壺の中にはご馳走を

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35歳まで生きられない②

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「祖母は悲しそうな目をして、重たい口を開きました。

『高祖父のそのまた高祖父、それからもっともっと遡ったご先祖様の代。

 当主、新之丞は染物屋をしていた。

 
 ある日、厄介な客が来た。

 その客は太陽の下では紅に、月に照らせば藍色に変わる反物が欲しいと言う。

 今の時代ならできたかもしれんが、染料も技法も限られていた当時には、想像も付かない代物だ。

 
 新之丞は断ろうとしたが、客は3年分の稼ぎに相当する金を用意していた。

 大判、小判に丁銀……、新之丞には金が必要だった。

 病気の妻に薬を買ってやるためだよ。

 遂にできもしない依頼を受けてしまった。


 しかし奇跡は簡単に起こるもんじゃない。

 何度挑戦しても、やはり一方の色が強く出てしまうだけだった。


 途方に暮れていたある日の夜、新之丞は金縛りで目が覚めた。

 唯一動く目が捉えたのは、腹の上に乗っかる女だった。

 
 青白い顔をした女は、新之丞が抱える問題を知っていた。

 その上でこんな話を持ちかけた。

 新之丞が染め、出せなかった方の色を女が染めて仕上げるというものだ。

 その代わり、反物が完成したら褒美をくれと言った。


 新之丞が紅に染めるなら、女は月に照らされて浮かび上がる藍色を。

 褒美は精力。

 一族の男子は二度と子を作れない体になる。


 新之丞が藍色に染めるなら、女は太陽の下で燃える紅を。

 褒美は寿命。

 一族の男子は満35歳になるまでに死ぬ。


 翌日、新之丞は反物を“藍色”に染め上げた。

 昼間、客に渡す際、反物は燃えるような紅であった。

 客を満足させる反物は完成し、新之丞の妻は病から回復した。


 こうして一族の男子だけが35歳までに死んでしまうという宿命を背負うことになった。

 新之丞は妻の病気を治したくて必死だったんだよ。

 可愛い娘から母親を取り上げたくなかったんだ。

 守るものが増えると、人は選択を誤る。


 でもねぇ、紅染めを専門にしていた新之丞が、わざわざ藍染めを選んだのは、それが正しいと思ったんだよ。

 当時は長生きする方が珍しかったから、若くして身を立て家庭を持てば、子孫は繁栄すると考えたんだろうねぇ。

 不思議と堂本家の男たちは、早婚で子供にも恵まれる。

 何の因果かは知らんが、そうやってお前まで受け継がれてきたんだよ』
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