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本編(ノーマルエンド)
46、笑顔と仲直り
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「俺のおふくろは……」
リディアが考え込んでいると、ずっと黙っていたロイドがふと口を開いた。
「……公爵家の一人娘で、親父はただの商人で、どうしようもない身分差があって。それでもお互い諦めきれなくて駆け落ちしたんだ」
リディアは黙って彼の話に耳を傾けた。
「生活は大変だったらしいけど、幸せに暮らしてた、と思う。……俺の魔力が暴走するまで」
そっとロイドが自身の右目を押さえた。
「近所の同い年くらいの子たちと遊んでいて、たぶん親が話してるのを聞いたんだと思うけど、お前の親っていけないことしたんだろって言われて、子どもだった俺はどういう意味かわからなかった。けど、すごく腹が立って、言い返したりしてたらそのうち喧嘩になって……」
「力を使ってしまった?」
「そう」
手に持っていた眼鏡に視線を落としながら彼は続けた。
「とにかく目の前の相手を負かしたいって思ったら、血が沸騰するみたいに熱くなって、目が疼くように痛くて、それで突然周囲が炎に包まれたんだ」
「炎……」
「俺は何が起きたのか全くわからなくて、でも目の前の子たちは俺を怯えたように見ていて、真っ赤になった俺の目を指差して、化け物、って叫んで家に帰っていった」
幼い子が急に炎を出す魔法を使った。一緒にいた子どもたちはさぞ驚いたことだろう。
「それで話を聞いた子どもたちの親が家に押しかけてきて、どういうことかって両親に問い詰めて……俺の親もその時初めて自分の息子に魔力があるんだって気づいたらしい」
ロイドの母親はハウレス公爵家の血をひいている。ロイドは偶然魔力を持って生まれた。
恐らくセエレと違い、生まれたばかりの頃はまだ魔法を行使させるだけの身体ができていなかった。だから普通の子としてロイドの両親は彼を育てていたのだろう。けれど――
「おふくろは魔力のことは知っていたんだと思うけど、実際に自分の息子がそうなるとは夢にも思わなかったらしい。ひどくショックを受けていたよ。……俺がまた力を暴走させたら、誰かを傷つけたら……ってだんだん俺の扱いに困るようになっていった……」
それまで何の苦労もせず育ってきた女性が駆け落ちして、苦労の末に愛する男性との間にできた我が子。愛しいに決まっている。けれど、ある日突然力を開花させた息子に母親が戸惑い、困惑したのも事実だった。
「それからおふくろは俺を外へ出さないようにして、半ば部屋に閉じ込める形で外との接触を禁じた。でも当時の俺はどうしてそんなことされるかわかんなくて、今までとは全く様子の違う母親が怖くて……ここから出たいって強く思った」
それで、と先を話すロイドの声は震えていた。
「気づいたらまた力を暴走させてた……部屋中真っ赤に燃えていて……母親が何をしているのって叫びながら部屋に入ってきて……父親があと少し仕事から帰るのが遅かったら、二人で焼け死んでいたと思う……」
「……でも、二人とも無事に助かったんですよね?」
無言でロイドは頷いた。
「だけど俺は……自分の母親を命の危険に晒した……それからだよ。俺を見る二人の目に怯えが混じるようになったのは」
「ロイド……」
「二人は毎晩遅くまで何かを話していた。きっと俺のことだって思った。しばらくして、ハウレス公爵家の使いの者が家にやって来た。そいつは俺を跡取りとして迎えに来たって言った。俺は何かの冗談だろうって思って両親を見たけど、二人とも目を逸らして……ぜんぶ俺の親がやったんだって気づいた」
あの女の言う通りさ、とロイドは自嘲気味に笑った。
「俺は親に捨てられたんだ。おふくろが自分の父親に、代わりに息子を育ててくれって泣きついて、それで俺は引き取られたんだ。ハウレス公爵は仕方なしに俺をもらってくれたんだ」
「……それからご両親には会っていないんですか」
「うん。一度も。手紙すらない」
薄情だよね、とロイドは笑った。
「じいさん……ハウレス公爵はすごく厳しい人で、俺はなんでこんな目に遭わないといけないんだってある日こっそり逃げ出したんだ。俺の帰る場所はあんなところじゃない……両親に会いたくて……会ったらごめんねって抱きしめてもらえるって、思ってた」
その気持ちはリディアにも痛いほどわかった。無条件で自分を愛してくれると信じていたあの気持ち。まだ何も知らなかった自分は疑いもなく父の愛をもらえると思っていた。
「でもあんたと同じ。子どもの足で行けるところなんて限られてる。一人追いかけてきたじいさんに連れ戻されて、こっぴどく叱られて……お前にはすでに妹がいるんだぞって知りたくもないこと教えられてさ」
「それは……酷いですね」
帰ったところでお前の居場所はすでにないと言っているようなものだ。幼い子どもに対して、それはあまりにも容赦ない。
「だろ。血も涙もない非道なやつだって思ったよ」
でも、とロイドはまた手元の眼鏡にじっと視線を落とした。
「わざわざ探しに来てくれたんだな、ってあんたの話聞いて思った……」
たしかに普通なら使用人が血眼になって探すイメージがある。けれど実際にはハウレス公爵自らの足で追いかけて来てくれた。ただ大切な後継者だったから、とあっさり片付けることもできる。
だがロイドの口調には、昔を懐かしむ響きがあった。
(厳しい人だったかもしれないけど、おじいさんはおじいさんなりにロイドを大切にしていたのかな……)
「この眼鏡も、じいさん…ハウレス公爵がくれたんだ。魔力を抑える力があるからかけていなさいって。でも実際は、目の色を変える程度のものだって後で知った」
「それから力の暴走は……」
彼は黙って首を振った。
「なかった。きちんと暴走しないよう教えを受けたこともあるけど、これをかけていれば大丈夫だって……たぶん、心理的なものもあったんだと思う」
祖父が孫にくれた眼鏡。きっとお守りみたいな役割を果たしてきたのだろう。
「……今の話を聞くと、ハウレス公爵は、公爵なりにロイドのことを守ってきたように思います」
「すっごいわかりづらいし、不器用だけどね」
ため息を吐きながら言ったロイドに、リディアは笑みを浮かべた。
(ロイドにも、わたしにとって師匠のような存在がいてくれたんだな……)
よかった。彼が一人じゃなくて。
「……その慈愛に満ちた表情やめてくれる?」
「え。そんな顔してますか」
「してる」
そんなつもりなかったのだが。リディアは頬を撫でた。そんなリディアを見てロイドがふっと笑った。あ、とリディアが目を丸くする。
「いま……」
「あーあ。思いっきり授業さぼっちゃったよ。せっかく今まで真面目にやってきたのに」
丸めていた身体をほぐすように上へ伸びをしたロイドは、よっこらせと立ち上がった。
「てかさ、あんたまで一緒にさぼってどうすんの。後でノート貸してもらおうって思ってたのに」
「えっ、ええっと、それは申し訳なく……」
ノートを貸してもらう。ロイドの口から友人同士がやるようなことをさらりと言われ、リディアは一瞬反応に遅れてしまう。
「ま、いいけどね。あんたのことだから、どうせ授業に出ていても俺のことばっか考えて集中できなかったろうし」
「そ、そんなことありませんよ!」
たぶんロイドの言う通り気がそぞろになって授業どころではなかったと思うが、すべてを見透かされているようで素直に認めるのは嫌だった。
「わたしだって、いつもぼうっとしているわけじゃ……」
「わかってるよ」
先に階段を降りていたロイドは振り返ってリディアを見上げた。眼鏡をかけた彼の目はいつもの見慣れた青に戻っていた。それを見て、リディアはどちらも彼だと思った。
赤も、青の瞳をした彼も、ぜんぶロイドである証だ。
「俺みたいな面倒なやつも放っておけないやつなんでしょ。リディアは」
唇を吊り上げ、リディアの記憶では初めて、ロイドはきちんと笑ってくれた。嫌味でもなく、相手を嘲笑うでもない、自然な笑みだ。その表情にリディアは驚いてしまって、自分の名が初めてちゃんと呼ばれたことには気づかなかった。
「……ロイド。あなた、笑えるんですね」
「なにそのコメント。馬鹿にしてる?」
あっという間に呆れた表情に戻り、いいから行くよとロイドは前を向いた。慌ててリディアは階段を降りて行った。
***
「――ごめん。さっきは言い過ぎた」
ヘレナ・コンラッドは目を真ん丸と見開いて、ロイドを凝視していた。他の生徒もである。ついでにリディアも驚いていた。教室へ戻って来たロイドは周囲の視線を浴びる中、真っ直ぐとヘレナの元へ向かい、怯える彼女に頭を下げたのだった。あのロイドが。
「自分の過去いろいろ言われて、腹が立ったからわざとあんたが傷つくようなこと選んで言った。挙句の果てに暴力振るいそうになった。本当にごめん」
「……私も、あなたのこと知りもしないのに、色々と失礼なこと言ったから……おあいこよ」
「そう言ってもらえると助かる」
ロイドが顔を上げてほっとしたように息を吐いた。いつもの不機嫌さはそこにはなく、柔らかい表情はまたもや周囲を驚かせた。もともとロイドは綺麗な顔立ちをしている。その彼がそんな表情をすれば、まあ効果は大きいということだ。
「で、でもっ、グレン様のことは許せないからっ」
かすかに頬を赤く染め、そっぽを向きながらヘレナは答えた。
「うん。でもあんたならグレン・グラシア以上の男がいくらでもいると思うよ」
「なっ……」
ぶわっと今度こそヘレナの顔が真っ赤に染まった。きゃあ、という黄色い声も聞こえた気がした。
(ロイドの言葉。グラシアの内面を知った上で言っているんだろうけど……)
ロイドにとっては、あんな最低な男はやめとけという助言だ。けれど何も知らない人間からすれば、お前はいい女だ。あいつにはもったいないという女性にとっては嬉しい言葉になる。綺麗な男に言ってもらえるならなおさら最高だ。
「それから、俺はたしかに魔力があるけど、使うつもりもないし、力だって昔みたいに暴走したりしないから。……信じられないかもしれないけど、それだけは覚えていて欲しい」
言いたいことはそれだけだから、とロイドは自分の席へと戻っていった。周囲を置いてけぼりにしたまま、ロイドは鞄から次の授業の教科書を取り出し始める。
「ハウレス」
ロイドを殴り飛ばした男子生徒が近寄って、彼に頭を下げた。
「さっきは思いっきり殴って悪かった」
「……眼鏡が壊れなくてよかったよ」
壊れてたら弁償してもらうところだったから、とロイドは笑うように言った。
リディアが考え込んでいると、ずっと黙っていたロイドがふと口を開いた。
「……公爵家の一人娘で、親父はただの商人で、どうしようもない身分差があって。それでもお互い諦めきれなくて駆け落ちしたんだ」
リディアは黙って彼の話に耳を傾けた。
「生活は大変だったらしいけど、幸せに暮らしてた、と思う。……俺の魔力が暴走するまで」
そっとロイドが自身の右目を押さえた。
「近所の同い年くらいの子たちと遊んでいて、たぶん親が話してるのを聞いたんだと思うけど、お前の親っていけないことしたんだろって言われて、子どもだった俺はどういう意味かわからなかった。けど、すごく腹が立って、言い返したりしてたらそのうち喧嘩になって……」
「力を使ってしまった?」
「そう」
手に持っていた眼鏡に視線を落としながら彼は続けた。
「とにかく目の前の相手を負かしたいって思ったら、血が沸騰するみたいに熱くなって、目が疼くように痛くて、それで突然周囲が炎に包まれたんだ」
「炎……」
「俺は何が起きたのか全くわからなくて、でも目の前の子たちは俺を怯えたように見ていて、真っ赤になった俺の目を指差して、化け物、って叫んで家に帰っていった」
幼い子が急に炎を出す魔法を使った。一緒にいた子どもたちはさぞ驚いたことだろう。
「それで話を聞いた子どもたちの親が家に押しかけてきて、どういうことかって両親に問い詰めて……俺の親もその時初めて自分の息子に魔力があるんだって気づいたらしい」
ロイドの母親はハウレス公爵家の血をひいている。ロイドは偶然魔力を持って生まれた。
恐らくセエレと違い、生まれたばかりの頃はまだ魔法を行使させるだけの身体ができていなかった。だから普通の子としてロイドの両親は彼を育てていたのだろう。けれど――
「おふくろは魔力のことは知っていたんだと思うけど、実際に自分の息子がそうなるとは夢にも思わなかったらしい。ひどくショックを受けていたよ。……俺がまた力を暴走させたら、誰かを傷つけたら……ってだんだん俺の扱いに困るようになっていった……」
それまで何の苦労もせず育ってきた女性が駆け落ちして、苦労の末に愛する男性との間にできた我が子。愛しいに決まっている。けれど、ある日突然力を開花させた息子に母親が戸惑い、困惑したのも事実だった。
「それからおふくろは俺を外へ出さないようにして、半ば部屋に閉じ込める形で外との接触を禁じた。でも当時の俺はどうしてそんなことされるかわかんなくて、今までとは全く様子の違う母親が怖くて……ここから出たいって強く思った」
それで、と先を話すロイドの声は震えていた。
「気づいたらまた力を暴走させてた……部屋中真っ赤に燃えていて……母親が何をしているのって叫びながら部屋に入ってきて……父親があと少し仕事から帰るのが遅かったら、二人で焼け死んでいたと思う……」
「……でも、二人とも無事に助かったんですよね?」
無言でロイドは頷いた。
「だけど俺は……自分の母親を命の危険に晒した……それからだよ。俺を見る二人の目に怯えが混じるようになったのは」
「ロイド……」
「二人は毎晩遅くまで何かを話していた。きっと俺のことだって思った。しばらくして、ハウレス公爵家の使いの者が家にやって来た。そいつは俺を跡取りとして迎えに来たって言った。俺は何かの冗談だろうって思って両親を見たけど、二人とも目を逸らして……ぜんぶ俺の親がやったんだって気づいた」
あの女の言う通りさ、とロイドは自嘲気味に笑った。
「俺は親に捨てられたんだ。おふくろが自分の父親に、代わりに息子を育ててくれって泣きついて、それで俺は引き取られたんだ。ハウレス公爵は仕方なしに俺をもらってくれたんだ」
「……それからご両親には会っていないんですか」
「うん。一度も。手紙すらない」
薄情だよね、とロイドは笑った。
「じいさん……ハウレス公爵はすごく厳しい人で、俺はなんでこんな目に遭わないといけないんだってある日こっそり逃げ出したんだ。俺の帰る場所はあんなところじゃない……両親に会いたくて……会ったらごめんねって抱きしめてもらえるって、思ってた」
その気持ちはリディアにも痛いほどわかった。無条件で自分を愛してくれると信じていたあの気持ち。まだ何も知らなかった自分は疑いもなく父の愛をもらえると思っていた。
「でもあんたと同じ。子どもの足で行けるところなんて限られてる。一人追いかけてきたじいさんに連れ戻されて、こっぴどく叱られて……お前にはすでに妹がいるんだぞって知りたくもないこと教えられてさ」
「それは……酷いですね」
帰ったところでお前の居場所はすでにないと言っているようなものだ。幼い子どもに対して、それはあまりにも容赦ない。
「だろ。血も涙もない非道なやつだって思ったよ」
でも、とロイドはまた手元の眼鏡にじっと視線を落とした。
「わざわざ探しに来てくれたんだな、ってあんたの話聞いて思った……」
たしかに普通なら使用人が血眼になって探すイメージがある。けれど実際にはハウレス公爵自らの足で追いかけて来てくれた。ただ大切な後継者だったから、とあっさり片付けることもできる。
だがロイドの口調には、昔を懐かしむ響きがあった。
(厳しい人だったかもしれないけど、おじいさんはおじいさんなりにロイドを大切にしていたのかな……)
「この眼鏡も、じいさん…ハウレス公爵がくれたんだ。魔力を抑える力があるからかけていなさいって。でも実際は、目の色を変える程度のものだって後で知った」
「それから力の暴走は……」
彼は黙って首を振った。
「なかった。きちんと暴走しないよう教えを受けたこともあるけど、これをかけていれば大丈夫だって……たぶん、心理的なものもあったんだと思う」
祖父が孫にくれた眼鏡。きっとお守りみたいな役割を果たしてきたのだろう。
「……今の話を聞くと、ハウレス公爵は、公爵なりにロイドのことを守ってきたように思います」
「すっごいわかりづらいし、不器用だけどね」
ため息を吐きながら言ったロイドに、リディアは笑みを浮かべた。
(ロイドにも、わたしにとって師匠のような存在がいてくれたんだな……)
よかった。彼が一人じゃなくて。
「……その慈愛に満ちた表情やめてくれる?」
「え。そんな顔してますか」
「してる」
そんなつもりなかったのだが。リディアは頬を撫でた。そんなリディアを見てロイドがふっと笑った。あ、とリディアが目を丸くする。
「いま……」
「あーあ。思いっきり授業さぼっちゃったよ。せっかく今まで真面目にやってきたのに」
丸めていた身体をほぐすように上へ伸びをしたロイドは、よっこらせと立ち上がった。
「てかさ、あんたまで一緒にさぼってどうすんの。後でノート貸してもらおうって思ってたのに」
「えっ、ええっと、それは申し訳なく……」
ノートを貸してもらう。ロイドの口から友人同士がやるようなことをさらりと言われ、リディアは一瞬反応に遅れてしまう。
「ま、いいけどね。あんたのことだから、どうせ授業に出ていても俺のことばっか考えて集中できなかったろうし」
「そ、そんなことありませんよ!」
たぶんロイドの言う通り気がそぞろになって授業どころではなかったと思うが、すべてを見透かされているようで素直に認めるのは嫌だった。
「わたしだって、いつもぼうっとしているわけじゃ……」
「わかってるよ」
先に階段を降りていたロイドは振り返ってリディアを見上げた。眼鏡をかけた彼の目はいつもの見慣れた青に戻っていた。それを見て、リディアはどちらも彼だと思った。
赤も、青の瞳をした彼も、ぜんぶロイドである証だ。
「俺みたいな面倒なやつも放っておけないやつなんでしょ。リディアは」
唇を吊り上げ、リディアの記憶では初めて、ロイドはきちんと笑ってくれた。嫌味でもなく、相手を嘲笑うでもない、自然な笑みだ。その表情にリディアは驚いてしまって、自分の名が初めてちゃんと呼ばれたことには気づかなかった。
「……ロイド。あなた、笑えるんですね」
「なにそのコメント。馬鹿にしてる?」
あっという間に呆れた表情に戻り、いいから行くよとロイドは前を向いた。慌ててリディアは階段を降りて行った。
***
「――ごめん。さっきは言い過ぎた」
ヘレナ・コンラッドは目を真ん丸と見開いて、ロイドを凝視していた。他の生徒もである。ついでにリディアも驚いていた。教室へ戻って来たロイドは周囲の視線を浴びる中、真っ直ぐとヘレナの元へ向かい、怯える彼女に頭を下げたのだった。あのロイドが。
「自分の過去いろいろ言われて、腹が立ったからわざとあんたが傷つくようなこと選んで言った。挙句の果てに暴力振るいそうになった。本当にごめん」
「……私も、あなたのこと知りもしないのに、色々と失礼なこと言ったから……おあいこよ」
「そう言ってもらえると助かる」
ロイドが顔を上げてほっとしたように息を吐いた。いつもの不機嫌さはそこにはなく、柔らかい表情はまたもや周囲を驚かせた。もともとロイドは綺麗な顔立ちをしている。その彼がそんな表情をすれば、まあ効果は大きいということだ。
「で、でもっ、グレン様のことは許せないからっ」
かすかに頬を赤く染め、そっぽを向きながらヘレナは答えた。
「うん。でもあんたならグレン・グラシア以上の男がいくらでもいると思うよ」
「なっ……」
ぶわっと今度こそヘレナの顔が真っ赤に染まった。きゃあ、という黄色い声も聞こえた気がした。
(ロイドの言葉。グラシアの内面を知った上で言っているんだろうけど……)
ロイドにとっては、あんな最低な男はやめとけという助言だ。けれど何も知らない人間からすれば、お前はいい女だ。あいつにはもったいないという女性にとっては嬉しい言葉になる。綺麗な男に言ってもらえるならなおさら最高だ。
「それから、俺はたしかに魔力があるけど、使うつもりもないし、力だって昔みたいに暴走したりしないから。……信じられないかもしれないけど、それだけは覚えていて欲しい」
言いたいことはそれだけだから、とロイドは自分の席へと戻っていった。周囲を置いてけぼりにしたまま、ロイドは鞄から次の授業の教科書を取り出し始める。
「ハウレス」
ロイドを殴り飛ばした男子生徒が近寄って、彼に頭を下げた。
「さっきは思いっきり殴って悪かった」
「……眼鏡が壊れなくてよかったよ」
壊れてたら弁償してもらうところだったから、とロイドは笑うように言った。
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