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革命編 七章:黒を継ぎし者
悪魔の契約
しおりを挟むゲルガルドから逃れる術が無い事を知ったウォーリスは、付き添うアルフレッドと共に伯爵領地の屋敷に戻る事を選ぶ。
それを見送るしかなかった弟ジェイクは、メディアと共にリエスティアを託された。
しかしその場に残る二人にとって、思わぬ存在が接触して来る。
それは御伽噺でしか聞かされたことの無い魔族の一種族、精神生命体の『悪魔』だった。
思念を用いて自らをヴェルフェゴールと名乗った悪魔は、人の形を模った黒い霧状のまま挨拶を交わす。
しかし理解し難い悪魔に驚くジェイクを他所に、メディアは興味深そうに問い掛けた。
『ヴェルフェゴールね。やっぱり名前付きの悪魔ってことは、そこそこの上級悪魔みたいね?』
『はい、男爵の位を与えられております』
『へぇ、男爵ね。……それで、男爵の上級悪魔がどうして人間大陸なんかに居るか、聞いてもいいのかしら?』
ヴェルフェゴールが爵位持つ上級悪魔だと察していたメディアは、そうした問い掛けを向ける。
するとヴェルフェゴールは僅かな沈黙の後、閉じていた言葉を明かし始めた。
『私は悪魔公爵様の御命令により、人間大陸を監視しております』
『バフォメット? ……確かその名前って、到達者で悪魔公爵って呼ばれてる悪魔よね』
『はい』
『それで、なんでこんな場所に?』
『私の使命は、創造神に関わる存在と人間大陸の到達者を監視する事ですから』
『……なるほど。|創造神の肉体や到達者が居るから、ずっと傍で監視してたってわけ。数年前から帝国で変な気配が増えたと思ったら、貴方だったの』
『御察しの通りですねぇ。……しかし監視対象から声を掛けて来るのは、予想外でしたが』
『そうかしら? その割には、随分と近くから見てたじゃない。――……しかも私じゃなくて、こっちの方をね』
『……え?』
高揚感を含んだ声を浮かべるヴェルフェゴールに対して、メディアは訝し気な表情を浮かべながらジェイクを見る。
そして視線を向けられ自分の事を話しているのだと理解したジェイクは、呆気に取られた表情を浮かべた。
そんなジェイクに悪魔も実体の無い意識を向け、歓喜にも似た声を浮かべる。
『えぇ。……彼は人間という種族の中で、とても素晴らしい魂を御持ちだ』
『!?』
『まるで夜空に煌く星々のように、高潔なる魂を瞬きの中で輝かせる。そして孰れは輝きが灯火となって燃え尽き、夜空に溶け込み消えていく。……あぁ、なんと愛おしくも儚く美しい輝きなのか……』
『……な、何を言っているんだ……?』
『あぁ、これは失礼を。私、長年この人間大陸に潜み暮らしているのですが。その間に趣味が出来まして。それが、美しい魂を鑑賞することなのです』
『!!』
『貴方の魂は、実に美しい。特に今は、その輝きを一層強く増しておられる。……まるで次の瞬間にでも消え入りそうな、素晴らしい輝きを放っておられる』
『……』
『それに、貴方のお兄さん。あの方も美しい魂を御持ちだ。貴方達の魂は、まさに宝石箱に飾られた宝玉です。……あぁ、使命を果たしながら趣味にも耽られるとは、私は幸福ですねぇ』
『……うわっ、変態さんだ……』
歓喜するような思念の声を届かせるヴェルフェゴールに、ジェイクとメディアは引き気味の表情を浮かべる。
そしてジェイクの方を意識し視ていた理由を聞いたメディアは、溜息を漏らしながら再びヴェルフェゴールへ問い掛けた。
『それで、貴方はこの子をどうにかする気なの?』
『どうにかする、とは?』
『ほら、悪魔って魂を食べるんでしょ? この子も魂も食べるんじゃない?』
『食べる? ……あぁ、もしや魂を収集する事ですか』
『収集?』
『人間大陸の方々は、我々のような悪魔を誤解なさっているようですが。そもそも我々は、世界に満ちる魔力を介して存在しています。わざわざ魂を主食にする必要はありません』
『じゃあ、悪魔が魂を食べるっていうのは嘘?』
『いいえ、食べられますよ。ただ好んでは食べません。……そうですねぇ。貴方は汚泥に塗れた果実をそのまま食べたり、宝石を好んで食べたりしますか?』
『まさか。果実の場合は洗って食べるし、そもそも宝石は人間の食べ物ではないもの』
『私達も同じです。……人間とは、実に魂が汚れ易い生き物でして。汚れた魂を食べるなど私達も嫌ですし、人間達が愛でる宝石のように美しい魂は愛でたいと考えています』
『……つまり収集って言うのは、美しい魂を集めるってこと?』
『はい。我々は創造神様の命令により、この世界に生まれた魂を収集し保管する。それもまた、悪魔としての存在意義なのですよ。そして保管し汚染されている魂の浄化を、天使が務めております』
『……なるほど。精神生命体の天使と悪魔、それぞれ役割が違うってことね。面白い存在みたいね、貴方達』
『恐縮です。なので私は、この方が死なない限り何かする事はありません。ただ、契約するというのならば話は別ですが』
『……契約……?』
悪魔の在り方について説くヴェルフェゴールから漏れ出た言葉に、ジェイクは僅かな反応を示す。
それを聞いていたメディアもまた興味を示し、『契約』について問い掛けた。
『契約って?』
『契約は契約ですよ。魂を持つ生命が、悪魔と契約を交わす事です。ただ、契約を終えた暁には、魂を頂くことにはなりますが』
『!?』
『人間風に言えば、魂を代価にした取引と言うべきでしょうか。悪魔と契約した者は、魂を代価に願いを叶える。それが叶った時、魂は悪魔によって回収される。そういう契約です』
『そ、そんな……。だってさっきは、無理矢理は取らないって……』
『そうですねぇ。……例えば、この世界には長く生きる長命種がいるでしょう。こうした契約が設けられたのも、長く生きたまま汚染された魂を浄化できない方向けの為なのですよ』
『!』
『長く生きる者ほど、魂が汚れも深いですからねぇ。そうした魂を保管すると、保管場所も汚れてしまいますし。管理している天使達からは文句も言われる。悪魔としては、そうした困り事を解決する為に設けたのが契約という制度なのです』
『……な、なんというか……想像するような話と違うような……』
『だから誤解なのです。特に短命な人間からは、悪魔と契約を交わすことで魂を食べられるなど根も葉もない噂が立った時期もありまして。魔族の中でもそうした誤解を抱く者もいて、実に迷惑をしております』
『……魂を奪われるんじゃ、あんまり誤解でも無いような気がするんですが……』
『そうですか? 我々が糧にした場合、魂は消失してしまいますが。契約の場合は糧にはせず、保存するだけですよ。消えるのと保管されるのでは、大きく違うのでは?』
噛み合わない悪魔とジェイクの話に、二人は微妙な雰囲気を抱き始める。
そんな二人の会話を聞いていたメディアは、納得を浮かべながら二人のすれ違う話を収束させた。
『なるほどね。悪魔にとって重要なのは魂が消失するかしないかの違いだけで、私達みたいな生物の価値観とは異なるみたいね』
『!』
『生物にとって死は、肉体が滅びる仮定で生命を絶えること。でも悪魔にとっての死は、魂が消失すること。だからどれだけ話し合っても、この話題については平行線になるしかないわ』
『残念ながら、そういう事です』
生死に関する価値観が異なる悪魔の話を聞き、メディアは呆れるような息を漏らす。
しかし今までの話を聞いていたジェイクは、ある話題に強い興味を示しながらヴェルフェゴールに問い掛けた。
『そ、その契約というモノをすれば……どんな願いでも叶えてくれるんですかっ!?』
『どんなと言うと、語弊がありますねぇ。ただ悪魔として叶えられる範疇での願いならば、可能です』
『か、叶えられる範疇……。……例えば、人と人が繋がる回線《パス》というモノを壊す事は出来ますか?』
『無理ですねぇ。そこの彼女が仰ったように、回線を繋げている因子を破壊するなり書き換えるなりしなければ不可能です』
『……だ、だったら……ゲルガルドを殺すのは……!?』
『それも、私一人では難しいかと』
『……だったら、何も叶えてくれないのと同じじゃないか……』
契約による願いの成就に関して問い掛けたジェイクだったが、それ等は悪魔であっても叶えられない事を聞かされる。
それに落胆し失望した表情を俯かせたジェイクだったが、僅かな沈黙を浮かべたヴェルフェゴールがある事を口にし始めた。
『完全な救済は叶えて差し上げられないかもしれませんが、一時的な救済であれば可能ですよ』
『……えっ?』
『彼女の代わりに、私が回線を阻害する因子となればいい。そして、あの到達者の魂を一時的に封じておけばよろしいのです』
『……!!』
『ただその為には、互いに制約を交わす為の依り代が必要になりますねぇ』
『よ、依り代?』
『身体ですよ。縛りの誓約を用いる際には、魂だけでは制約を交わせません。なので貴方のお兄さんが私と因子を結び合うならば、私の入れ物となる肉体が必要になります。勿論、お兄さんの肉体を器にする事も可能ですよ?』
『……それって、誰かの肉体を乗っ取らないと使えないってことなのか……!?』
『そういう事ですねぇ』
『そんな……。……それは結局、ゲルガルドと同じ事をやろうとするだけだ……!!』
ヴェルフェゴールの提案に対してそう結論付けたジェイクは、その実行を否定する言葉を口にする。
しかし二人の話を聞いていたメディアは、自身の意見も付け加えた提案を述べた。
『でもその方法なら、ウォーリス君はゲルガルドに完全には乗っ取られない』
『!?』
『例え到達者であっても、生物として生き永らえたゲルガルドは精神や魂の扱い方を生来から心得ているわけじゃない。そしてウォーリス君の精神と魂を悪魔が守ってくれるなら、彼の身体は完全に乗っ取られずに済む』
『……でも、それは……』
『そして何より、時間稼ぎにもなる。だから意外と、良い案だと思うけど』
『時間稼ぎ……?』
『悪魔がウォーリス君の肉体に移るゲルガルドの魂を阻害できれば、その間に完全に倒す為の策を立てられる。そして運が良ければ、実行できる時間を稼げる』
『!』
『このまま何もしなければ、ウォーリス君は精神と魂を消されてゲルガルドに乗っ取られるだけ。そして乗っ取られたウォーリス君の記憶がゲルガルドに読み取られ、貴方達が生きている事や居場所が特定される』
『なっ!?』
『結局のところ、このまま事が進んでもウォーリス君達の足掻きは無駄になる。……ジェイク君。このままこの子を連れて逃げ場の無い皇国に向かうか、それともウォーリス君を助ける為に最後の大博打をしてみるか。どっちをしてみたい?』
このまま推移する状況を深く察していたメディアは、このまま皇国に逃げても自分達が助からない事を教える。
それを聞かされたジェイクは驚愕に包まれながら身体を僅かに震えさせると、次の瞬間に覚悟を秘めた翡翠色の瞳をヴェルフェゴールに向けた。
『……ヴェルフェゴール殿』
『はい』
『私と契約をしてください。そして、兄上がゲルガルドに乗っ取られるのを防いでほしい。……報酬は、私の魂です』
『フフフッ。その願い、御受けしてもよろしいですが。……それで、私の身体はどのように御用意されますか?』
『……私の身体を使ってください。血縁がある方が、因子というのを結び易いんでしょう?』
『おや、よろしいのですか?』
『自分の魂を報酬にする時点で、死は覚悟しています。……それにどうせなら、この肉体で兄上の御役に立ちたい』
『……やはり貴方は、美しい魂を御持ちだ。良いでしょう。この契約、御受けしました』
『!』
嬉々とした声色の思念を向けるヴェルフェゴールは、瞬く間に黒い霧状の精神をジェイクの身体に向かう。
するとジェイクの肉体が黒い霧に包まれながら、体内に黒い霧を侵入してきた。
そうして僅かな苦しみを浮かべるジェイクは、跪く形で地面に顔を近付けながら俯かせる。
しかし一分程が経つと、その意識を戻しながら俯かせていた顔を上げて立ち上がり、驚きの声を浮かべた。
『これは、どうなって……。……メディア殿……?』
『……ふぅん、そんな感じで憑依するんだ。凄いね?』
『えっ』
メディアの奇妙な言葉を聞き、ジェイクは首を傾げる。
そして第三者から見るジェイクの容姿は、金色の髪と翡翠色の瞳が変化した好青年ではなく、面影の無い黒髪と金色の瞳を浮かべる容姿へと変わっていた。
こうして兄ウォーリスを救う為、ジェイクは悪魔ヴェルフェゴールと契約を交わす。
そして契約を成就させるまでの間、ジェイクは自分の肉体に悪魔ヴェルフェゴールの能力を宿すことになった。
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