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第二章 アカデミー編
第66話 『出発前夜』
しおりを挟むエリスによるハードモードへと変貌したZ組の追い込み訓練。厳し過ぎる内容に自宅に帰った全員が泥のように眠る事を繰り返す事3日…
あっという間に時は過ぎ。リク達は、大討伐演習への出発を明日に控えての準備に追われていた。
Z組の教室では、完成したばかりの各自の装備や、回復薬類をそれぞれが収納用魔具へと詰め込んだり…
これまた出来上がったばかりの、全員分の最新型戦闘衣の裾を直したりといった細かい最終調整を行ったり…
完全休養日の為、訓練自体は何も行わない決まりとなっているのだが、兎に角リク達はバタバタと忙しく走り回っていた。
「錬魔鋼製の武器も戦闘衣も…ギリギリだけど間に合って良かったよ。これで、皆の力をフルに発揮する為の準備は万全だな」
「女性陣の戦闘衣の手直しがまだ少し掛かりそうだがな。俺達男の方は殆ど何もしなかったのだが…」
「そりゃあそうだよ。ナーシャが随分と『可愛いデザイン』に拘ってたからねえ…着た感じとイメージが一致しないとかで、納得出来ないんだってさ」
「謎の拘りでござるな……職人気質なのでござろうか?」
「まあ……シルも手伝ってくれてるし…あっちは任せておいて、俺達は俺達に出来る…力仕事になる方の用意とかをしておこう」
元々、キッチリとした採寸まで行って作成された戦闘衣は、既にサイズの面では殆ど問題なく全員の身体にフィットする出来となっていた。
だがそれでも気に入らない所があるらしいナーストリアが、女性陣4人の戦闘衣の手直しをこの時間の無い中、突貫で行っていたのだ。
興味を持ったルーカスが聞いた所…『私達が着る戦闘衣はもっと可愛く!もっと魅力的!なデザインに仕上げたいのっ!』との事で…
シードが半ば茫然としかけるのも無理はない謎の拘りに、シルヴィア達3人が巻き込まれていたのだった。
特に【家事技能】の【スキル】が更に変化し【家事技能・極】へといつの間にかなっていたシルヴィアは、思いっきり手伝わされていた訳で…
「ナーシャ……ねえ、ホントにフリルとリボン、付けるの?後……幾ら何でも、スカートの丈を詰めすぎじゃないかなぁ…?」
「何言ってるのよシルヴィア!私達の…Z組の最強かつ可憐な『魔法少女』をイメージさせるデザインじゃなきゃダメよ!それに下にはどうせズボン履くんだし、下着も見えないから良いじゃない!」
「待て待て!お前等は兎も角、アタシはそんなのゴメンだぞ!?そもそも前衛のアタシは男連中と同じで良いからな!?どう考えても動き辛いだろ、それ!」
「そんな事ないって!私があげた服だって気に入ってくれてたじゃない?大丈夫、このナーシャ様に任せてってばっ♪」
「ど、どうなっちゃうんだろう……?」
少しでも可愛いデザインへの変更を目指すナーストリアに、シルヴィアは苦笑しつつ出来うる限りその要望に応えるつもりではあったのだが…
流石に戦闘衣の機能の妨げとなっては元も子もない。そして、当然のように自分のキャラじゃない、とミーリィが抗議の声を上げる。
そもそも、リク達と同じく前衛型…戦士系に近い戦闘スタイルのミーリィにとっては、本来の戦闘衣のデザインのままの方が動き易いのだ。
意味があるのか無いのか、妙に白熱し始めるナーストリアとミーリィの議論(?)に、一人取り残された感のあるイリスは、シルヴィアと同様に苦笑するのだった。
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流石に出発前日にこんな大騒ぎをやっていたのではロクに休息も取れない。
担任のアルベルトにその点を窘められる一幕もありながらも、事前説明のホームルームを終えたZ組は、午前中の講義時間のみで下校する事となった。
アカデミー内に留まっていれば、それこそ最後の追い込みと訓練を始めかねない…
そんな各員の性格を把握している辺り、アルベルトはZ組の担任として自分の受け持った生徒の事を良く見ていると言えるだろう。
そしていつもの様に、アレイが皆をそれぞれの家までハーダル家の馬車で順番に送って行く。
最初の日は平民であるルーカスにシード、それにイリスは乗るだけでも緊張していたものだが…今ではすっかり慣れてしまい、御者の青年とも打ち解けていた。
ナーストリアは最初からあんな感じだった為か、最早ハーダル家の関係者ではないかという程に慣れきってしまったが…
そんな中。リクがふと馬車の窓から周りを見ると、他の生徒達も家路へとついている様子が見て取れた。やはり殆どの生徒が同じ様に馬車に分乗している。
明日の大討伐演習に備えさせる…アルベルトと同様の対応をする教師が多いのだろう。それだけ、この演習は一大行事であり…危険が伴う物だという事を、リク達も再認識させられた。
やがて、皆を送り終えたアレイとリク、そしてシルヴィアはガーディ亭の前で別れ…それぞれの家へと戻っていく。明日は普段より早く出発するとの事だ。
魔力鍵をかざし、自動的に開いていく門を越えて広い庭を歩くリクとシルヴィアは、明日の演習について互いに気になる事を話していた。
「…ふう。いよいよ明日は討伐に出発かぁ…久しぶりだからちょっと楽しみだな」
「そうだね。私達も勘が鈍ってないか…ちょっと心配なんだけど、リスティアの周辺ってどんな魔物が居るんだろうね?」
「俺もそれが気になってるんだけどなあ…後で母さんに聞いてみるか。情報は多い方が良いだろうし」
「おば様、今日は『やる事があるから家に居る』って仰ってたけど……」
アカデミーでの勉強や、皆の訓練を全力で行って来た為…暫く実戦から離れている事が二人は気掛かりであった。
近衛騎士のアリシア達によれば、リスティア近郊で強力な魔物の出現は公に確認されていないらしいのだが…油断は禁物と気を引き締めるリクとシルヴィアは、取り合えずはエリスに相談するべきだろうと思っていた。
そのエリスは、今日はガーディ邸の研究室で何かをしているらしく、アカデミーには顔を出していない。恐らくはずっとここに居る筈だ…
そして……この所、そのエリスの世話をしている都合もあり、出迎えが出来たり出来なかったりと大忙しの様子の『家族』がけたたましい例の足音を立てて走ってきた。
それこそ息を切らせて…と言いたくなる程の慌てっぷりを見せるマルに、思わずリクとシルヴィアは顔を見合わせて笑う。
しかし…続くマルの言葉に二人は一気に真剣な表情とならざるを得ない事となった。
「ああ!リク様、シルヴィア様、お帰りなさいませ!丁度良いタイミングのご帰宅で御座います!!」
「…マルちゃん?そんなに急いで…どうかしたの?」
「お疲れの所、大変心苦しいのですが…すぐにリビングにお越し下さいませ。奥様と…ワタクシを介しての通信ではございますが、旦那様がお待ちで御座います」
「えっ!?父さんまで!?一体何があったんだ…?」
大慌ての様子を隠す余裕さえ無い、といった様に珍しく早口でまくし立てるマル。出迎えの挨拶がこんな風になった事に驚き、小首を傾げつつシルヴィアはその理由を尋ねるのだが…
兎に角急いで館のリビングへと来て欲しいとマルは言う。そこでエリスと…自身を介在しての遠距離通信を使用して、ラルフが話をしているのだと…
そこにリクとシルヴィアの二人が帰宅した事を察知したマルは、エリスにその旨を伝えた所、急いで二人をここに連れてくるようにと指示をされたのだそうだ。
師匠二人が揃って…は居ないが、両方から話がある…という事は、何か大きな問題が起きている可能性がある。
これまでの経験からリクとシルヴィアはそう判断し、マルを伴い早足で館へと向かうのであった。
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『お、帰ってきたか。お帰り、リク、シルヴィア。二人とも久しぶりだなぁ…元気にやってるようで何よりだぞ』
「ただいま。父さんも元気そうだね。村の皆も元気にしてる?」
『おお、皆元気だぞ。ついでにあの山の熊……ベアだったな。アイツもすこぶる元気だ。毎日良い汗流させて貰ってるぞ?』
「呑気に挨拶してる場合じゃないでしょうに……帰ったばっかりで悪いけど、ソファーに掛けて頂戴。これから明日の演習について…気になる事を話しておきたいの」
「気になる事、ですか?あの…ひょっとしなくても、大きな問題が何か…?」
『ああ…ちょっとばかり嫌な情報だ。俺は丁度今朝、隣街の郊外での魔物討伐を終えて帰って来たんだがな。それについて、だ』
久しぶりに聞くラルフの声が、マルを通じてリビングに響く。音が大きくなり過ぎないように調整されたその声は、目の前に当人が居るのとあまり変わらない様に聞こえる。
いつもの調子で息子達を迎える父の様子に、思わずリクも普通に話し始めるのだが…即座にエリスが二人を窘めた。そんな場合じゃないだろう、と。
二人に席に着くよう促し、早く本題に入るように…それこそ急かす勢いで指示をされ…シルヴィアはやはり何か深刻な事態が起こったのか、と問うが…その言葉には声のトーンを真剣な物に切り替えたラルフが答える。
『討伐依頼自体は大したモンじゃなかった。大型の魔物1体の討伐、それだけだったからな。問題は……その魔物がSクラスの魔物だった、って事だ』
「『Sクラス』!?それって、強さ的には最上級の魔物って事?そんなの出たの!?」
『ああ、そうだ。流石に一人だったから思いっきり苦労したんだぞ?……って、問題はそこじゃないぞ、リク』
「……『Sクラス』の魔物は別名を『原種』と言うのよ。それは…『魔核』を植え付ける事で作り出される、アンタ達がこれまで戦った物とは比較にならない強さを持つ魔物なのよ」
「『魔核』……それって、魔人形に使う…錬魔結晶みたいな物なんですか?」
「流石シルヴィアね。飲み込みが早くて助かるわ……そう、殆ど同じ。但し…『魔核』は生物に植え付ける事で…宿主の身体を侵食し、変貌させるのよ…凶悪な魔物にね」
『そして……ここが重要なんだが、この魔物を作り出すとも言える手法は…俺達が昔戦った…悪魔族のやり口そのものだって事だ』
「……つまり、父さんが倒してきたのがその『悪魔族が関わった魔物』って事?」
『そういう事だ。で、気になったんでリスティアの王都騎士団に調べさせてるんだが……どうも、そっちにも同じ様な痕跡があったらしい』
ラルフが語った内容。それは今朝方まで掛かったというライラックの村からかなり離れた…南にある隣街近郊での魔物討伐について。
これまで数多くの魔物を討伐してきたリクとシルヴィア。その二人が未だに遭遇した事すらない、最強の魔物…それが『Sクラス』である。
ラルフの話を受け次ぐ形で、これまで二人に『Sクラス』の魔物について詳しく説明をして来なかったエリスは内心歯噛みしつつ、要点だけを手短にリクとシルヴィアに語っていく。
そもそも、これまでリクとシルヴィアが数多く仕留めてきた魔物達は最高でも『A+++ランク』であり、多くはそれこそ『Bランク』未満とされる魔物であった。
それらは長い年月を経て、元となった魔物が自然増殖したものの子孫、とでもいうべき存在なのだとエリスが補足して語る。
これに対し『Sクラス』の出現は『人類存亡の危機』と定義される程、圧倒的な力を持つと言われ…公式に討伐された記録は数えるのがバカらしくなる位に少ない。
何故ならば、そもそも『Sクラス』に該当する魔物がここ十年近くの間出現が確認されていない。つまり、元々数が非常に少ないという事である。
それは……『原種』と言われる別名の通り、魔物が本来は『誰かの手で生み出された存在』である事の証左。
この世界に存在している生命を『魔核』という道具を用い、歪めた末に作り出す…禁忌とされる技術。
そして、この技術を生み出し…嘗てラルフ達が戦ったという相手が、リク達もこれまで何度か教わって来た恐るべき『敵』…悪魔族なのである。
『と、まあ…俺はあの連中が何らかの形で動いているんじゃないか、と疑ってるわけだ。昔のパターンからすると…今回俺が討伐した奴はせいぜい実験用の魔物ってとこだろう』
「……私も同感ね。シルヴィア、今からアンタに一つ魔法を習得して貰うわ。すぐ私の研究室に行くわよ」
「ふえっ!?い、今からですか!?」
「ラルフ、後の事はお願い。リクはちゃんと話を聞いておく事。良いわね?」
「う、うん…分かった。シル…大変だろうけど、頑張れ?」
「ふえぇぇん……」
すっかり歴戦の冒険者の顔を取り戻しているであろうラルフの声。マルを通じて聞こえてくる彼の推測は、その豊富な経験に基づくもので…的を射ているとリクとシルヴィアは感じる。
そして、夫同様の意見を口にするエリスがふう、と小さく息を吐き立ち上がり…シルヴィアに今から魔法を『伝授』すると言い出した。
あまりに突飛な展開に目を白黒させ驚くシルヴィア。時刻はまだ夕方に差し掛かったばかりではあるが…幾ら何でも、討伐演習の出発前夜にする事ではないだろう。
しかし、エリスは珍しく焦りを滲ませた表情で…有無を言わさずシルヴィアを引きずるようにして、館の魔法研究室……自分の私室へと連れていく。
泣き出しそうな顔でリクに視線を送り、助けを求めるシルヴィアであったが…リクもエリスの決定した事に逆らう事は出来ないのは…彼女も良く分かっている。
かくして、リビングにはリクと…マル。そして声だけのラルフが残る事になった。男同士、気兼ねが無くなったとも言える空気にラルフの声が幾分柔らかくなる。
『…あっちはあっちで任せておけばいいだろ。で、リク。ここから話す事が一番重要な事だ。心して聞けよ?』
「…うん。父さん、一応先に聞きたいんだけど、今話してる事ってさ…先生とかクラスの仲間にだけなら話しても良い内容かな?」
『アカデミーか…確か、お前達の担任はアル…ああ、お前達には通じないか。アルベルトだったな?それなら大丈夫だから良いぞ。但し、他のクラスや教師には一切言うな』
「先生って…やっぱり、父さんと母さんの『昔の仲間』って感じの関係なんだね…通りで滅茶苦茶強い訳だよ…」
『その辺りの事は今度ゆっくり話してやるさ……話を戻すぞ?今から俺は師匠として、お前とシルヴィアに厳命する。一つ目は…大討伐演習に参加する全ての人間を無事に帰還させる事、だ』
「……俺達自身と、先生達。それから…上級生も同級生も皆、って事だよね?勿論だよ。俺とシル、それにZ組の皆で絶対…誰も死なせないで帰ってきて見せるよ」
『気負いは無いみたいだな?お前も成長したもんだ……っと、親バカやってる場合じゃなかったな。次に二つ目だが…Sランクと思しき魔物と遭遇した場合は…お前達二人で討伐しろ』
「…全力で、って事?」
『そうだ。本来ならお前とシルヴィアの力をあまり知られたく無いんだが…今回はそうも言ってられん。但し、絶対に二人一組で当たれ。単独で挑もうとはするな…良いな?』
「初見ではシルと二人で当たる…今までの討伐と同じ様に、だよね?……大丈夫、無茶はしないよ」
『俺もこっちが片付き次第…気は進まないが、リスティアに向かう。お前達の後始末はしてやるから、心置きなく暴れて来い!』
「うん、分かったよ父さん。俺とシルが父さんと母さんの弟子として…恥ずかしくない結果を必ず出す!きちんと全員無事に戻ってくるよ!」
ラルフはここまでの話を総合し、リクにシルヴィアと共に『全参加者の無事の帰還』を達成する事。そして…『Sランクの魔物が出現した場合の討伐』を命じた。
それは……アカデミーではその一部が明らかになった、リクとシルヴィアの秀で過ぎた『力』の解放を意味する。
出来れば王都では普通に…戦いに身を投じなくても良い、穏やかな生活を送って貰いたいと思っていた親心とは真反対の指示をする事は…ラルフにとっては断腸の思いである。
だが、親としての感情は心に押し込め……師として、冒険者の先達として、冷静に事態の収束をリクとシルヴィアに成し遂げさせる為には、二人の全力がどうしても必要なのだ。
しかし父の密かな苦悩を知ってか知らずか、息子は存外冷静であった。
リクはラルフの指示を一つ一つ、復唱するように確認し……頭の中でZ組全員の動きを考えていた。Sランクとの遭遇時は散開するのだろうが…恐らくそれまでは固まって行動するだろう。
朝一番でアルベルトやアレイ達と作戦を練る必要がある。その上で自分とシルヴィアが中心となって戦う…そして、全員で無事に帰ってくる。
ブツブツと呟きながら更に考えを巡らせていくリク。その姿こそ見えないものの……手に取るように息子の様子を感じ取った、ライラックの村のラルフは小さく笑う。
まだまだ子供の部分はあるが……一人前の戦士となりつつある…そう父親の顔で思うのだった。
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一方、エリスとシルヴィアはガーディ邸に備えられたエリスの研究室にて向き合っていた。
一階の最奥に位置するこの研究室、という部屋はエリスがリスティアで自身の研究や考察を行う為に設置したものだが、半分は書庫と化している。
本人の許可を貰っていた為、普段からシルヴィアはよくこの部屋の書物や、エリスが過去に研究した内容を記したレポートの類を読む為に訪れている場所でもある。
「いつも以上に時間が無いから要点だけ言うわよ。今からアンタに覚えて貰いたい魔法は…『コレ』よ」
「……!!こ、これって……嘘…『セルフィード薬品店』……私の、家!?」
「そう。ライラックの村のね…因みにロイとメルは隣町の住民の治療に出掛けているわ。要するにラルフだけ先に報告に戻って来たみたいね」
「そ、そうなんですか……って、そうじゃなくって!お、おば様……この、魔法は…?」
「これが…今の人類における究極の移動魔法。その名を【転移門】と言うのよ。膨大な量の魔力と引き換えに…特定の場所同士の空間距離をゼロとする『門』を生成する魔法よ」
「…【転移門】……凄い…リスティアとライラックの村を…『繋いだ』んですよね…?」
「…シルヴィア、アンタは本当に飲み込みが早くて助かるわ。こんな時でなければ褒めてあげたいけれど…今はそれどころじゃない。分かるわね?」
「はい。おば様は……万が一の備えにこの魔法を覚えておけ、と言いたいんですよね?」
「…そうよ。正直、Z組の子達はAランクの魔物も楽々討伐出来る程度の実力になっているわ。それにアンタとリクの二人さえ居れば…Sランクの魔物も大した問題にはならないでしょう…ただ」
「……私達Z組以外の…『普通の生徒』の人達は、苦戦を強いられるだろうし…命の危険も大いに高まる…そういう事、でしょうか?」
話もそこそこに、エリスはシルヴィアに良く見ておくように、と念を押した上で膨大な量の魔力を部屋に解き放ち…それを壁に向けて集中させてゆく。
純粋な膨大な量の魔力の輝きはやがて…人一人が余裕を持って通れるサイズの『門』の形を成して安定した。
突き出していた両手から力を抜き、エリスはシルヴィアにその『門』の先の光景を覗くように促す。恐る恐るその先を見遣る彼女の目に映ったのは…遠く離れた『実家』の姿。
驚愕し、エリスの方を振り返ってみれば、彼女はシルヴィアがこれまで見たこともない程の汗を額に浮かべている。エリスをもってしても相当に魔力を消耗する魔法なのだろう。
その魔法の名は【転移門】……先日の早朝マラソンの後、リク達よりも遥かに早くアカデミーに到着出来た理由となった、究極の移動魔法である。
効果。そして今のエリスの姿を見るまでもなく…最早、その習得難易度はシルヴィアからすれば考えたくも無いものだろう。
しかし、何としてもエリスはこの魔法をシルヴィアに習得して貰いたいと言う。その理由は…シルヴィアも薄々考えていた『危惧』によるものだった。
……それは『Z組以外の参加者』の存在。エリスの分析では、アレイを筆頭にZ組の面々は既に『過剰戦力』と言って差し支えない程の成長を果たしている。
故に、彼等が『Sランク』と遭遇したとしても…討伐は兎も角、簡単に倒される事は無いと見ていた。リクとシルヴィアなら尚更である。
だが、それ以外の参加者はどうか?
最上級生である三年生の生徒を例に挙げると、すでにギルドや騎士団の依頼を『実践』として請け負ってはいるようだが…魔物討伐経験となると『Bランク』が最高らしい。
それも『学年ほぼ全員』で1体、というレベルである。もし、そこに『Sランク』が出現したとすれば……全滅は必至と言える。
戦線は一瞬で瓦解し、数多くの負傷者…最悪は死者も出るだろう。それを未然に防ぐ為には…強力な治療体制と、万が一の撤退の為の『切り札』が必要である。
エリスとシルヴィアは、師弟揃って同じ考えを抱いたのだ。そして…自分の考えを直ぐ様理解し、吸収してくれる『弟子』にエリスは心底感嘆していた。
そして実演から一通りの説明を終え、実際に習得をする前にエリスはシルヴィアにもう一つ指示を出す。
「これから実際に【転移門】の魔力制御…そのイメージを教えていくわ。その前に、アンタ達がお互いに作った魔法具。あれを一晩預かるわ。リクのも預かって来てくれるかしら?」
「えっ?私達の…バレッタとブローチに…リっくんのリストバンドをですか?」
「ええ、そうよ。アンタ達…皆の装備に掛かりっきりで、自分の装備のメンテナンスがあまり出来て無いでしょう?私がやっておくから、アンタは魔法の習得に全力を尽くして欲しいのよ」
「分かりました。それじゃ…ちょっとリっくんの所に行ってきます」
「今日はこの後会えない事をちゃんと伝えなさい。あまり時間を掛けないようにね」
それは…クラスメートの装備を整える為、自分達の物を後回しにして来た二人の装備の最終調整をエリス自らが行ってくれる、という事だった。
『精霊達の贈り物』を用いた二人の魔法具は、呆れる程頑丈な作りをしており…これまで傷一つ付いた事が無い。
だが、それは見た目の問題であり…実際には使い込んだ魔力回路には微細な損傷がある事を、魔具製作者として圧倒的な経験を持つエリスは一目で見抜いていた。
本来ならば二人に自分で直させるのが彼女の主義だが…兎に角今はシルヴィアに【転移門】習得に集中して貰いたいのだ。
言われたシルヴィアはリクに今晩の予定の説明と、リストバンドを預けてもらう為…再びリビングへと駆けて行くのだった。
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「【転移門】だって?…凄い魔法だけど、そんなの一晩でどうにかなるのかな…」
「……分かんないよぉ。正直、私……徹夜になるんじゃないかなって…あうぅ」
シルヴィアがリビングに戻ってみると、そこにはリクが一人ソファーに座ってブツブツと何かを考えている姿があった。
既にラルフとの話は終わったようで、マルは夕食の支度の為厨房へと向かったとの事だ。
シルヴィアはリクに『これから自分が行う事』とエリスの考えとを手短に説明する。超高難易度の魔法の正体を知ったリクがソファーから転げ落ちて驚いたのは言うまでもない。
「それと…私達の魔法具、おば様がメンテナンスをしてくれるんだって。だからリっくんのも預かって来なさいって」
「じゃあ俺は武器の方をやっておくよ。シルのメイスを代わりに俺に預けてくれ。俺も…何かしてないと落ち着かないからさ」
「うん、それじゃあ交換だね?はい、これ……?って、えっ……?リ、リっくん…?」
エリスから言われた通り、二人の魔法具を預けて欲しいというシルヴィアに対し、リクは互いの武器を自分が預かって手入れを行う事を提案する。
こうすれば時間までに全ての装備を完璧な状態に出来る。尚且つ、自分も何かしていないと落ち着かないこの状況の解決策にもなる、とリクは言うのだ。
その提案を笑顔で受け入れ、自分のメイスをリクに手渡し…代わりにリストバンドを両手で受け取ろうとしたシルヴィアは……顔を真っ赤に染めて固まった。
何故なら……リストバンドを手渡すリクがそのシルヴィアの両手をしっかりと握って来たからだ。
しかも自分を見つめるリクの表情は真剣そのもので……予想外の展開ににシルヴィアの心臓が早鐘を打つ。
「……シル」
「は、はいっ!?」
「…明日からの討伐演習。何があっても、どんな魔物が現れても、シルを…そして皆は俺が必ず守ってみせるからな」
「……う、うん……そ、その……あの…」
「……あっ!?ゴ、ゴメン!力入っちゃって……痛かったか?」
「う、ううん!?そんな事ないよ!?あう……わ、私…おば様を待たせるといけないから…行くね?」
「ああ。夕食が出来たらマルと知らせに行くよ。頑張れよ、シル!」
リクにとっては『真剣な決意表明』のつもりだったのだろうが…シルヴィアはまるでリクが『勇者が姫君に立てる誓い』をしているのではないかと勘違いしそうなセリフにしか聞こえなかった。
こんな調子では大いに集中が乱れかねないのだが…この所、こういった展開が無かった事もあってか、著しく赤面するシルヴィアは慌ててエリスの研究室へと戻っていく。
余りに時間の余裕が無い出発前夜のガーディ邸は、この後夜更けまで各自が最後の準備に追われて行くのであった。
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