私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

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 小夜と天が振り返ると、そこには声の主であるイサナギがいた。その姿に天は慌てる。

「イサナギ様! その、これは……」
「私が、お手伝いさせてくださいと天に頼んだのです」
 天の前に出て、小夜はイサナギを真っ直ぐに見て答える。
「なに?」
 イサナギは怪訝そうな顔で小夜を見る。

「あ、その……イサナギ様が公務へ行ってらっしゃると聞いたので、何か私にも出来ることがあればと……」
 そう話す小夜にイサナギは軽くため息をつく。
「なにも部屋で化粧や裁縫をしたら良いだろう。わざわざこのような……」
「ですが……」
 小夜が言葉を続けるよりも先にイサナギの低い声が聞こえる。

「お前は私と来い。話し合いだ」
 そう言ってイサナギは屋敷へと入っていく。
「……はい」
 呟くように小夜は返事をする。
 心配そうに見つめる天に小夜は微笑みかけた。
「大丈夫です」
 そう言ってイサナギを追うように小夜も屋敷へと入る。

 小夜はイサナギの後ろを歩くが、そこに会話はなかった。

 イサナギの自室へと着くと、イサナギが口を開いた。
「それで……私が送った鏡台や裁縫道具が気に入らなかったか?」
 その言葉に小夜は慌てて否定する。
「決してそのようなことでは……!」
 小夜がイサナギを見ると、その瞳は愁いの色を帯びていた。

 イサナギは小夜から視線を逸らす。
「お前のことを思って揃えたつもりだったんだが……」
「申し訳ありません……。ですが、頂いたものは本当に素敵なもので、使わせていただいています。今日も、お化粧をしているのですが……その……」
「……分かっている」
 イサナギは視線を逸らしたまま呟いた。

「え……」
「お前が化粧をしていることくらい分かる」
「ではなぜ……」
 なぜ、イサナギは『気に入らなかったか?』と聞いてきたのか……。

 イサナギは軽く息をついた。
「……意地の悪いことを言ってすまなかった。お前が、天と楽しそうに話していることに嫉妬しただけだ」
「え……」
 嫉妬と言う言葉を聞いて小夜の頬が熱くなる。
「で、ですが、天は女の方で……」
「それでも、だ」
 小夜の言葉はイサナギに遮られる。
「だが、親しくするなと言っているわけではない。この感情は、私の我儘だ」
 イサナギは腰を下ろすと、腕を組みそのまま黙り込んだ。

「イサナギ様……」
 小夜もイサナギの隣へと座る。
 目を逸らすイサナギに、そういえば……と小夜は問いかける。
「今日はお昼頃に戻られると聞きましたが、お早いお帰りでしたね」
 小夜がそっとイサナギの顔を覗き込むと、その頬は赤く染まっていた。
 イサナギは口元へ手を当てる。その仕草は、イサナギが恥ずかしがる時にするものだった。
「イサナギ様……?」

 イサナギは小夜を見ることなく答える。
「……お前に会いたくて、急いで終わらせてきた」
 その言葉に今度は小夜の頬が赤くなる。
「そう……なんですね」
 どう反応して良いか分からず、小夜は頬を赤くしたまま俯く。二人の間に静かな空気が漂った。

「あの……」
 その空気を先に破ったのは小夜だった。
「なんだ」
 イサナギが小夜を見て短く答える。
「わ、私も……イサナギ様に、会いたかった……です」
 思いもしなかった小夜の言葉に驚いたイサナギは、小夜を見たまま固まる。
 少しの間を置いて、イサナギの体に一気に熱が込み上げた。
「そう、か……」
 小夜がそっとイサナギに視線を向ける。
 小夜から視線を逸らしつつも、手で口元を隠すことはしなかった。
 イサナギはどこか嬉しそうで、初めて見るその表情に小夜の心臓が大きく高鳴った。

「あ、私……そろそろ部屋に戻りますね」
 胸の音がイサナギにも聞こえているようで居た堪れない気持ちになった小夜は、そう一言口にして立ち上がろうとする。

「待て」
 その声と共に腕を掴まれ、小夜はイサナギのほうへと引き寄せられた。
 座っているイサナギに前から抱きしめられるような形になり、小夜の鼓動が速くなる。
「イ、イサナギ様……?」

 小夜の肩に顔をうずめながらイサナギが呟く。
「……行くな」

 イサナギのその行動、その言葉に、小夜の体に熱が宿る。きっと今この瞬間、自分の鼓動はイサナギに聞こえているのだろう。
 そう思う小夜だが、同時にイサナギの鼓動も聞こえてくる。その音は、小夜のそれよりも速いように感じた。

「もう少し、傍にいてくれ」
 小夜を抱きしめるイサナギの腕は優しく、解こうと思えば解けるほどの力だったが、小夜は離れることはしなかった。
 小夜の肩に顔をうずめるイサナギの襟元からは、小夜がつけた雪の結晶の印が見えていた。

「綺麗、ですね」
 小夜がイサナギの印にそっと触れる。イサナギがわずかに肩を揺らしたかと思うと、小夜の視界が反転する。
「イサナギ、様……?」

 イサナギに押し倒されたことに気づいた小夜は頬を赤く染める。目の前に見えるイサナギは、何かを我慢しているような、どこか辛そうな表情をしていた。
 先程見た嬉しそうな表情とは違い、小夜は不安になる。

「あの……」
 小夜の声にはっとしたようにイサナギは体を離した。小夜からわずかに距離を取ると、イサナギは口元を隠し、視線を逸らす。

「イサナギ様……?」
 小夜は押し倒されたときに乱れた襟元を正しながらイサナギを見る。
「……すまない」
 イサナギは小夜を見ないまま言葉を続ける。
「あまり、煽るな……」
「え……」

 小夜はイサナギの言葉の意味が理解できず、首を傾げる。イサナギは軽く息をつき、小夜に視線を移した。
「お前の行動や言葉や表情は、私の理性を容易く奪う」
 そう言うとまたイサナギは小夜から視線を逸らす。
「こちらはお前を抱きしめるだけでも精一杯なんだ」

 ようやくイサナギの言葉を理解した小夜の体に、再び熱が込み上げる。
「あ、あの……私……」
 小夜の言葉に被せるようにイサナギが続ける。
「安心しろ。夫婦になったからと言ってお前に何かするつもりはない」
「え……」
 視線を小夜へ戻すと、イサナギはかすかに笑みを浮かべた。

「『今は』な」

 イサナギのその艶やかな表情と声、言葉の意味に、体の熱が更に上がるのを感じた。
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