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第二章 僕と死神さんと、それから……
第21話 こんな私を受け入れてくれたんだから
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「負け、ました。……グスン」
「ありがとうございました」
テーブルに突っ伏す死神さんと、満足げな表情を浮かべる先輩。対称的と呼ぶにふさわしい場面です。
「さ、約束通り、あんたには将棋部に入部してもらうわよ!」
そう告げながら、先輩はビシッと僕に人差し指を向けました。
将棋で勝った方が僕を好きなようにできる。対局前に死神さんと先輩との間で交わされたこの約束。そこに僕の意思はありません。ですが、僕がこの勝負に対し、口出しをしなかったのも事実です。
「……分かりました」
だからこそ、僕は首を縦に振るのでした。
僕の言葉に、先輩は両手を上げて「やったー!」と叫びます。その表情は喜びに満ち満ちていました。まるで、何かの重圧から解放されたかのよう。
「でも、入部する前に一つだけ聞かせてくれませんか?」
「何よ?」
「どうして先輩は、そこまで僕を将棋部に入部させたいんですか?」
初対面でいきなりの勧誘。翌日は教室、果てはアパートにまで来ての説得。さすがに、普通というには余りあるでしょう。将棋部へ入る者の権利として、その理由くらいは聞いておきたいものです。
「…………」
先輩は、僕の問いに答えるかどうか迷っているようでした。しばらく逡巡したのち、ボソリと呟きます。
「まあ、これから部員になるあんたには、知っておいてもらった方がいいのかもね」
先ほどの喜びの表情とは一転。その顔には、寂しげな表情が浮かんでいました。
「実はね、今、将棋部には私だけしかいないのよ」
「え?」
先輩だけ? それってどういう……。
「このままじゃいけないの。このままじゃ。部長との約束が果たせない」
先輩は、ゆっくりと事の経緯を説明し始めました。
去年、将棋部には部員が数名いたようです。ですが、その数名とは、先輩を除き全員が三年生でした。つまり今年、将棋部の部員は先輩一人だけ。しかも、今のところ新しい入部希望者はゼロ。先輩の友人に幽霊部員として入部してもらうことで、なんとか部としての活動が許され、部室も与えられているそうなのですが……。
「このままじゃいけないって思ったの。部長、最後に言ってた。『将棋部を任せるぞ』って。これはただ将棋部が続いていくことや部室があることだけじゃない。少ない人数でもいいから活動して、大会にも出て、それで……」
握られる拳。噛まれる下唇。小さく震える肩。苦しくて、悔しくて、不甲斐なくて。そんな様々な気持ちが表れているようでした。
「先輩ちゃんは、卒業しちゃった部長さんのことが大好きなんだね」
死神さんが、先輩に向かって優しく微笑みながらそう言います。
「大好きよ。こんな私を受け入れてくれたんだから」
「……『こんな私』って何? 先輩ちゃん」
「私、今はまだましだけど、小さい頃は他の子に比べてかなり背が低くてね。そのせいで馬鹿にされることが多かったの。それが嫌で強気に話すようにしたら、今度は生意気だって言われ出したのよ。学校でもそう。通ってた将棋教室でもそう。どこでも同じように言われた。昔から目つきも悪いし、それも関係してるんでしょうね。もう、人との付き合いっていうのがよく分からなくなって」
僕と死神さんの目の前で、先輩は、どこか遠くを見つめていました。
「でも、部長はこんな私を受け入れてくれたの。自分が思うようにやってみればいいって言ってくれたの。それが、嬉しくて……嬉しくて……本当に、嬉しくて」
先輩は、部長さんに救われたのでしょう。暗い闇の中から。それは、僕が死神さんに救われたのと同じようなもので。
「昨日、偶然本屋であんたに会った時、部長の思いに応えるチャンスだって思ったわ。これまでビラ配りとかポスター作りとかいろいろ頑張ったけど、将棋に興味がある後輩ってなかなか見つけられなかったから」
僕をじっと見つめる先輩。その目には光、いや、炎が宿っているように見えました。メラメラと燃え上がり、輝き続ける炎が。
「……先輩」
「なに?」
「こんな僕ですけど、これからよろしくお願いします」
「ええ。こっちこそよろしく」
先輩は、そう言ってニッと笑いました。そして、僕の方に向かって手を伸ばします。
僕は、その手をゆっくりと握りました。
「誓いの握手ね」
「はい」
細くて小さな先輩の手。でもそこには、はっきりとした力強さがありました。
さて、これで僕は正式な将棋部員になることが決定。ですが、一つだけ問題が残っています。それは、僕が将棋部に入部することを拒んでいた理由。将棋部に入部してしまうと、死神さんが仕事から帰ってくる前に晩御飯を作ることができないという……。
「よーし。じゃあ、私も将棋部の活動に参加しちゃうよー」
…………んんん?
「ありがとうございました」
テーブルに突っ伏す死神さんと、満足げな表情を浮かべる先輩。対称的と呼ぶにふさわしい場面です。
「さ、約束通り、あんたには将棋部に入部してもらうわよ!」
そう告げながら、先輩はビシッと僕に人差し指を向けました。
将棋で勝った方が僕を好きなようにできる。対局前に死神さんと先輩との間で交わされたこの約束。そこに僕の意思はありません。ですが、僕がこの勝負に対し、口出しをしなかったのも事実です。
「……分かりました」
だからこそ、僕は首を縦に振るのでした。
僕の言葉に、先輩は両手を上げて「やったー!」と叫びます。その表情は喜びに満ち満ちていました。まるで、何かの重圧から解放されたかのよう。
「でも、入部する前に一つだけ聞かせてくれませんか?」
「何よ?」
「どうして先輩は、そこまで僕を将棋部に入部させたいんですか?」
初対面でいきなりの勧誘。翌日は教室、果てはアパートにまで来ての説得。さすがに、普通というには余りあるでしょう。将棋部へ入る者の権利として、その理由くらいは聞いておきたいものです。
「…………」
先輩は、僕の問いに答えるかどうか迷っているようでした。しばらく逡巡したのち、ボソリと呟きます。
「まあ、これから部員になるあんたには、知っておいてもらった方がいいのかもね」
先ほどの喜びの表情とは一転。その顔には、寂しげな表情が浮かんでいました。
「実はね、今、将棋部には私だけしかいないのよ」
「え?」
先輩だけ? それってどういう……。
「このままじゃいけないの。このままじゃ。部長との約束が果たせない」
先輩は、ゆっくりと事の経緯を説明し始めました。
去年、将棋部には部員が数名いたようです。ですが、その数名とは、先輩を除き全員が三年生でした。つまり今年、将棋部の部員は先輩一人だけ。しかも、今のところ新しい入部希望者はゼロ。先輩の友人に幽霊部員として入部してもらうことで、なんとか部としての活動が許され、部室も与えられているそうなのですが……。
「このままじゃいけないって思ったの。部長、最後に言ってた。『将棋部を任せるぞ』って。これはただ将棋部が続いていくことや部室があることだけじゃない。少ない人数でもいいから活動して、大会にも出て、それで……」
握られる拳。噛まれる下唇。小さく震える肩。苦しくて、悔しくて、不甲斐なくて。そんな様々な気持ちが表れているようでした。
「先輩ちゃんは、卒業しちゃった部長さんのことが大好きなんだね」
死神さんが、先輩に向かって優しく微笑みながらそう言います。
「大好きよ。こんな私を受け入れてくれたんだから」
「……『こんな私』って何? 先輩ちゃん」
「私、今はまだましだけど、小さい頃は他の子に比べてかなり背が低くてね。そのせいで馬鹿にされることが多かったの。それが嫌で強気に話すようにしたら、今度は生意気だって言われ出したのよ。学校でもそう。通ってた将棋教室でもそう。どこでも同じように言われた。昔から目つきも悪いし、それも関係してるんでしょうね。もう、人との付き合いっていうのがよく分からなくなって」
僕と死神さんの目の前で、先輩は、どこか遠くを見つめていました。
「でも、部長はこんな私を受け入れてくれたの。自分が思うようにやってみればいいって言ってくれたの。それが、嬉しくて……嬉しくて……本当に、嬉しくて」
先輩は、部長さんに救われたのでしょう。暗い闇の中から。それは、僕が死神さんに救われたのと同じようなもので。
「昨日、偶然本屋であんたに会った時、部長の思いに応えるチャンスだって思ったわ。これまでビラ配りとかポスター作りとかいろいろ頑張ったけど、将棋に興味がある後輩ってなかなか見つけられなかったから」
僕をじっと見つめる先輩。その目には光、いや、炎が宿っているように見えました。メラメラと燃え上がり、輝き続ける炎が。
「……先輩」
「なに?」
「こんな僕ですけど、これからよろしくお願いします」
「ええ。こっちこそよろしく」
先輩は、そう言ってニッと笑いました。そして、僕の方に向かって手を伸ばします。
僕は、その手をゆっくりと握りました。
「誓いの握手ね」
「はい」
細くて小さな先輩の手。でもそこには、はっきりとした力強さがありました。
さて、これで僕は正式な将棋部員になることが決定。ですが、一つだけ問題が残っています。それは、僕が将棋部に入部することを拒んでいた理由。将棋部に入部してしまうと、死神さんが仕事から帰ってくる前に晩御飯を作ることができないという……。
「よーし。じゃあ、私も将棋部の活動に参加しちゃうよー」
…………んんん?
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