当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

199話 『反撃の狼煙』

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 振り向くと、ミズキが立ち止まる、もとい、漂い止まっていた。
 速度を上げつつ歩いていた時の事だった。彼女が急に進むのをやめて止まり、それに釣られてレイも立ち止まった。

 振り向いたそこでは、ミズキが俯いていた。

「どうしたの、ミズキさん……?」

「レイくん……ちょっと──いいえ、すごく、この先は……嫌な予感が……」

「嫌な予感……?」

「予感と言うか、気配と言うか、なんですが……」

 レイは瞬きをして、皆目見当がつかず首を傾げた。

「どういう事?」

 ミズキ曰く、精霊には自分へと害を為す事象へ危機察知する器官があるのだそうだった。それに拠れば、この先には恐ろしく、おぞましい、途方も無く強い力を秘めた何かが存在しているのだと言う。

 ただ、それでも、だからこそレイは、止まる訳にはいかなかった。

「──そこで、人質に取られているのかもしれないしね」

 ただ、そのために彼女を危険に遭わせるのも避けたいところではあったが、そうとも言っていられない状況が外で起こっている。もし、この場を切り抜けられねば全てが水泡と帰すだろう。──それだけは、避けなければならない。

「……なら、ミズキさん」

「はいです」

「ミズキさんは、うん、人を見つけるかしたら先制攻撃して、動きを止めておいて欲しいな。そうしたら、どうにかするから」

「レイくんは強いですもんね」

「──それに、あの子もいるしね」

 ぼそりと呟かれた言葉に首を傾げたミズキに首を振り、レイは「行こっ」と彼女の先を進んだ。その後を追い、心中に引っかかりを覚えつつも言葉にはせずにミズキは進む。

 ぴり、と肌を刺激する感覚にミズキは警戒しながらレイの側を離れようとはしなかった。

 それからしばらく進み続けていると、遠くから笑い声のようなものが聞こえてきた。

「──合ってたみたいだね」

「ですね」

 自分達が向かっていた方向、その奥から女性特有の甲高い笑い声が──哄笑が響いてくる。それに安心と不安が入り混じった奇妙な感情が心を彩り、心臓を擽られるような感覚は焦燥感に近いものを感じた。

「──急ごう。方向は合ってる。声が聞こえるくらい、近くまで来られたから」

 ミズキの返事も待たず、レイは疾走に近い形で歩みを進める。
 足が妙に重たい気がして、レイは自分の足をちらりとその瞳に映す。

 が、すぐに正面を向いて走って行った。

 ──どろりと、眼帯の奥でそれは波を打った。

 ※※※

 ──カエデは、元よりそれほど数の多くない忍者達を使役して、目的を成就しかけていた。今はここにいる分と脱走した不死鳥を追わせた数人との約十数人余りしか存在しないが、それでも彼ら彼女らは随分と役に立ってくれていた。

 手持無沙汰で立ち尽くすウィルを嘲笑いながら、カエデは嬉々として手元のナイフを指先で弄ぶ。回されるナイフは狙う獲物を定めるかのようにその刃先をカエデとウィルを交互に向ける。

「そうですねえ。あともう少し──十分くらい、こうしていてもらえると有り難いですね」

「それを、私が呑むと?」

 消えた表情で、ウィルがカエデに聞き返す。
 ゆるゆると、左右に揺られた首が答えだった。

「いえ、どうにもその女の子に入れ込みがあるようなのでもしかしたらと思っているだけですよ。ただまあ、それで止まってくれるならこの上なく嬉しいのですけれど」

 動かないウィルを見て取り、カエデはくつくつと笑う。ナイフの刃先はウィルの方を向いて回転を止められ、狙いを定めた。

「どうやら、その通りだったみたいですね?」

「────」

 黙り込んで語りたがらない青年に沸々と込み上げる讃美のような喜びが、強者をねじ伏せたような快感が、胸の内を擽って笑みを浮かばせる。
 口許に手を当てて堪えるようにカエデは笑う。青年の成すすべのない状況に、円滑に進む自らの思惑に、そして、目的へと近づいていく足音に。

「くふふふ……。答えなくても構いませんよ? もうすぐこの手で復讐を始められる。そのためなら私はこの世界なんて──」

「貴女は何を言っているんですか?」

「……は?」

「先程から聞いてましたが……どうにも、耳が痛くなるお話しばかりですね」

 ウィルは目を伏せて小さく吐息するとゆるゆると、呆れ返ったように首を左右に振る。その姿に、優位性を確保していたカエデのその笑みが固まってしまう。仕事が滞らず円満にいったような、そんな心地よさに浸っていた心が、階段を転げ落ちるように、現実へと引き戻されるように、夢から覚めたような心地がカエデを苛む。

 ──空気が目に見えて緊張した。

「世界が滅べば、可能性も何も無くなるでしょうに」

「────」

「勇者を探すのは復讐のため? そのために世界の壁を壊すのは、勇者の役目や歴史と相反するものなのではないですか?」

 ふう、とわざとらしく吐息して、ウィルはカエデをそっと、温かい目で見つめる。
 その目に不快感を味わい顔を渋るカエデ。──しかし、

「──ふふっ」

 突然に笑いが、堪えきれなかったかのような笑いが、部屋中に響く。それは当然、ウィルの耳にも届いて、自分の目の前にいる人物がどうして笑うのか、理解が出来ていないと、そう顔に書きながら怪訝な目で見つめていた。

「おかしな事を言いましたか?」

「おかしな? ええ。おかしいですとも」

 少しだけ背を丸めて笑うカエデを不安げに隣から見上げるアオイは、その袖をきゅっと摘んだ。その動作に気づいた様子で、カエデはまだ残る笑いの余韻を吐息と共に吐き出して背筋を伸ばし再びウィルと相対する。

「──勇者には、役目なんてものはありませんよ。そして、そこに伴う歴史も、無価値だと割り切って捨てても構わないほどです」

「なっ……」

「驚いた顔をして、滑稽ですよ」

 嘲弄が込められたその言葉に良い顔は当然できず、ウィルは眉をひそめた。
 ただ、発言した当の本人はその反応すらも面白がった様子で、性悪に笑う。

「勇者とは、原初の魂を持った可能性の塊であって、そこには役目も何もありません。それは、あなた方がただ単に多くの勇者が人を、世界を救うから、それを『役目』として勝手に認識したもの。──さもなければ、監視なんてする必要性は皆無ですものね」

 そう告白したカエデは「さて」とナイフの刃先を見つめて少し退屈した様子でちらりとウィルに目線を向ける。その目線に良からぬものを感じたウィルの予感は的中した。

「光の精霊王ウィル・オー・ウィスプ。あなたを、殺します」

 ナイフが投げられ、それは左の腿に深く、深く突き刺さった。
 赤い血がどろりと溢れる。それに目をしかめながら、どうにか倒れずに堪えてみせる。

「勇者が見つかるまでの残りの時間、じわじわと殺して差し上げます」

 そう告げて、カエデは性悪に、嘲弄を絵に描いたような、そんな笑みを浮かべた。
 その笑みに苦虫を噛み潰したような顔で細めた視線をカエデにぶつけた。

「かの精霊王が悔しそうな顔をして……滑稽ですよ?」

「────」

「さて、ではどこから嬲ってほしいですか? 腕? 脚? それとも胴から? お好きな所から選ばせて差し上げますよ」

「──では」

 一つ、深い息を吐いて、ウィルはにこりと爽やかな微笑みを浮かべて告げる。

「貴女の心を」

 瞬間、ざわっと全身の肌が粟立つのを感じ取ってカエデは咄嗟にアオイの腕を引き、幼い肢体を抱き寄せながら真横に飛び退いた。そこへと、突然に暗黒の靄が、黒い霧が発生する。それに瞠目して踏みとどまると、すぐにウィルを睨みつけた。

 しかし、詰問を許すまじとその霧は螺旋を描きながらカエデへと子供が走るような速度で飛んで行く。それを躱し、カエデは自分を通り過ぎたその霧をまじまじと観察し、眉をひそめた。

「なんですか、アレ……?」

 それは弧を描いて、カエデに追従して再び襲いかかって来るが、動き自体は遅く、子供が走る程度のその速度はいとも簡単に避けられる。しかし、その正体がいまいち上手く掴めずに不気味だと、視線を向けて訴えた。

 どさ、と人が倒れる音にハッとしてそちらの方向を振り向くと、そこでは見知った顔の少年──少女と呼ぶべき人物が、小さな人質を解放して自分を睨んで立っているのが見えた。

 その姿に嬉しさと、厄介だと避ける思いと、肌を焼くようなちりちりとした敵愾心を感じて、カエデは苦々しい笑みを浮かべる。

「やはり、剣崎さん、でしたか……」

 悪者然とした強気な笑みを湛えて、しかしそれに答えることはせず、レイはジッと彼女に目だけ向けたまま離さない。すると、隣からか細い声が聞こえてきた。

「レイくん……」

 怯えたような、震える声でミズキはレイの側にいつも以上に近づいて声をかけた。その声に「なあに、ミズキさん」とカエデから目を離さずに聞き返す。

「あの人です。あの人、とても嫌な気配がするです」

 ちらりと横目にミズキを見ると、前方を小さく指さして、震えていた。
 黒い霧がカエデを襲い、しかしそれはまたもや避けられてしまう。それを眺めながら、レイはちらりと辺りを見渡す。

 人質に取られていた少女──ナツミは解放し、一人の青年を挟んで少し離れた位置に有馬夕が二人の忍者に押し込められ、そのすぐ側で十にも満たないだろう少年が同じように忍者に捕らえられていた。

 ふと、腕に縋り付くように抱きつかれてレイはびくっと体を震わせた。見下ろすと、ナツミが泣きそうな顔でレイを見上げている。その口は何かを伝えようとして、でも喉が引き攣っているのか上手く言葉にできていない。

「──ミズキさん」

 小声で側のミズキに声をかけると、ミズキは察した様子で「分かったです」と頷いてみせた。その頷きに軽めの安堵を滲ませて、レイは自分を邪魔者の様に睨むカエデへ、冷たく細めた目で答えた。

「こんにちは、カエデさん」

 カエデは複雑そうな顔で、頬を引き攣らせる。

 その時、レイの心の中は安心と安らぎがそのほとんどを占めて、表情を柔らかくした。その様子にカエデはただただ、不利になっていく自らの立場に歯噛みした。
 計画の破綻が、すぐ側まで迫っている事実を噛み締めながら、苦い顔をした。





[あとがき]
 新作出す時はきっと、レイくんの物語が終わりそーな頃なんだろうな。きっと。
 前作前前作と読んでくださってる方がいれば分かるかと思うけれど、作者、基本ファンタジーばっかり書いてます。このサイトでは。
 リアルで、紙の方では『子供達と仲良くしたい父親の話』とか『地下と地上で人と機械が分かれて生活してる話』だとか、挙げ句の果には『家族を忘れた女の子の話』とか書いてます。今は。
 はい、関係の無い話おしまい!
 次回、明日更新! G20だからね! それじゃあまた次回! よろしくね!
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