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第三十六話 用心なさって下さいね

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 地球に帰還できる予定まで、1ヶ月半。
 イリスは「この『島』の楽しい所をタイキにいっぱい見て帰ってもらう!」と張り切っている。イリスとアルダーは連日泰樹たいきを連れ回して、『島』のあちらこちらに出かけて行く。儀式の準備に忙しいシーモスは、その間は留守番だ。
 昨日は、イリスお気に入りの果樹園で果物狩りを楽しんだ。
 果樹園は温室になっていて、旬の違う果物が何種類も鈴なりに実っていた。
 しばらく果物は食べたくない。と泰樹がもらすまでたっぷりと堪能して、一同は屋敷に帰った。

「ええっと、今度はどこに行こうかなー?」

 帰宅してすぐにそんな事を言い出したイリスに、泰樹は疲れた様子で提案する。

「なあ、今度はちょっとのんびり出来るような所に行かねえか? 例えば温泉とかさ」

 連日の外出は楽しいが、移動時間なども有って疲れが溜まっている。温泉にでも浸かって、ぼんやり出来たら最高なのだが。

「温泉?」

 小首をかしげて、イリスが聞いてくる。

「あーこの『島』には温泉はねえのか。温泉ってのはな、まあ、要するに風呂だ。デカい風呂に肩こりにくーとか切り傷に効くーとか言う成分のお湯を入れたりする」
「うーん。浴場、見たいなモノ? 浴場には、身体に良い薬湯を使ってるとこもあったと思う」

 イリスが考えているモノは、銭湯の方が近いのでは無いか。泰樹はそう思うが、デカい風呂があると言うなら有り難い。
 イリスの屋敷にある風呂はみな一人用で、そんなに大きくは無いのだ。

「俺が思ってるのとは違いそうだけど、それでもいいや。その、浴場ってヤツに連れてってくれよ」
「うん……えっと、その……良いよ!」

 わずかに言いよどんだイリスに、泰樹は眉を寄せた。

「浴場は嫌なのか? それなら別の所でも良いぜ?」
「嫌じゃ、ないけど、ちょっと恥ずかしい、かなー?」
「ああ、そっか。裸の付き合い、だもんなー」

 イリスは、人前で服脱ぐようなことはあまり馴れていないようだ。恥ずかしげに、もじもじしている。

「……でしたら、浴場を貸し切って、私たちだけで入りましょう。それなら、イリス様も気兼きがねねが無いでしょう?」

 どこから話を聞いていたのか、やって来たシーモスが会話に割り込んでくる。

「そんな事、出来るのか?」
「無論、可能でございますよ。それから、今回は私も同行させてくださいませ。ちょうど疲れも溜まって参りました所ですから」

 早速手配いたしましょう。肩をもみながら、シーモスは使用人に命じている。

「お出かけは、明後日でよろしいですか?」

 にっこりと笑ったシーモスに、泰樹とイリスは二人でバンザイと手を上げた。



 浴場は石造りの建物だった。
 ドーム状のメイン浴室とそれにつながった個室が行くつも並んでいる。
 入り口は温かい湯気を逃がさないようになのか、少し背が低い。イリスは、身をかがめなければ中に入れない。
 初めに通されたのは、一人用の更衣室だった。そこで薄い布で出来た、バスローブのような浴衣よくいに着替えた。
 メイン浴室の壁は、装飾の施された青いタイルで飾られていた。床は階段状になっていて、一段低い場所に掘られた浴槽も同じような色のタイルが敷き詰められている。まるい天井には、何だか豪華な絵が描かれていた。
 浴槽は、建物の大きさに比べると小さめだった。お湯は、薬か何かをいれているのだろう。澄んだ緑色だ。
 浴場と聞いて、銭湯のような場所を想像していた泰樹は面食らった。どちらかと言えば、高級スパとかそんな感じだ。

「あちらの個室で、マッサージとあかかきが受けられます。こちらの浴槽で、よく温まったらお試し下さい」

 眼鏡をかけていないので、いまいち眼の焦点の合わないシーモスが説明する。彼も白い浴衣姿だ。

「お待たせー」
「すまん、待たせた」

 イリスとアルダーが、遅れてメイン浴室にやって来る。泰樹と同サイズの浴衣を、イリスが着ると丈が短い。アルダーは筋肉のせいなのか何だかぱつぱつだ。

「え、と……変じゃない?」

 恥ずかしげにイリスがたずねる。

「全然。変じゃないぜ」

 そう言ってにっと笑った泰樹に、イリスは安心したように微笑んだ。



 浴槽に身を沈める。思っていたより深い。鼻に届く薬草っぽい香り。浴衣が身体にまとわりついて、少しうっとうしい。これ、脱いじゃダメかな?
 手足を伸ばすと身体が水に浮いてしまう。ああ……やっぱ広い風呂は良いな。
 泰樹は自然と深い呼吸をしていた。やっぱり、風呂は心地良い。

「ああ……やっぱりお風呂は気持ちいいね……」

 イリスもお湯に浸かって、思い切り伸びをしている。その隣でアルダーが神妙な顔をして座り、シーモスはすぐには浴槽に入らず、足だけをお湯に浸していた。
 心地良い沈黙。気心の知れた4人だけの浴室は、いっそう楽しい。

「はあ……」

 疲れがお湯に溶けていく。泰樹は心ゆくまで薬湯を堪能して、浴槽を出た。

「俺、マッサージもしてもらうわ。シーモス、これちょっと取って」

 そう言って、泰樹は奴隷の証を指さす。

「まったく。用心なさって下さいね、タイキ様」

 お小言を言いつつシーモスが呪文を唱えると、証は簡単に腕から外れた。
 そのまま、泰樹は個室に入る。個室はやはり円天井で、メイン浴室よりもずっと背が低い。
 部屋の真ん中には、人が一人横になれるくらいの石造りの台があった。その隣には、腰に布を巻いただけの若い男がひざまずいている。泰樹は頭をかきながら、その男に近づいた。

「あー、えっと、マッサージ頼める?」
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