10 / 13
変化
2
しおりを挟む
「あの、それはどういう……」
小夜はイサナギにその言葉の意味を問いかける。
「お前は、私のことを好いてはいないだろう」
イサナギの言葉を聞いて、小夜はイサナギとの会話を思い出す。
『普通、婚姻というものは好いている者同士がするものだ。お前は私と、本当に夫婦になることができるのかと聞いている』
『わかりません……。ですが、私には行くところがないのです。イサナギ様のお傍しか、ないのです……』
「お前は、行くところがないからここにいるだけだと」
イサナギの瞳がわずかに揺れた。イサナギが自分のことをどれだけ想ってくれているのか、今なら分かる。
「だから私は待つ」
イサナギは小夜の目を真っ直ぐに見て言った。
「え……?」
「お前が私を好くまでは、何もしないと約束しよう」
イサナギの真剣な表情が、その言葉が嘘ではないことを証明しているかのようだった。
「ただ……」
瞬間、小夜は優しい温もりに包まれる。
「このくらいは許してくれ」
イサナギが優しく小夜を抱きしめていた。小夜の頬がうっすらと桜色に染まる。
「……はい……」
小夜はイサナギの背中にそっと腕を回し、イサナギだけに聞こえるように呟いた。
やがてイサナギが体を離すと、小夜に言葉をかける。
「そういえば『何か自分にも出来ることがあれば』と言っていたな」
ふと離れていく温もりに少し寂しさを感じつつも、小夜は返事をする。
「はい……」
イサナギは一瞬何かを考えるような素振りをして、小夜の目を見た。
「では、私の部屋の掃除を任せられるか?」
「え……イサナギ様の、ですか?」
イサナギのその言葉に小夜は驚く。
「嫌か?」
「い、いえ……! 私が、その、イサナギ様の自室へ入って良いのでしょうか?」
狼狽える小夜を見て、イサナギがなんてことないように答える。
「何を言っている? 毎日入っているだろう。夫婦の儀も行い、今もこうして……」
イサナギは自分の言葉に、夫婦の儀や小夜を抱きしめたことを思い返し、頬に熱が宿る。
咄嗟に口元を隠すが、目の前にいる小夜も頬が赤くなっているようだった。
お互い何も言えずに静寂が広がる。
「あ、あの、それでは私、お部屋に戻りますね」
静寂を破るように小夜がイサナギに声をかける。
「あぁ……」
イサナギもどこかぎこちなくそれに答えた。
「では、失礼します」
小夜は頭を下げると、今度こそイサナギの自室を後にする。
その後も、二人の頬には熱が宿ったままだった。
小夜が部屋へ戻る途中、天が声をかけてきた。
「小夜様! イサナギ様は、その、大丈夫でしたか?」
「あ……はい……」
歯切れの悪い小夜の言葉に天は心配するも、その桜色に染まる頬を見て何かを察したようだった。
「そうですか。良かったです」
微笑む天に、小夜が問いかける。
「あの、お掃除道具はどこにありますか?」
天は小夜の言葉に慌てて答える。
「小夜様、いけません! お掃除などそんな……!」
小夜が天に事情を話すと、天が驚く。
「イサナギ様が小夜様に自室を……ですか?」
「はい、やはりあまり良くないことなのでしょうか?」
天の反応に小夜は少し落ち込む。
「とんでもありません! イサナギ様が小夜様にお頼みになったのであれば、問題はございません」
天は微笑む。
「イサナギ様は、本当に小夜様のことがお好きなんですね」
「え……?」
「ご自分のお部屋を誰にも掃除させたことはありませんでしたので」
天の言葉に、今度は小夜が驚く。
「そうなんですか?」
「えぇ、なのでよほど小夜様に心を開いていらっしゃるのだと思いますよ」
小夜の桜色に染まっていた頬が、色濃くなる。
そんな小夜を見て、天がふふっと笑った。
「では明日、お掃除道具の場所をご案内いたしますね」
「はい、よろしくお願いします」
天と別れてから部屋へと戻ってきた小夜は、先程イサナギに抱きしめられたことを思い出し、再び頬に熱が宿る。
小夜は鏡台の前へ行くと、襟元を開け雪の結晶の印を確認した。
それはイサナギの左首元にあるものと全く同じもので、それが嬉しく、小夜の口に笑みが浮かんだ。
次の日、イサナギが早くに家を出ることを昨日知った小夜は、見送れるようにと早起きをした。
イサナギの自室へ向かうと、襖の前で声をかける。
「イサナギ様、小夜です」
一呼吸置いて返事が聞こえる。
「入れ」
「……失礼します」
小夜がそっと襖を開けて中へ入ると、そこには外出着に着替えている途中のイサナギがいた。小夜の頬が瞬時に赤く染まる。
「も、申し訳ございません!」
そう言って部屋を出ようとする小夜をイサナギが呼び止める。
「構わん。そこにいろ」
「……はい……」
小夜はその場に腰を下ろすが、目の行き場がなく俯く。そんな小夜にイサナギが話しかける。
「昨日は、あの後何をしていた?」
急な問いかけに、なぜそんなことを聞くのかと思いつつも、小夜は答える。
「……イサナギ様に言われた通り、お裁縫をしていました。その後はお夕餉を食べて、湯あみをして、眠りにつきました」
「……そうか」
イサナギは着替えの終わりと共にそう呟くと、小夜に近づく。
ふわっとイサナギに抱きしめられ、小夜の頬が熱くなる。
「あの、イサナギ様……?」
イサナギは体を離すと、優しく微笑んだ。
「行ってくる」
「あ……門口までお見送りいたします」
小夜は慌てて声をかけるが、イサナギがそれを制した。
「ここで良い」
自室を後にしようとするイサナギに小夜が問いかける。
「あの……イサナギ様は、昨日あの後何をされていたんですか?」
イサナギは軽く振り返ると、小夜のその問いに答えた。
「お前のことを考えていた」
その口元には笑みが浮かんでおり、小夜の頬が赤く染まる。
「掃除の件だが、部屋で気になるものがあれば、何でも見るなり触るなり好きにしろ」
そう言い残すと、イサナギは自室を後にした。
「……いってらっしゃいませ」
少し寂しい気持ちを抱えながら、小夜はイサナギの遠ざかる背中に頭を下げた。
小夜はイサナギにその言葉の意味を問いかける。
「お前は、私のことを好いてはいないだろう」
イサナギの言葉を聞いて、小夜はイサナギとの会話を思い出す。
『普通、婚姻というものは好いている者同士がするものだ。お前は私と、本当に夫婦になることができるのかと聞いている』
『わかりません……。ですが、私には行くところがないのです。イサナギ様のお傍しか、ないのです……』
「お前は、行くところがないからここにいるだけだと」
イサナギの瞳がわずかに揺れた。イサナギが自分のことをどれだけ想ってくれているのか、今なら分かる。
「だから私は待つ」
イサナギは小夜の目を真っ直ぐに見て言った。
「え……?」
「お前が私を好くまでは、何もしないと約束しよう」
イサナギの真剣な表情が、その言葉が嘘ではないことを証明しているかのようだった。
「ただ……」
瞬間、小夜は優しい温もりに包まれる。
「このくらいは許してくれ」
イサナギが優しく小夜を抱きしめていた。小夜の頬がうっすらと桜色に染まる。
「……はい……」
小夜はイサナギの背中にそっと腕を回し、イサナギだけに聞こえるように呟いた。
やがてイサナギが体を離すと、小夜に言葉をかける。
「そういえば『何か自分にも出来ることがあれば』と言っていたな」
ふと離れていく温もりに少し寂しさを感じつつも、小夜は返事をする。
「はい……」
イサナギは一瞬何かを考えるような素振りをして、小夜の目を見た。
「では、私の部屋の掃除を任せられるか?」
「え……イサナギ様の、ですか?」
イサナギのその言葉に小夜は驚く。
「嫌か?」
「い、いえ……! 私が、その、イサナギ様の自室へ入って良いのでしょうか?」
狼狽える小夜を見て、イサナギがなんてことないように答える。
「何を言っている? 毎日入っているだろう。夫婦の儀も行い、今もこうして……」
イサナギは自分の言葉に、夫婦の儀や小夜を抱きしめたことを思い返し、頬に熱が宿る。
咄嗟に口元を隠すが、目の前にいる小夜も頬が赤くなっているようだった。
お互い何も言えずに静寂が広がる。
「あ、あの、それでは私、お部屋に戻りますね」
静寂を破るように小夜がイサナギに声をかける。
「あぁ……」
イサナギもどこかぎこちなくそれに答えた。
「では、失礼します」
小夜は頭を下げると、今度こそイサナギの自室を後にする。
その後も、二人の頬には熱が宿ったままだった。
小夜が部屋へ戻る途中、天が声をかけてきた。
「小夜様! イサナギ様は、その、大丈夫でしたか?」
「あ……はい……」
歯切れの悪い小夜の言葉に天は心配するも、その桜色に染まる頬を見て何かを察したようだった。
「そうですか。良かったです」
微笑む天に、小夜が問いかける。
「あの、お掃除道具はどこにありますか?」
天は小夜の言葉に慌てて答える。
「小夜様、いけません! お掃除などそんな……!」
小夜が天に事情を話すと、天が驚く。
「イサナギ様が小夜様に自室を……ですか?」
「はい、やはりあまり良くないことなのでしょうか?」
天の反応に小夜は少し落ち込む。
「とんでもありません! イサナギ様が小夜様にお頼みになったのであれば、問題はございません」
天は微笑む。
「イサナギ様は、本当に小夜様のことがお好きなんですね」
「え……?」
「ご自分のお部屋を誰にも掃除させたことはありませんでしたので」
天の言葉に、今度は小夜が驚く。
「そうなんですか?」
「えぇ、なのでよほど小夜様に心を開いていらっしゃるのだと思いますよ」
小夜の桜色に染まっていた頬が、色濃くなる。
そんな小夜を見て、天がふふっと笑った。
「では明日、お掃除道具の場所をご案内いたしますね」
「はい、よろしくお願いします」
天と別れてから部屋へと戻ってきた小夜は、先程イサナギに抱きしめられたことを思い出し、再び頬に熱が宿る。
小夜は鏡台の前へ行くと、襟元を開け雪の結晶の印を確認した。
それはイサナギの左首元にあるものと全く同じもので、それが嬉しく、小夜の口に笑みが浮かんだ。
次の日、イサナギが早くに家を出ることを昨日知った小夜は、見送れるようにと早起きをした。
イサナギの自室へ向かうと、襖の前で声をかける。
「イサナギ様、小夜です」
一呼吸置いて返事が聞こえる。
「入れ」
「……失礼します」
小夜がそっと襖を開けて中へ入ると、そこには外出着に着替えている途中のイサナギがいた。小夜の頬が瞬時に赤く染まる。
「も、申し訳ございません!」
そう言って部屋を出ようとする小夜をイサナギが呼び止める。
「構わん。そこにいろ」
「……はい……」
小夜はその場に腰を下ろすが、目の行き場がなく俯く。そんな小夜にイサナギが話しかける。
「昨日は、あの後何をしていた?」
急な問いかけに、なぜそんなことを聞くのかと思いつつも、小夜は答える。
「……イサナギ様に言われた通り、お裁縫をしていました。その後はお夕餉を食べて、湯あみをして、眠りにつきました」
「……そうか」
イサナギは着替えの終わりと共にそう呟くと、小夜に近づく。
ふわっとイサナギに抱きしめられ、小夜の頬が熱くなる。
「あの、イサナギ様……?」
イサナギは体を離すと、優しく微笑んだ。
「行ってくる」
「あ……門口までお見送りいたします」
小夜は慌てて声をかけるが、イサナギがそれを制した。
「ここで良い」
自室を後にしようとするイサナギに小夜が問いかける。
「あの……イサナギ様は、昨日あの後何をされていたんですか?」
イサナギは軽く振り返ると、小夜のその問いに答えた。
「お前のことを考えていた」
その口元には笑みが浮かんでおり、小夜の頬が赤く染まる。
「掃除の件だが、部屋で気になるものがあれば、何でも見るなり触るなり好きにしろ」
そう言い残すと、イサナギは自室を後にした。
「……いってらっしゃいませ」
少し寂しい気持ちを抱えながら、小夜はイサナギの遠ざかる背中に頭を下げた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
貴方様と私の計略
羽柴 玲
恋愛
貴方様からの突然の申し出。
私は戸惑いましたの。
でも、私のために利用させていただきますね?
これは、
知略家と言われるがとても抜けている侯爵令嬢と
とある辺境伯とが繰り広げる
計略というなの恋物語...
の予定笑
*****
R15は、保険になります。
作品の進み具合により、R指定は変更される可能性がありますので、
ご注意下さい。
小説家になろうへも投稿しています。
https://ncode.syosetu.com/n0699gm/
君が僕に心をくれるなら僕は君に全てをあげよう
下菊みこと
恋愛
君は僕に心を捧げてくれた。
醜い獣だった僕に。
だから僕は君にすべてをあげよう。
そう、この命のすべてをー…
これは醜い獣だった彼が一人の少女のためだけにヒトの形を得て、彼女を虐げたすべてをざまぁする物語。
そしてそこから始まる甘々溺愛物語。
アルファポリス様で新手のリクエストをいただき書き始めたものです。
リクエストありがとうございます!
小説家になろう様でも投稿しています。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
中途半端な私が異世界へ
波間柏
恋愛
全てが中途半端な 木ノ下 楓(19)
そんな彼女は最近、目覚める前に「助けて」と声がきこえる。
課題のせいでの寝不足か、上手くいかない就活にとうとう病んだか。いやいや、もっと不味かった。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
続編もあるので後ほど。
読んで頂けたら嬉しいです。
バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~
スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。
何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。
◇◆◇
作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。
DO NOT REPOST.
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる