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第二章 誠忠のホムンクルス
第111話 命の重さ
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街の灯りが遠くに見える。トーチ・タウンの目印であるフレア・トーチと呼ばれる塔が、旅人たちにとって目印であるならば、今の僕たちにとっては希望の光だ。
通信室からトーチ・タウンの基地に送った暗号通信は、届いていないのか、僕たちを探す機影は見当たらない。
「父上……」
心細さからか、父を呼ぶ声が唇から漏れた。このまま街を目指してアーケシウスを進ませても、損傷の酷い機体では、いずれ追っ手に見つかってしまう。
「リーフ、ガイスト・アーマーが近づいて来てる」
「……そのようだね」
思ったよりも時間は稼げたが、修理を終えたガイスト・アーマー五機がこちらに向かって来ている。途中で仲間の救援に当たったとしても、最低でも四機は僕たちの追跡に当たるだろう。
「いたぞ! 捕まえろ!」
探照灯の光が伸ばされ、アーケシウスを照らし出す。完全に位置を把握された僕は、手に滲む汗を服の裾で拭いながら、操縦桿を握り直した。
「リーフ、このままじゃ……」
アルフェの声が恐怖に引き攣っている。距離はまだあるが、映像盤で確認するに、多連装魔導砲を装備した機体が先陣を切っているようだ。操縦槽の僕はともかく、生身のホムとアルフェには、掠っただけで致命傷になる。
「……わかってる」
どうすればいいのか考えながら、唇を噛む。アーケシウスの両腕は破損しているし、ホムも重傷を負っていて戦える状態ではない。生身のアルフェに魔法を行使させるのはもっての外だ。
――捨て身でやるしかない。
街の灯りが見えるところまで、移動は出来ている。戦闘の気配があれば、さすがに軍が動くはずだ。そうでなくても、街の周辺の哨戒任務に就いている小隊が存在している。
向こうが攻撃を仕掛けてくるようなら、アルフェとホムを守るために、僕が取るべき行動はただ一つだ。
膝の上にのせていた真なる叡智の書が、僕の意思を汲み取ったようにページを送り、輝命烈光閃の項目で止まった。
この光魔法は、クルセイダーと呼ばれる上位の聖騎士が最後の手段として使う魔法だ。グラスは、真なる叡智の書の中に術式の記録を残したが、実際に使ったことはない。正確には、その資格がなかった。
そもそも、光魔法は女神の加護を持つ者の証である『聖痕』の持ち主しか発動できない。ただ、今の僕は女神と同じエーテルが流れているので、理論上は発動できることになる。だが、光魔法最終奥義の一つ輝命烈光閃は、いわゆる自分の命と引き換えとした自爆魔法であり、周囲数百メートルを灰燼と化す強力な魔法だ。僕自身は、女神のエーテルのせいで死なない可能性もあるが、兎に角やってみなければわからない。
「…………」
詠唱に目を通し、息を吸い込む。
――ああ、最後にアルフェになにか言うべきなのかな。でも、ここでお別れを言うのは嫌だな。
迷いが行動を鈍らせたその時、ホムの声がした。
「……マスター」
目を開けると、ホムがアーケシウスから飛び降りたのが見えた。
「ホム! 戻れ!」
「いいえ、その命令は聞けません。……わたくしが時間を稼ぎますから、どうかマスターはアルフェ様と逃げてください」
ホムがアーケシウスを見上げて、強い口調で訴えている。その目には覚悟の光が宿っていた。
「お前、まさか……」
アルフェの治癒魔法を受けたとはいえ、満身創痍のホムは、とても戦える状態ではない。こんな状態で、しかも生身で武装した従機と戦うのは間違っている。それでも、そこに向かうからには、ホムは死を覚悟しているのだ。
「マスターの元に生まれ、アルフェ様と出会え……ホムはとても幸せでした」
「違う……違う……ホム……。そんなものは幸せなんかじゃない! 戻れ、ホム!」
制止する僕の声を振り切って、ホムが駆け出して行く。
「ははははははっ! ホムンクルスの方から来やがった!」
「いいぞ、捕まえろ!」
「ホムーーーーー!!」
ホムとガイスト・アーマーが接触しそうになったその刹那。
「そこまでだ!」
どこからともなく飛んできた砲弾が着弾し、ガイスト・アーマーの目の前に落ちた。
「ヤベぇ! 帝国軍だ!」
着弾の衝撃で土煙が上がっている。帝国軍という名に、僕の目から涙が溢れた。
「父上!」
軍の格納庫を見学させてもらった時に見た、レーヴェと呼ばれる機兵が噴射推進装置で颯爽とガイスト・アーマーたちに接近していく。
その中でも最も機敏な動きをしていたのは、六機の小隊二つを束ねる機体だった。鮮やかに魔導砲と剣を駆使してガイスト・アーマーを牽制しながら士気を削ぐと、あっという間に五機のガイスト・アーマーをものの数分で制圧してしまった。
隊長を務める機体は、ガイスト・アーマーを制圧してすぐ、アーケシウスの傍に近づいて来た。
「リーフのパパ!」
浄眼でエーテルを視たアルフェが叫ぶよりも早く、僕は気づいていた。あんなに強く、格好良く、親身になって僕たちを守ってくれるのは父をおいて他にいない。
「……もう大丈夫だ、リーフ」
「父上……」
拡声器を通じて優しく響いた父の言葉に、僕は心から安堵した。これでもう、大丈夫だ。アルモリア草を持って、父と共に街に帰ることができる。
酷く危険な目に遭ったが、これもまたひとつの幸せなのだろうな。
母が元気だった頃の幸せを、急いで取り戻さなければ。
通信室からトーチ・タウンの基地に送った暗号通信は、届いていないのか、僕たちを探す機影は見当たらない。
「父上……」
心細さからか、父を呼ぶ声が唇から漏れた。このまま街を目指してアーケシウスを進ませても、損傷の酷い機体では、いずれ追っ手に見つかってしまう。
「リーフ、ガイスト・アーマーが近づいて来てる」
「……そのようだね」
思ったよりも時間は稼げたが、修理を終えたガイスト・アーマー五機がこちらに向かって来ている。途中で仲間の救援に当たったとしても、最低でも四機は僕たちの追跡に当たるだろう。
「いたぞ! 捕まえろ!」
探照灯の光が伸ばされ、アーケシウスを照らし出す。完全に位置を把握された僕は、手に滲む汗を服の裾で拭いながら、操縦桿を握り直した。
「リーフ、このままじゃ……」
アルフェの声が恐怖に引き攣っている。距離はまだあるが、映像盤で確認するに、多連装魔導砲を装備した機体が先陣を切っているようだ。操縦槽の僕はともかく、生身のホムとアルフェには、掠っただけで致命傷になる。
「……わかってる」
どうすればいいのか考えながら、唇を噛む。アーケシウスの両腕は破損しているし、ホムも重傷を負っていて戦える状態ではない。生身のアルフェに魔法を行使させるのはもっての外だ。
――捨て身でやるしかない。
街の灯りが見えるところまで、移動は出来ている。戦闘の気配があれば、さすがに軍が動くはずだ。そうでなくても、街の周辺の哨戒任務に就いている小隊が存在している。
向こうが攻撃を仕掛けてくるようなら、アルフェとホムを守るために、僕が取るべき行動はただ一つだ。
膝の上にのせていた真なる叡智の書が、僕の意思を汲み取ったようにページを送り、輝命烈光閃の項目で止まった。
この光魔法は、クルセイダーと呼ばれる上位の聖騎士が最後の手段として使う魔法だ。グラスは、真なる叡智の書の中に術式の記録を残したが、実際に使ったことはない。正確には、その資格がなかった。
そもそも、光魔法は女神の加護を持つ者の証である『聖痕』の持ち主しか発動できない。ただ、今の僕は女神と同じエーテルが流れているので、理論上は発動できることになる。だが、光魔法最終奥義の一つ輝命烈光閃は、いわゆる自分の命と引き換えとした自爆魔法であり、周囲数百メートルを灰燼と化す強力な魔法だ。僕自身は、女神のエーテルのせいで死なない可能性もあるが、兎に角やってみなければわからない。
「…………」
詠唱に目を通し、息を吸い込む。
――ああ、最後にアルフェになにか言うべきなのかな。でも、ここでお別れを言うのは嫌だな。
迷いが行動を鈍らせたその時、ホムの声がした。
「……マスター」
目を開けると、ホムがアーケシウスから飛び降りたのが見えた。
「ホム! 戻れ!」
「いいえ、その命令は聞けません。……わたくしが時間を稼ぎますから、どうかマスターはアルフェ様と逃げてください」
ホムがアーケシウスを見上げて、強い口調で訴えている。その目には覚悟の光が宿っていた。
「お前、まさか……」
アルフェの治癒魔法を受けたとはいえ、満身創痍のホムは、とても戦える状態ではない。こんな状態で、しかも生身で武装した従機と戦うのは間違っている。それでも、そこに向かうからには、ホムは死を覚悟しているのだ。
「マスターの元に生まれ、アルフェ様と出会え……ホムはとても幸せでした」
「違う……違う……ホム……。そんなものは幸せなんかじゃない! 戻れ、ホム!」
制止する僕の声を振り切って、ホムが駆け出して行く。
「ははははははっ! ホムンクルスの方から来やがった!」
「いいぞ、捕まえろ!」
「ホムーーーーー!!」
ホムとガイスト・アーマーが接触しそうになったその刹那。
「そこまでだ!」
どこからともなく飛んできた砲弾が着弾し、ガイスト・アーマーの目の前に落ちた。
「ヤベぇ! 帝国軍だ!」
着弾の衝撃で土煙が上がっている。帝国軍という名に、僕の目から涙が溢れた。
「父上!」
軍の格納庫を見学させてもらった時に見た、レーヴェと呼ばれる機兵が噴射推進装置で颯爽とガイスト・アーマーたちに接近していく。
その中でも最も機敏な動きをしていたのは、六機の小隊二つを束ねる機体だった。鮮やかに魔導砲と剣を駆使してガイスト・アーマーを牽制しながら士気を削ぐと、あっという間に五機のガイスト・アーマーをものの数分で制圧してしまった。
隊長を務める機体は、ガイスト・アーマーを制圧してすぐ、アーケシウスの傍に近づいて来た。
「リーフのパパ!」
浄眼でエーテルを視たアルフェが叫ぶよりも早く、僕は気づいていた。あんなに強く、格好良く、親身になって僕たちを守ってくれるのは父をおいて他にいない。
「……もう大丈夫だ、リーフ」
「父上……」
拡声器を通じて優しく響いた父の言葉に、僕は心から安堵した。これでもう、大丈夫だ。アルモリア草を持って、父と共に街に帰ることができる。
酷く危険な目に遭ったが、これもまたひとつの幸せなのだろうな。
母が元気だった頃の幸せを、急いで取り戻さなければ。
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