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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
5.十一
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極北の前線基地を総家令が訪れていた。
大国同士、また周辺の中小国家同士が睨み合う、防衛の最前線。
現在の皇帝が女性という事もあり、代理で総家令が度々、視察として訪れる機会が多い。
対応はめんどくさいが、女皇帝が用意させたと言う品物は部下の兵士達を喜ばせるだろうと十一は私室のデスクの上の目録を眺めた。
必要な予算を議会に上げてもその半分も通った事は無いが、家令を通すとすんなりとそれ以上のレスポンスがある。
「家令め・・・」
こんなに有益で便利なもの、もはや害悪ではないだろうか。
特に、格別に優秀で女皇帝の信頼も篤いこの総家令はいつか足元を掬われるに違いない、と十一は五位鷺を眺めた。
この男は、元老院筋の正室すら女皇帝から遠ざけたのだから。
「不足分があれば後で八角鷹を寄越すからまとめといてくれ」
そう言って五位鷺は冷蔵庫から勝手にビールを出して飲み始めた。
「いや、いい、十分。あっちもこっちも足りなくて往生していたところだから助かる」
「軍隊を養うには金がかかるからな。城の人間はスポーツやレースと一緒だと思っているフシがあるから、ただ睨み合ってるだけの今の状況じゃ、ちょいちょいいいニュースが無いとそりゃ予算なんかつかんわ。大体、こんなに書類を上げたり下げたりしち面倒くさいことしないで、お前が城に家令で入れば予算なんか通るのに」
「冗談じゃない。家令なんて願い下げだ」
十一は家令の父を持つ、いわゆる蝙蝠だ。
鳥の名前を持つ家令にあらず、しかし近しいもの。
母親が女家令ならば有無を言わさずその子も家令だが、父親のみが家令の場合、選ぶ事が出来る。
十一は、正式には家令である事を選んではいない。
父は確かに家令だが、母が皇女であり、爵位すら持っているのだ。しかも、伯爵位。
だが、柵とはあるもので、幼馴染の五位鷺とは、お互いに支え合い、利用し合い、のような関係。
「たまのバイトだって嫌で仕方ないんだ」
人員確保で時たま宮城の遣いをさせられたり、神殿や式典に参加させらたりするが、やりたいわけじゃない。
自分が属する軍に置いて多少の融通が効くから、家令業務の下請けをしているだけ。
五位鷺が、あとこれ、と箱をテーブルに乗せた。
大きな箱に赤と緑と金色のリボンで華やかなクリスマス風のラッピングがしてある。
クリスマスプレゼントかと十一は訝った。
五位鷺は勝手にバリバリと包装を破って、中からバスケットを取り出す。
ワインやチーズやチョコレート、色とりどりの砂糖菓子、フルーツケーキが盛り合わせてある。
どれも品質が良く、趣味の良さを感じる品物。
十一はワインの瓶を手渡されて、かなりいいワインなのに驚いた。
海外の古いぶどう園のワインだが、近年、木の病気と相続をめぐる問題でゴタゴタして廃業の危機と聞いていた。
販売輸入元に国内の企業の名前があって、事情を察した。
「青蛙本舗で買ったのか。何にしてもあの良いぶどう園が守られたなら良かった」
カエルマークは砂糖商であり、嗜好品を広く扱う企業で、輸入したり輸出したりする卸問屋かつ小売店だ。
「そうらしい。木の病気の心配ももう無いようだよ。このカゴは妻から。このカードは陛下から」
「は?」
聞き慣れぬ単語に十一は戸惑いながら、クリスマスカードを受け取り、一読して絶句した。
いかにもなクリスマスデザインの可愛らしいカードだが、内容は脅迫状である。
内容は、"48時間後に、棕櫚家へ佐保姫残雪を迎えに行き、速やかに総家令邸に送り届けよ。結婚式につき僅の遅延、過失、瑕疵は許さぬ故、心せよ"と言うもの。
「は?棕櫚?あの継室候補群の家?カエルマークの?何?この戒名みたいな長い名前。総家令邸って何だよ?結婚式?誰の?」
分からない事が多すぎる。
「うん。まず、カエルマークの棕櫚な。で、その寿限無寿限無みたいな名前が、当主の娘。あの家、双子が生まれやすいらしい。で、双子って胎児のうちは何らかの理由で一人になったりする事もあるらしい。消失する双子と言うやつだ。双子が一人で生まれた場合は二人分の名前つける習慣があるんだと」
「・・・確かに、今の当主は双子だな」
昔、城の式典で見かけた事があった。
同じ顔で同じ服で現れたものだから、紛らわしくて仕方なかったが、前々帝の水晶女皇帝が同じ顔だと面白がっていたのを覚えている。
「で、この度、その佐保姫残雪嬢と結婚する事になった。その祝意として陛下から離宮を賜った」
「へぇ。それは別にいいけど。よく蛍石様が許したな」
「陛下のアレンジだからな。・・・実は蛍石様が残雪にご執心なんだ」
「はあ?」
「継室候補群の家とは言えまさか女を継室に上げるわけにもいかないし、公式寵姫も無理だ。それに次ぐ何か立場を与えて官位を与えなければ城には上がれないだろ」
「総家令夫人で官位なんか取れるか?」
「そっちはオマケ。いずれ残雪は乳母として城に上がる」
「乳母?蛍石様はご懐妊されたのか?お前、もう子供がいるのか?」
「いや、だから、これからだ」
いよいよ困惑する。
「首尾良く行ったら、残雪は城に上がることになる。その時もお前が迎えに行ってくれ。陛下もそのようにお望みだ。皇女様の息子が露払いだ。箔がつく」
十一の母親は確かに家令に嫁下した皇女。
「都合のいい時だけいい様に使いやがって」
「お互い様だろ」
ご機嫌な様子で五位鷺がワインを開けて飲み干した。
大国同士、また周辺の中小国家同士が睨み合う、防衛の最前線。
現在の皇帝が女性という事もあり、代理で総家令が度々、視察として訪れる機会が多い。
対応はめんどくさいが、女皇帝が用意させたと言う品物は部下の兵士達を喜ばせるだろうと十一は私室のデスクの上の目録を眺めた。
必要な予算を議会に上げてもその半分も通った事は無いが、家令を通すとすんなりとそれ以上のレスポンスがある。
「家令め・・・」
こんなに有益で便利なもの、もはや害悪ではないだろうか。
特に、格別に優秀で女皇帝の信頼も篤いこの総家令はいつか足元を掬われるに違いない、と十一は五位鷺を眺めた。
この男は、元老院筋の正室すら女皇帝から遠ざけたのだから。
「不足分があれば後で八角鷹を寄越すからまとめといてくれ」
そう言って五位鷺は冷蔵庫から勝手にビールを出して飲み始めた。
「いや、いい、十分。あっちもこっちも足りなくて往生していたところだから助かる」
「軍隊を養うには金がかかるからな。城の人間はスポーツやレースと一緒だと思っているフシがあるから、ただ睨み合ってるだけの今の状況じゃ、ちょいちょいいいニュースが無いとそりゃ予算なんかつかんわ。大体、こんなに書類を上げたり下げたりしち面倒くさいことしないで、お前が城に家令で入れば予算なんか通るのに」
「冗談じゃない。家令なんて願い下げだ」
十一は家令の父を持つ、いわゆる蝙蝠だ。
鳥の名前を持つ家令にあらず、しかし近しいもの。
母親が女家令ならば有無を言わさずその子も家令だが、父親のみが家令の場合、選ぶ事が出来る。
十一は、正式には家令である事を選んではいない。
父は確かに家令だが、母が皇女であり、爵位すら持っているのだ。しかも、伯爵位。
だが、柵とはあるもので、幼馴染の五位鷺とは、お互いに支え合い、利用し合い、のような関係。
「たまのバイトだって嫌で仕方ないんだ」
人員確保で時たま宮城の遣いをさせられたり、神殿や式典に参加させらたりするが、やりたいわけじゃない。
自分が属する軍に置いて多少の融通が効くから、家令業務の下請けをしているだけ。
五位鷺が、あとこれ、と箱をテーブルに乗せた。
大きな箱に赤と緑と金色のリボンで華やかなクリスマス風のラッピングがしてある。
クリスマスプレゼントかと十一は訝った。
五位鷺は勝手にバリバリと包装を破って、中からバスケットを取り出す。
ワインやチーズやチョコレート、色とりどりの砂糖菓子、フルーツケーキが盛り合わせてある。
どれも品質が良く、趣味の良さを感じる品物。
十一はワインの瓶を手渡されて、かなりいいワインなのに驚いた。
海外の古いぶどう園のワインだが、近年、木の病気と相続をめぐる問題でゴタゴタして廃業の危機と聞いていた。
販売輸入元に国内の企業の名前があって、事情を察した。
「青蛙本舗で買ったのか。何にしてもあの良いぶどう園が守られたなら良かった」
カエルマークは砂糖商であり、嗜好品を広く扱う企業で、輸入したり輸出したりする卸問屋かつ小売店だ。
「そうらしい。木の病気の心配ももう無いようだよ。このカゴは妻から。このカードは陛下から」
「は?」
聞き慣れぬ単語に十一は戸惑いながら、クリスマスカードを受け取り、一読して絶句した。
いかにもなクリスマスデザインの可愛らしいカードだが、内容は脅迫状である。
内容は、"48時間後に、棕櫚家へ佐保姫残雪を迎えに行き、速やかに総家令邸に送り届けよ。結婚式につき僅の遅延、過失、瑕疵は許さぬ故、心せよ"と言うもの。
「は?棕櫚?あの継室候補群の家?カエルマークの?何?この戒名みたいな長い名前。総家令邸って何だよ?結婚式?誰の?」
分からない事が多すぎる。
「うん。まず、カエルマークの棕櫚な。で、その寿限無寿限無みたいな名前が、当主の娘。あの家、双子が生まれやすいらしい。で、双子って胎児のうちは何らかの理由で一人になったりする事もあるらしい。消失する双子と言うやつだ。双子が一人で生まれた場合は二人分の名前つける習慣があるんだと」
「・・・確かに、今の当主は双子だな」
昔、城の式典で見かけた事があった。
同じ顔で同じ服で現れたものだから、紛らわしくて仕方なかったが、前々帝の水晶女皇帝が同じ顔だと面白がっていたのを覚えている。
「で、この度、その佐保姫残雪嬢と結婚する事になった。その祝意として陛下から離宮を賜った」
「へぇ。それは別にいいけど。よく蛍石様が許したな」
「陛下のアレンジだからな。・・・実は蛍石様が残雪にご執心なんだ」
「はあ?」
「継室候補群の家とは言えまさか女を継室に上げるわけにもいかないし、公式寵姫も無理だ。それに次ぐ何か立場を与えて官位を与えなければ城には上がれないだろ」
「総家令夫人で官位なんか取れるか?」
「そっちはオマケ。いずれ残雪は乳母として城に上がる」
「乳母?蛍石様はご懐妊されたのか?お前、もう子供がいるのか?」
「いや、だから、これからだ」
いよいよ困惑する。
「首尾良く行ったら、残雪は城に上がることになる。その時もお前が迎えに行ってくれ。陛下もそのようにお望みだ。皇女様の息子が露払いだ。箔がつく」
十一の母親は確かに家令に嫁下した皇女。
「都合のいい時だけいい様に使いやがって」
「お互い様だろ」
ご機嫌な様子で五位鷺がワインを開けて飲み干した。
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