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第1章

3.大ピンチ

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 §

「こんなヤブの中を走っていったのかあいつ……」
 ヴォルフを追って森の中に入ったオレたちはため息を吐いた。何故なら、長い草が行く手を阻むかのように生い茂っていたからだ。これじゃ、歩くのも一苦労だ。
 さてはあいつ、オレたちが追いかけてこないようにわざとこんなところを進んでいったな。
「大丈夫。私に任せて」
 そう言って、ナハトは自信に満ちた表情を浮かべた。
「風よ。集いて刃と化せ。メッサーヴィント!」
 ナハトがそう叫んだ直後、ごう、と強い風が吹いた! そして、行く手を阻む草が刈り取られ、空に舞った!
「どう? 凄いでしょ」
「凄い。ナハトの魔法があれば草刈りも楽だな」
「草刈りのための魔法ってちょっと格好悪くないかな……」
「そんなことはないと思うけど……」
 普段の生活の中でもちょくちょく草刈りすることがあるけど、意外と時間がかかるし疲れるから今の魔法がオレにも使えたら嬉しいな。
 でも扱い方を間違えたら草以外のものも切ってしまいそうで怖いな。オレはあまり器用な方じゃないし。
 うん、今後も草刈りする時は魔法を使わず地道にやっていこう。
「……とにかく、ヴォルフのヤツを早くとっ捕まえようか」
「うん。邪魔な草は私がスパスパ切っていくから任せて!」
「ありがたいけど、間違えてヴォルフまで切らないようにな」
「ちゃんとコントロールするから大丈夫! 多分ね!」
 多分かあ。ちょっと不安になってきた。
 ナハトの風の魔法で切られたくなければ早く出てこいヴォルフ。

 §

「うおおおっ!?」
 ナハトの魔法で草を刈りながら進んでいると、どこからかヴォルフの叫び声が聞こえてきた。
「今の声、ヴォルフくんだよね」
「ああ。何かあったのかも。急ごう」
 少し進むと草は減り、森の中なのに日の光が差し込んで、そこそこ見晴らしがいい場所にたどり着いた。
 木と木の間隔が大きく離れていて、ちょっとした広場みたいになっている。そこに、ヴォルフは居た。
 ――――いや、ヴォルフだけではない。大量の黒い蜂のようなものもいる。恐らく、あれはモンスターだ。黒くて、もやもやしている。こんな蜂は、今まで見たことが無い。
「降り注げ水よ! ヴァッサーフォール!」
 黒い蜂のようなモンスターに向かって、ヴォルフは水の魔法を放った!
 大量の水がモンスターに降り注ぐ! 滝のように降り注ぐ水の直撃を受け、蜂のようなモンスターの群れが地面に叩きつけられた!
 だが、数が多すぎる。水の直撃を回避した蜂のモンスターも、沢山いた。そのモンスターの群れが、魔法を使った直後で無防備になったヴォルフに飛びかかる!
「飛べ、炎よ! フォイアチェイス!」
 このままだとヴォルフが危ない! そう思ったオレは、咄嗟に魔法を発動させた!
 拳程の大きさの火の塊が飛び、ヴォルフに迫る蜂のようなモンスターの群れに当たった! これは、オレが最も得意とする、火属性の初歩的な魔法、『フォイアチェイス』だ!
「うあっちいい!?」
「あ、ごめん」
 蜂のようなモンスターの群れに魔法を当てることができたのは良いが、ヴォルフの腕にも少しかすってしまった。
 魔法を発動する際に必要なのは集中力と明確なイメージだ。とっさに使えばそれを欠いて失敗しやすくなるから気をつけないといけない。
「ごめんで済むかドジ勇者! オレ様の自慢の毛がちょっと焦げたじゃねえか!」
「蜂のモンスターに全身を刺されるのに比べたら大したことないだろ! 気にするな!」
「そうだよ! 今、気にするのはそっちじゃなくて私たちを囲むこのモンスターたちだよ!」
 いつの間にか、蜂のようなモンスターの数が増えている! しかも、完全に包囲されている! これは、非常にまずい!
「二人とも、私に近づいて!」
「お、オレ様に指図するんじゃねえよ」
「そんなこと言ってる場合か! いいから、来い!」
 飛び交う蜂のようなモンスターを何とか避けながら、オレはヴォルフに近づいて腕を掴んだ! そして、そのままナハトの元へ全速力で走る!
「大地よ! 我らを守りたまえ! ラントゲニウス!」
 オレたちがナハトの元にたどり着くのと同時に、地面が激しく揺れた! そして、近くの土がもこもこと動き、オレたちを囲むような小さなドームが作られた!
「うわ。何だこれ。凄いな」
 土のドームが、蜂のようなモンスターの侵入を防ぎ、オレたちを守っている。安心感が半端ない。すごい魔法だ。
「おい。暗くて何も見えねえぞ」
「我慢してね。元はといえば勝手に突っ走ったヴォルフくんのせいでしょ」
「ぐっ……」
「そうだ。反省しろ」
 暗くて全く二人の姿が見えない。でも、元気そうな声が聞こえるから安心した。
「そうだ、二人に謝らないといけないことがあるんだ」
「ん? 謝らないといけないこと?」
 ナハトがとても申し訳なさそうに、オレたちに声をかけてきた。一体何だろう。ナハトが言う、謝りたいことって。
「この魔法――ラントゲニウスは、咄嗟に身を守るための土属性の魔法なんだけど、私、本当は土属性の魔法を使うのはあまり得意じゃないんだ」
「つまり?」
「多分、あまり保たない。少ししたら魔法が解けちゃうと思う」
 思わず、恐怖で全身に力が入ってしまった。
 恐らく、さっきの蜂のようなモンスターはまだ近くにいるだろう。つまり、この土のドームが無くなった瞬間にオレたちは一網打尽にされる。
「なら、ナハトの魔法が解ける前に、対策しないと!」
「対策って言われてもよ……」
 ヴォルフの声色に、不安の色が滲んでいた。
 怖いのはオレも同じだ。不安で、たまらない。

 ――――だけど、ここで何もしなかったらもっと怖いことになる! 
 何もせずに、モンスターにやられてたまるか! 
 
「ナハト。あとどのくらいこの魔法を維持できる?」
「頑張ってもあと一分ちょっとくらいかな。今、慣れない魔法を使った反動で頭痛と吐き気がやばい。ぶっちゃけ気を失いそう」
 あと一分くらい、か。ゆっくりと考えている時間はないな。
「ヴォルフ。オレたち三人の鼻と口を水の魔法で覆うこととかできないか? ナハトが魔法を発動している間だけでいいから」
「あ?何でそんなことを……」
「できるかできないかで答えてくれ。時間がない」
「顔さえ見えりゃできると思うがよ……。こう暗いとな」
「安心しろ。今からオレが魔法で火を付けるから明るくなる。そしたらすぐに水の魔法でオレたちの鼻と口を覆ってくれ」
 ヴォルフの返事を待たずに、オレは火の魔法、フォイアチェイスを地面に向けて放った!
 地面には、ここにたどり着くまでにナハトが風の魔法で刈り取った草が散乱している。その草に火が付き、辺りが明るくなった。
 しかし、本当はこんな風通しが悪く狭い空間で火を使うのは良くないことだ。
 煙の中には有毒な成分が含まれていて、密閉された空間でその煙を吸うと、頭痛やめまい、最悪、気を失ってそのまま死に至ることがある。それを一酸化炭素中毒と言う。昔、火災に関するテレビ番組を見ていた時に、父さんが教えてくれたから覚えている。
 だから、煙を吸わないように水で鼻と口を塞ぐようにとヴォルフに頼んだのだ。
「今だヴォルフ!」
「クソッ! 溺れないようにしばらく息を止めとけよな! 水よ留まれ! ヴァッサーフロート!」
 鼻と口がひんやりとしたものに包まれる。ヴォルフが魔法で出した水が、オレたちの鼻と口を包んだ状態で留まった。まるで、水でできたマスクだ。
 当然、息はできなくなるが、煙をうっかり吸う心配はない。
(上手くいってくれ……)
 ナハトの魔法が解け、土のドームが消え始めた!
 ……さっきの蜂のようなモンスターの羽音が近づいてきた。普通だったら、このまま蜂のようなモンスターに全身を刺されてしまうだろう。
 だが、モンスターがオレたちに危害を加えることはなかった。何故なら、オレたちを刺す前に蜂のようなモンスターは力を失い、地面に落ちていったからだ。
 煙が風で流れて、辺りの景色がある程度見えるようになった頃、オレはヴォルフに魔法を解くように合図を送った。
「ぷはっ! はぁ、上手くいって、良かった……」
 ヴォルフが魔法を解いた瞬間、水のマスクがパン、と弾け、オレたちは深く息を吸った。
 はあ。呼吸ができるって、幸せなことだなあ……。
「ゲホッ、一体、何が起こったんだよ。どうして、モンスターどもは転がってんだ?」
「前に、父さんから聞いたことがあったんだ。蜂は、煙を吸うと気絶するって。蜂みたいな姿をしているとはいえ、モンスターだから煙が効かないかもと思ったけど、ちゃんと効いて良かった……」
 一酸化炭素中毒のことといい、煙を吸うと気絶する蜂のことといい、父さんが生きている間に教えてくれたことが役立った。ありがとう、父さん。
「すごいよ勇者くん! おかげで、助かったあ……」
 ナハトは安堵のため息を吐きながら、その場に座り込んだ。慣れない魔法を無理に使って疲れたのだろう。
「チッ、勇者に借りを作っちまった……」
「貸しを作ったつもりはないから気にするな。ただ、ナハトにはちゃんと謝れよ」
「分かってる。すまなかったな、ナハト。オレ様が勝手な行動をしたせいで、巻き込んで危険な目に合わせちまった」
 素直に謝るヴォルフを見て、ナハトがきょとんとした顔をしている。ヴォルフが謝る姿を見るのは、恐らく初めてなのだろう。
「あと、勇者。いや、クオン。てめえにも謝っとく。すまなかった」
「は?」
 まさかオレにも謝ってくるとは思わずに、つい変な声が出てしまった。というか初めて名前で呼ばれたな。
「は? って何だよ! オレ様が謝るのがそんなにおかしいか!」
「いやごめん。まさかヴォルフに謝られる日が来るとは思わなくてびっくりしただけ」
「だって、一人で十分って言って飛び出したクセに、てめえらに助けられちまった時点でダサいのに、謝りもしなかったらもっとダサいだろ」
 ヴォルフにしては珍しく、本気で落ち込んでいるようだ。耳と尻尾がしゅんと垂れている。
「うーん。まあ、何だ。とにかく、もう危険なことはするなよ。何かあったら、ゼーゲンさんも悲しむぞきっと」
「うんうん。ヴォルフくんはもっと自分を大事にしないとね」
「他人事みたいに言ってるけど自分を大事にしないといけないのはナハトもだぞ。慣れない魔法を使って、反動でふらふらになってるだろ」
「うっ……」
 無茶をしたのはナハトも同罪《どうざい》だ。でも、その無茶が無ければ危なかったのは間違いない。感謝しないとな。
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