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第十一話

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「俺一人で倒した魔物の数は恐らく百や二百ではきかないのではないかと思います。それだけのことをできる人がこの街にいらっしゃるのでしょうか?」
 恐らくいないであろうことはわかっている。
 そんなことができる者がいれば、そんな者がベイク側にいれば率先して戦わせて手柄を持っていくはずである。
 こういった手合いの貴族はどんなものでも自分の利益になるように行動し、その恩を売りつけてくるような輩だとリツは知っていた。

「い、いや、さすがにそこまでのことをできる者は……」
 できない――暗にそう語るベイクのこの答えは予想どおりであり、リツはニコリと笑う。

「つまり、俺は相応の報酬をもらっても……おかしくないですよね?」
「っ――そ、それは、まあ、そのとおりかと……」
 威圧感のある笑顔に、すっかりベイクは気圧されている。
 あれだけの魔物の軍勢を一人で相手取れるリツを無下に扱っては自分たちがどうなるかを考え、下手に行動できなくなっていた。

「よかった。それじゃ……」
 ここでリツはベイクからセシリアへと視線を移す。

「セシリアさん、街の前の草原で魔物を前にした時に約束しましたよね? 俺はあの大量の魔物たちに勝てると思う、だから勝てたら報酬をセシリアさんがくれるって……」
 これは確実に約束したことであり、ここにはいないが他の騎士たちもこの会話を聞いている。
 書面を交わすほどの時間はなかったため、口約束ではあるが、あれだけの人数がいれば簡単に口封じなどはできないとリツは踏んでいる。

「は、はい、確かにお約束しました……で、ですが、私には何もお渡しできるようなものは……」
 この家も彼女が所有しているものだが、いずれ手放さなければならない。
 彼女の私服や屋敷の状態を見ればわかるが、金銭的な余裕もない。宝石やお宝のようなものもない。

「――あるじゃないですか」
「?」
 笑顔のリツに対して、何を言っているのかわからないセシリアは困ったように首を傾げる。
 一体自分になにを渡せる物があるのかと。

「セシリアさん自身ですよ!」
 彼女の境遇を聞いた時点で、リツはこの答えにするのことに決めていた。

「わ、私ですか!?」
 今日一番の混乱が彼女に襲いかかり、ここ最近で一番の大きな声を出してしまう。

「はい。お金も物も別に俺はいりません。困っていませんからね。だけど、ここ最近このあたりに来たばかりなので色々とわからないことが多くて困っています。だから、あなたが色々と案内してくれたりすると助かるんですよ」
 この言葉にセシリアは再び首を傾げる。

「えっと、つまり、街の案内をすればいいのでしょうか?」
 この問いかけにリツは笑顔のまま首を横に振る。

「いいえ、俺は旅をしているんです。色々と世界をまわりたくて……だから、一緒に来てもらえませんか?」
 リツは彼女に向けて手を差し伸べる。
 魔王に狙われている彼女にとって、あれだけの力を持つリツが一緒にいてくれるという。
 これは彼女にとって自分を救う一筋の光明になりうるものである。

「えっ、で、でも……」
 この先どう生きていけばいいのかわからずにいるセシリアだが、道を示してくれるとはいえ、自分の立場を思うとそれでも安易に答えられずにいる。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 彼女は貴族で、この街の防衛隊の隊長で……」
 手駒を失うのは困ると、ベイクは二人のやりとりに割り込んで口をはさんでくる。

「そう、ですか。では、ベイクさんが代わりに報酬を払ってくれますか? あれだけの魔物を討伐して街を守ったのに相応しい報酬を、しかも僕とセシリアさんの契約に割り込むくらいには魅力的な報酬を出して下さるんですよね?」
 一度セシリアから視線を外したリツは目を細めてベイクに問う。

 つまり、セシリアとの契約だから彼女を報酬にするということで十分である。
 しかし、条件を変えさせるのであれば大きく上方修正してもらう必要があるとリツは言っている。
 しかも魔王がよこした軍勢をほぼ一人で退けたリツを満足させるものを出せるのかと試すように冷ややかな眼差しをベイクに向けた。

「そ、そう言われると、その、どれほどの条件を……?」
 どれだけのものを求めているのか、ベイクは気圧されながらも確認してくる。

「そうですね、セシリアさんと同格の方を旅の案内役に用意して下さい。知識、技術、戦闘能力、人格。それと、あれだけの魔物から街を救ったからには金貨五千枚くらいはもらいたいところですよね。あとは、戦闘で剣が劣化したので代わりになる剣を用意してもらえますか? 魔力の浸透性の高いものなので、同ランクのものでお願いします」
 少し考えたように見せたリツはそう言いきってから、先ほどの戦いで使ったミスリルメイジソードを彼に見せる。

 この剣は過去の名鍛冶師クラウス=ラックフィールドが作ったもので、今では同じものを手に入れることは敵わない。
 そして、一本で屋敷が買えるくらいの値段はする。

「い、いや、これは……ちょっと……」
 貴族として誇りを持つ彼は物の価値を理解できるらしく、一瞬にして怯み、尻込みしてしまう。

「なら、俺がセシリアさんを連れて行ってもベイクさんは文句ないですよね?」
 条件を満たす報酬を提示できないベイクに、リツは追い打ちをかけるように質問する。

「いや、その……はい」
 ここまで言われて、言い返すネタを持ち合わせていないベイクは悔しく思いながらもただ頷くしかなかった。

「き、貴様ぁ、生意気だぞ!」
 そう言ってきたのは、先ほどまでのやりとりを黙ってみていたベイクお付きの騎士だった。
 ベイクの警護のためにやってきた彼は、話し合いに口出しするつもりはなかった。

 しかし、主であるベイクが圧倒的なまでに押し込まれているのを見て、そう言わざるを得なかった。

「あぁ、これは失礼しました。俺は旅人なので貴族がどうとかあまりよくわからなくて、生意気な態度をとっていたなら謝ります。申し訳ありませんでした」
 激怒している様子の騎士に気づいたリツは深々と頭を下げ、ベイクとそのお付きの騎士に謝罪する。
 こういう時はすぐに引いてしまえば、それ以上追及できないであろうことはわかっていた。

「わ、わかればいいんだ、わかれば……」
 騎士はあっさりと折れたリツに拍子抜けして案の定それ以上何も言えなくなってしまう。

「それじゃ、セシリアさん行きましょうか」
 顔をあげたリツは笑顔に戻っており、セシリアに優しく手を差し伸べる。

「……えっ?」
 それに対して、彼女はキョトンとした表情をしてしまう。

「お、おい! 貴様、わかったのではなかったのか!」
 もちろん騎士はリツの行動が気に入らず、再度前に出てきて怒鳴りつけた。

「はい、失礼な態度をとってしまったようなので、そのことを理解して謝罪しました。そして、セシリアさんにはともに来ていただくので、こう、手を出したのですが、ダメですか?」
 どこに問題があるのかわからず、リツは首を傾げてしまう。

「だから、そんなベイク様を愚弄したような……」
 怒りが頂点に達しそうな騎士は、額に青筋を浮かべて更に強い声で怒鳴りつけようとする。

「あー、そうか。わかりました……」
(そういうことね、確かにそっちを疎かにするのは失礼だったな)
 何かを理解したリツは、セシリアに対して跪く。

「セシリアさん、あなたは自由です。もう、この家にとらわれる必要はない。この街が狙われたことへの責任なら命をかけて魔物たちに立ち向かったことで償われているはず。あなたがいなければ再びここが狙われることもないでしょう。そして、世界は広い、様々な可能性が広がっています……だから、ともに行きましょう。大丈夫です、俺が全力であなたを守って見せます」
 セシリアの気持ちをよそに話を進めようとした自分の落ち度を理解し、真剣な表情でリツは改めて彼女に言葉を投げる。

「リツ様……」
 そんなリツを見てセシリアは胸に温かいものが広がっていくのを感じていた。
 彼女のことを考えて言葉を尽くしてくれる人物は、両親が亡くなって以来いなくなっていた。

 今回の戦いに参加してくれた騎士たちは、あくまで彼女の家につき従っていたからであり、彼女自身に命や言葉を尽くす者はいなかった。
 だがリツは誠心誠意をもって自分とともにいたいといってくれている。

「っ……はい!」
 だから、そんなリツのことを信じてみたい――その気持ちが大きく湧きあがり、くしゃりと嬉しそうに顔を緩め、自然と返事が口をついて出ていた。
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