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第八十六話

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「そう――聞いたことある?」
 ヤマトが質問すると、ユイナとルクスはすぐに首を横に振った。二人の記憶にはそんな職業などないからだ。

「だよね、俺も驚いたよ。森林都市で手に入る職業はここに来る前にルクスが言った五つ――銃士、森の巫女、聖槍士、サモナー、テイマーのはずだった。でも、俺が神殿に行った時に表示されたのはその五つに加えてもう一つ、聖銃剣士が表示されていたんだ」
 静かに語るヤマトの言葉に二人はごくりと唾を飲んでいた。

「エンピリアルオンラインを遊びつくしたといっていいユイナが知らない、この世界に詳しいルクスも知らない。もちろん俺もこの職業の名前を見たのは今回が初めてだ。つまり――これはこの世界にのみ存在する、ゲームには存在しなかったオリジナル職業なんじゃないかなって」
 その事実に至ったことを話すヤマトも次第に驚き、喜び、自然と笑顔が浮かんでいた。
 ゲーム時代との違いはこれまでにもあったが、職業については初めてである。どの職業も一通りレベル上限まで上げてきたヤマトだからこそ、新たな職業に出会えた感動が大きい。

「そんなのがあるなんて! もしかして、他にもあるのかな!?」
 もちろんユイナも彼と同じ環境ゆえに、心の奥底からワクワクして期待に満ちた眩しい笑顔になっている。

「ち、ちなみにどのような職業なのですか……?」
 驚きに胸をドキドキと高鳴らせたルクスはその職業が持つ力などを確認したいと思い、緊張の面持ちで問いかける。

「あぁ、それを説明しようか。俺がこの職業を選んだ時にこの武器をもらったんだ」
 笑顔のヤマトがそう言って取り出したのは銃剣【シュトゥーク】だった。
 これまたゲームには存在しなかった武器であり、オリジナルの武器である。

「トリガーを引くことで弾丸を発射することができる。もちろん剣としても使うことができるから、遠近どちらでも戦うことができる。それに加えて、近距離での弾丸発射はダメージ量が上がって大ダメージを与える力もあるそうだ」
 この説明は職業を選んだ瞬間にメッセージとして頭に流れ込んできていた。

「す、すごいね! オールマイティな職業だね!」
 ヤマトの手の上にある銃剣に見入るように前のめりになりながらユイナは終始興奮していた。
 聞いたこともない新しい職業、それが強力な力を持っている。その事実は他にも強力な職業があるかもしれないという可能性を期待できるものだからだ。

「すごいです……」
 ルクスも言葉少なではあるものの驚いていた。

「実はね、それだけじゃないんだ。……その弾丸には魔力を込めることができる、ただし魔術系の職業についたことがある者のみ――まさに俺にうってつけだよね」
 ヤマトの持っている職業――大魔導士。
 強力な魔法を使いこなすことができるヤマトであれば、それに見合った強力な弾丸を作ることができるというわけだ。

「それって、もしかして最強なんじゃない!?」
 きゃあっと口元に手をやって嬉しそうに感激するユイナ。彼女の表情を見たヤマトもぐっと力強く頷いていた。


 普通、職業は一つしか選ぶことができない。そのため、レベルを上げるにも時間がかかってしまう。
 しかし、現在の彼らは複数の職業を同時に選ぶことができるため、レベルを上げやすくなっている。

 大魔導士のレベルが高く、他の職業までレベルを上げるにはかなりの時間がかかってしまうため、早々この状態を作るのは難しい。

「そうだね、俺ならではの職業だと思う。もしかしたら、特定の職業のレベルが高いことで選べるようになるのかもしれない――って俺は予想している」
 それを聞いたユイナも自分が選んだ職業が何かに繋がるかもしれないと考えて、ぱあっと顔を輝かせ、更にワクワクしてきていた。

「これは色々な可能性が広がっていきますね。使い魔の私ですら複数の職業を選べる時点で相当な変化ですからね。他にも色々あるのかもしれません!」
 元々知識欲が強いルクスは、この世界にある様々な可能性について調べてみたいと思っていた。

「うん、そういうのに出会うのも楽しみになったね――さて、それじゃ次は装備を確認に行こうか」
 すっと敷物から立ち上がったヤマトが二人に振り返りながらそう提案し、ユイナが立ち上がるのを導くように手を差し出す。 

 この街ならではの装備――それはこの街で手に入れることができる五つの職業に関連したものである。
 それがゲーム時代の設定。神殿で職業変更した際に武器が支給されるが、あくまで初期装備。色々探してみる必要があった。

「そうですね、特に私は色々と装備に改善の余地があります。ユイナ様も森の巫女と銃士の装備を探すのも良いかと」
 手際よく敷物を片付けながらルクスが同意する。
「色々見て回っていい装備をみつけよー!」
 腕を大きく突き上げてにっこりと笑ったユイナも新しい装備に思いをはせる。




 それから三人は公園を後にして、商店街へと向かって行く。
 ゲームの頃と配置は変わっていないため、一行は迷うことなく辿り着くことができた。

 そして、そこには期待どおりこの街で手に入る職業に関連する装備が並んでいた。
 街の人の視線は相変わらずだが、商売をしている人たちは他種族だろうがお客さんということもあってか、特に咎めるような視線は送ってこない。

「……ふわあ! やっぱ銃カッコいいね!」
 店の豊富な品ぞろえを前に目を輝かせたユイナは、並んでいる銃を片っ端から順番に手に取っていた。
 性能はもちろん、女性らしくデザインもこだわりたいところであるようで、じっくりと時間をかけて一つ一つを見比べている。

「ふーむ、なかなか良い槍が置いてありますね。サモナーだと、魔力強化系の装備もあると良いみたいですし……。しかし、防御力も考えると強力な槍に合わせた防具のほうが……いや、魔法はアクセサリ系で補うのがベストなのでしょうか……」
 買い物をする際、元々使い魔であるがゆえに、なにかと遠慮するだろうと予想したヤマトがあらかじめルクスに金の心配はないと伝えてあり、それでも遠慮する彼には好きなものを選ぶように命令していた。
 それもあって、彼も慎重に一つ一つを見比べて、性能を吟味している。

 ここは森林都市にある中でも特に大きな店で、武器屋と防具屋、そしてアクセサリショップが一つの店に入っていた。
 それぞれの店の店主が兄弟であるらしく、このように一つの店で全てをまかなえる作りにしていた。

「こんな店もあるんだなあ……昔はなかったよなあ」
 感心したように周囲を見て回るヤマトはぼんやりと呟く。

 商店街に一つドーンと存在感を示す店――それがこの巨大な店だった。

「なあ、あんた……ソレ見せてもらってもいいか?」
 その時武器屋部門の店員らしき人物が興味津々の様子でヤマトに話しかけてくる。
 指をさしながら彼がいうソレとは、神殿で手に入れた銃剣【シュトゥーク】のことである。

 ヤマトは剣のように鞘に入れて腰に携帯していたため、武器に詳しいからこその物珍しさで店員の目についたようだ。

「少しだけなら……すぐに返してくださいね」
 苦笑交じりで銃剣を差し出すヤマト。店員の彼の目に悪意がなく、強い好奇心のみであることから武器を見せることにした。








ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203、聖銃剣士LV1
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67、銃士LV1、森の巫女LV1
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV1、サモナーLV1

シュトゥーク
 聖銃剣士の初期装備。普段は鞘に着けて腰付近に帯剣している。ゲーム時代にはなかったもの。
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