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革命編 七章:黒を継ぎし者
すれ違う存在
しおりを挟む恐るべき実力を誇るメディアに圧倒されたゲルガルドは、創造神の肉体を置いて自らの存命を図り転移魔法で逃走する。
それを敢えて見逃したメディアは未来の子供達に宿題を残し、リエスティアを抱えて実験施設から地上に戻ったウォーリス達へ合流するように上空から降下し始めた。
既に戦いを終えていた地上の状況において、ウォーリスとアルフレッドは別々の方法ながらもメディアの気配を察知する。
しかしゲルガルドの気配が無くなっている事に不信感を抱きながらも、メディアを待つ形でその場に留まる事を選んだ。
それから実験施設に張られた結界を身に纏った結界ですり抜けたメディアは緩やかに四人の傍に着地し、抱えられているリエスティアを見ながら微笑んで問い掛ける。
『――……無事に取り戻せた、って感じじゃなさそうだね?』
『分かるんですか……?』
『何となくね。それで、私に聞きたい事があるんじゃない?』
『!』
『雰囲気で分かるよ。それで、何が聞きたいのかな?』
微笑みを絶やさずにリエスティアとウォーリス達の状況を察するような言動を見せるメディアに、ジェイクを除く二人は訝し気な内情を抱く。
しかし現状を解決する為にメディアの助力が必要だと考えるウォーリスは、リエスティアをアルフレッドに預けながら改めてメディアと対面し問い掛けた。
『……ゲルガルドは、何処に?』
『逃げたわよ、如何にも小物っぽい台詞を言いながら』
『!?』
『あの男が逃げた……!? まさか、そんな……』
『まぁ、そのうち戻って来るんじゃない? 創造神の肉体が狙いみたいだし。でも肉体を再生させるのにも苦労してたみたいだから、少し時間は掛かるかも』
『……!!』
然も当然のように語るメディアの言葉に、特に驚愕を示したのはウォーリスとアルフレッドと言ってもいい。
絶対的な支配者としてゲルガルドの脅威を最も身近で感じていた二人にとって、メディア一人だけで逃走させる程まで追い詰めたという状況は、あまりにも信じ難い事だったのだ。
しかし現在に至るまで姿どころかゲルガルドの気配すら感じられない状況は、メディアの言う事が本当であるかのようにも思えさせる。
そうして動揺を浮かべる一同に対して、メディアは新たな問い掛けを向けた。
『それで、聞きたい事はそれだけ?』
『……リエスティアの精神と魂が、ほぼ消失していました。……それ等を元に戻す方法を、知りませんか?』
『あー、なるほどね。……単刀直入に言うけど、私じゃどうしようもないかな』
『!』
『それに黒の場合、現世と輪廻に通わせる魔力を供給させてる為に大元の魂は消失しないはずだし。消えてるのは、肉体に宿ってる精神だけのはずよ』
『……確か以前、リエスティアに同じような話を聞きましたが……。……でもそれじゃあ、肉体から消えた黒の精神はどうなるんです?』
『次の肉体に転生する準備を始めてるんじゃないかな。……見た限り、その子は肉体的にはまだ生きてるみたいだし。運が良ければその内、元々宿るはずだったその子の自我が目覚めるでしょ』
『!?』
『この段階でその子の自我を私がどうこうすると、逆効果になるかな。まぁ、自然に目覚めるのを待つのが吉ね』
そう述べながら話すメディアの言葉に、ウォーリス達は驚愕の表情を色濃くする。
簡潔に状況を伝えただけでリエスティアの状態を瞬時に理解できる把握能力と、その状況から導き出す知識と知恵で築かれた判断能力。
ほぼ悩む様子も無いままウォーリス達が導き出せなかった結論を一瞬で述べたメディアは、実力だけではなく知性においても異常性を見せたと言ってもいい。
すると二人の会話に横入をするように、ジェイクがメディアに別の事を問い掛けた。
『あ、あの!』
『うん?』
『兄上と父上の間に……その、回線というモノが繋がってるらしくて。……それが繋がったままだと、兄上の身体が父上に乗っ取られてしまうと……!』
『あら、そうなの? ――……んー。それについては、どうにか出来ない事も無いけど……』
『!!』
『本当ですかっ!?』
ジェイクの問い掛けにそう返したメディアの言葉は、三人に僅かな希望の光を大きく広げさせる。
それに対して大きな喜びを見せるジェイクだったが、メディアは先程よりも悩む様子を見せながら渋い表情で答えた。
『でも正直、それは私がやりたくないかな』
『えっ!?』
『多分、君が言う回線って言うのは、血縁的な因子……つまりウォーリス君とその父親のゲルガルドが共有している遺伝子を利用して魂を移動させる秘術だと思うんだけど。そうなると物理的にそれを回避する方法って、その遺伝子をウォーリス君の肉体から排除するか、書き換えるしかないんだよね。でも今現在の人間大陸だと、それを出来る技術力は無いんだよね』
『……よ、よく分かりませんけど……。それじゃあ、他に方法は……?』
『あるよ』
『その方法は!?』
『貴方達の間で築かれている回線を阻害する因子を、ウォーリス君が取り込むの。そうすれば回線を遮断したり制御できたりするよ』
『その、因子というのは……!?』
『回線だよ。例えば私がウォーリス君と回線を繋げて、肉体的にではなく魂を通じて同調しながら回線を繋ぐ。そうすればゲルガルドと築かれている回線からの流入を防げるようになるよ』
『じゃあ、それを――……』
『でもその方法だと、ウォーリス君とゲルガルドの間に築かれた回線の出入り口を塞ぐだけで、回線自体を消せるわけじゃない。私との回線を解いた瞬間に塞がれていたゲルガルドとの回線はまた開いて、結局ウォーリス君はゲルガルドに身体を乗っ取られる事になる。その前にゲルガルドを殺したとしてもね』
『!?』
『逆に私とウォーリス君が同調しっぱなしだと、それはそれで問題が生じるわ。特に血の繋がった関係ならともかく、肉体的な因子が繋がってない私とウォーリス君が回線を繋ぎ続ける為には、面倒臭い制約を設ける必要もある。例えば秘術者の肉体感覚を共有したりね。でもそうなった場合、ウォーリス君が死んだら私も死んじゃう。だからそれは、私がやりたくない』
『……!!』
『その点に関して、私は貴方の力になれない。……ごめんね、ウォーリス君』
申し訳なさそうに微笑みながら述べるメディアの言葉に、僅かに灯っていたそれぞれの表情から希望が消えていく。
ウォーリス達を助けるよう依頼を請けてこそいながらも、昨日今日に出会ったばかりのメディアにとって自らの弱点としながら命を賭して守る程の対象ではない。
だからこそ一時的な救済処置の手段を教え断ったメディアを、ウォーリスは心情的に理解できた。
それでも両拳を握りながら身体を震わせる弟のジェイクは、頼むようにメディアへ食い下がる。
『じゃ、じゃあ……他の手段は……!?』
『そうねぇ。……唯一の方法があるとしたら、ゲルガルドの魂を消滅させちゃうことかな』
『!』
『ゲルガルドの魂を乗り移る前に消しちゃえば、そもそもそんな問題は起きないわけだし』
『な、なら……!!』
『でも、それは私でも無理。到達者が自分で自殺するならともかく、到達者《そう》じゃない私だとゲルガルドの魂まで殺し切れないから』
『!?』
『それを頼むなら、別の相手に御願いするしかない。ゲルガルドと同じ到達者にね』
明確な答えを示すメディアは、自分ではゲルガルドを殺し切れない事を断言する。
それを聞いていた三名は思考と感情を通わせたそれぞれの表情を浮かべ、メディアから伝えられた言葉を受け取った。
特にウォーリスとアルフレッドは、到達者であるゲルガルドを殺すのに別の到達者が必要である事に納得している。
しかしそうした濃い部分の話に深い理解を示していないジェイクは、納得し難い様子を見せながらメディアに頼み続けた。
『……あ、貴方で出来ないなら……それが出来る相手を紹介してくださいっ!!』
『無理だよ。到達者に知り合いなんかいないし。ゲルガルド以外には会ったことも無い。話に聞いてるフォウル国の巫女姫って言う到達者も、制約か何かで人間大陸には来れないって聞いてるし』
『そんな……!! ……御願いですっ!! このままじゃ、兄上が……っ!!』
『――……もういいんだ。ジェイク』
メディアに詰め寄ろうとするジェイクの左肩に、ウォーリスは右手を置きながら制止する。
その落ち着いた声で止めるウォーリスの表情を見たジェイクは、取り乱した様子を自制しながら足を止めた。
するとウォーリスは口元を微笑ませ、青い瞳を向けながらジェイクに伝える。
『ありがとう、ジェイク。……お前は私の、自慢の弟だ』
『……!?』
『だからこそ、お前に頼みたい。……リエスティアを頼む。そして母親と幸せに暮らせるよう、母上に伝えてくれ』
そう言いながら慈悲深い声色と表情を浮かべるウォーリスは、優しい弟に後の事を託す。
すると改めてメディアの方へ視線を向けると、頼むように頭を下げながら伝えた。
『メディア殿、ここまでの助力に感謝致します。……こうなった以上、母上の依頼を満足した形では果たせぬでしょう。だから代わりと言ってはなんですが、別の依頼を請けて頂きたい』
『そう。……じゃあ、言ってみて』
『ありがとうございます。……ジェイクとリエスティア、そしてアルフレッドを、皇国にいる母上に御届け下さい。そして出来れば、ゲルガルドからも守って頂きたい』
『……!!』
『うん、いいよ』
改めて自分以外の安全を依頼するウォーリスに、メディアは、快く承諾を返す。
それを聞いたジェイクは何か言おうと口を開き掛けたが、それを押し留めるように感情と共に歯を食い縛りながら口を閉じた。
しかしそこで、ある一人が前に出ながら声を発する。
それはリエスティアを抱き持っていたアルフレッドであり、その場で自身の意思を伝えた。
『――……私は結構です。このまま、ジェイク様とリエスティア様を連れて行ってください』
『!』
『アルフレッド、何を言って……!?』
『私の脳は、厄介な構造で生かされています。それを皇国まで持ち出したとしても、生き永らえるよう維持できるとは思えません』
『だが……!!』
『それに、親友の最後を見届けないわけにはいきません。……私も最後まで、御供しましょう』
『……アルフレッド……』
ウォーリスが自らの死を選んだ事を察するアルフレッドは、それがどのような形であれ傍で見届ける事を選ぶ。
その選択を聞いたウォーリスは苦々しい表情を浮かべながらも、それが親友としてアルフレッドの情だと感じながら納得した様子で応えた。
『……分かった。……アルフレッド、ありがとう』
『はい』
『――……だ、だったら。やっぱり私も、兄上達と一緒に……!』
そうして互いに納得した様子を浮かべるウォーリスとアルフレッドを見ていたジェイクは、動揺を色濃く表情に浮かべる。
すると焦るように自らも押し留めた言葉を発し、アルフレッドに続いて残るよう告げようとした。
しかしそれを拒否するように、ウォーリスは首を横に振りながら伝える。
『ジェイク。お前には、カリーナとリエスティアを頼んだはずだ』
『で、でも……。……兄上達だけ残っても、どうすることも……』
『私達は、最後にやるべき事がある』
『……やるべき事って……?』
『ジェイク。私はな、お前の母親や屋敷の者達を見殺しにしたも同然なんだ。……だからお前に対する贖罪も、少しは果たしたいと思っている』
『……まさか、兄上……!?』
『アルフレッド』
『はい』
『……!?』
ウォーリスはジェイクに対して背中を見せると、そのままアルフレッドの傍に近付く。
そして左腰に下げていた剣を右手で引き抜き、とある模様を刻んだ魔法陣を刃先で地面に一瞬で書き込んだ。
するとアルフレッドはその魔法陣の上に自ら歩み乗ると、魔法陣が茶色と白が混じる魔力の光を放ち始める。
更にアルフレッドの義体をその光が覆った瞬間、まるで地面に引き込まれるように光が吸い込まれ、その場から姿を消した。
ジェイクは何が起こったのは分からず動揺を浮かべると、ウォーリスが振り返りながら微笑みを向けながら別れを告げる。
『さらばだ、ジェイク』
『兄上――……っ!!』
別れと共に自らの肉体も魔力の白い光に包ませたウォーリスは、その場から転移して姿を消す。
それを引き留めようと駆け出し腕を伸ばしたジェイクは間に合わず、届かない腕と共に身体を転倒させながらその場に跪いた。
そして姿を消したウォーリス達が、何をするかを理解するように言葉を呟く。
『……まさか、兄上達は……ゲルガルドに……』
『最後に挑むつもりだろうね。きっと』
『!?』
ウォーリス達の行動を予測するジェイクに対して、それを肯定するように傍に立つメディアが言葉を向ける。
しかし自ら結論付けた予測を否定するように、ジェイクは首を横に振りながら頭を俯かせた。
『そんな……。だって、兄上達は……自分ではゲルガルドに勝てないって……』
『その内、肉体を復元したゲルガルドがここに戻って来る。そして実験施設から創造神の肉体が居なくなったと分かれば、私を手引きした人間がいると考えるでしょうね。……その時に真っ先に思い付くのは、誰かな?』
『……兄上達……!?』
『そう。そうなったら、ゲルガルドはあの子達に是が非でも確認しようとする。でもその時に屋敷からあの子達が居なくなっていたら、ゲルガルドはどうするだろうね』
『……兄上達を、探そうとする……?』
『そうだね。でも転移魔法を使えるウォーリス君には、逃げられる可能性は高い。そうなった時、どうすればウォーリス君を捕まえられると考えるかな?』
『……まさか、兄上の母上を……!?』
『そう。ゲルガルドはきっと、ウォーリス君の母親であるナルヴァニアを人質にして誘き出す。……そうならない為に、敢えて屋敷に戻ったんでしょうね』
『……な、なら。兄上達が戻っていれば、疑われずに済むんじゃ……!?』
『どうだろ。私が同じ立場になったら、ウォーリス君はとりあず殺しておくけど』
『!?』
『殺すと言っても、次の肉体とする為に精神と魂を消すという意味でね。……そうなるのが分かるから、あの子達は戻った。そして自分達だけで、最後に挑むつもりなんだろうね』
『……そんな……』
メディアが導いたウォーリスの思考によって、ジェイクはその行動を深く理解し始める。
この状況でゲルガルドの矛先が母親に向くような事があれば、全てを託したジェイクが逃げる場所を失う。
更に大事な家族であるカリーナとリエスティアも発見される可能性が生じる事を、ウォーリスはどうしても防ぎたかった。
だからこそウォーリスとアルフレッドは、自らの意思で屋敷に戻る。
それを遅れながらも理解したジェイクが涙を浮かべながら地面に流れ落とすと、不意にメディアが背後に立つ木々を見ながら声を向けた。
『――……それで、君は誰?』
『……え……?』
『私じゃないよね、君が見てるの。……もしかして、興味があるのはこの子?』
『……あ、あの……。……誰か、そこ居るんですか……!?』
誰かしらに言葉を向けるメディアに、ジェイクは驚きを抱きながら立ち上がる。
そんなジェイクに顔を向けないメディアは、不思議そうに首を傾げながら言葉を続けた。
『視線はずっと感じてたのよね。でも姿は見えないから、不思議だなと思ってたわ』
『……!?』
『でもいい加減、姿を見せなさい。――……それとも、私が出させてあげましょうか?』
微笑みながら脅迫を向けるメディアは、右手に魔力を集めながら木々に向ける。
すると二人の視界に突如として黒い霧のようなモノが生まれ、それが人の形に似通った光景を作り出し始めた。
そして顔も姿も曖昧なままの黒い霧が、突如として声を発する。
『――……おやおや。私の存在を気付かれたのは、久し振りですねぇ』
『!?』
『……アンタ、もしかして……悪魔?』
『あ、悪魔っ!?』
突如として喋り出す黒い霧に対して、メディアは心当たりがあるかのように問い掛ける。
それに驚きを浮かべるジェイクの反応を面白がるように、その黒い霧は笑いの声を向けて答えを返した。
『面白いですねぇ。……そうですよ。貴方が言うところの、悪魔です』
『!!』
『へぇ、悪魔なんて初めて見たわ。名前とかあるの?』
『名前ですか、ありますよ。――……私の名は、ヴェルフェゴールと申します』
自身の正体と名前を伝える悪魔の声に、ジェイクは驚愕しながら後退る。
対するメディアは落ち着き払った様子を見せながら、そのヴェルフェゴールと向き合い続けた。
こうしてウォーリス達が屋敷に戻った中、ジェイクとメディアは驚くべき存在が近くに居た事を知る。
それは御伽噺でしか聞かされない『精神生命体』の一種族である、ヴェルフェゴールという名を持つ悪魔だった。
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