上 下
110 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第110話 決死の攻防

しおりを挟む
 ホムが身を挺して僕たちを守ろうとしている。それなのに、僕はまだ戦い方を模索している。

 アルフェが作ってくれた隙を生かしきれなかった自分が歯痒い。二回目の人生だというのに、僕は一体なにをしているんだ。

 ――今、僕が戦う術はなんだ?

 問いかけながら真なる叡智の書アルス・マグナを広げる。僕が持っている最高の攻撃手段は真なる叡智の書アルス・マグナだ。アーケシウスは機外に向けて魔法を発動できる仕様になっていないが、展開する座標を指定できる魔法ならば、その問題をクリアできる。グラスが持っている中で、この状況に最も適した魔法――それをドリルにまとわせればいい。

「雷鳴よ、踊れ! エクレール!」

 アーケシウスをガイスト・アーマーに急接近させながら、高圧の電流を纏わせたドリルを繰り出す。

「なっ!?」

 操手は咄嗟に機体を退いたが、アーケシウスのドリルが機体を掠める方が早かった。

 ガイスト・アーマーの顔面の半分を抉ったドリルが、魔法エクレールに耐えられずに爆ぜる。

 アーケシウスは魔法を使える仕様ではないので、それは覚悟の上だった。だが、ガイスト・アーマーの顔面ではなく、操手を貫く予定が外れてしまった。

「捨て身の攻撃とは、恐れ入ったな!」

 発せられた言葉は、敬意ではなく嘲笑だ。機体のバランスが崩れたアーケシウスは、ガイスト・アーマーのパイルバンカーに薙ぎ払われ、吹っ飛んだ。

「……っ、ぐ……」

 機体の衝撃が、操縦槽の僕にも直に伝わってくる。頭の中がぐらぐらして目の前が一瞬白くなったが、エーテル過剰症候群のお陰ですぐに元に戻った。

「そろそろお遊びは終わりだ。お前を生かしてはおけないことがわかったからな」

 ああ、僕のあの攻撃はこいつにとって脅威になったんだな。もっと魔法耐性をアーケシウスにつけておけば良かった。そうすれば、形勢逆転できたかもしれないのに。

 ガイスト・アーマーが近づいてくる中、崖の方に落ちたホムの様子を確認するが、戻って来ている様子はない。生きてはいるが、戦える状態でもないのだろう。

 さて、この状況をどう切り抜けるべきか。アルフェもホムも絶対に助けなければ、死んでも死にきれない。

「リーフ、ホムちゃんが……」

 覚悟を決めた僕の耳に、アルフェの声が届く。念話の魔法でホムの状況を知らせようとしてくれたようだ。

「……ホム」

 映像盤を確認すると、あの崖の上にホムの姿が戻っている。身体のダメージは軽視出来なさそうではあるが、まだ戦えるということを身を持って示してくれているようだ。

「アルフェも一緒に戦うよ」
「……そうだね、僕は一人じゃない」

 それは弱さでもあり、きっと強さにもなる。

「さあ、覚悟しな!」
水鉄砲ウォーター・シューター!」

 ガイスト・アーマーの操手がアームを振り上げたその時、アルフェの放った水魔法ウォーター・シューターが、ドリルで削れて背面からも剥き出しになった操縦槽を直撃した。

「うぉっ!?」

 アルフェの奇襲にさすがの操手も驚いたようだが、それだけだった。アルフェの放ったものは、子供の水鉄砲ほどの威力しかないので、攻撃には向かない。だが、アルフェなりの必死の援護は続き、水鉄砲が放たれ続けている。

「……おやおや。水鉄砲で水遊びをしたいのかい?」

 奇襲がただの水鉄砲だとわかり、操手の男が下卑た笑いでゲラゲラと笑い出す。アルフェは巨岩の上から攻撃を続けているが、まるで効いていないのは明白だった。

 ただ、アルフェのお陰で勝機が見えた。放たれ続ける水鉄砲が、ガイスト・アーマーとその周辺を水浸しにしてくれた。

「お前の相手は、この僕だ」

 アーケシウスを起こしながら、声を上げる。

「そんなボロ従機でなにが出来る? お嬢ちゃん、こっちを片付けたらすぐに遊んであげるからねぇ」

 操手の男が、こちらにパイルバンカーを向けながら嘲るように笑っている。機体からパイルが射出されれば、即死は免れない。だが、不思議と恐怖はなかった。勝利の女神アルフェが僕についている限り、僕は負ける訳にはいかない。

「さぁて、とっとと片付けるとするか! 喰らえ!」

 予想通りパイルが射出される。アーケシウスの上部を槍が掠めて削る衝撃に耐えながら僕は、機体を傾かせ、残っている左腕を地面に深く突き刺した。

「片付けられるのはそっちだ。……雷鳴よ、踊れエクレール!」

 真なる叡智の書アルス・マグナにエーテルを流し、高電圧魔法エクレールを発動する。

「なっ、なにぃ!?」

 水浸しの地面を伝った電撃に包み込まれたガイスト・アーマーの動力部が焼き切れ、火花を散らせる。過大な電流に侵食された機体は、関節の至るところから煙を上げ、ショートしている。だが、アーケシウスも無事では済まなかった。

「あぁああああっ!」

 左腕が爆発し、衝撃でアーケシウスが後方に倒れる。僕自身も感電で酷い痛みを受けたが、ダメージは残らなかった。これぐらいの威力がなければ、目的を達することは出来ない。

 この痛みと内臓が焦げたような嫌な臭いから察するに、ガイスト・アーマーの操手も無事では済まないだろうな。その証拠に、今は完全に沈黙している。

「リーフ!」

 アルフェが巨岩を降りて、アーケシウスに駆け寄ってくる。アルフェの無事な姿を見て、僕もほっと息を吐いた。だが、次の瞬間、ガイスト・アーマーの顏半分に残っていた探照灯が再点灯したことに気づき、身体を強ばらせた。

「アルフェ、後ろへ!」
「う、うん!」

 アルフェをアーケシウスの後ろに下がらせながら、どうにか機体を起き上がらせる。真なる叡智の書アルス・マグナで風魔法の補助を用いたが、失われた機体の腕の代わりになりそうな策はない。だが、今はそれで構わない。

「……悪くない策だったが、残念だったな。大人を見くびってもらっちゃぁ困るぜ。さあ、大人しくこっちに来て――」
「断る」

 僕は毅然とした態度で男の言葉を遮った。

「ならば力尽くで――」
「ひとつ勘違いをしているようだ。そもそも今ので倒せたなんて、思っていない。僕は、援護をしただけだ。ホム!」

 地面を伝って伝播した電流が、ホムが錬成した軌道レールに通っている。電流の蓄積を待っていたホムは、真っ直ぐにガイスト・アーマーを見据えて叫んだ。

雷鳴瞬動ブリッツレイド!」

「ハッ! 何度も同じ手は喰わ――」

 迸る雷魔法がガイスト・アーマーを襲い、電流をその身に纏ったホムが急接近する。

「なにぃぃ!?」

 ガイスト・アーマーの操手は咄嗟に防御をしようと盾を掲げる。

 目にも留まらぬ速さで繰り出されたホムの蹴りは、構わずに盾を撃ち抜いた。盾は音速を超えるホムの蹴りを防ぐどころか、粉々に粉砕される。

「う、嘘だろぉ!?」
「はぁぁぁあああ!!」

 堅牢な盾を打ち砕いても、雷鳴瞬動ブリッツレイドの加速は止まらない。ホムの鋭い蹴りは、そのまま機体を貫通し、ガイスト・アーマーの装甲はばらばらになって大破し、操手も地面に投げ出された。

「……死んじゃったの……?」
「いや、気絶しているだけだよ。胸が動いてる」

 映像盤で確認する限り、命までは奪っていないようだ。僕自身が攻撃したときは、それでもいいと思っていたけれど、やはりその考えは良くないな。アルフェの心を深く傷つけかねない。

「マスター……」

 ガイスト・アーマーの攻撃に加え、雷鳴瞬動ブリッツレイドを放った影響でホムはかなり大きな損傷を負っている。全身の打撲と骨折が窺えたが、それでもホムはアーケシウスの足許にひざまずいた。

「良くやってくれた、ホム。手当が必要だ。急いで街を目指そう」
「……うん。ワタシがやるから、ホムちゃんは動かないで」
「ありがとうございます、アルフェ様」

 同意を得たアルフェが頷き、浮遊魔法でホムをアーケシウスの上に引き上げる。

「ワタシの治癒魔法じゃ、足りないけど、ないよりは良いと思うから……。痛いのいたいの、飛んでいけ――」

 ホムを横たわらせたアルフェが、治癒魔法を施している。詠唱がいわゆる治癒魔法とは違ってオリジナルになっているところが、アルフェらしいな。小さい頃を思い出すし、安心する。僕と記憶を共有しているホムも、きっとそうだといい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...