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第二章 僕と死神さんと、それから……
第20話 新戦法を使う時が来たようだね
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「フッ。やる気だね、先輩ちゃん。でも、私も負けないよ。なんたって彼が懸かってるんだから」
いつの間にか妄想の世界から帰ってきていた死神さん。テーブルの端に置いてあった将棋盤を中央へ移動させます。そして、駒袋を逆さまにし、中に入っていた駒を盤の上に広げました。カラカラという駒と盤のぶつかる音。心なしか、それはいつもよりも大きく感じられました。
駒を並べ始める死神さんと先輩。そんな二人を見る僕の心に生まれたのは、一抹の不安。
死神さん、大丈夫かな?
正直、死神さんが勝つのは難しいでしょう。死神さんが指せるのは『鬼殺し』のみです。ほとんどの将棋指しなら、その対処法を知っています。ましてや、先輩は将棋部の三年生。対処法を知らないわけがありません。下手をすれば、自分の駒を全て相手に取られてしまう『全駒』という結果になることだってありえるのです。
そんな僕の不安をよそに、死神さんは不敵な笑みを浮かべます。
「フフフ。新戦法を使う時が来たようだね」
ん?
新戦法?
それって、昨日、僕がほんの少ししか教えてないやつじゃ……。
「「よろしくお願いします」」
僕が口を出す間もなく、二人の対局が幕を開けました。
先手は死神さん。いつも通り、7六歩と指します。自分の角が移動できる範囲を広げる一手です。
対する先輩の手は、8四歩。飛車の前の歩が一つ前進。先輩は、飛車を元々の配置場所に置いたまま戦う、いわゆる『居飛車』を指すようです。
死神さんは、先輩の手を見てニンマリと笑みを浮かべます。7五歩と先ほど進めた歩をさらに前進させました。
8五歩と歩を進める先輩。このまま死神さんが何もしなければ、次に先輩から8六歩と指され、角の頭を攻められてしまいます。角は斜めにのみ動くことのできる駒。そのため、真正面からの攻めにはめっぽう弱いのです。
先輩の攻めを防ぐために、7七角と角を移動させる死神さん。
次に先輩は、3四歩と突いて角の活用を図ります。この一手によって睨み合い始める二つの角。これで、どちらからも角の交換を行えるようになりました。
「フフフ」
突然聞こえた小さな笑い声。それを発したのは、他でもない死神さん。先輩は、訝しげな表情で死神さんに視線を移します。
「お姉さん? 急に笑い出してどうしたのよ?」
「いや、思い通りに事が運んでるなと思ってね」
「はあ?」
「フフフフフ。じゃあいくよ。私が覚えた新戦法、とくと見よー!」
死神さんは、少々おぼつかない手つきで駒を持ち、パチンと力強く盤上に打ち下ろしました。
死神さんの指した手は、7八飛。戦法の名は、『新鬼殺し』。昨日、僕がスマホで調べながら、ほんの少しだけ教えた戦法です。そう、ほんの少しだけ。
「ふーん。なるほどね。それ指す人久々に見たわ」
「え? せ、先輩ちゃん、もしかして『新鬼殺し』知ってるの?」
「一応ね。ま、こういう時は、相手の狙いにのらないのが一番かしら」
ゆっくりとした動作で駒を動かす先輩。指された手は、4二玉。自分の王様を相手の攻めから遠ざける守りの一手です。
「あ、あれ?」
その時、傍目にも分かるくらい死神さんの表情が歪みました。つい先ほどまでの余裕と自信はどこへやら。口元はぴくぴくと痙攣し、首は大きく傾いています。彼女はしばらく「うーん」と唸った後、4八玉と王様を移動させました。
それに対する先輩の手は、3二玉。
「あれ? あれー?」
お手本のような困惑声を漏らしながら、死神さんは、横で対局を見ている僕の方へ顔を向けました。
「あの。角、取ってくれないんだけど」
「いやいや、昨日言いましたよね。角を取られないことの方が多いですって。自分から乱戦に飛び込むなんてリスクが高すぎるんですから」
「…………は!」
そうです。死神さんの指している『新鬼殺し』は、相手が自分の角を取ってくれないと成立しない戦法なのです。まあ、そうされなくても普通に戦うことはできるのですが、死神さんは、まだ角を取られなかった場合の戦い方を知りません。昨日、僕が死神さんに教えたのは、角が取られた場合の戦い方だけです。
「えっと。この後どうすれば? うう。角を取ってくれないと、こっちの桂馬が使えないし。と、とりあえず王様を囲って? いや、こっちから角を交換? ううううう」
死神さんの赤い瞳が、次第に潤んでいきます。涙が流れ出すまで、それほど時間は残されていないでしょう。
まだ将棋が始まって十手しか進んでいませんが、もう勝敗が見えてしまった気がしますね。
「これ、もう私の勝ちってことでいいんじゃない?」
「ま、まだだから! まだ始まったばかりだから!」
死神さんは、グイッと目元を一度拭い、必死に次の手を考えていました。
いつの間にか妄想の世界から帰ってきていた死神さん。テーブルの端に置いてあった将棋盤を中央へ移動させます。そして、駒袋を逆さまにし、中に入っていた駒を盤の上に広げました。カラカラという駒と盤のぶつかる音。心なしか、それはいつもよりも大きく感じられました。
駒を並べ始める死神さんと先輩。そんな二人を見る僕の心に生まれたのは、一抹の不安。
死神さん、大丈夫かな?
正直、死神さんが勝つのは難しいでしょう。死神さんが指せるのは『鬼殺し』のみです。ほとんどの将棋指しなら、その対処法を知っています。ましてや、先輩は将棋部の三年生。対処法を知らないわけがありません。下手をすれば、自分の駒を全て相手に取られてしまう『全駒』という結果になることだってありえるのです。
そんな僕の不安をよそに、死神さんは不敵な笑みを浮かべます。
「フフフ。新戦法を使う時が来たようだね」
ん?
新戦法?
それって、昨日、僕がほんの少ししか教えてないやつじゃ……。
「「よろしくお願いします」」
僕が口を出す間もなく、二人の対局が幕を開けました。
先手は死神さん。いつも通り、7六歩と指します。自分の角が移動できる範囲を広げる一手です。
対する先輩の手は、8四歩。飛車の前の歩が一つ前進。先輩は、飛車を元々の配置場所に置いたまま戦う、いわゆる『居飛車』を指すようです。
死神さんは、先輩の手を見てニンマリと笑みを浮かべます。7五歩と先ほど進めた歩をさらに前進させました。
8五歩と歩を進める先輩。このまま死神さんが何もしなければ、次に先輩から8六歩と指され、角の頭を攻められてしまいます。角は斜めにのみ動くことのできる駒。そのため、真正面からの攻めにはめっぽう弱いのです。
先輩の攻めを防ぐために、7七角と角を移動させる死神さん。
次に先輩は、3四歩と突いて角の活用を図ります。この一手によって睨み合い始める二つの角。これで、どちらからも角の交換を行えるようになりました。
「フフフ」
突然聞こえた小さな笑い声。それを発したのは、他でもない死神さん。先輩は、訝しげな表情で死神さんに視線を移します。
「お姉さん? 急に笑い出してどうしたのよ?」
「いや、思い通りに事が運んでるなと思ってね」
「はあ?」
「フフフフフ。じゃあいくよ。私が覚えた新戦法、とくと見よー!」
死神さんは、少々おぼつかない手つきで駒を持ち、パチンと力強く盤上に打ち下ろしました。
死神さんの指した手は、7八飛。戦法の名は、『新鬼殺し』。昨日、僕がスマホで調べながら、ほんの少しだけ教えた戦法です。そう、ほんの少しだけ。
「ふーん。なるほどね。それ指す人久々に見たわ」
「え? せ、先輩ちゃん、もしかして『新鬼殺し』知ってるの?」
「一応ね。ま、こういう時は、相手の狙いにのらないのが一番かしら」
ゆっくりとした動作で駒を動かす先輩。指された手は、4二玉。自分の王様を相手の攻めから遠ざける守りの一手です。
「あ、あれ?」
その時、傍目にも分かるくらい死神さんの表情が歪みました。つい先ほどまでの余裕と自信はどこへやら。口元はぴくぴくと痙攣し、首は大きく傾いています。彼女はしばらく「うーん」と唸った後、4八玉と王様を移動させました。
それに対する先輩の手は、3二玉。
「あれ? あれー?」
お手本のような困惑声を漏らしながら、死神さんは、横で対局を見ている僕の方へ顔を向けました。
「あの。角、取ってくれないんだけど」
「いやいや、昨日言いましたよね。角を取られないことの方が多いですって。自分から乱戦に飛び込むなんてリスクが高すぎるんですから」
「…………は!」
そうです。死神さんの指している『新鬼殺し』は、相手が自分の角を取ってくれないと成立しない戦法なのです。まあ、そうされなくても普通に戦うことはできるのですが、死神さんは、まだ角を取られなかった場合の戦い方を知りません。昨日、僕が死神さんに教えたのは、角が取られた場合の戦い方だけです。
「えっと。この後どうすれば? うう。角を取ってくれないと、こっちの桂馬が使えないし。と、とりあえず王様を囲って? いや、こっちから角を交換? ううううう」
死神さんの赤い瞳が、次第に潤んでいきます。涙が流れ出すまで、それほど時間は残されていないでしょう。
まだ将棋が始まって十手しか進んでいませんが、もう勝敗が見えてしまった気がしますね。
「これ、もう私の勝ちってことでいいんじゃない?」
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死神さんは、グイッと目元を一度拭い、必死に次の手を考えていました。
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