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神様の家出。
ダンジョン攻略、事情聴取はお得意ですか?
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「お嬢ちゃん、目が覚めたみたいじゃないか」
女将さんがニヤニヤしながらこちらにやってきた。後ろに続くクリフは苦虫を噛み潰したような顔だ。
今の俺は、前後を女の子に挟まれ、見た目だけはハーレム状態になっているからだろう。
フフン、羨ましかろう…………いや、虚しくないよ。
俺は持ち上げたままの女の子をゆっくりと地面に降ろすと、彼女の身体を女将さんの方に向けさせる。
女将さんは威圧感を少しでも軽減するためだろうか、少女の前に屈んで口を開く。
「……お嬢ちゃん。あんた、アラクネーに掴まっていたのは覚えているかい?」
「アラクネー……? ああっ、あのクモクモ?」
「あ~っ、その蜘蛛だよ」
「ボクねボクね、クモクモにピューッて捕まっちゃったんだ。ミンナもねミンナもねピューッ、クルクルクルって、それでね、それでね……」
少女は手足をバタバタと動かし、大きな身振で、自分たちが捕まった状況を説明している。
少女の後ろ、女将さんを正面から見ている俺にはハッキリと分かった。女将さんはかなり引き気味だ。その証拠に女将さんのこめかみあたりがピクピクと動いている。
「……皆もってことは、嬢ちゃんはあいつらと一緒にここまで来たってことだね?」
「あいつら? ミンナはミンナなの……ミンナはボクに色々教えてくれたんだ。アルアルのおじちゃんは宝箱の開け方や罠の解除のしかた、それにね、それにね、ハッキュンは怪物のたおしかたを教えてくれたの……」
いかに仲間が、自分に対して様々な事を教えてくれたのか、少女のその身振りを交えた説明は、それこそ跳ね回りそうな勢いだ。
話している内容を聞く限り、この子は女将さんが言ったとおり、盗賊として鍛えられていたと思われる。
「…………ねえダイ、ひとつ頼みを聞いちゃあくれないかい」
しばらく話を聞いていた女将さんが、ゲンナリしたようすで俺を見上げた。
「何ですか女将さん」
「あんた、この娘から話しを聞いとくれ」
少女の、その美しい面立ちを台無しにするトンデモ個性に、女将さんの根気はガリガリと削り取られたようだ。
いつも店で飲んだくれる親父たちを、手のひらの上で転がす女将さんが、早々に撤退を決め込んだ。
女将さんをげんなりさせるとは、相当な強者が現れたものだ。
……がっ、べつに俺もこの手合いが得意というわけじゃないんですけどね。
俺がどう断ろうかと苦笑いを浮かべていると、
「ね!」
と、眼光鋭く念を押されてしまった。
「……分かりました……」
まあ、お世話になっている女将さんの頼みですから……別にビビったわけじゃないからね!
俺は、立ち上がった女将さんと交代するように少女の前に移動すると、女将さんがしていたように屈み込んで少女に目線を合わせた。
「え~っと、俺はダイっていうんだ。キミ、お名前は?」
「…………」
少女は、俺をマジマジと見つめる……目が覚めたときに、ニィニィと言って抱きついてきたが、名前か? それとも兄だろうか?
◇
(なあルチア、コイツ――アイツに似てるか?
……どうでしょう? あの人は赤髪でしたし、顔は童顔でしたし、身長は……まあ、おなじくらいですね。カナリー、寝ぼけてるんじゃないですか?
コイツの寝起きの良さは知ってるだろ。……なあカナ、こいつどこかアイツに似てるか?
んーーーーーーーー、雰囲気?
雰囲気って――分かんねーよッ! なッ、ルチア。
私に振られても困りますわ、この子って感覚が独特なんですもの。そんなことよりもあの獣人の娘、あの娘ですわ。あの娘からあの方の神気を感じます。やはりあの方の巫女のようですね)
◇
「……ボクね、ボクね、カナリー。お兄さんたちはダレダレ?」
少女は、俺から視線を外すと周りを囲むペルカやクリフたちを見回した。
「俺たちは、このダンジョンの攻略をしているんだ。はじめにキミと話したのが、カーサさん」
「ワタシは、ペルカというのです。こちらの弓を持っているお兄さんはクリフさんなのですよ」
ペルカが、クリフの腕を掴んでカナリーという少女に説明する。
チョッとそこ! ヤニ下がってるんじゃありませんよ、クリフ君!
クリフの奴、ペルカに腕を抱き寄せられて、照れたように顔を赤くしてやがる。口元が緩んでるよオイ!
カナリーと名乗った少女に視線を戻すと……俺のやきもきした心情をよそに、彼女は俺の腰わきにいる少女を見つめていた。
「ああっ、この子は俺たちにも分からないんだ。キミと同じようにアラクネーに囚われてたみたいなんだけど、キミの仲間じゃないのかい?」
◇
(コイツが入っていた糸玉――俺たちがここに来たとき、もう天井に吊されてたよな。
ええ……、でもおかしいですわね。私たちがここに来たとき、アラクネー以外の生命反応はありませんでしたもの。
でもでもこの子、心臓ドクドク――生きてるよ。
ええ、この子があの糸玉から飛び出す直前、急に生命反応があらわれましたわ。
……不気味だな。
私が見たかぎり、間違いなく人族の娘なんですけど……年齢から考えると能力値が異常ですわ。
神使って可能性が高いかね?
こんなにも早い段階から、神使をダンジョンに送りこむとは考えづらいですわね。神々にとっても彼らは大事な駒でしょうし。
でもでも、あのミコミコのお姉さんを守るために送り込まれたのかも知れないよ。
そうですね……、そういえばそんな前例もありましたものね……)
◇
「ボク――知らないよ」
顎先を人差し指で軽く支えるようにして小首をかしげ、カナリーという少女が答えた。
狙ってやってるとすれば相当なあざとさだが、さきほどから見ている感じ天然くさい。
「ところで、さっき俺にニィニィって言ったけど……キミと一緒に捕まった人の中に、その人はいるのかな……」
「……ニィニィ……ニィニィはねえ――もういないの……。でもね、でもね、ミンナがいるからもういいんだ」
カナリーの言葉からは、そのニィニィがどうなったのかは、正直分からない。しかし、彼女の口調はあっけらかんとしたもので、悲壮感などはまるでなかった。
「……いや、――言いにくいんだけど、ミンナが蜘蛛に捕まったのはキミも分かってると思うけど、その……、ミンナは、助からなかったんだ……」
彼女の心情を考えて、俺は言いよどむ。しかしこれは伝えなければならない事実だった。
「……そうなの? ……なら今度はお兄さんたちがカナリーと一緒にいてくれるんだね。なら大丈夫」
カナリーには悲しみという感情がスッポリと抜け落ちてでもいるように見える。
考えて見れば彼女が目を覚ましてから、ずっと笑顔のままだ。まるでそれ以外の表情を知らないとでもいうような、妙な歪さを感じる。ふと、女将さんに振り返ると、女将さんは痛ましいものでも見るように顔をしかめてカナリーに視線を落としていた。
「ちょっと、待っててくれるかな」
俺はカナリーに言うと、女将さんに近づく。
深緑の髪をした少女はいつの間にか服から手を放してくれていた。しかし、あいもかわらず俺の後をひな鳥のようにトコトコと付いてきている。
「女将さん、どうしたんですか?」
と、俺は小声で問いかけた。
女将さんから発せられている雰囲気から、カナリーに聞かれないほうが良いのではないかと思ったからだ。
「あの娘、おそらくだけどさ、何らかの精神疾患を負ってるね」
女将さんも俺にあわせるように、俺の耳に届くほどの大きさでことばを発した。
「精神疾患って……まさか……」
「たまにあるんだよ。辛い出来事から目を逸らすために感情が欠落するてことがさ……」
何気ない感じで、カナリーに振り返ると、彼女はニコニコとしたまま俺たちを見ていた。
確かにそう考えると、彼女から感じる歪さを理解できる気がする。
「それよりも、ダイ。あんたこれを持っときな」
「あっ、いや、女将さん。俺っ、それは……」
ことばと共に、女将さんが腰のポーチからヌーッと取り出したのは、一振りの剣だった。
「俺――剣は苦手なんですよ。それに、コイツがあれば戦いには困りませんし、却って邪魔になりそうじゃないですか」
俺は右の腰に吊したメイスを軽く叩いて示す。
でもこの剣、見覚えが……これは、ダンジョン探索前日に試し振りした奴じゃないか?
「あたしはさ、あんたの過去に何があったのかは知らないし、それについちゃ別にどうでもいいんだけどさ。さっきの戦闘でも、剣があればまったく違ったんじゃないかい?」
「それは……」
そう、それは俺も考えないでもなかった。
アラクネーとの戦いで、俺が剣を使えれば、おそらくはあの巣を切断することができただろう。そうすれば、もっと簡単に奴を斃すことができただろうし、ペルカをあのような危険な目に遭わせることもなかったはずだ。
「いいからさ、護符みたいなもんだと思って腰に吊しときな」
言いながら、女将さんは俺の左腰に無理矢理剣を吊そうとする。
俺は、反射的にその手を払いのけそうになるのをなんとかこらえた。
……剣の柄を握りさえしなければ、吐き気がこみ上がってくることはない。それに、いつかは乗り越えないとならないからだ。特にいまはこのダンジョンを攻略しなければならない状況に追いやられているのだから……
あっ、いや、別に女将さんの手を払いのけた場合。その後の報復が怖いわけではないですよ。ええ、ホントですとも……。
「分りました。持っておきます」
「まあ切っ掛けがあれば何とかなるだろうさ」
女将さんはすべてを見透かしたような表情で最後にぼそりとつぶやいた。
どうも女将さんは、俺が剣を持てないと感づいているようだ。
「さて、あの娘のことだけどさ、探査してもらったほうがいいかね」
「女将さん、それは……」
「もちろん、あの娘が良いって言ったらだけどさ、ほら、行ってきな」
女将さんは俺の肩に手をおくと、グルリとカナリーの方に向けて背中を押した。
俺はつんのめり気味にカナリーの前に戻ると、片膝立ちで彼女に問いかける。
「えーッと、カナリー……お願いがあるんだけど、能力値を調べさせてほしいんだ。いいかな?」
「いいよっ!」
即答かい!
彼女は考える間もなく、腕を差し出しサムアップで答えた。うーん、脊髄反射してるようにしか見えない。
なんだか気を遣っていた自分が馬鹿らしくなってくる。
正直、自分の能力値を丸裸にされるっていうのは、あまり気分の良いモノではないと思うんだけど、まあこの子の場合はそこまで考えてないよね。
……さて、了解ももらった事だし見せてもらいましょう。
(ステータス)
〈カナリー 10歳〉人族 女
創造神 (???)
守護神 (無し)
クラス:シーフ レベル5、レンジャー レベル3
生命力 41/41(23+10+8)
魔力 40/40(30+10)
力 20
耐久力 23 + 8(装備修正)
耐魔力 28
知力 20
精神力 30
敏捷性 45 + 2(装備修正)
器用度 38
スキル:解錠Lv8、罠感知Lv5、短刀術Lv7、体術Lv10、体術の才
種族スキル:無し
装備:シースナイフ、ソフトレザーメイル、ハーフフィンガーグローブ、ショートレザーブーツ、解錠具
思いっきり盗賊だね。猟兵のクラスも持ってるけど、よいよ野盗が濃厚だ。
俺は、カナリーに少し待っていてほしいと言い含めてから、また女将さんの横に移動する。
「どうも女将さんの想像が当たっているようですね」
「野盗の連中も森に拠点を作っていたのかね。……村長の懸念も案外はずれちゃいなかったんだねぇ」
言いつつも女将さんは、それでもどこか納得いかなそうな様子を滲ませている。
「でもどう見てもこの娘に悪意があるようには見えないですよね……」
「ダイ、何を気にしてるんだい? あたしだって鬼じゃないんだ、こんな小さな娘をこんなところに放りだしていかないよ」
「……いや、そういう訳じゃ……」
行き倒れていた俺とキロを何も聞かずに、宿に迎えてくれた女将さんのことを鬼だなんて……いや、たまに――少しは、思――いえいえ、そんなことは考えたこともありませんとも!!
でも、これでこの子も大丈夫そうだ。俺は背後に付き従う女の子に目を向けた。
「ところで、こっちの娘だけどさ……」
俺の考えを読んだのか、女将さんが口を開く。この子はダメ! ってことはないよね……得体の知れ無さはこの娘の方が上のような気がするし。
「名前が無いのは不便だし、ダイ、あんた名前を付けてあげなよ」
よかった、女将さんの言葉は俺の懸念とはまったく違うものだった。
確かに、この娘呼ばわりだと紛らわしいっちゃ紛らわしい。
「俺がですか?」
「あんたに懐いてるようだし、その方がこの子も嬉しいだろ」
俺はあらためて少女に向き直ると、片膝をついて彼女に目線を合わせた。
背後でカナリーが「ボクボクにも名前付けて付けて!」と騒いでいるけど、キミ名前あるでしょ!
「君の名前、俺が付けてもいいかな? おわっ!」
俺の問いに彼女はニコリと笑顔を浮かべると飛びつくように抱きついてきた。そのまま俺の頬にスニスニと自分の頬を擦り付ける。どうやら「良いよ」ということらしい。
しかしさっきから思ってたんだがこの子がスニスニと頬をすり寄せてくる姿、どこかキロに重なるんだよね。キロの場合はスニスニなってもんじゃなくて、ズニズニって感じだけど。
そういえばどこかの国にカエルの女神様がいた気がするんだけどどこだったっけ?
雑学本で読んだ覚えが……、たしかエジプト、えーっとエジプトの――ヘッ、へケトだ。多産と復活を象徴した水の女神だったはず。
ヘケトか……、でも女の子に付けるのには音的にイメージがな~、……そういえば、ヘケトを崇めていた都市の名前が女性の名前っぽかったような記憶がある。え~っと、え~っとヘルモポリスの方じゃなくて、あっ、そうだ!
「エスナ……なんてどうかな?」
頬にすりついている女の子をなんとか引き離してようすをうかがう。
「………………」
少女は満面の笑みを浮かべると、先ほどの勢いを遙かに超える力強さで俺に飛びついてきた。
屈んでいた俺はその勢いに押されてそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
少女は俺の頬にスニスニ、さらにペロペロと舐め回す。感情がオーバーヒートしたようだ。
「どうやら気に入ってくれたようじゃないか」
女将さんが俺たちを上からのぞき込んでいる。その顔には人の悪い笑みが張付いている。
俺が倒れたまま頭上の方へと視線を向けると、ペルカがどこか複雑そうな表情で俺たちを見ていた。
クリフに到っては、先ほどペルカに腕を抱かれた余韻をいまだに堪能してやがる。
「ボクもボクも!!」
エスナに対抗したわけではないだろうが、カナリーまで俺に飛びついてきた。
「グエッ!!」
チョット、それ、ボディープレスだから………………。
女将さんがニヤニヤしながらこちらにやってきた。後ろに続くクリフは苦虫を噛み潰したような顔だ。
今の俺は、前後を女の子に挟まれ、見た目だけはハーレム状態になっているからだろう。
フフン、羨ましかろう…………いや、虚しくないよ。
俺は持ち上げたままの女の子をゆっくりと地面に降ろすと、彼女の身体を女将さんの方に向けさせる。
女将さんは威圧感を少しでも軽減するためだろうか、少女の前に屈んで口を開く。
「……お嬢ちゃん。あんた、アラクネーに掴まっていたのは覚えているかい?」
「アラクネー……? ああっ、あのクモクモ?」
「あ~っ、その蜘蛛だよ」
「ボクねボクね、クモクモにピューッて捕まっちゃったんだ。ミンナもねミンナもねピューッ、クルクルクルって、それでね、それでね……」
少女は手足をバタバタと動かし、大きな身振で、自分たちが捕まった状況を説明している。
少女の後ろ、女将さんを正面から見ている俺にはハッキリと分かった。女将さんはかなり引き気味だ。その証拠に女将さんのこめかみあたりがピクピクと動いている。
「……皆もってことは、嬢ちゃんはあいつらと一緒にここまで来たってことだね?」
「あいつら? ミンナはミンナなの……ミンナはボクに色々教えてくれたんだ。アルアルのおじちゃんは宝箱の開け方や罠の解除のしかた、それにね、それにね、ハッキュンは怪物のたおしかたを教えてくれたの……」
いかに仲間が、自分に対して様々な事を教えてくれたのか、少女のその身振りを交えた説明は、それこそ跳ね回りそうな勢いだ。
話している内容を聞く限り、この子は女将さんが言ったとおり、盗賊として鍛えられていたと思われる。
「…………ねえダイ、ひとつ頼みを聞いちゃあくれないかい」
しばらく話を聞いていた女将さんが、ゲンナリしたようすで俺を見上げた。
「何ですか女将さん」
「あんた、この娘から話しを聞いとくれ」
少女の、その美しい面立ちを台無しにするトンデモ個性に、女将さんの根気はガリガリと削り取られたようだ。
いつも店で飲んだくれる親父たちを、手のひらの上で転がす女将さんが、早々に撤退を決め込んだ。
女将さんをげんなりさせるとは、相当な強者が現れたものだ。
……がっ、べつに俺もこの手合いが得意というわけじゃないんですけどね。
俺がどう断ろうかと苦笑いを浮かべていると、
「ね!」
と、眼光鋭く念を押されてしまった。
「……分かりました……」
まあ、お世話になっている女将さんの頼みですから……別にビビったわけじゃないからね!
俺は、立ち上がった女将さんと交代するように少女の前に移動すると、女将さんがしていたように屈み込んで少女に目線を合わせた。
「え~っと、俺はダイっていうんだ。キミ、お名前は?」
「…………」
少女は、俺をマジマジと見つめる……目が覚めたときに、ニィニィと言って抱きついてきたが、名前か? それとも兄だろうか?
◇
(なあルチア、コイツ――アイツに似てるか?
……どうでしょう? あの人は赤髪でしたし、顔は童顔でしたし、身長は……まあ、おなじくらいですね。カナリー、寝ぼけてるんじゃないですか?
コイツの寝起きの良さは知ってるだろ。……なあカナ、こいつどこかアイツに似てるか?
んーーーーーーーー、雰囲気?
雰囲気って――分かんねーよッ! なッ、ルチア。
私に振られても困りますわ、この子って感覚が独特なんですもの。そんなことよりもあの獣人の娘、あの娘ですわ。あの娘からあの方の神気を感じます。やはりあの方の巫女のようですね)
◇
「……ボクね、ボクね、カナリー。お兄さんたちはダレダレ?」
少女は、俺から視線を外すと周りを囲むペルカやクリフたちを見回した。
「俺たちは、このダンジョンの攻略をしているんだ。はじめにキミと話したのが、カーサさん」
「ワタシは、ペルカというのです。こちらの弓を持っているお兄さんはクリフさんなのですよ」
ペルカが、クリフの腕を掴んでカナリーという少女に説明する。
チョッとそこ! ヤニ下がってるんじゃありませんよ、クリフ君!
クリフの奴、ペルカに腕を抱き寄せられて、照れたように顔を赤くしてやがる。口元が緩んでるよオイ!
カナリーと名乗った少女に視線を戻すと……俺のやきもきした心情をよそに、彼女は俺の腰わきにいる少女を見つめていた。
「ああっ、この子は俺たちにも分からないんだ。キミと同じようにアラクネーに囚われてたみたいなんだけど、キミの仲間じゃないのかい?」
◇
(コイツが入っていた糸玉――俺たちがここに来たとき、もう天井に吊されてたよな。
ええ……、でもおかしいですわね。私たちがここに来たとき、アラクネー以外の生命反応はありませんでしたもの。
でもでもこの子、心臓ドクドク――生きてるよ。
ええ、この子があの糸玉から飛び出す直前、急に生命反応があらわれましたわ。
……不気味だな。
私が見たかぎり、間違いなく人族の娘なんですけど……年齢から考えると能力値が異常ですわ。
神使って可能性が高いかね?
こんなにも早い段階から、神使をダンジョンに送りこむとは考えづらいですわね。神々にとっても彼らは大事な駒でしょうし。
でもでも、あのミコミコのお姉さんを守るために送り込まれたのかも知れないよ。
そうですね……、そういえばそんな前例もありましたものね……)
◇
「ボク――知らないよ」
顎先を人差し指で軽く支えるようにして小首をかしげ、カナリーという少女が答えた。
狙ってやってるとすれば相当なあざとさだが、さきほどから見ている感じ天然くさい。
「ところで、さっき俺にニィニィって言ったけど……キミと一緒に捕まった人の中に、その人はいるのかな……」
「……ニィニィ……ニィニィはねえ――もういないの……。でもね、でもね、ミンナがいるからもういいんだ」
カナリーの言葉からは、そのニィニィがどうなったのかは、正直分からない。しかし、彼女の口調はあっけらかんとしたもので、悲壮感などはまるでなかった。
「……いや、――言いにくいんだけど、ミンナが蜘蛛に捕まったのはキミも分かってると思うけど、その……、ミンナは、助からなかったんだ……」
彼女の心情を考えて、俺は言いよどむ。しかしこれは伝えなければならない事実だった。
「……そうなの? ……なら今度はお兄さんたちがカナリーと一緒にいてくれるんだね。なら大丈夫」
カナリーには悲しみという感情がスッポリと抜け落ちてでもいるように見える。
考えて見れば彼女が目を覚ましてから、ずっと笑顔のままだ。まるでそれ以外の表情を知らないとでもいうような、妙な歪さを感じる。ふと、女将さんに振り返ると、女将さんは痛ましいものでも見るように顔をしかめてカナリーに視線を落としていた。
「ちょっと、待っててくれるかな」
俺はカナリーに言うと、女将さんに近づく。
深緑の髪をした少女はいつの間にか服から手を放してくれていた。しかし、あいもかわらず俺の後をひな鳥のようにトコトコと付いてきている。
「女将さん、どうしたんですか?」
と、俺は小声で問いかけた。
女将さんから発せられている雰囲気から、カナリーに聞かれないほうが良いのではないかと思ったからだ。
「あの娘、おそらくだけどさ、何らかの精神疾患を負ってるね」
女将さんも俺にあわせるように、俺の耳に届くほどの大きさでことばを発した。
「精神疾患って……まさか……」
「たまにあるんだよ。辛い出来事から目を逸らすために感情が欠落するてことがさ……」
何気ない感じで、カナリーに振り返ると、彼女はニコニコとしたまま俺たちを見ていた。
確かにそう考えると、彼女から感じる歪さを理解できる気がする。
「それよりも、ダイ。あんたこれを持っときな」
「あっ、いや、女将さん。俺っ、それは……」
ことばと共に、女将さんが腰のポーチからヌーッと取り出したのは、一振りの剣だった。
「俺――剣は苦手なんですよ。それに、コイツがあれば戦いには困りませんし、却って邪魔になりそうじゃないですか」
俺は右の腰に吊したメイスを軽く叩いて示す。
でもこの剣、見覚えが……これは、ダンジョン探索前日に試し振りした奴じゃないか?
「あたしはさ、あんたの過去に何があったのかは知らないし、それについちゃ別にどうでもいいんだけどさ。さっきの戦闘でも、剣があればまったく違ったんじゃないかい?」
「それは……」
そう、それは俺も考えないでもなかった。
アラクネーとの戦いで、俺が剣を使えれば、おそらくはあの巣を切断することができただろう。そうすれば、もっと簡単に奴を斃すことができただろうし、ペルカをあのような危険な目に遭わせることもなかったはずだ。
「いいからさ、護符みたいなもんだと思って腰に吊しときな」
言いながら、女将さんは俺の左腰に無理矢理剣を吊そうとする。
俺は、反射的にその手を払いのけそうになるのをなんとかこらえた。
……剣の柄を握りさえしなければ、吐き気がこみ上がってくることはない。それに、いつかは乗り越えないとならないからだ。特にいまはこのダンジョンを攻略しなければならない状況に追いやられているのだから……
あっ、いや、別に女将さんの手を払いのけた場合。その後の報復が怖いわけではないですよ。ええ、ホントですとも……。
「分りました。持っておきます」
「まあ切っ掛けがあれば何とかなるだろうさ」
女将さんはすべてを見透かしたような表情で最後にぼそりとつぶやいた。
どうも女将さんは、俺が剣を持てないと感づいているようだ。
「さて、あの娘のことだけどさ、探査してもらったほうがいいかね」
「女将さん、それは……」
「もちろん、あの娘が良いって言ったらだけどさ、ほら、行ってきな」
女将さんは俺の肩に手をおくと、グルリとカナリーの方に向けて背中を押した。
俺はつんのめり気味にカナリーの前に戻ると、片膝立ちで彼女に問いかける。
「えーッと、カナリー……お願いがあるんだけど、能力値を調べさせてほしいんだ。いいかな?」
「いいよっ!」
即答かい!
彼女は考える間もなく、腕を差し出しサムアップで答えた。うーん、脊髄反射してるようにしか見えない。
なんだか気を遣っていた自分が馬鹿らしくなってくる。
正直、自分の能力値を丸裸にされるっていうのは、あまり気分の良いモノではないと思うんだけど、まあこの子の場合はそこまで考えてないよね。
……さて、了解ももらった事だし見せてもらいましょう。
(ステータス)
〈カナリー 10歳〉人族 女
創造神 (???)
守護神 (無し)
クラス:シーフ レベル5、レンジャー レベル3
生命力 41/41(23+10+8)
魔力 40/40(30+10)
力 20
耐久力 23 + 8(装備修正)
耐魔力 28
知力 20
精神力 30
敏捷性 45 + 2(装備修正)
器用度 38
スキル:解錠Lv8、罠感知Lv5、短刀術Lv7、体術Lv10、体術の才
種族スキル:無し
装備:シースナイフ、ソフトレザーメイル、ハーフフィンガーグローブ、ショートレザーブーツ、解錠具
思いっきり盗賊だね。猟兵のクラスも持ってるけど、よいよ野盗が濃厚だ。
俺は、カナリーに少し待っていてほしいと言い含めてから、また女将さんの横に移動する。
「どうも女将さんの想像が当たっているようですね」
「野盗の連中も森に拠点を作っていたのかね。……村長の懸念も案外はずれちゃいなかったんだねぇ」
言いつつも女将さんは、それでもどこか納得いかなそうな様子を滲ませている。
「でもどう見てもこの娘に悪意があるようには見えないですよね……」
「ダイ、何を気にしてるんだい? あたしだって鬼じゃないんだ、こんな小さな娘をこんなところに放りだしていかないよ」
「……いや、そういう訳じゃ……」
行き倒れていた俺とキロを何も聞かずに、宿に迎えてくれた女将さんのことを鬼だなんて……いや、たまに――少しは、思――いえいえ、そんなことは考えたこともありませんとも!!
でも、これでこの子も大丈夫そうだ。俺は背後に付き従う女の子に目を向けた。
「ところで、こっちの娘だけどさ……」
俺の考えを読んだのか、女将さんが口を開く。この子はダメ! ってことはないよね……得体の知れ無さはこの娘の方が上のような気がするし。
「名前が無いのは不便だし、ダイ、あんた名前を付けてあげなよ」
よかった、女将さんの言葉は俺の懸念とはまったく違うものだった。
確かに、この娘呼ばわりだと紛らわしいっちゃ紛らわしい。
「俺がですか?」
「あんたに懐いてるようだし、その方がこの子も嬉しいだろ」
俺はあらためて少女に向き直ると、片膝をついて彼女に目線を合わせた。
背後でカナリーが「ボクボクにも名前付けて付けて!」と騒いでいるけど、キミ名前あるでしょ!
「君の名前、俺が付けてもいいかな? おわっ!」
俺の問いに彼女はニコリと笑顔を浮かべると飛びつくように抱きついてきた。そのまま俺の頬にスニスニと自分の頬を擦り付ける。どうやら「良いよ」ということらしい。
しかしさっきから思ってたんだがこの子がスニスニと頬をすり寄せてくる姿、どこかキロに重なるんだよね。キロの場合はスニスニなってもんじゃなくて、ズニズニって感じだけど。
そういえばどこかの国にカエルの女神様がいた気がするんだけどどこだったっけ?
雑学本で読んだ覚えが……、たしかエジプト、えーっとエジプトの――ヘッ、へケトだ。多産と復活を象徴した水の女神だったはず。
ヘケトか……、でも女の子に付けるのには音的にイメージがな~、……そういえば、ヘケトを崇めていた都市の名前が女性の名前っぽかったような記憶がある。え~っと、え~っとヘルモポリスの方じゃなくて、あっ、そうだ!
「エスナ……なんてどうかな?」
頬にすりついている女の子をなんとか引き離してようすをうかがう。
「………………」
少女は満面の笑みを浮かべると、先ほどの勢いを遙かに超える力強さで俺に飛びついてきた。
屈んでいた俺はその勢いに押されてそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
少女は俺の頬にスニスニ、さらにペロペロと舐め回す。感情がオーバーヒートしたようだ。
「どうやら気に入ってくれたようじゃないか」
女将さんが俺たちを上からのぞき込んでいる。その顔には人の悪い笑みが張付いている。
俺が倒れたまま頭上の方へと視線を向けると、ペルカがどこか複雑そうな表情で俺たちを見ていた。
クリフに到っては、先ほどペルカに腕を抱かれた余韻をいまだに堪能してやがる。
「ボクもボクも!!」
エスナに対抗したわけではないだろうが、カナリーまで俺に飛びついてきた。
「グエッ!!」
チョット、それ、ボディープレスだから………………。
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エルデ=ニルール=リッチェルは、リッチェル侯爵家の中で強い疎外感を常に抱いていた。 その理由は自分の容姿が一族の者達とかけ離れている『色』をしている事から。 確かに侯爵夫人が産んだと、そう皆は云うが、見た目が『それは違う』と、云っている様な物だった。
家族の者達は腫れ物に触るようにしか関わっては来ず、女児を望んだはずの侯爵は、娘との関りを絶つ始末。 侯爵家に於いて居場所の無かったエルデ。
そんなエルデの前に「妖精」が顕現する。
妖精の悪戯により、他家の令嬢と入れ替えられたとの言葉。 自身が感じていた強い違和感の元が白日の下に晒される。
混乱する侯爵家の面々。 沈黙を守るエルデ。 しかし、エルデが黙っていたのは、彼女の脳裏に浮かぶ 「記憶の泡沫」が、蘇って来たからだった。 この世界の真実を物語る、「記憶の泡沫」。
そして、彼女は決断する。
『柵』と『義務』と『黙示』に、縛り付けられた、一人の女の子が何を厭い、想い、感じ、そして、何を為したか。
この決断が、世界の『意思』が望んだ世界に何をもたらすのか。
エルデの望んだ、『たった一つの事』が、叶うのか?
世界の『意思』と妖精達は、エルデの決断に至る理由を知らない。 だからこそ、予定調和が変質してゆく。 世界の『意思』が、予測すら付かぬ未来へと、世界は押し流されて行く。
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