塔の妃は死を選ぶ

daru

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 ハープナーの元に様子を見に行ったスヴェリオは、ニコの部屋に戻ってくるなり重々しいため息を吐いた。何かあったの?とニコが小首を傾げば、リンクするようにハープナーの顔まで浮かぶ始末。

 とりあえず牢での話をそのまま伝えると、ニコはスヴェリオの予想通り悲しそうに目を伏せた。

「叔父様は…本当はこんなことするような人じゃないのよ…。」

 スヴェリオは口を尖らせた。
 バカなひと。散々周りに振り回されて来たのに、いつまでも信じようとする。人の良いところばかりを拾おうとする。黙って俺に攫わられてれば、こんな面倒事にも巻き込まれなかったのに。バカなひと

「なんでそんなこと分かるんだよ。ニコ様があいつのことを知らなかっただけかもしれねぇだろ。」

 猫を被ってたんだろうよ、とスヴェリオは内心毒づいたが、続くニコの言葉に眉を潜ませた。

「昔は、医師になりたいと言っていたわ。」

 先々代のフェリディル王の時代、第1王子ニットンと第2王子ハープナーには10の歳の差があり、だからこそ、ハープナーは子供の頃から王位など考えたこともなかったと、ニコは聞いていた。

 ニコが産まれた時、ハープナーはまだ13歳で、幼いニコの良き遊び相手だった。ニコはハープナーから言語を習い、文字を習い、様々な知識を教わった。

 彼は医師になって、母の、つまり先々代のフェリディル王妃のような不治の病の治療法を探すのだと、その為に色々な知識を蓄えるのだと、よく言っていた。
 そんなハープナーのことをニコは尊敬していたし、応援していた。

 しかし、彼は20歳になると突然、地方へと去ってしまった。
 医師を諦めるのかと訊くと、私は必要とされている場へ行くべきだと笑顔で語った。

「今考えれば、苦しい選択だったのかもしれないわね。いつも笑顔でいたから、不満なんてないのだと思っていたけれど…。」

「誰だって子供の頃とは別人だよ。」

 スヴェリオがぶっきらぼうにそう言うと、ニコはふっと口元を弛めた。

「それもそう、ね。」

 ニコが頭を抱えるように両手の指先を額に充てる。重い頭に冷やりと気持ちがいい。

「また頭痛か?」

「そこまでではないわ。少し、怠いだけ。」

「医務官を呼ぶか?」

「大丈夫よ。ありがとう。」

 そう言いながらもニコの顔色は青白い。スヴェリオは顔をしかめた。

 ここのところニコの体調が良くない。それなのにニコは頑なに大丈夫としか言わなかった。
 スヴェリオもどうにかストレスを減らす方法はないかと思考を巡らせていたが、とにかく頭痛の種が多いのだ。
 さっさと解決しろ、とカルダに怒鳴り込みに行きたくなる。

「少し横になったらどうだ。」

「…そう、しようかしら。」

 ニコが重い足取りで着替えに向かった為、スヴェリオは退室した。部屋の前でだらりと座り込む。もう一度ハープナーの元へ行ってみようか。ぼんやりとそんな考えが浮かんだ。

 ニコの話を聞いていて、先々代のフェリディル王妃の不治の病とは何かと口を挟んだが、ニコは詳しく知らないという。スヴェリオは、故郷に置いてきた母が思い出された。とはいえ同じ病とは限らない。仮に偶然同じだったところでそれが何だというのか。
 スヴェリオはくしゃくしゃと頭を掻き、チッと舌打ちを鳴らした。そんなことを聞いたところで意味が無い。それ以上考えるのを止めた。

「ニコは休んでいるのか?」

 その声を聞いただけでスヴェリオのイライラは余計に募ったが、ここ最近なかなか会えずにニコが寂しがっていたことを知っていた為、嫌味の言葉を封じて近衛騎士を2人引き連れて来た目の前の男を見返した。疲れているのか、金の目が窪んでいる。

 スヴェリオは片手を挙げて背にあるドアをノックする。

「ニコ様、王様。」

 雑にそう言って、カルダを部屋に入るよう促した。



 カルダが部屋に入るとベッドにいたニコは慌てた様子で上半身を起こし、そのままでいいと制したカルダがニコのすぐ横に座った。

「すみません、このような格好で…。」

「いや。具合が悪いのか?」

 カルダがニコの額に手を充てる。カルダの手の方が熱く、ニコはぽかぽかと眠ってしまいそうになった。

「少し怠いだけです。」

「…無理もない。トードからこの1ヶ月ほど、気の休まる時が無いだろう。」

 カルダが手を離すと、今度はニコが、カルダのその疲れ切った顔を両手で包んだ。

「カルダ様こそ、お疲れなのではありませんか。お顔色が優れません。」

「余の不手際が招いたことゆえ。早く解決せねばな…。」

 カルダは心配そうにするニコに軽くキスをしてから、肩を押してニコを寝かせた。その頬を指の背でなぞる。

「スヴェリオをハープナーの元へ行かせたと聞いた。奴は何か話したか?」

「いいえ、大したことは。」

「そうか。」

「ただ、私の名前を出したのにはアイローイの、特に王都の民たちを混乱させる意図があったようなので、お気を付けください。まだ何か仕掛けているのかも…。」

「確かに民たちはかなり動揺しているようだ。ノウラが封鎖された為に交易にも影響が出ているらしい。中にはノウラへ商売に出たきり安否の分からない者もいると聞く。」

 カルダは深いため息を吐いた。

「…申し訳ありません…身内の行いで、こんな…。」

「そなたには関係のないことだろう。謝る必要はない。」

 そうとはいえ、ニコの罪悪感は晴れる事は無かった。唯一の血縁者が、しかも大好きだった叔父が、たくさんの人々の生活を脅かしているのだ。

「…北西部の方はどうなっていますか?」

「そちらは片が付きそうだ。つい先ほど知らせが入ってな。まず坑道を塞ぐことに成功したから、あとは残党狩りをするだけのようだ。近衛からもエイソンを含む3名も応援に行っているから、戦力は申し分ないだろう。」

 そう言いながら、ニコの目にはカルダが喜んでいるようには見えなかった。

「…他に、何か問題がおありですか?」

 そう訊くと、カルダが困った時の癖を出して顔を曇らせた為、ニコは額に汗を浮かべて息をのんだ。

「クァンザ族の襲撃を抑えた時の為なのだろうな。」

「なんの話です。」

「反乱軍の要求には期限があったのだ。…1ヶ月以内にと。その1ヶ月が過ぎてしまった。」

「何が起こったのですか?」

 ニコは聞く前から手が震えていた。しかし聞かなければならなかった。

「ノウラの前に置いていた陣の元へ………30人分の首が、降ってきたらしい。」

 ニコは目を見開き、両手で口を覆った。嘘だ、嘘だ、嘘だ。反乱軍は元フェリディルの騎士たち。それを指揮するのは心優しい叔父。そんな惨いことができるはずがない。でも、カルダ様が嘘を吐くはずもない。

「その首の中に、ペテロスもいたと…。」

 ニコの目から雫が伝い、枕を濡らす。

 カルダはニコの頭を抱きしめるように上半身を覆い、その首筋に顔を埋めた。その手は震えている。

「すまない…。もし奴らが非道な行為を止めなければ、あの男を処刑することになるだろう。すまない…すまない、ニコ…。」

 あぁ、このひとはまた人の死を背負おうとしている。そう思ったニコは、カルダに涙は見せまいと腕で顔を覆った。どうか罪の意識を持たないで。あなたは正しい。そう言葉で伝えられた良かったが、下唇を噛みしめるので精一杯だった。

 カルダはそっと体を離すと、金の瞳を歪ませて立ち上がった。ニコが声を殺して泣いているのが分かる。

「…ニコ、医務官を呼ぶから、ちゃんと診察を受けなさい。」

 カルダはそれだけ言い残し、部屋を出た。



 部屋の外ではスヴェリオが変わらず胡坐をかき、膝の上に肩ひじを立てて頭を乗せている。

「あの人、ちったぁ元気出たかよ。」

「…医務官を呼ぶ。」

「体調が悪化したのか?」

 カルダにとって態度の気に食わないスヴェリオではあるが、そう言って頭を持ち上げ、背筋を伸ばす様子は本気でニコへの心配が感じ取ることができ、それが信頼に値した。

「ちょっとしたことでも、必ず診察は受けさせろ。」

 恐らくスヴェリオも同じなのだろう。カルダの物言いに口をへの字に曲げながらも、反論はしなかった。
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