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第八十五話

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 一行が職業神殿に入る前、馬であるエクリプスには帰還命令を出し、一度わかれた。
 中へ入った三人をさらりとした布でできたローブを身にまとうエルブン族の神官が迎え入れてくれる。
「いらっしゃいませ。職業神殿へようこそ」
 天女のような美しさをもつエルブン族の女性神官は、三人を笑顔で迎える。ゆるくウェーブのかかったロングヘアが色っぽい雰囲気を出していた。

「えっと、その、職業に就きたいのですが大丈夫でしょうか……?」
 ここにきて森林の民以外の種族に出会い、戸惑うヤマトのその質問に微笑んだ女性神官がゆっくりと頷いた。

「当神殿は種族を問わずに来訪者を受け入れております。私はたまたまエルブン族ですが、当神殿には他種族の神官もおりますわ」
 ふわりと柔和な笑顔で答える彼女は、エルブン族の中でもかなりたわわな胸をしており、他のエルブン族とは一線を画す存在感を持っていた。輝きを放っているのかと思うほど白い肌と柔らかな素材の服があいまって、彼女の美しさを際立たせていた。

「は、はあ……それではお願いします。――いてっ!」
 突然襲った痛みにうずくまるヤマト。
 どこを見ていいかうろうろとさまよう彼の視線が何度も女性神官の胸に向いていることに気づいたユイナが不機嫌さを露わに彼の脛を思い切り蹴ったのだ。

「だ、大丈夫ですか? どうかなさいましたか?」
 急にしゃがんで足を抑えるヤマトを心配して女性神官はその魅惑的な身体を彼に近づけてくる。

「――あっ! ちょ、ちょっと! ヤマトの心配は私の仕事なんだからやめて下さいっ!」
 なにやらその距離感が異様に近いことに気づいたユイナは、ぐいっとヤマトの身体を強引に自分の方へ引き寄せて、女性神官から引きはがしていた。不貞腐れるようにむっとした表情でヤマトの身体を抱きしめている。

「うふふ、とても仲が良いようですね。あら……ごめんなさい、気付きませんでした。よく見たらお二人は強い絆で結ばれているようですね」
 そこではた、と気づいたように女性神官は含みのある笑顔で二人のことを見ていた。どこか余裕たっぷりの女性神官は、独占欲をむき出しにするユイナの反応を可愛らしいと思ったためか、温かい笑顔になっている。

 ユイナにしがみつかれながら下手に身動きが取れず、困ったように笑うヤマト。下手にここで口を出しても彼女の怒りに油を注ぐだけだと大人しくしていた。

「……申し訳ありません、急かすようでまことに申し訳ありません。そろそろ職業選択の儀式に移って頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
 膠着状態でバチバチと見えない火花を散らす女性神官とユイナを見たルクスが、このままではユイナの怒りが強くなってしまうと考え、すっと間に割って入り、冷静に話を進めていく。

「あらあら、こちらこそ申し訳ありません。皆さまどうぞ中にお入り下さい。入り口が五つに分かれていますので、お好きなところに入って下さい。それぞれの部屋に担当の神官がおり、手続きを進めますので」
 ルクスの指摘を受けてユイナからようやく視線を逸らした女性神官は、すぐに案内に移った。
 導かれるまま、それぞれが別々の部屋に入って職業選択に移っていく。






 時間にして数十分経過したところで、三人が神殿から出てきた。

「――ルクス、ユイナどうだった?」
 どこかスッキリした表情のヤマトの確認に、二人ともが笑顔で頷いた。それだけでなにかいい収穫があったのだと分かる。

「じゃあ、どこか人のいないところで互いの状態を確認しようか」
「……あっ、途中に公園あったよ! あそこに行ってみようよ!」
 森林都市にある公園だけあり、自然豊かな場所であったため、ユイナはそこに目をつけていた。

「そうだね、あそこならゆっくり話せそうだ。行ってみよう」
 ここに来る途中、ヤマトも同じ公園をみて彼女が好きな場所だろうと気になっていたため、ユイナの意見に反対する理由はなかった。

「それでは行ってみましょう……どうやら、神官以外からはあまりよく思われていないようですので」
 ちらりと目配せしたルクスの視線を追うと、道行く森林の民からは好意的とはいえない視線が送られてきている。
 たとえ認定証があったとしても、自分たちの住むテリトリーに他種族がいる違和感は彼らにとって強いようだった。

 彼らが出てきた職業神殿がある場所は大通りに面しており、ルクスの言うとおり、あまり良い状況とはいえないようだった。何か問題を起こせばすぐにでも追い出してやろうという気概が伝わってくる。

「じゃあ、すぐ移動しよう。――神官様、ありがとうございました」
「ありがとうごいざいましたー」
「失礼いたします」
 ちょうど彼らが去ろうとした時、見送りに出てきた魅惑的なエルブン族の女性神官にしっかりと見せつけるようにヤマトの腕にくっついたユイナ。
 三人はそれぞれ女性神官に別れを告げて、公園に向かう。

 道中、念のためヤマトとユイナは移動しながらちらりとマップを確認する。一行を追ってくる者がいないか警戒して進むが、どうやら杞憂であったようで、じろじろ見てくる者はいても、追いかけてまで何かをしようという者はいないようだった。




 公園に辿りついた一行は人があまり来ないように、奥のほうへと移動していく。
 静かな場所を見つけると、敷物を敷いてそこへ三人は腰かけた。

「それじゃあ、早速どの職業を選んだか確認していこうか。まずは……」
「では僭越ながら私から」
 ヤマトがそう切り出し、ルクスが手をあげる。新たに仲間になったルクスが何を選択したのか二人は興味があったため、話を聞く姿勢に入った。

「私が選択したのは聖槍士です。元々が槍士でしたので、上位職を選択するという形にしました。それと、道中でお二人に言われたように、もう一つの職業が選べるかどうかも試してみました。その結果が……これです」
 ルクスがぷにぷにの肉球のついた掌をそっと開くと、その上に小さな丸い光のような精霊が生み出される。
 光の玉はふわふわとルクスの周りを飛び跳ねるように飛行し、ルクスの顔にすり寄るように待機した。

「おー、ルクスも複数職業選ぶことができたか。聖槍士とサモナーか……いいね」
 使い魔であるルクスも複数の職業を選ぶことができたことに、ヤマトはやはりかと頷いていた。期待されていた結果が出せたルクスはとてもうれしそうにしている。

「はいはーい! 次は私ね? 私が選んだのは銃士と森の巫女の二つだから――全部で五つになったかな。銃は使わないけど、銃士のスキルがあれば命中率があがるから結構いいと思うんだよねー」
 元気よく手をあげたユイナが自分の新たな職業を二人に向けて話す。
 どうやら今回ユイナが職業を選ぶ時に意識したのは、自分で使用するスキルではなく、その職業についているだけで発動するいわゆるパッシブスキルの効果を狙うことだった。

「なるほどね、遠距離攻撃職だからそれの強化と、森の巫女になることで、回復の底上げってところかな」
 理に適った選択をしているとヤマトはこれまたうんうんと頷いていた。ちゃんと自分の考えていたことを理解してもらえたことにユイナはニコニコと笑顔になる。

「ねえねえ、ヤマトは何を選んだの?」
 興味津々のユイナに問いかけられたヤマトはちゃんとその職業に就けたのか自分のステータス欄を確認し、目的の文字を見つけると顔を上げる。

「俺が選んだのは――聖銃剣士だよ」
 それはルクスにとって聞き覚えのない職業であるため、怪訝な表情でヤマトのことを見ていた。ユイナもびっくりしたような表情でヤマトを見る。

「せ、せいじゅうけんし、ですか?」
 そして、慣れない言葉にたどたどしい口調でルクスが疑問を口にする。
 予想通りの二人の反応に、ヤマトはにやりと笑っていた。








ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203、聖銃剣士LV1
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67、銃士LV1、森の巫女LV1
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV1、サモナーLV1
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