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第26話 それが貴方でそこがいい 1
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「……違うよ。クロエだよ。唐突にどうしたの?」
「でもこれ、クロエさんの絵ではないですよね?」
彼の前にスケッチブックを突きつける。
この絵とデザイン画がどういう関係があるんだろうというような目で、セユンはスケッチブックと私を交互に見ている。
「この中にこないだの新作ドレスを着た私の絵があるんですけど、このスケッチブックの持ち主が、デザイン画を描いている人だと思うんですよね。それに当てはまるのって、ここではセユンさんしかいなくて」
「え、なんでそれで俺になるの?」
「このアトリエに入れるのはお針子のお二人は除くならセユンさんかクロエさんだけでしょ? もちろん私は例外ですし」
私は中の絵のある箇所を指さした。それは陰影をつけるための線。そこには右上から左下に線が入っている跡が見える。
「この絵をクロエさんが描いてないって思うのは、クロエさんが左利きだからです」
デザイン画にしろこのスケッチブックにしろ、この絵を描いている人は同じ人。そしてかなりの量を描いていて、ペンを持つことに慣れているはずだ。
私はサティとリリンの手をいつも見ている。縫物を生業とする彼女たちの手には針だこはあってもペンだこはなかった。そしていつもクロエは左手で書類を作成している。絵を描く時だけ右手を使うとかは考えにくい。
「この絵が右利きが描いたってなんでわかるんだ……?」
「斜線の引き方、右利きと左利きだと逆になるんですよね。ラフのようなのだと影をつけるからわかりやすいですし。…………別に責めてるわけじゃないですよ? 知りたいだけです。セユンさん、プリメールのデザイナーをしているんですよね?」
真実を知りたい時に疑問形で尋ねるのも失礼だ。だってそこが本当に知りたいことではないから。
「どうして貴方がデザインをしていることを隠してるんですか?」
しかも、その功績を他人に譲るようなことまでして。
そこが一番納得がいかない。
デザインは作り手の栄誉になってもいいものなのに、その権利をなぜセユンは放棄しているのだろう。
嘘は許さない、逃がさないという意思を込めて、あえて彼の隣に座る。
彼はソファの上にあぐらをかくように座りなおすと、髪をかきあげた。
「男がデザインなんて……それも女物なんて。俺みたいにでかくてかわいげもない男がしてるなんさ。そんな奴がデザインした服なんて、誰も着たいなんて思わないだろ?」
「それで隠してたんですか?」
「……うん」
「売れない可能性を考えて、あえて自分が表に出ないようにしていたってことですよね。それはそれでわかるんですが……デザイナーの性別や見た目っててそんなに買い手にとって大事な情報でしょうか」
「え……?」
セユンが危惧しているところがよくわからない。私はいわゆるお洒落初心者レベルだろう。ファッションにもデザインにも精通してない人間だからその辺りの機微がわからないのかもしれないが、衣装を買う時に誰が作ったのか、なんて考えたこともないから、セユンが何を心配しているのかわからなかった。
「デザイナーが男性とか女性とか、実は騎士だからとか農夫だからとか、買う人ってそんなことを考えながら買うものなんですか? そのデザインが優れているから買うと思うのですけれど」
それとも自分以外の人はそうではないのだろうか。
私が眉を寄せて考えているとセユンが苦笑している。
「そうだとしても、筋骨隆々な騎士な伯爵がデザイナーって似合わないだろ?」
「そうですか? それも含めて全て貴方の魅力になると思うんですけど」
その考え方に仰天してしまった。この人は服のデザインが誰でもできるものだと思っているのだろうか。
少なくとも私はできないし、まず、このような絵心すら持っていない。
「貴方は男で、男としても成功しているのに美的センスもあってその面でも成功しているなんて……それが誇るべき才能でなくてなんでしょう?」
「でもさ、この家は騎士の家系でさ……俺がこうしてデザインに興味あって、特に女物の方が好きでって……いらない要素なんだよな。モナード伯爵としてなら剣さえ振ってればいいのに」
セユンはふぅ、とため息をついて、じっと自分の手を見つめる。
それはごつごつとした男らしい手で、闘う手でもあり、ペンを握る手でもある。そのペンだこは彼が伯爵として内政に携わっている証でもあるのだろうか。
「でもこれ、クロエさんの絵ではないですよね?」
彼の前にスケッチブックを突きつける。
この絵とデザイン画がどういう関係があるんだろうというような目で、セユンはスケッチブックと私を交互に見ている。
「この中にこないだの新作ドレスを着た私の絵があるんですけど、このスケッチブックの持ち主が、デザイン画を描いている人だと思うんですよね。それに当てはまるのって、ここではセユンさんしかいなくて」
「え、なんでそれで俺になるの?」
「このアトリエに入れるのはお針子のお二人は除くならセユンさんかクロエさんだけでしょ? もちろん私は例外ですし」
私は中の絵のある箇所を指さした。それは陰影をつけるための線。そこには右上から左下に線が入っている跡が見える。
「この絵をクロエさんが描いてないって思うのは、クロエさんが左利きだからです」
デザイン画にしろこのスケッチブックにしろ、この絵を描いている人は同じ人。そしてかなりの量を描いていて、ペンを持つことに慣れているはずだ。
私はサティとリリンの手をいつも見ている。縫物を生業とする彼女たちの手には針だこはあってもペンだこはなかった。そしていつもクロエは左手で書類を作成している。絵を描く時だけ右手を使うとかは考えにくい。
「この絵が右利きが描いたってなんでわかるんだ……?」
「斜線の引き方、右利きと左利きだと逆になるんですよね。ラフのようなのだと影をつけるからわかりやすいですし。…………別に責めてるわけじゃないですよ? 知りたいだけです。セユンさん、プリメールのデザイナーをしているんですよね?」
真実を知りたい時に疑問形で尋ねるのも失礼だ。だってそこが本当に知りたいことではないから。
「どうして貴方がデザインをしていることを隠してるんですか?」
しかも、その功績を他人に譲るようなことまでして。
そこが一番納得がいかない。
デザインは作り手の栄誉になってもいいものなのに、その権利をなぜセユンは放棄しているのだろう。
嘘は許さない、逃がさないという意思を込めて、あえて彼の隣に座る。
彼はソファの上にあぐらをかくように座りなおすと、髪をかきあげた。
「男がデザインなんて……それも女物なんて。俺みたいにでかくてかわいげもない男がしてるなんさ。そんな奴がデザインした服なんて、誰も着たいなんて思わないだろ?」
「それで隠してたんですか?」
「……うん」
「売れない可能性を考えて、あえて自分が表に出ないようにしていたってことですよね。それはそれでわかるんですが……デザイナーの性別や見た目っててそんなに買い手にとって大事な情報でしょうか」
「え……?」
セユンが危惧しているところがよくわからない。私はいわゆるお洒落初心者レベルだろう。ファッションにもデザインにも精通してない人間だからその辺りの機微がわからないのかもしれないが、衣装を買う時に誰が作ったのか、なんて考えたこともないから、セユンが何を心配しているのかわからなかった。
「デザイナーが男性とか女性とか、実は騎士だからとか農夫だからとか、買う人ってそんなことを考えながら買うものなんですか? そのデザインが優れているから買うと思うのですけれど」
それとも自分以外の人はそうではないのだろうか。
私が眉を寄せて考えているとセユンが苦笑している。
「そうだとしても、筋骨隆々な騎士な伯爵がデザイナーって似合わないだろ?」
「そうですか? それも含めて全て貴方の魅力になると思うんですけど」
その考え方に仰天してしまった。この人は服のデザインが誰でもできるものだと思っているのだろうか。
少なくとも私はできないし、まず、このような絵心すら持っていない。
「貴方は男で、男としても成功しているのに美的センスもあってその面でも成功しているなんて……それが誇るべき才能でなくてなんでしょう?」
「でもさ、この家は騎士の家系でさ……俺がこうしてデザインに興味あって、特に女物の方が好きでって……いらない要素なんだよな。モナード伯爵としてなら剣さえ振ってればいいのに」
セユンはふぅ、とため息をついて、じっと自分の手を見つめる。
それはごつごつとした男らしい手で、闘う手でもあり、ペンを握る手でもある。そのペンだこは彼が伯爵として内政に携わっている証でもあるのだろうか。
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