酒で、とても強い酒です。それを皆から振舞われたとしたら・・・・・・。周りの男たちは、おそらく苑が酒に飲まれるだろうことを承知で、半ば自分の息子をからかうように、次々と強い酒をおごる約束をしているのでした。
でも、実は羽磋にも同じような経験があったのでした。大伴や、叔父にあたる賈四などから、アルヒを勧められて、楽しい気分で杯を空け続けたら、空と地面がぐるぐると回り出し、とうとう最後には、自分で気付かないうちに深い眠りに落ちてしまっていたのでした。このように、皆に強い酒を進められて酒に飲まれるという経験をするのは、遊牧民族の男が大人になるときに通る、ある種の通過儀礼のようなものなのでした。
皆の様子を眺めていると、交易隊の男、月の民の肸頓族の男たちが、他国の血を引く苑を、自分たちの仲間として可愛いがっているのが、ひしひしと羽磋に伝わってくるのでした。
「よし、じゃぁ、俺も小苑に酒を一杯おごるよ」
「ありがとうっす、羽磋殿!」
苑は、羽磋に向って、これ以上ないような幸せそうな笑顔を返したのでした。
「一つ目のオアシスが見えた」というその言葉で、交易隊は一気ににぎやかになりました。しかし、歩き続けないことには、そのオアシスに辿り着くことはできませんし、ましてや、その先にある土光村に入ることはできないのです。
ひとしきり、お互いに喜びを分かち合った交易隊の面々でしたが、すぐにその隊列を整え直すと、「さあ、もう少しです。出発しましょう」という小野の掛け声に従って、歩き出したのでした。
ゴビの交易路とは、道なき道です。でも、交易隊の各員の頭の中では、一つ目のオアシスへの道筋がはっきりと浮かんでいて、その先には、土光村の土壁が覗いているのでした。
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