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四章 進む道の先に映るもの
200話 『進んでいく世界』
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──カエデは、内心で奥歯を噛み締める思いを味わう。
前回、勇者候補の絞り出しとして集めた者達の中にレイはいた。その時に感じたものはやはり間違いではなかったと嬉しい反面、この状況で出くわした事に歯がゆさを味わった。
「お久しぶりですね、剣崎さん」
そう返事をして、カエデはちらりと自分を襲っていたはずの靄へと視線を移し、それが中空で漂い止まっている事を認めて「アレはあなたが?」とレイに尋ねた。
その答えだと言わんばかりにレイはその靄へと腕を伸ばした。すると靄は螺旋を描きながらレイのその腕へと飛び込むように向かって行き、レイに触れるとそれは少女の姿を現しレイの腕に抱き着いて綺麗に着地した。
「──精霊が、二体……?」
レイの側にいる二体の精霊。ミズキと、もう一体の黒く丈の短い着物に全身を包んだ少女は、少し引きずってしまうくらいに大きな振り袖から白く細い指を出して抱きついたままカエデを睨んでいた。
「レイくんは浮気性ですね」
ふと、ミズキがそんな事を言ったので「ち、違うよ……!」と咄嗟に振り向いて慌てて否定した。ミズキは膨らませていたほっぺたを元に戻して「冗談です」と小さく笑う。
「分かってるですよ。──あの人、どうするですか?」
「十分警戒して。──あと、ミズキさんは先に……」
「はい。分かってるですよ。レイくんに褒めてもらいたいですし」
レイは前を向き、カエデが笑顔で固まっているのを見て、自分を力強く抱きついて離さないナツミに声をかける。
「ナツミちゃん」
「お兄ちゃん……」
「──今から言う事をしっかり聞いてね」
「ぇ、ぁ、うん……」
「今からきっと、この街は──ううん。この街以外も、大変な事になる。ぼくは、なんとかしてそれを食い止めたい。そして、そのためにはぼくだけの力じゃダメなんだ。力を、貸してくれないかな? ──君の勇気を、貸してくれる?」
その問いかけに、ナツミは大きく目を見開いて、それから元気よくこくんと頷いた。それには確かに、嬉しさが垣間見えるのだった。
「分かったよ、お兄ちゃん。私も、協力する……!」
決意の宿った目は力強く、その言葉に呼応するように煌めいた。
※※※
──時間を遡ること数分前。
それは、レイ達が繰り返し部屋中の扉を開けていた時、ナツミ達がカエデと相対した時、彼女達は迫り来る狂気の黒の進行を暴風の障壁で防いでいた。
車椅子を後ろで支える彼女の被るフードは深く被られていて未だ取れる気配はない上に、それをものともしていない顔で、姿勢で、車椅子を支え続ける。
金色の長髪が風に弄ばれてはためく。その持ち主である是枝さくらは、手を前に翳して苦々しい表情を浮かべて奥歯を食いしばる。
「なん、って力……っ! あの時よりも、更に……!?」
果てしないと思われるほどの風と暗黒の暴力が辺りを蹴散らし、建物が倒壊して、彼女らの足下のひび割れていた地面に入った亀裂が音を立てて目に見えて広がって行く。
障壁に更に力を込め、暗黒色のそれは勢いを弱め、更に後ろへと押し出される。
額に汗をかきながら、さくらは背後を横目に見た。
そこには一台のバスが走っている。その小さくなっていく姿に相対的に大きくなっていく安堵を覚えて、さくらは薄く笑みを浮かべた。
──瞬間、緩んだ障壁の隙間を縫って暗黒の魔手がバスの天井を削り、剥がして、ブッ飛ばした。それに目を剥いて、空を見上げて、信じられないものを見たような顔をして、口を呆けさせた。
「──ぁ、ぇ、ぅぅ」
困惑と驚愕に目を見開いて、うごめく腕や脚、眼や、口等の集合体とでも形容できそうな暗黒の魔手の、幾つかある目の内の一つがさくらを捉えていた。
その視線に見つめられ、さくらは心の奥底から恐怖を引っ張り出されるような感覚を味わい、息を詰める。それを合図にしたかのように伸びた魔手はざんばらに千切れるように半分に別れてさくらに狙いを定める。
背後から迫る魔手の片割れはまるで鞭が如くさくら達へと差し迫り──、
「──あぅ、っ!?」
死の香りを察知したナナセが、車椅子を横に向けて動き出す。迫る速度と見合わない、比べる必要もないくらいに遅いその動きに、魔手は簡単に追いつく。
──しかし、それは突如地面から立ち上った巨大な壁により阻まれた。
堅牢な黒いアスファルトの壁が、二人を守らんとするかの如くその身を天へ伸ばし、魔手の攻撃を防いだ。泥が落ちたような音と共にさくらが我に返り、障壁へと手を翳して維持しようと意識する。
アスファルトの壁に衝突した魔手が、アスファルト諸共さくら達を滅ぼさんともう片割れも壁へと体当たりして来た。
しかし、車椅子を押す彼女の踏んだ後がまるでその支えとなるかのように何本も棒が伸び、壁の倒壊を防ぐ。そのまま壁の横側へと避難させられたさくらはバスの方を見て、その光景に絶句する。
「な、あ──っ!?」
そこでは、黒き魔手からぬるりと何かが生まれいづるのが見られた。
それは球体を呈していて、それはアスファルトに落ちると音も無く破裂し、内側から、精霊の天敵とも呼ぶべき者が姿を現した。
「……精霊、狩り」
蛇の頭、鱗を持つ人の様なその体は、余りにも冷酷に、飢えと渇きをその瞳に宿してさくらとナナセの二人を見詰めていた。
しかもそれは一体などではなく、まるで分裂でもするかのように何体もの怪人を生み出し、痩せ細っていった魔手は一時的に動きを止める。
その既視感を覚える姿に、それも目の前に広がるその圧倒的な数に戦慄したさくらは、唇を巻き込んでその蛇頭の怪人を睨みつける。
──しかし、
「──ぁ、ァア……!?」
それらは、目の前で白煙を上げて、もがき苦しむ様に、太陽から自分を隠すように丸くなり、縮こまり、その場にうずくまって呻いて消えた。
それはまるで、溶けるとか、蒸発するとか、そういったものに近しい消え方だった。
それを目の当たりにしてさくらは瞬きをして開いて塞がらない口で一言だけ呟いた。
「マジですか」
ふと、バスの方を見てみると何人もの生徒と思しき人物がさくらを、さくら達を遠巻きに見ているのに気がついた。しかし、だからと言って彼らに何かをする余裕もあまり無く、さくらは車椅子のハンドルを掴んでいるナナセに「無視しましょう」と伝え、再び障壁を正面に向かせる。
障壁の向こうではまだまだ蠢いて止まる気配の無い暗黒の化物がその目線をさくらに向けているが、障壁を突き抜けたのはアレが最初で最後で、それより後は何もしてくる気配は無く、さくらは虚を突かれていた。
「もっと攻撃が激しいとばかり思っていましたが……」
障壁の隅から隅まで見渡し、さくらは一呼吸ついた。
「どうにかなりましたね」
安堵と達成感から来る笑みを浮かべたさくらは車椅子の背もたれに背を預けて大きく息を吐いた。すると、道の向こう側から障壁に沿って歩いて来る影を見つけ、さくらはぱちくりと瞬きする。
「コーイチくん……」
軽い駆け足で近づいて来たコーイチは棒を潜ってさくらの前に立つと腰に手を当てた。
彼は面倒くさそうに目を閉じて報告する。
「……ちゃんと、置いて来てるから安心しろよ。リーダー」
「やっぱり、コーイチくんは優しいですね」
「はあ? 恩返しだよ恩返し。──じゃなきゃ、アイツらとつるんでるリーダーなんかとっくに見切りつけてとんずらしてるから」
ひらひらとその話を追い払おうとするかのように手を振りながらコーイチは話す。
「空いた風穴も、治してくれたじゃねえか」
そう言って、穴の空いた服の上から自らの傷跡を指さす。そこには、岩盤のようなものが穴を埋めるように存在しているのが見える。
「治しては、ないんですけれどね……」
「アイツみたいに、死にかけても復活できるくらい、再生能力がヤバかったら良かったんだけどな」
「……?」
「ああ、いや。なんでもねえ」
ゆるゆると首を横に振り、コーイチは「ともかくだ」と話を切り替える。
「この化物をこの街から出さないって事には成功した訳だけど……この後はどうするんだよ」
「──今のこの世界には、漂う魔力はもうほとんど残っていません。恐らく、このまま持ち堪えれば内包している魔力も底をつき動けなくなるでしょう」
現に、とさくらはアスファルトの壁を指さす。釣られて、自分が潜ってきた棒が支えている壁のある右側を見るコーイチ。
「俺にはとことん才能がないからわかんねーなぁ……」
あながち間違いでもない冗談を言うと、コーイチは壁の向こうに佇むバスの存在に気がついて目を細めてそちらに視線を移した。そこに動く影がある事も見えて「リーダー?」と言外に尋ねる。
「アレは私の学校のバス、の様です。たぶん三年生の修学旅行のものでしょう」
「リーダーは違うのかよ」
「私は二年生ですからね」
「ふーん」
「興味なさそうですね」
「……それよりも、もうあの槍の女は来ないんだよな?」
話題を逸らされ、さくらはコーイチをジト目で睨みつけて大きなため息をついた。しかしそれでも次の言葉を待つ姿勢のコーイチに、折れて目を閉じ軽い吐息と共に何度か頷く。
「ええ。そのはずです」
「あの女は……なんだったんだ?」
自分の左側に五メートルもない近さで蠢く、壁一枚挟んで向こうからこちら側を見ているそれを眺めながらそう尋ねた。
「……魔族、ですね」
一拍置いて出たその言葉はどこか絞り出されたようにも聞こえ、それと共に聞き慣れない単語が耳を突いてコーイチは眉をひそめた。
「魔族?」
「長命種だったと、記憶してます」
「んだよその……ちょーめーしゅ? 酒かよ」
「え、なんでお酒なんですか?」
「超、銘酒。つまり、すっげー美味い酒みたいじゃん」
「長く生きる種族の総称です! ──て言うか、飲んだ事あるんですか?」
「未成年は酒、飲めねえんだぞ? んなことも知らねえのかよ。リーダー」
「し、知ってますよ! ──そ、それよりも……!」
ごほん、と片目を瞑って一つ咳払いをすると、さくらは「それでは」と前置きして、障壁の向こう側で蠢くそれらを、その向こう、遠くに見える大きな屋敷を眺めて、言う。
「作戦を、次の段階へと進めます」
その瞳には、確かに不安が燻っていたのだった。
[あとがき]
すみません、遅れました。
二百話達成! 四章も終わりをチラ見せし始めている! 五章書くのも楽しみだ!
さて、明日も更新します。G20と月末更新が被ったので、七夕までは毎日更新しよっかな。ストック的にもその辺りで納得していただくとありがたい……。
それじゃあまたね、ばいばーい。
前回、勇者候補の絞り出しとして集めた者達の中にレイはいた。その時に感じたものはやはり間違いではなかったと嬉しい反面、この状況で出くわした事に歯がゆさを味わった。
「お久しぶりですね、剣崎さん」
そう返事をして、カエデはちらりと自分を襲っていたはずの靄へと視線を移し、それが中空で漂い止まっている事を認めて「アレはあなたが?」とレイに尋ねた。
その答えだと言わんばかりにレイはその靄へと腕を伸ばした。すると靄は螺旋を描きながらレイのその腕へと飛び込むように向かって行き、レイに触れるとそれは少女の姿を現しレイの腕に抱き着いて綺麗に着地した。
「──精霊が、二体……?」
レイの側にいる二体の精霊。ミズキと、もう一体の黒く丈の短い着物に全身を包んだ少女は、少し引きずってしまうくらいに大きな振り袖から白く細い指を出して抱きついたままカエデを睨んでいた。
「レイくんは浮気性ですね」
ふと、ミズキがそんな事を言ったので「ち、違うよ……!」と咄嗟に振り向いて慌てて否定した。ミズキは膨らませていたほっぺたを元に戻して「冗談です」と小さく笑う。
「分かってるですよ。──あの人、どうするですか?」
「十分警戒して。──あと、ミズキさんは先に……」
「はい。分かってるですよ。レイくんに褒めてもらいたいですし」
レイは前を向き、カエデが笑顔で固まっているのを見て、自分を力強く抱きついて離さないナツミに声をかける。
「ナツミちゃん」
「お兄ちゃん……」
「──今から言う事をしっかり聞いてね」
「ぇ、ぁ、うん……」
「今からきっと、この街は──ううん。この街以外も、大変な事になる。ぼくは、なんとかしてそれを食い止めたい。そして、そのためにはぼくだけの力じゃダメなんだ。力を、貸してくれないかな? ──君の勇気を、貸してくれる?」
その問いかけに、ナツミは大きく目を見開いて、それから元気よくこくんと頷いた。それには確かに、嬉しさが垣間見えるのだった。
「分かったよ、お兄ちゃん。私も、協力する……!」
決意の宿った目は力強く、その言葉に呼応するように煌めいた。
※※※
──時間を遡ること数分前。
それは、レイ達が繰り返し部屋中の扉を開けていた時、ナツミ達がカエデと相対した時、彼女達は迫り来る狂気の黒の進行を暴風の障壁で防いでいた。
車椅子を後ろで支える彼女の被るフードは深く被られていて未だ取れる気配はない上に、それをものともしていない顔で、姿勢で、車椅子を支え続ける。
金色の長髪が風に弄ばれてはためく。その持ち主である是枝さくらは、手を前に翳して苦々しい表情を浮かべて奥歯を食いしばる。
「なん、って力……っ! あの時よりも、更に……!?」
果てしないと思われるほどの風と暗黒の暴力が辺りを蹴散らし、建物が倒壊して、彼女らの足下のひび割れていた地面に入った亀裂が音を立てて目に見えて広がって行く。
障壁に更に力を込め、暗黒色のそれは勢いを弱め、更に後ろへと押し出される。
額に汗をかきながら、さくらは背後を横目に見た。
そこには一台のバスが走っている。その小さくなっていく姿に相対的に大きくなっていく安堵を覚えて、さくらは薄く笑みを浮かべた。
──瞬間、緩んだ障壁の隙間を縫って暗黒の魔手がバスの天井を削り、剥がして、ブッ飛ばした。それに目を剥いて、空を見上げて、信じられないものを見たような顔をして、口を呆けさせた。
「──ぁ、ぇ、ぅぅ」
困惑と驚愕に目を見開いて、うごめく腕や脚、眼や、口等の集合体とでも形容できそうな暗黒の魔手の、幾つかある目の内の一つがさくらを捉えていた。
その視線に見つめられ、さくらは心の奥底から恐怖を引っ張り出されるような感覚を味わい、息を詰める。それを合図にしたかのように伸びた魔手はざんばらに千切れるように半分に別れてさくらに狙いを定める。
背後から迫る魔手の片割れはまるで鞭が如くさくら達へと差し迫り──、
「──あぅ、っ!?」
死の香りを察知したナナセが、車椅子を横に向けて動き出す。迫る速度と見合わない、比べる必要もないくらいに遅いその動きに、魔手は簡単に追いつく。
──しかし、それは突如地面から立ち上った巨大な壁により阻まれた。
堅牢な黒いアスファルトの壁が、二人を守らんとするかの如くその身を天へ伸ばし、魔手の攻撃を防いだ。泥が落ちたような音と共にさくらが我に返り、障壁へと手を翳して維持しようと意識する。
アスファルトの壁に衝突した魔手が、アスファルト諸共さくら達を滅ぼさんともう片割れも壁へと体当たりして来た。
しかし、車椅子を押す彼女の踏んだ後がまるでその支えとなるかのように何本も棒が伸び、壁の倒壊を防ぐ。そのまま壁の横側へと避難させられたさくらはバスの方を見て、その光景に絶句する。
「な、あ──っ!?」
そこでは、黒き魔手からぬるりと何かが生まれいづるのが見られた。
それは球体を呈していて、それはアスファルトに落ちると音も無く破裂し、内側から、精霊の天敵とも呼ぶべき者が姿を現した。
「……精霊、狩り」
蛇の頭、鱗を持つ人の様なその体は、余りにも冷酷に、飢えと渇きをその瞳に宿してさくらとナナセの二人を見詰めていた。
しかもそれは一体などではなく、まるで分裂でもするかのように何体もの怪人を生み出し、痩せ細っていった魔手は一時的に動きを止める。
その既視感を覚える姿に、それも目の前に広がるその圧倒的な数に戦慄したさくらは、唇を巻き込んでその蛇頭の怪人を睨みつける。
──しかし、
「──ぁ、ァア……!?」
それらは、目の前で白煙を上げて、もがき苦しむ様に、太陽から自分を隠すように丸くなり、縮こまり、その場にうずくまって呻いて消えた。
それはまるで、溶けるとか、蒸発するとか、そういったものに近しい消え方だった。
それを目の当たりにしてさくらは瞬きをして開いて塞がらない口で一言だけ呟いた。
「マジですか」
ふと、バスの方を見てみると何人もの生徒と思しき人物がさくらを、さくら達を遠巻きに見ているのに気がついた。しかし、だからと言って彼らに何かをする余裕もあまり無く、さくらは車椅子のハンドルを掴んでいるナナセに「無視しましょう」と伝え、再び障壁を正面に向かせる。
障壁の向こうではまだまだ蠢いて止まる気配の無い暗黒の化物がその目線をさくらに向けているが、障壁を突き抜けたのはアレが最初で最後で、それより後は何もしてくる気配は無く、さくらは虚を突かれていた。
「もっと攻撃が激しいとばかり思っていましたが……」
障壁の隅から隅まで見渡し、さくらは一呼吸ついた。
「どうにかなりましたね」
安堵と達成感から来る笑みを浮かべたさくらは車椅子の背もたれに背を預けて大きく息を吐いた。すると、道の向こう側から障壁に沿って歩いて来る影を見つけ、さくらはぱちくりと瞬きする。
「コーイチくん……」
軽い駆け足で近づいて来たコーイチは棒を潜ってさくらの前に立つと腰に手を当てた。
彼は面倒くさそうに目を閉じて報告する。
「……ちゃんと、置いて来てるから安心しろよ。リーダー」
「やっぱり、コーイチくんは優しいですね」
「はあ? 恩返しだよ恩返し。──じゃなきゃ、アイツらとつるんでるリーダーなんかとっくに見切りつけてとんずらしてるから」
ひらひらとその話を追い払おうとするかのように手を振りながらコーイチは話す。
「空いた風穴も、治してくれたじゃねえか」
そう言って、穴の空いた服の上から自らの傷跡を指さす。そこには、岩盤のようなものが穴を埋めるように存在しているのが見える。
「治しては、ないんですけれどね……」
「アイツみたいに、死にかけても復活できるくらい、再生能力がヤバかったら良かったんだけどな」
「……?」
「ああ、いや。なんでもねえ」
ゆるゆると首を横に振り、コーイチは「ともかくだ」と話を切り替える。
「この化物をこの街から出さないって事には成功した訳だけど……この後はどうするんだよ」
「──今のこの世界には、漂う魔力はもうほとんど残っていません。恐らく、このまま持ち堪えれば内包している魔力も底をつき動けなくなるでしょう」
現に、とさくらはアスファルトの壁を指さす。釣られて、自分が潜ってきた棒が支えている壁のある右側を見るコーイチ。
「俺にはとことん才能がないからわかんねーなぁ……」
あながち間違いでもない冗談を言うと、コーイチは壁の向こうに佇むバスの存在に気がついて目を細めてそちらに視線を移した。そこに動く影がある事も見えて「リーダー?」と言外に尋ねる。
「アレは私の学校のバス、の様です。たぶん三年生の修学旅行のものでしょう」
「リーダーは違うのかよ」
「私は二年生ですからね」
「ふーん」
「興味なさそうですね」
「……それよりも、もうあの槍の女は来ないんだよな?」
話題を逸らされ、さくらはコーイチをジト目で睨みつけて大きなため息をついた。しかしそれでも次の言葉を待つ姿勢のコーイチに、折れて目を閉じ軽い吐息と共に何度か頷く。
「ええ。そのはずです」
「あの女は……なんだったんだ?」
自分の左側に五メートルもない近さで蠢く、壁一枚挟んで向こうからこちら側を見ているそれを眺めながらそう尋ねた。
「……魔族、ですね」
一拍置いて出たその言葉はどこか絞り出されたようにも聞こえ、それと共に聞き慣れない単語が耳を突いてコーイチは眉をひそめた。
「魔族?」
「長命種だったと、記憶してます」
「んだよその……ちょーめーしゅ? 酒かよ」
「え、なんでお酒なんですか?」
「超、銘酒。つまり、すっげー美味い酒みたいじゃん」
「長く生きる種族の総称です! ──て言うか、飲んだ事あるんですか?」
「未成年は酒、飲めねえんだぞ? んなことも知らねえのかよ。リーダー」
「し、知ってますよ! ──そ、それよりも……!」
ごほん、と片目を瞑って一つ咳払いをすると、さくらは「それでは」と前置きして、障壁の向こう側で蠢くそれらを、その向こう、遠くに見える大きな屋敷を眺めて、言う。
「作戦を、次の段階へと進めます」
その瞳には、確かに不安が燻っていたのだった。
[あとがき]
すみません、遅れました。
二百話達成! 四章も終わりをチラ見せし始めている! 五章書くのも楽しみだ!
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