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第十四章 逆三角

逆三角 第八節

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夜の帳と昼の残光が半々になった空の下。フィロース町の中心から離れた無人の交差口にある、小さな花壇。そのすぐ前にあるベンチで、エリネは膝元で心配そうに自分を見つめるルルを撫でていた。

「キュ…」
「…うん、ありがとう、ルル、心配してくれて」
ようやく落ち着いてきた今ても、さきほどミーナ達が告げた真実は未だに耳元で語られているように感じた。

自分がこのエステラ王国の王家の一人、王女ティアであること。女神スティーナの魂の力を受け継いだ星の巫女であること。そして、自分を逃がすために教団によって命を落とされた本当の両親、マリアーナとロイドのこと…。

一気に色んなことが洪水のように浴びてきて、気持ちも理解もかき乱されたかのようだった。やっと言葉の意味を理解したら、今度は様々な気持ちが糸のように絡み、少し落ち着いた今でも心にかかったままだった。
(お母さん…お父さん…)

「―――エリー」
自分の呼ぶ声にエリネは振り返る。
「ウィルさん…」「キュキュッ」
ルルは嬉しそうに歩み寄るウィルフレッドの肩まで跳び、彼に撫でられると花壇の方へと移動した。

「隣、いいかい?」
「うん、いいですよ」
どこか切なそうなエリネの笑顔に胸の痛みを感じながら、彼はすぐ隣に座り込んだ。暫く、夕方の風の音だけが聞こえる。

「その、さっきはごめんなさい。一人でいきなり外に出てしまって…」
「別に気にしてないさ。いきなりあんなことを言われたら、誰だってじっとしていられないから」
「…ありがとう、ウィルさん」
少しだけ気持ちが楽になったエリネはそっと身を彼の方に寄せ、ウィルフレッドも何も言わずに彼女の手を握りしめた。

「…ねえウィルさん、メルテラ山で話したこと、覚えてます?」
「君の両親についての話か?」
「うん。あの時、両親のことはあまりピンと来ないって言ってましたよね。もしいつかお母さんとお父さんのことの話を聞いても、そういうものなのねと気にしないとは思ってました。けど…」

「やはり、気になってしまうんだな」
エリネが小さく頷く。
「お父さんとお母さんが事故でなく、教団から私を逃してくれたことを思うと、やっぱり…。シスターのことも同じです。二人の話になるといつもシスターはどこか悲しそうな声の表情をしていたけど、それもきっと、私が巫女であることに関係があるのかも知れない…」

間を置いてからウィルフレッドは問うた。
「シスターが真実を隠してたこと、怒ってるか?」
「まさか。それが邪神教団から私を守るためなのは分かるの。…ただ、前よりもっと詳しく知りたくなっただけ。シスターの考えや、お母さんとお父さんの事を。もやもやしたままなのは好きじゃないっていうか…」

「それでいいじゃないか、たとえ一度も会ったことなくても、親が自分のために命を張ってくれたのを知れば、誰だって彼らのことをもっと知りたくなるさ。それは両親が君を愛していたという何よりの証拠だと思うから」
「ウィルさん…」
エリネを握る手に力が入る。
「次にシスターに会ったらしっかり聞いておこう。親のことを聞けるのに越したことはないからな」

ウィルフレッドが捨て子であることを、それが彼の世界での普通であることをエリネは思い出す。それ故に彼の言葉に少しに切なさを感じるし、より温かみを感じさせた。
「…うん、そうですよね。そうします」
彼の手を強く握り返し、笑顔をかわす二人。

「それにしても、まさか私がラナ様たちが探していた星の巫女だなんて…。私の目が見えないのも、聖痕が目にあるのと関係あるのかしら」
「かも知れないな。…自分が巫女であることにも、やはりショックだったか?」

指を口元に当てて真剣そうに考え込むエリネ。
「う~ん、どうでしょう。単にああ、そうなんだって思うぐらいって感じで、何故かすんなりと受け入れられるの。どちらかと言うと、自分が王族だったってことの方が未だ実感沸かないかなあ…」

「そうだよな。俺だって誰かに自分がどこぞの王子だといきなり言われたら、どこの三流詐欺師の手口だと苦笑するな」
きょとんとしてから小さく笑い出すエリネ。
「ふふ、でも私にとっては、ウィルさんは正にお姫様を助けてくれた王子様に違いありませんけどね」
「そうか、エリーはお姫様だから…上手いな」

お互い小さく笑うと、ウィルフレッドが立ち上がる。
「そうだエリー、一つ良いところに連れてってあげようか」
「いいところ、ですか?」
「ああ。ルル」「キュッ」

ウィルフレッドが立ち上がり、ルルがエリネの方に飛び移る。
「少しだけ失礼するよ」
「失礼ってきゃっ!?」「キュキュッ?」

エリネの小さな身体を、ウィルフレッドが優しく抱き上げる。いきなりの行動にエリネが思わず赤面する。
「わ、わわわっ、ちょっとウィ、ウィルさん…っ?」
「少し我慢してくれ」
「きゃあっ!」「キュッ!」

エリネを抱えて、ウィルフレッドは高く跳んだ。建物の屋根や大樹の上を軽々と跳んでいき、心地良い風がエリネに吹かれる。ルルを胸に抱きながら、エリネは自分を抱えるウィルフレッドの力強い両腕から、懐から伝わってくる熱を感じた。

「ここがいいな」
やがて二人は、この町で一番高い建物と思われる鐘塔の屋根に辿りついた。エステラ風らしく蔦などが生えたその鐘塔の屋根でウィルフレッドはエリネをおろす。
「エリーならもう知ってるとは思ってるけど、地球にいた頃は、何か嫌なことや心を悩ますことがあれば、こういう高い場所に来るようにしているんだ」

町を囲む雄々しい山々と命溢れる茂った森。遠方では細長く流れる川。そして、日没したばかりのマジックアワー。後方で夜の帳が登ってきたのに対し、二人の前に黄金色の薄明かりが空を、山々の縁を美しく彩っていた。ルルを抱えたエリネは吹き込んでくる風を受けとめ、流れる空気の音を耳で聞き、豊かなマナを肌で感じた。

「わあ…」
感嘆の声を挙げるエリネの隣りに座るウィルフレッド。
「こういう所の開放的な空気を君にも感じて欲しいと思ったけど…やはり分かり辛いのだろうか」

「ううん、そんなことないですよ。凄く気持ち良いのはちゃんと分かります。…でも、ウィルさんが私を気遣ってくれること自体の方が、何より嬉しいです」
その気持ちを伝わるように彼女は身体を寄り添い、彼も受け止めるようにそっと彼女の体を抱き寄せた。

――――――

「――ここが俺達の泊まってる宿で、こっちが昼で遊びに行った市場だな」
「へえ~、なるほど~…」
ウィルフレッドの手には彼が木材に彫った町のミニチュアがあり、エリネの手を握ってはそれをなぞらせて、彼女が感じ取った風景の感覚に合わせて目の前の景色をより詳しく教えていた。木材はすぐ近くにある木材屋から不要なものをもらったもので、二人の周りには他に彫ったばかりの建物などのミニチュアが置かれ、ルルは面白そうにそれらと遊んでいた。

「それで、街に灯ってる街灯だけど、まるで寒い平原の中で暖かな篝火が点在しているみたいで…」
ウィルフレッドは必死に形容できる言葉を捻る。
「うんうん、それで?」
「あと、そうだな…、夕焼けが凄く綺麗なんだ。ちょっと伝えいくいけど…夕焼けの空は、どう言えばいいか…残り火、そう、まるで残り火のようで――」

エリネの手をとり、彼女の掌の半分に手を置いては、その手をゆっくりと掌からずらしていく。
「このように、残り火はどこまでも続く開けた空からゆっくりとその温度を残して沈んでいくんだ」
「わあ…なるほどっ、今まで夕焼けは綺麗だと何度も言われてピンとこなかったですけど、こうしてるととても分かりやすいですっ」

「そ、そうか。こういう説明は得意じゃないから、ちゃんと伝わるかどうか少し心配してたんだが」
「大丈夫、しっかり伝わってますよ。ウィルさんが一生懸命それを伝えようとする気持ちも、です。…お陰で気分も晴れました」
「それは何よりだ」
手を握り返して微笑む二人は、再び互いに身を寄せ、共に広がる眼前の景色を感じた。

「世界って本当に広いですよね…。今回の旅のお陰で、そんな世界の風景を一杯感じられて…。あの時レクス様やラナ様について来て本当に良かったって思います」
「そういえば世界の風景を感じていきたいのが夢って言ってたな」
「うん。…でも、もし王族になったら、このように自由に風景を楽しむことはやっぱできなくなるのかな…」
再び俯いてしまうエリネ。

「私達、これから伯母と、女王様と会うことになるけど…、やっぱり私は巫女として王家に戻ることになりますよね…」
ウィルフレッドはレクスが自分に教えた、巫女のこの世界における意味の重大さを思い出す。

「そう、なるだろうな」
「でも、もし、本当にそうなったら…私…」
これ以上言うのを恐れるかのように、エリネの声は震えていた。
「私、もし王族になったら…ウィルさんと…」
「大丈夫さ」
「え…」

ウィルフレッドの声は、とても力強かった。
「エリーは言ってくれた。俺がもうすぐ死ぬとしても、俺が好きという気持ちに変わりはないって。俺だって同じだ、君が王女であろうと巫女であろうと、俺は君が好きなんだ」

ウィルフレッドの手が、そっとエリネの頬に添えられる。
「君が俺と一緒にいたいと願う限り、俺と分かれてても王族に戻るべきとか、そんなことは絶対に言わない。どんなことがあっても、俺はずっとエリーの傍にいる、二人で一緒にがんばり続ける。この気持ちから、君の気持ちからもう二度と逃げたりはしない」
「ウィルさん…っ」

「それに俺はこの世界の人じゃないからそういうの関係ないな。いざとなったら君をかっさらって逃げていくさ」
「あ、ウィルさん悪い人」
面白おかしそうに笑う二人。
「…ウィルさん。これからもずっと一緒ですよっ」
「ああ」

見えない目から溢れる嬉し涙をウィルフレッドの指が拭い、大きな掌が頬を包む。その温かい手に自分のを重ねては、求めるように彼の胸に身を委ね、抱きしめあった。
「ウィルさん、あの時みたいに私を包んでくれます?ここ、ちょっと寒いですから」
「勿論さ」

コートを広げてはエリネの小さな身体を後ろから包むように抱きしめた。
「んっ」
恐れを追い出してくれた温もりが包んでくると、思わず甘える幼子のようにその逞しい胸に全身を寄せ、手を添えた。ずっと自分達を守り続けてきた、逞しい身体。この世界のあらゆる脅威を撥ね退ける、鋼鉄の身体。その体はエリネにとって、今までのどんなものよりも温かく感じられるものだった。

「えへへ、あったかいです…まるで朝日に包まれてるみたい…」
「エリー…」
頭に、彼の優しい口付けの感触が伝わる。その感触に頬がいじらしく染められる。そんな恥ずかしくも嬉しい、二人の至福の時。たとえその裏に不安の種があるとしても、今の二人の思いを妨げるものは何もない。愛意だけが、そこに満ちていた。

エリネは思った。彼に一杯甘えよう、その愛を一杯感じよう。たとえ彼が亡くなっても、他人を愛せないぐらいの思いを、自分の身に満たそう。彼が自分を強く愛するよう、彼を精一杯助けよう。

それは、今までずっと女神の教えに従って他人を助け続けたエリネが初めて心の奥底から求めた、自分のための救いを願った瞬間だった。

やがて日が完全に暮れ、満天の星空が、二人の上に輝いた。


******


「みなさんどうぞ、さきほど入れたばかりのお茶ですよ」
「まあ、ありがとうございます」
宿の部屋でアイシャ達は主人が用意してくれたお茶を受け取り、一息ついていた。エリネが戻ってきたらまた話を続けるために。

主人が部屋から離れたのを確認したレクスはお茶を一口すすった。
「…ふぅ、本当に驚いたよ。小さい頃からずっとその成長を見てきたエリーちゃんが、まさか星の巫女だったなんて。カイくんもびっくりしたでしょ?」
「ああ…。シスターとずっと一緒に暮らしてきたけど、全然気付かなかった…」

ラナも身体を温まるようにお茶に口をつける。
「そうでなければエリーちゃんの正体を隠す魔法の意味がないからね。…にしても、ウィルくんと一緒に行かなくていいの、カイくん?さっきはあれほど心配してたんでしょ」
「そりゃ心配さ。けど、よく考えるとこういうのはずっと家族として暮らしてた俺よりも兄貴の方が適任って気がして…。それにエリーとは後でまたちゃんとお話すればいいからさ、兄なんだし」

ラナとアイシャ達は感心そうに頷いた。
「カイくん…結構成長してるわね。ちゃんと色々と考えるようになってる」
「ラナちゃんったら、カイくんは元々しっかりとした子ですよ」
「二人ともそれ褒めてるのか?」

少し不満そうに頭を掻くカイに二人はふふっと笑い、レクスがなだめた。
「あはは、ラナ様達はちゃんとカイくんのこと評価しているよ。ミーナ殿だってそう思ってるでしょ…ミーナ殿?」
「ん?む、そうだな…」
「どうしたのミーナ殿、何か考え事?」
「うむ。少し、な」

そう言う彼女の顔は思った以上にしかめていた。ミーナの考えに気付いたかのように、レクスはラナに話題を振った。
「それにしても…ちょっと厄介よねラナ様。色々と」
「ええ、かなり面倒なことになるのは間違いないわね」
「そうですよね…」
アイシャも同意するように厳しい表情を浮かべながら頷く。

「厄介って…なにがなんだ、レクス様?」
その意味を理解できないカイが問うた。
「そりゃ勿論、ウィルくんとエリーちゃんのことだよ」
「へ?どうしてだよ」
「カイくんなら多分一番理解できると思うけど、…いや、ウィルくんの場合はそれ以上に複雑になるね」

視線を向けられたラナが頷き、代わりに答えた。
「いいカイくん、エステラ王国の王妹マリアーナの子でもあるエリーちゃんは、現在第一王女であるルヴィア様に続いて王位継承権は第二順位になるの。そして彼女が私やアイシャ姉様と同じ巫女である以上、エリーちゃんが王家に戻ることになったら、彼女が巫女として選んだ勇者は間違いなく王家入りを果たすことになる。この場合はウィルくんがそうなるわね」

言われて見れば確かに自分の状況とどこか似てるとカイは気付く。
「それはまあ分かるけど…兄貴にその覚悟があれば別にそれでいいじゃないか?」
「残念だけど、ウィルくんの場合はそんなに単純じゃないわ。忘れたの?彼は私達とは異なる世界から来た異邦人であり、強大な力を持った魔人なのよ」
「あ…」

「ウィルくんほどの力の持ち主が、どれか一国の体制に入ることだけで大きな不満は生じてくる。突出した力を他国が持つのは、どこだって不快に思う人は出るのよ。ましてやウィルは改造人間で、加えて異邦人と来ている。その異質性を全ての人たちが受け入れられるのは難しいわ」
「で、でもさ、兄貴はいま普通に軍のみんなとよろしくやってるじゃないか、俺達とだって…」
「それは関係を単純化できる人達に限る話よ。一介の平民と権謀術数の渦巻く貴族の世界とは訳が違うわ」

同意するように頷くレクス。
「それに、これは私達の信仰にも関わる問題だよ。かなり重大なレベルでね」
「どういうことだ」
アイシャが、辛い顔をしながら代わりに続けた。
「カイくん。エリーちゃんは王家以上に、創世の女神の力を受け継いだ星の巫女なんですよ。…こういう言い方、あまりしたくありませんけど…そんなエリーちゃんが、異世界人で、しかも人間でない体を持つウィルくんと一緒にいるのは…」

言うのも辛そうなアイシャにレクスが代わって答える。
「…一部の人にとっては、これ以上ない信仰への冒涜になるだろうね。『女神様の創造物でない異世界の怪物が巫女様と恋仲など、それは女神様を穢すことになる』とか」

「なっ…兄貴はそんなんじゃない!誰よりも頼れる俺達の仲間じゃねえか!」
「残念だけど、こういうのは僕達の考えとは関係ないんだ。ラナ様も言ったでしょ、国レベルだと話は違ってくるし、異質なものへの恐れ…その表現の形や程度の差はあるかもしれないけど、僕達の周りでも普通にあるものだ。ハーゼン町の時みたいにね」

「そんなって…っ、くそっ…」
「カイくん…」
無言で震えるカイにアイシャはそっと手を添え、彼はギュッと握り返す。

「…なあ、エリーが巫女ってこと、このまま隠し通せないのか?女王たちに黙るのは悪いかもしれないけど、別に王族に戻らなくても教団とは戦えるし、二人でこっそり生活していくとか―――」
「それは無理だな」
否定したのはミーナだった。

「三女神の巫女達が出揃うことは、教団との戦いにおいて大きな意味合いを持っている。人々への士気や決意にも関わるし、邪神ゾルドが万が一復活した場合、星の巫女という人物は必ず前に出なければならない。そうなると否が応でもエリーの、王女ティアの正体は暴かれてしまう。それに、真相を隠してかえってそれを利用される恐れもある。星の巫女が王女ティアであることを、一番厄介な奴らに既に知られてるからな」

「邪神教団ですね、先生。十六年前、彼らはそれを知って王妹マリアーナ様諸共に暗殺しようとしたのですから」
アイシャにミーナは頷く。
「なによりも、正体を隠して後ろにいるなんざ、他ならぬエリー本人が一番嫌がるだろう。ずっと兄として暮らしてきたお主なら、それを誰よりも理解しているのではないか?」

「…ああ、そう、だな。エリーはそういう子だ…」
妹のことを偲ぶカイに、ミーナはフォローを入れた。
「なに、この件についてはまだそこまで悲観することはない」
「どういうことだ?」

「エステラ王国の女神への思想のスタンスは、ヘリティアやルーネウスとは少し違うのだ。ヘリティアは勇者ダリウスを中心とした王権神授が中心で、ルーネウスも似たようなものだが、エルフの思想を濃く反映し、調和を重視するエステラでは、国はあくまで女神の理念を支えるもの、というのが主流の考えだ。エリーとウィルの事情を知れば、巫女であるエリーを色々と手助けしてくれるかもしれん」

「そ、そっか…」
少しだけ安心するカイだが、レクスが釘をさす。
「でも逆に、宗教の中心となる教会国ミナスもいるエステラこそ、二人のことを一番反対する可能性も否めないよね、ミーナ殿」
「そうだな…。この件については、我らでできる限りフォローしておこう。勿論、最終的にはウィルとエリー二人の決意次第だが――」
「それなら大丈夫ですよ、ミーナ様」

全員が入口の方を振り返った。そこにはお互いの手をしっかりと握りしめる、ウィルとエリネが立っていた。
「エリーちゃん!」「エリー!」
アイシャやカイ達が二人の方に寄っていく。

「エリー。その、もう落ち着いたか?」
「うん、心配かけてごめんなさい。お兄ちゃん。…えへへ、まだ普通にお兄ちゃんって呼んでも大丈夫かな」
「当たり前だろっ」

エリネを、自分の大事な妹の頭をカイは親愛を込めて撫でた。
「小さい頃からずっとあんたは俺の妹だ。巫女だの王家だの関係ない。シスターだってきっとそう思ってるに違いないさっ」
「うん、ありがとお兄ちゃん」

兄妹の抱擁をかわすと、エリネは毅然とラナ達に決意を語った。
「ラナ様、みんな、私のことはどうか心配しないでください。…王家の方は、正直まだピンと来ないですけど、教団との戦いは、私も女神の巫女としてしっかりと前に立ちますから」

同じ巫女であるからこそ、アイシャは心配する。
「本当に平気ですか、エリーちゃん。無理とかしてません?」
「ありがとう、アイシャさん。でも本当に大丈夫です。自分の都合で巫女であることから逃げて、他の人達だけが戦うなんて、私には絶対にできませんし――」
エリネの顔がウィルフレッドに向ける、それに応えるように彼は微笑んで、繋いだ手をよりしっかりと握った。

「私は一人じゃないですもの。これからどんなことがあろうと、ウィルさんと一緒に乗り越えるって、二人で決めたんですから」
「エリー、ちゃん…」
思うところがあるように胸が締め付けられるアイシャ。

「俺からもお願いする、みんな。エリーのことを可能な範囲で構わないから、どうか助けてあげてくれ」
頭を下げるウィルフレッドに、レクスは彼の肩を叩く。
「エリーちゃんだけでなく、ウィルくんも、でしょ。君が言うまでもなく、二人のことは僕達が全力でフォローするよっ」

「ええ。貴方達も決意を固めたのなら、これ以上言う事はないわ。同じ巫女である私とアイシャ姉様もいるから、安心なさい」
「そうですよ、エリーちゃん。…それに、これほどに応援し甲斐のある禁断の恋って他にいないですしねっ」
「あはは、アイシャは相変わらずだなあ。兄貴、エリー、二人のことに誰か何を言おうとすれば、俺が黙らせてやるからな」

「カイ…みんな…ありがとう」
「うんっ、ラナ様っ、アイシャさんっ、それにレクス様も、本当にありがとうっ」
「別に良いって。あ、そういや、もうエリーちゃん別に僕達のこと様付けで呼ぶ必要なくない?」
「そうよね。同じ巫女で王女だもの。これ以上遠慮する必要はないんじゃない?」
「あ、言われてみればそうですよね、えへへ。でもいきなりはちょっと慣れないかな」

談笑する一行を、ミーナは静かに見守るよう微笑んだ。けれどのその心中は穏やかではなかった。
(エリーとウィル…。女神の巫女が、…。これも女神達の導きによるものか?それとも…いや、まさか…)

杖を握る手に力が入り、彼女の目線はずっと、巫女であるエリネと、異世界であり改造人間であるウィルフレッドから離れなかった。



【続く】

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